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<34・日高紫苑>
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自分はきっと、アーリアを傷つけた。そして、傷つけるかもしれないことが予め分かっていながら、それを止めることができなかった紫苑。
――本当に、僕ときたら最低な。
与えられた事務室でパソコンと紙の資料を交互に見ながら、一体何度ため息をついたことだろう。やるべき仕事は与えられているし、全ては自分が望んだことであるというのに――まるで頭に入ってこない。完全に、意識は彼方の方へとすっとんでしまっている。
それが第三者のせいであったなら責任転嫁もできたのだが。今回ばかりは、完全に自分で自爆した形である。なんせ、アーリアを傷つけた上、二重の意味で怒らせてしまったのだから。しかもそれが予期せぬ怒りではなく、そうなるとわかっていたのに言った紫苑の言葉ゆえに、だ。
『謝らないでください、だって、僕は……』
もし、あの時。
そこで言葉を完全に止めていたなら、その先を言わずに終わらせていたのなら――こんなことにはならなかったのだろうか。
『だって、僕は……何?』
沈黙に耐え兼ねたのか、意味を図りかねたのか。聞き返してきたアーリア。言いかけた言葉を中途半端に止められたら、誰だって気になるのは当然のことである。紫苑が逆の立場でもそうするだろう。
だから、責められるべきはあくまで。そこまで言いかけてしまった自分と、突っぱねられなかった自分だ。多分耐えられない瞬間がどこかにあって、あれをきっかけにそれが弾けてしまったのだろう。
なんてことはない。紫苑も結局、普通の中学生の女子でしかなかったということだ。
『僕は……僕は……なんです』
最初の一言は掠れて、そして。
『僕は……貴方が、好きなんです。きっと』
ちゃんとした恋愛など、一度もしたことがなかった。幼い頃の、有登への中途半端な淡い気持ちしか知らなかった紫苑には、この想いが本当にそうであるという自信もなくて。
だから、半端な物言いしかできなかった。それがかえって、アーリアを傷つけてしまうのが明白でありながら。
『……紫苑』
たっぷり数秒、沈黙した後。少しだけ怒ったような声で、アーリアは告げたのである。
『それは本当に、今の“私”が好きなの?君の初恋の人と、私を混同しているだけではなくて?』
『それは……』
『若い女の子相手に、厳しいことを言っているのは承知してる。でも、流石に看過できないし、君の為にもならないと思うから言うよ。……さっきも言った通り、私が君の初恋の少年の転生者かどうかは、私にもわからないことだ。仮にそうだとしても記憶なんてないし、人格もきっと違ってる。だから、そこはもう割り切って貰うしかない。私は、“彼”とは別人だ』
きっぱりと彼はそう言った。優しいアーリアのこと、本当は心苦しかったに違いない。
それでもあそこまで言わせてしまったのは、紫苑の為で――紫苑の咎、だ。
『君が私を助けてくれるのはどうしてかなとは思ってたし、薄々君のあこがれの人が関係してるのかなとは気づいてたよ。それならそれでいい。人を救いたいと願う理由なんて、正直なところ何でもいいものだと思うしね。やらない善よりやる偽善だ、なんてどっかの誰かも言っていた気がするしさ。……ただ、それとこれとは別だよ。俺は目の前の君しかいないし、これでも真正面から君と向き合ってきたつもりなのに。君だけ斜め後ろを見られて、私じゃない私を見ながら中途半端な言葉を言われても困る。……はっきり言って、失礼だとは思わないかい』
自分が彼の立場であっても、怒るだろう。
好きだ、というのが恋愛感情的な意図であるのは察せられても。それが本当に自分に向けられたものなのか、似ている誰かを見ているだけなのかわからないともなれば当然だ。
『私と君の付き合いは、まだ一ヶ月程度だろう?恋に落ちる期間は長さじゃないのはわかっているけど、でも。……私じゃない誰かに向けられているかもしれない言葉は、受け取りようがないよ。もしそれが本当は“彼”を見ているだけなら。……私にとっても、彼にとっても侮辱だ』
わかっている。ああ、本当に――わかっていたのに。
