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<12・弱者の意地>
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本当に、勇者というものがこんなに扱いづらいとは思ってもみなかった。これだから異世界人は野蛮なのよ、とメリッサからすれば言わざるを得ない。それは自らが呼び出した勇者であるアヤナもそうだし、他のリオウとマサユキについても同様である。
確かに、“他の女神の暴走”や“四つの地域での紛争の勃発(正確には勃発しそう、だが)”は、世界の危機として十分に判断可能なことである。ならば三人の女神が全員揃って勇者を呼び出すことは、十分に予想の範疇ではあったのだ。――まさか自分を含めた全員が全員、呼び出す勇者の“性格”を完全に度外視してしまうとは思っていなかったというだけで。
――まあ、素質と……すぐに元の世界に帰りたいと騒ぎ出さないっていうのを優先に選んだら。性格や性癖なんてものが二の次になるのは簡単に想像がついたことではあったわね……。
はぁ、と深くため息をつくメリッサ。自らの聖域たる泉は、一番人々の信仰心が集まる場所でもある。疲れたらそこで一息ついて英気を養うのは、自分に限らずすべての女神がそうであったことだろう。それぞれの地に与えられた聖域は、いわば唯一と言っていい女神のプライベート空間と言っていい。信者に呼び出されたとて、召喚に必ずしも応じなければならない義務はないのだから。――まあ最近は女神全員の評判が落ちている手前、ある程度サービスでもしないとその土台たる信仰心にさえヒビが入りかねない状況であったが。
確かに、勇者を呼び出したのは自分だ。アヤナを選んでしまった責任が全くない、とまで言うつもりはないのである(あのガキくさい西の女神のマーテルなんぞは、戦争のきっかけを作ったくせに自分は悪くないの一点張りであろうが)。スキルとの親和性、そして元の世界への未練の薄さ。それだけを重視して呼んでしまった結果、メリッサの手にも負えない面倒な女が来てしまったのは紛れもない事実なのだ。
――呼び出した勇者には、女神の裁量で最も“平和を導くため”に適したチートスキルを与えることができる。……私がアヤナに与えた能力は、南のラフテルに比べたらわりと平和なものの部類かと思ったんだけど。ちょっと認識が甘かったわね。
人を圧倒できる戦闘能力はなんぞよりは、人を虜に出来る力の方が安全に支配圏を拡大できると思ったのである。想像以上に女神達の力が拮抗しており、北の地においても魔王の結界が強固であったせいでスキルの効果範囲が限定されてしまっているのが難点だが。それでも、争いを積極的に招くどころか、無血で収めることができる力であるはずと本気でメリッサは信じていたのである。まあ、その力を選んだ理由が、アヤナの前世の境遇に同情してしまったからというのもあるのだが。
基本的には勇者達の転生後の姿は、全て女神の一存で決めることができるものである。勇者マサユキは平凡な見た目だが、多分それはマサユキ自身があまり外見に頓着しないタイプであり、マーテルをそれを理解していたからというのが大きいのだろう。対してアヤナ、リオウの二人はどちらも人間の中ではなかなかの美貌を持つ存在として生まれ変わっている。リオウの事情はわからないが、アヤナの方がそうなったのは――ひとえにメリッサの慈悲によるところが大きいのだ。
アヤナは、前世では可哀想なくらい容貌に恵まれぬ少女であった。妄想の中でお姫様になり、美しい男子たちに愛されて過ごす時間だけが彼女の幸福であったのである。それを、美というものに少なからず執着心を持つメリッサは大変不憫に思ったのだ。美しくありたい、同じく美しく価値の高い男に愛されたい――それは女性であるならば、至極全うな願望にして欲求である。
故に、チート能力を一つ得られると聞いた時、アヤナが“どんな異性からも愛される力がほしい”と望んだときは快諾したのだ。彼女に同情したのもあるし、血を流すことなく争いを終わらせられるかもしれないと踏んだが故に。
それがまさか、ここまで度が過ぎるなどとは思ってもみなかったわけだが。
――はあ。彼女の希望を聞いた時点で、どうして予想できなかったのかしらね……私。
アヤナは妻子のある男だろうとまだ年端もいかぬ少年であろうと、好みだと思った男は次々その力で洗脳し、自らの奴隷に変えていったのである。性的な奉仕から気紛れな遊び、敵陣への偵察まで。彼女は望めば望むだけ手にいれることのできる男たちを湯水のように使い、東の地域の支配と他の地方への侵攻準備を始めたのだ。
