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<1・路地裏にて。>

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 どんがらがっしゃん!というアニメや漫画でありそうなほど大きな音が聞こえた。せっかく落ち着いて煙草を吸おうとしていたのに、どこの誰だ騒がしい!と大槻祥一郎おおつきしょういちろうは眉をひそめる。くわえようとした煙草を一度箱にしまい、ポケットにライターとともにねじ込んで音が聞こえた方へ足を向けた。
 泣く子も黙るギャングチーム、“ネオ・ソルジャー”のヘッドとして、騒ぎを見過ごすことはできない。なんといっても、このあたりの地区は自分達の縄張りだ。チームの下っ端たちがやらかしているなら自分がアタマとしてシメておかなければいけないし、よその連中が喚いているならきっちりケジメをつけさせなければいけないからである。
 早足でビルとビルの間に向かった祥一郎は、どういう状況なんだと呆れてしまった。高校生から大学生くらいの年齢のヤンキー数名が、少年を一人取り囲んでボコっているのである。多分、祥一郎より少し年下といったところか。三人が高見の見物をし、一人が少年に馬乗りになって拳を振り上げているというなんともわかりやすい構図だった。

「おい」

 祥一郎は低い声で威嚇する。途端襲っていた四人の少年達は、びくりと肩を震わせて振り返った。

「何してんだテメェら。ここを誰の縄張りだと思ってやがる?」

 あ、この台詞だけ聞くとめっちゃ自分悪役っぽい。祥一郎は心の中でしれっとツッコミを入れていた。
 まあ、名乗る必要もないだろう。なんせ祥一郎の見た目は屈強な体と派手な赤髪に同じ赤系統のジャケット、という非常に目立つ出で立ちだからだ。ここらで赤系統の服を揃って身に纏う若者ときたら、まずネオ・ソルジャーのメンバーとみて間違いない。加えて身長190cmを超える赤髪の大男――ヤンキーでなくても、それなりに名前は知られているはずだ。

「ぼ、“暴走特急”の、大槻祥一郎……!」

 耳やら唇やらにピアスをじゃらじゃらと入れた男が、小さく悲鳴を上げて後ずさった。そんな見た目だけカッコつけたって意味なんかねえのに、と思う。少なくとも、自分に睨まれただけで腰が引けているようではまったく話にもならない。

「ここ、俺の町なんだけどよ?……最初にボコられてえ勇者は誰だ?」
「ひ、ひいいいいい!」
「お、おいお前ら逃げるぞ」
「え、あ」
「ちょ、おい待て、待てってばおい!大体お前があいつをやろうぜなんて言うから……!」

 逃げていく青年たちの声がフェードアウトしていく。まったく、本気で喧嘩する度胸もないくせに、人をいじめることだけはいっちょまえであるとは。殴られる度胸もない人間が一方的に人を殴って悦に浸ってんじゃねえよ、と祥一郎は心の底から思う。

「おい、大丈夫か?」

 どうにか半身を起こした少年に、一応声をかけてやることにした。人助けがしたかったわけではないが、このままほっとくのも少々寝覚めが悪いからである。
 見れば、彼はなかなか酷い有様だった。どうやらもう既に何発もボコられた後であったらしい。頬には痣があるし、シャツはビリビリになっているわ、転がったせいで砂まみれになっているわの状態。加えて、すぐ傍には割れた眼鏡が転がっている。彼は焦点の合わない目で自分を見ると、どうにか絞り出すように“ありがとうございます”と言った。

「ただ、その、僕はものすごい近視でして。貴方の顔もよく見えないんです」
「……だろうな。眼鏡、ツルも折れてるみたいだしもう使い物にならねえだろうよ」
「あ、そうなんですね、どうしよう。……正直、このままだと家に帰るのもしんどいんですよね。家になら、まだ予備があるんですが」

 彼が何を言わんとしているのか、すぐに察した。何で俺がここまでやらなきゃいけねーんだ、とは思う。しかし、彼を助けてしまったのもここで声をかけてしまったのも自分である。
 仕方なく、祥一郎はため息混じりに言ったのだった。