彼と、有登を切り分けられるようになってから出直せと言われるのは至極当然のことだ。そこで紫苑が“そんなことはない、有登ではなくて貴方が好きなんだ”とはっきり断言できれば問題なかったものの。その時紫苑は、迷ってしまったのである。
今の自分が好きになったのは、あくまでアーリアであるつもりだった。だから、別れが来る前にけじめをつけておきたいと願ってしまった。けれど改めて問われるとどうだ。本当に自分は、目の前の“彼”だけを見つめて言葉を告げていただろうか。その向こうに、大好きだった“ヒーロー”の影を見ていないなどとどうして言えるのか。
――最低だ。……何で、わかってたのに……あんな酷い傷つけ方をしてしまったんだろう。あんなことを、彼だって言いたくなかったはずなのに。
涙が滲みそうになるのを、どうにか袖で拭って堪える。酷いことを言ったのに、この会話の後彼はそれでも仕事をこなそうとした。実際あの時は、他にも話さなければいけない案件があったから尚更である。
つまり、南の勇者である“リオウ”の対策をどうするべきか、だ。
残念ながらその話をするには、あまりにもタイミングが悪すぎたのだけれど。なんせ、紫苑が考えていた作戦は。
『君は私を馬鹿にしているのか!』
ただでさえ機嫌が悪かったアーリアを、激怒させるには十分だったのだから。
『こんなものが認められるハズないだろう!ふざけるな!』
『アーリア、でも、僕は……』
『言い訳は聞きたくないね。それとも何かい?勇者退治が終わったらどうせ縁が切れるから、破れかぶれにでもなったつもりかい?だとしたら失望したよ。君のこと、少しは評価していたつもりだったのにガッカリだ!』
――怒られるのは、当然だ。だって。
「紫苑」
はっとして顔を上げる。いつからそこにいたのだろう。ファイルを片手に、クラリスがやや困惑したような表情で立っている。
「さっきから何をぶつぶつ言ってるんですか。暗いし、ウザいし、仕事が進んでいる様子はないし。大変迷惑なんですけど」
「す、すみません……というか、貴女そういうキャラだったんですね、クラリス」
「当たり前です、アーリア様の目の前では私だって猫をかぶりますから」
ずけずけずんずんと言ってくるクラリス。だが、ここまでストレートに言われると却って気楽なものだった。自分とアーリアが大喧嘩した(というより、アーリアが一方的に怒鳴った)話は既に城中に知れ渡っているはずである。なんせ彼の声は大きかったし、アーリアが本気で怒るなんでレア中のレアであるらしいから尚更だ。
元気いっぱい、行動力の塊であるような彼は、不快を見せることはあっても声を荒げることは滅多にないことで知られているらしい。大声を出すと相手を萎縮させるだけで、かえって内容が伝わらないからね、とのことだ。間違ってはいないだろう。怒鳴り散らされるより、理路整然と論破された方が効くことは少なくないはずである。
その彼を、よりにもよって紫苑がブチギレさせたのだ。すわ、明日は猛吹雪か大嵐か台風かと、仲間達が戦々恐々とするのも無理からぬことではあるだろう。
「……猫、被ってるんですか。クラリスも」
申し訳ない気持ち。恥ずかしくて消えたい気持ち。仕事に関することだとかアレとかソレとか、言うべき言葉は色々あったはずなのだが。やっと絞りだせたのは、それだった。話題がそれでいいのか、と自分でもツッコミたい気持ちでいっぱいだったが。
「被るに決まっているでしょう。私もアーリア様をお慕い申し上げている一人ですから」
「それは、恋愛的な意味で、ですか?」
「ええ、恋愛的な意味で、ですよ」
見上げる巨躯を持つ、凛とした女戦士は。恥ずかしがる様子もなく、はっきりと言い放つ。清々しいほどに。
「私達オーガの種族は、少々恋愛観が特殊なんです。性別は一応外見的に男性と女性に分かれてはいますが、全員が実際は両性具有で対象の性別を固定していません。それは、オーガ以外の種族を恋愛対象にした時も同様です。私達が魅力を感じる相手の最低条件は一つ。それは“強い”こと」
両性具有。そう言われて、ついつい紫苑はクラリスの胸を見、股間を見てしまう。そういれば、彼女は戦時でなければ基本的にスカートを履いている。存外その方が快適だから、なんて理由もあったりするのだろうか。
強いことが恋愛対象の絶対条件なんて、いかにも巨躯を誇るオーガの種族らしいとは思う。そして多分その“強さ”は、単なる戦闘能力を言うものではないのだろうということも。