そうなれば、夫や息子を奪われた家族から非難がアヤナとメリッサに集中するのは当然の流れである。しかし、アヤナには残念ながら、“他人を思いやる倫理観や常識”というものは悉く欠落していたらしかった。そうやって自分のところにクレームをつけてきた連中は全て、操った男たちを使って強引に排除するようになったのである。
アヤナの恋奴隷となった男たちは、文字通りアヤナに愛されるためなら何でもする存在へと成り果てる。それこそ、アヤナにとって邪魔でしかない“かつて愛した妻や家族”の記憶など無用の長物であるため、真っ先に記憶も感情も消去されてしまうのだ。愛着もなにもなくなった家族を、その家族が取り戻したい夫や息子の手で傷つけさせ、場合よっては殺させるのである。それをアヤナはいい気味だと高みの見物を決め込むのだ。
おまけに、その男たちはアヤナの手足となってどんな危険な地にも命を省みず踏み込み、任務をこなすようになるのである。アヤナには倫理観もないが、残念ながらまともな戦争戦略を立てる知識もなければ頭脳もないわけで。そうなれば当然、危ない任務を押し付けられた者たちは次々命を落としていくことになるのだ。――いずれにせよ、東の地から若くて健康な男性がどんどんいなくなり、暴走していくわけなのだから治安が乱れるのは当然言えば当然である。
住人の一部は既に他の地域に逃げ出しているし、時には何をトチ狂ってかメリッサ教では絶対の禁忌であるはずの同性愛に走る輩まで出る始末である。このままでは、西の地域の凋落を待たずして東の地が不毛地帯に変わってしまうのも時間の問題ではあるだろう。
――本当に、どうしたものかしら。……他の女神はムカつくし殴りたい気持ちは変わってない、全てを私の支配地域にしたい気持ちは変わってないけど。何よりもまず、アヤナの方からなんとかしないとまずいわよね、これ。
彼女がまだ、他の勇者と比べればメリッサの意思を汲む気があるというのが救いだろうか。まだ、頼めばまったくメリッサの言うことをきかないというわけではない。それも、いまでもつかはわからないけれど。
アヤナは一応、勇者の務めを果たす気はある。メリッサに対して感謝していないわけでもないようだ。ただ、己がやっていることがどれほど周囲に迷惑をかけているか自覚がない――というより、自覚したところで罪悪感が明確に欠如しているのは明白である。流石のメリッサも、あくまで作りたいのは“メリッサを唯一神”として崇める世界であって、“アヤナの逆ハーレム天国”ではないのである。
どうにかして止めなければいけない、が。一度与えてしまったチートスキルは、与えた女神本人でさえもはや取り消せないものなのだ。取り消す方法があるとすれば、それは彼女を再び転生させ直して現世に送り返すことだけなのだが――二度目のそれは、本人が望んでくれなければ不可能と言う縛りがあるわけで。今のアヤナが、元のブサイクで不遇な己に戻ることを承諾するとは到底思えないのである。
自分一人の力では、もはやどうしようもないのかもしれない。
かといって、他の女神と協力するなど論外だ。ただでさえ仲が悪いというのに、原因を作ったマーテルは完全に責任転嫁で被害者面をかましてくるし、もう少し話がわかるはずのラフテルは勇者のスキルに負けて完全に軍門に下ってしまっている。とてもじゃないが、手を取り合って対策を講じられる状況ではない。
――とすると。やっぱり……北の地の、魔王様……かしらね。唯一の希望は。
自分がやったことの不始末を、他の者を頼ってなんとかするなど屈辱以外の何物でもないのだが。そして、チートスキルを持たない、勇者でもなんでもない存在に果たしてあの面倒きわまりない三人が倒せるかどうかはかなり怪しいところではあるのだが。
「背に腹は代えられないってことかしらね、これは」
メリッサは声に出して息を吐き――目の前に立つ少女と魔王を見た。
プライベートの時間をなくしてでも、話をするしかないと判断した二人。魔王と、その魔王に協力していると噂になっている異世界人らしい。どこまで役に立ってくれるかはわからないが、今の状況だと接触しないわけにもいくまい。
「貴方達、本当にこの状況をなんとかできるっていうの?女神の私達でさえ、手をこまねいているっていうのに」
「何とか出来る、ではなく。何とかするしかないんですよ」
す、と少女の方が一歩進み出る。青い髪の彼女はセーラー服のスカートを揺らしておじきをし、そして告げるのだ。
「チート勇者に対抗するための力は、知恵と努力で補うしかないのですから」