「……お前の家、何処なんだよ」



 ***



 2XXXの東京。
 数百年前の人達が見たら最初に思うことはきっと、“あれ、今の東京とそんなに変わってないじゃん”だろう。空を走る車もない。タイムマシンもない。某猫型ロボットにあるような、夢と希望にあふれた秘密道具もない。
 ただ、しばらく町を歩けば異変に気付くはずである。すれ違う人、すれ違う人、そのほとんどが――男性ばかりであるということに。女性の姿もないわけではないが、よくよく見ると彼女らは額に青いランプをつけている。つまり、女性は全て人間ではなくアンドロイドなのだ。
 21XX年に起きた、謎のウイルスによる伝染病。罹患したのは全て女性だった。外国によるテロか、あるいはこの世界の人類を滅ぼそうとする地球そのものの意思か、はたまた宇宙人の襲撃か。確かなことは、日本から始まったこの病が次に遠く離れたアメリカで発生し、中国で、ロシアで、イギリスで、オーストラリアで、フランスで、南アフリカで――と次から次へと同時多発的に患者が出て、瞬く間に世界規模での大混乱を巻き起こしたということである。
 全身に赤い発疹ができ、血の涙を流しながら死んでいく女性たち。恐ろしいことに、新しく生まれる子ども達にも異変は起きていた。女児の出生率そのものが、著しく低下し始めたのだ。生まれるのが男児ばかりなのである。人類と言う種、そのものに大きな異変が起きているのはもはや明白と言って良かった。
 ゆえに。人類の英知の殆どは、ある一点に集約されることとなったのである。
 つまり、男性だけでも子供が作れるようにするための研究――だ。

――そもそも、このウイルス以前から人類全体の人口は減少傾向にあった。ウイルスのせいで、ますます人の数が減っている。

 男性同士でも、恋愛感情を抱けるように(元々同性愛者もいたにはいたが、異性愛者と比べると圧倒的に数が少なかったためである)。
 そして、男性同士でも子供が作れるように。
 同時に、人口を増やすために世界各地で法律が作られることとなったのだった。つまり、一定年齢に達した男子達の結婚と出産を強く推奨する、というもの。
 日本でも、それから諸外国でもそれは同じ。
 二十歳になったら、全ての男子は結婚し、子供を作ることが強く勧められている。どちらが妻になるのかを決め、妻になった方が薬を飲んで両性の体となり、子供を産むのである。正確には結婚しなくても、自分の遺伝子を持つ子供を産むか産ませればOK。その後の人生で、大きな金銭的援助を継続的に受けられるようになるというものだ。子供の数が増えれば、さらに援助の額も増えていく仕組みである。
 女性が世界から殆どいなくなり、男性同士で結婚するのが当たり前になってから既に数百年。
 祥一郎は、本物の女性を架空の物語でしか見たことがない。恐らくそれが、今の日本を生きる人々にとって当たり前のことなのだろう。自分が助けた、この少年にとっても。

「家めちゃくちゃ近いじゃねーか」

 オートロックのマンション、一人暮らし。金持ちのボンボンかよ、と思いつつ祥一郎は彼に肩をかして部屋へと送り届けた。
 なんと、彼が倒れていた路地裏から家までは2ブロックも離れていない。この距離を歩けないなんて、まったく目が悪い奴は可哀想だなと思う。まあ、眼鏡をかけていれば問題なかったのだろうが。

「近くても、普通に危ないんですよ。目の前にあるあなたの顔さえぼやけてるんですから。真っ赤な髪した大柄な男性なんだろうなーってことくらいしか、わかりません」
「マジか」

 少しだけ合点がいった。彼の体をリビングのソファーに降ろすと、言われるがまま電話横の引き出しを漁る。すぐに紫色の眼鏡ケースが出てきた。

――まあ、俺の顔見えてたらこんな頼みごとしてねーか。自分で言うのもなんだけど、超絶コワモテだし、俺。

 生まれつきの赤い髪と巨漢というだけで恐れられるのに、それに加えて目つきが悪い彫の深い顔立ちであるというのも大きい。睨まれただけで大槻さんににらまれたら、それだけでションベンちびりそうになるんで!と笑顔で舎弟にのたまわれたこともあるくらいだ。
 まあ、大槻祥一郎の名前を知らなかったとしれもそれは無理もない。黒髪眼鏡、綺麗な顔したどこぞのおぼっちゃん学校の少年っぽい彼。健全な彼等の世界と、自分達ヤンキーの世界はそうそう交わるものではないからだ。

「ほい、これだろ」
「あ、ありがとうございます」

 彼の手にぽん、と眼鏡ケースを渡してやる。彼は少々たどたどしい手つきでケースを受け取ると、ぱかりと開いて眼鏡をかけた。そして、眼をしばらくぱちぱちした後、わあ、と小さく歓声を上げるのである。

「やっぱりそうだ」

 その視線は、まっすぐ祥一郎を見ていた。

「とってもイケメン君でしたね、君」

 怖い、ゴツい、やばい。そんな評価ばかり受けてきた祥一郎にとっては結構な衝撃だった。まさか、イケメンなんて評価を人から受ける時が来るとは思わなかったから。

――ていうか、どストレーとすぎね!?恥ずかしいなこいつ!!

 真っ赤になって口をぱくぱくさせていると、彼はにっこり笑って告げたのだった。

「ああ、名乗り忘れてました。僕、日照大学一年生の、白峰光流しらみねひかると申します」
「年上!?マジで!?」

 祥一郎は、思わずすっとんきょうな声を上げたのだった。
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