「最終的には、結婚が決まったカップルは決まった条件で決闘を行い、勝った方が“夫”の役目を得ます。引き分けならば両方が夫と妻の役目を両方担い、双方が子供を産み子供を育てるのです。オーガは伴侶となる相手のことをも、儀式によって両性具有にすることが可能ですから」
「興味深いですね。確かに、私達普通の人間と同じ繁殖方法であるとは限りませんものね、実際」
「ええ。……とにかく。決闘を行って役目を決めるくらいですから、相手が戦闘能力が高いこと、あるいは奇襲で逆転できるような頭があることが最低限求められるんですよ。……私の村のオーガ達にも屈強な男女は何人もいましたが。正直それでも……アーリア様ほど“強い”方は一人もいませんでした。あの方なら私達の故郷を、世界をも守れる。心身ともに強くお美しいあの方に、オーガの種族で惹かれない者がいるでしょうか。それが恋愛的な意味かどうかは人によるでしょうけれど」
目を細め、どこか遠くを見つめるクラリス。屈強だが、彼女は非常に整った顔立ちをしている。まるでよくできた絵画のような彼女が微笑むと、そこだけ空間の色が一気に華やいで見えるかのようだ。
やっぱりそうなのだ、と紫苑は思う。クラリスは、本当にアーリアのことが好きなのだと。そして。
何故かその恋を――胸の奥にしまいこもうとしているのだ、ということも。
「……想いを、伝える気はないのですか?」
つい、口に出してしまった。不思議だったからだ。彼女が有能であること、アーリアの信頼が厚いことはこれほどまでに明白であるというのに。どうしてその想いが叶わないものと決め込んでいるのだろうか。
それこそ、紫苑の存在など関係なく、自分の望むものを貫き通せる強さが彼女にはあるだろうに。
「伝えても、きっと勝目はないですから」
そして彼女は、少し寂しそうに告げるのだ。それこそ、紫苑が訊いたことを後悔してしまうほどの痛ましさで。
「あの人はきっと、貴女を選ぶ。……負けるとわかっている勝負を仕掛けるのは、あまりにも野暮なことなので」
「え」
それはどういう意味なのだ、と紫苑は尋ねようとした。しかし。
その先の言葉を聞く機会は、ついぞ失われることになる。
風雲急を告げる知らせが舞い込んできたのは、この直後のことであったのだから。
――本当に、僕ときたら最低な。
与えられた事務室でパソコンと紙の資料を交互に見ながら、一体何度ため息をついたことだろう。やるべき仕事は与えられているし、全ては自分が望んだことであるというのに――まるで頭に入ってこない。完全に、意識は彼方の方へとすっとんでしまっている。
それが第三者のせいであったなら責任転嫁もできたのだが。今回ばかりは、完全に自分で自爆した形である。なんせ、アーリアを傷つけた上、二重の意味で怒らせてしまったのだから。しかもそれが予期せぬ怒りではなく、そうなるとわかっていたのに言った紫苑の言葉ゆえに、だ。
『謝らないでください、だって、僕は……』
もし、あの時。
そこで言葉を完全に止めていたなら、その先を言わずに終わらせていたのなら――こんなことにはならなかったのだろうか。
『だって、僕は……何?』
沈黙に耐え兼ねたのか、意味を図りかねたのか。聞き返してきたアーリア。言いかけた言葉を中途半端に止められたら、誰だって気になるのは当然のことである。紫苑が逆の立場でもそうするだろう。
だから、責められるべきはあくまで。そこまで言いかけてしまった自分と、突っぱねられなかった自分だ。多分耐えられない瞬間がどこかにあって、あれをきっかけにそれが弾けてしまったのだろう。
なんてことはない。紫苑も結局、普通の中学生の女子でしかなかったということだ。
『僕は……僕は……なんです』
最初の一言は掠れて、そして。
『僕は……貴方が、好きなんです。きっと』
ちゃんとした恋愛など、一度もしたことがなかった。幼い頃の、有登への中途半端な淡い気持ちしか知らなかった紫苑には、この想いが本当にそうであるという自信もなくて。
だから、半端な物言いしかできなかった。それがかえって、アーリアを傷つけてしまうのが明白でありながら。
『……紫苑』
たっぷり数秒、沈黙した後。少しだけ怒ったような声で、アーリアは告げたのである。
『それは本当に、今の“私”が好きなの?君の初恋の人と、私を混同しているだけではなくて?』
『それは……』
『若い女の子相手に、厳しいことを言っているのは承知してる。でも、流石に看過できないし、君の為にもならないと思うから言うよ。……さっきも言った通り、私が君の初恋の少年の転生者かどうかは、私にもわからないことだ。仮にそうだとしても記憶なんてないし、人格もきっと違ってる。だから、そこはもう割り切って貰うしかない。私は、“彼”とは別人だ』
きっぱりと彼はそう言った。優しいアーリアのこと、本当は心苦しかったに違いない。
それでもあそこまで言わせてしまったのは、紫苑の為で――紫苑の咎、だ。
『君が私を助けてくれるのはどうしてかなとは思ってたし、薄々君のあこがれの人が関係してるのかなとは気づいてたよ。それならそれでいい。人を救いたいと願う理由なんて、正直なところ何でもいいものだと思うしね。やらない善よりやる偽善だ、なんてどっかの誰かも言っていた気がするしさ。……ただ、それとこれとは別だよ。俺は目の前の君しかいないし、これでも真正面から君と向き合ってきたつもりなのに。君だけ斜め後ろを見られて、私じゃない私を見ながら中途半端な言葉を言われても困る。……はっきり言って、失礼だとは思わないかい』
自分が彼の立場であっても、怒るだろう。
好きだ、というのが恋愛感情的な意図であるのは察せられても。それが本当に自分に向けられたものなのか、似ている誰かを見ているだけなのかわからないともなれば当然だ。
『私と君の付き合いは、まだ一ヶ月程度だろう?恋に落ちる期間は長さじゃないのはわかっているけど、でも。……私じゃない誰かに向けられているかもしれない言葉は、受け取りようがないよ。もしそれが本当は“彼”を見ているだけなら。……私にとっても、彼にとっても侮辱だ』
わかっている。ああ、本当に――わかっていたのに。
彼と、有登を切り分けられるようになってから出直せと言われるのは至極当然のことだ。そこで紫苑が“そんなことはない、有登ではなくて貴方が好きなんだ”とはっきり断言できれば問題なかったものの。その時紫苑は、迷ってしまったのである。
今の自分が好きになったのは、あくまでアーリアであるつもりだった。だから、別れが来る前にけじめをつけておきたいと願ってしまった。けれど改めて問われるとどうだ。本当に自分は、目の前の“彼”だけを見つめて言葉を告げていただろうか。その向こうに、大好きだった“ヒーロー”の影を見ていないなどとどうして言えるのか。
――最低だ。……何で、わかってたのに……あんな酷い傷つけ方をしてしまったんだろう。あんなことを、彼だって言いたくなかったはずなのに。
涙が滲みそうになるのを、どうにか袖で拭って堪える。酷いことを言ったのに、この会話の後彼はそれでも仕事をこなそうとした。実際あの時は、他にも話さなければいけない案件があったから尚更である。
つまり、南の勇者である“リオウ”の対策をどうするべきか、だ。
残念ながらその話をするには、あまりにもタイミングが悪すぎたのだけれど。なんせ、紫苑が考えていた作戦は。
『君は私を馬鹿にしているのか!』
ただでさえ機嫌が悪かったアーリアを、激怒させるには十分だったのだから。
『こんなものが認められるハズないだろう!ふざけるな!』
『アーリア、でも、僕は……』
『言い訳は聞きたくないね。それとも何かい?勇者退治が終わったらどうせ縁が切れるから、破れかぶれにでもなったつもりかい?だとしたら失望したよ。君のこと、少しは評価していたつもりだったのにガッカリだ!』
――怒られるのは、当然だ。だって。
「紫苑」
はっとして顔を上げる。いつからそこにいたのだろう。ファイルを片手に、クラリスがやや困惑したような表情で立っている。
「さっきから何をぶつぶつ言ってるんですか。暗いし、ウザいし、仕事が進んでいる様子はないし。大変迷惑なんですけど」
「す、すみません……というか、貴女そういうキャラだったんですね、クラリス」
「当たり前です、アーリア様の目の前では私だって猫をかぶりますから」
ずけずけずんずんと言ってくるクラリス。だが、ここまでストレートに言われると却って気楽なものだった。自分とアーリアが大喧嘩した(というより、アーリアが一方的に怒鳴った)話は既に城中に知れ渡っているはずである。なんせ彼の声は大きかったし、アーリアが本気で怒るなんでレア中のレアであるらしいから尚更だ。
元気いっぱい、行動力の塊であるような彼は、不快を見せることはあっても声を荒げることは滅多にないことで知られているらしい。大声を出すと相手を萎縮させるだけで、かえって内容が伝わらないからね、とのことだ。間違ってはいないだろう。怒鳴り散らされるより、理路整然と論破された方が効くことは少なくないはずである。
その彼を、よりにもよって紫苑がブチギレさせたのだ。すわ、明日は猛吹雪か大嵐か台風かと、仲間達が戦々恐々とするのも無理からぬことではあるだろう。
「……猫、被ってるんですか。クラリスも」
申し訳ない気持ち。恥ずかしくて消えたい気持ち。仕事に関することだとかアレとかソレとか、言うべき言葉は色々あったはずなのだが。やっと絞りだせたのは、それだった。話題がそれでいいのか、と自分でもツッコミたい気持ちでいっぱいだったが。
「被るに決まっているでしょう。私もアーリア様をお慕い申し上げている一人ですから」
「それは、恋愛的な意味で、ですか?」
「ええ、恋愛的な意味で、ですよ」
見上げる巨躯を持つ、凛とした女戦士は。恥ずかしがる様子もなく、はっきりと言い放つ。清々しいほどに。
「私達オーガの種族は、少々恋愛観が特殊なんです。性別は一応外見的に男性と女性に分かれてはいますが、全員が実際は両性具有で対象の性別を固定していません。それは、オーガ以外の種族を恋愛対象にした時も同様です。私達が魅力を感じる相手の最低条件は一つ。それは“強い”こと」
両性具有。そう言われて、ついつい紫苑はクラリスの胸を見、股間を見てしまう。そういれば、彼女は戦時でなければ基本的にスカートを履いている。存外その方が快適だから、なんて理由もあったりするのだろうか。
強いことが恋愛対象の絶対条件なんて、いかにも巨躯を誇るオーガの種族らしいとは思う。そして多分その“強さ”は、単なる戦闘能力を言うものではないのだろうということも。
「最終的には、結婚が決まったカップルは決まった条件で決闘を行い、勝った方が“夫”の役目を得ます。引き分けならば両方が夫と妻の役目を両方担い、双方が子供を産み子供を育てるのです。オーガは伴侶となる相手のことをも、儀式によって両性具有にすることが可能ですから」
「興味深いですね。確かに、私達普通の人間と同じ繁殖方法であるとは限りませんものね、実際」
「ええ。……とにかく。決闘を行って役目を決めるくらいですから、相手が戦闘能力が高いこと、あるいは奇襲で逆転できるような頭があることが最低限求められるんですよ。……私の村のオーガ達にも屈強な男女は何人もいましたが。正直それでも……アーリア様ほど“強い”方は一人もいませんでした。あの方なら私達の故郷を、世界をも守れる。心身ともに強くお美しいあの方に、オーガの種族で惹かれない者がいるでしょうか。それが恋愛的な意味かどうかは人によるでしょうけれど」
目を細め、どこか遠くを見つめるクラリス。屈強だが、彼女は非常に整った顔立ちをしている。まるでよくできた絵画のような彼女が微笑むと、そこだけ空間の色が一気に華やいで見えるかのようだ。
やっぱりそうなのだ、と紫苑は思う。クラリスは、本当にアーリアのことが好きなのだと。そして。
何故かその恋を――胸の奥にしまいこもうとしているのだ、ということも。
「……想いを、伝える気はないのですか?」
つい、口に出してしまった。不思議だったからだ。彼女が有能であること、アーリアの信頼が厚いことはこれほどまでに明白であるというのに。どうしてその想いが叶わないものと決め込んでいるのだろうか。
それこそ、紫苑の存在など関係なく、自分の望むものを貫き通せる強さが彼女にはあるだろうに。
「伝えても、きっと勝目はないですから」
そして彼女は、少し寂しそうに告げるのだ。それこそ、紫苑が訊いたことを後悔してしまうほどの痛ましさで。
「あの人はきっと、貴女を選ぶ。……負けるとわかっている勝負を仕掛けるのは、あまりにも野暮なことなので」
「え」
それはどういう意味なのだ、と紫苑は尋ねようとした。しかし。
その先の言葉を聞く機会は、ついぞ失われることになる。
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