確かに、“他の女神の暴走”や“四つの地域での紛争の勃発(正確には勃発しそう、だが)”は、世界の危機として十分に判断可能なことである。ならば三人の女神が全員揃って勇者を呼び出すことは、十分に予想の範疇ではあったのだ。――まさか自分を含めた全員が全員、呼び出す勇者の“性格”を完全に度外視してしまうとは思っていなかったというだけで。
――まあ、素質と……すぐに元の世界に帰りたいと騒ぎ出さないっていうのを優先に選んだら。性格や性癖なんてものが二の次になるのは簡単に想像がついたことではあったわね……。
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確かに、勇者を呼び出したのは自分だ。アヤナを選んでしまった責任が全くない、とまで言うつもりはないのである(あのガキくさい西の女神のマーテルなんぞは、戦争のきっかけを作ったくせに自分は悪くないの一点張りであろうが)。スキルとの親和性、そして元の世界への未練の薄さ。それだけを重視して呼んでしまった結果、メリッサの手にも負えない面倒な女が来てしまったのは紛れもない事実なのだ。
――呼び出した勇者には、女神の裁量で最も“平和を導くため”に適したチートスキルを与えることができる。……私がアヤナに与えた能力は、南のラフテルに比べたらわりと平和なものの部類かと思ったんだけど。ちょっと認識が甘かったわね。
人を圧倒できる戦闘能力はなんぞよりは、人を虜に出来る力の方が安全に支配圏を拡大できると思ったのである。想像以上に女神達の力が拮抗しており、北の地においても魔王の結界が強固であったせいでスキルの効果範囲が限定されてしまっているのが難点だが。それでも、争いを積極的に招くどころか、無血で収めることができる力であるはずと本気でメリッサは信じていたのである。まあ、その力を選んだ理由が、アヤナの前世の境遇に同情してしまったからというのもあるのだが。
基本的には勇者達の転生後の姿は、全て女神の一存で決めることができるものである。勇者マサユキは平凡な見た目だが、多分それはマサユキ自身があまり外見に頓着しないタイプであり、マーテルをそれを理解していたからというのが大きいのだろう。対してアヤナ、リオウの二人はどちらも人間の中ではなかなかの美貌を持つ存在として生まれ変わっている。リオウの事情はわからないが、アヤナの方がそうなったのは――ひとえにメリッサの慈悲によるところが大きいのだ。
アヤナは、前世では可哀想なくらい容貌に恵まれぬ少女であった。妄想の中でお姫様になり、美しい男子たちに愛されて過ごす時間だけが彼女の幸福であったのである。それを、美というものに少なからず執着心を持つメリッサは大変不憫に思ったのだ。美しくありたい、同じく美しく価値の高い男に愛されたい――それは女性であるならば、至極全うな願望にして欲求である。
故に、チート能力を一つ得られると聞いた時、アヤナが“どんな異性からも愛される力がほしい”と望んだときは快諾したのだ。彼女に同情したのもあるし、血を流すことなく争いを終わらせられるかもしれないと踏んだが故に。
それがまさか、ここまで度が過ぎるなどとは思ってもみなかったわけだが。
――はあ。彼女の希望を聞いた時点で、どうして予想できなかったのかしらね……私。
アヤナは妻子のある男だろうとまだ年端もいかぬ少年であろうと、好みだと思った男は次々その力で洗脳し、自らの奴隷に変えていったのである。性的な奉仕から気紛れな遊び、敵陣への偵察まで。彼女は望めば望むだけ手にいれることのできる男たちを湯水のように使い、東の地域の支配と他の地方への侵攻準備を始めたのだ。
そうなれば、夫や息子を奪われた家族から非難がアヤナとメリッサに集中するのは当然の流れである。しかし、アヤナには残念ながら、“他人を思いやる倫理観や常識”というものは悉く欠落していたらしかった。そうやって自分のところにクレームをつけてきた連中は全て、操った男たちを使って強引に排除するようになったのである。
アヤナの恋奴隷となった男たちは、文字通りアヤナに愛されるためなら何でもする存在へと成り果てる。それこそ、アヤナにとって邪魔でしかない“かつて愛した妻や家族”の記憶など無用の長物であるため、真っ先に記憶も感情も消去されてしまうのだ。愛着もなにもなくなった家族を、その家族が取り戻したい夫や息子の手で傷つけさせ、場合よっては殺させるのである。それをアヤナはいい気味だと高みの見物を決め込むのだ。
おまけに、その男たちはアヤナの手足となってどんな危険な地にも命を省みず踏み込み、任務をこなすようになるのである。アヤナには倫理観もないが、残念ながらまともな戦争戦略を立てる知識もなければ頭脳もないわけで。そうなれば当然、危ない任務を押し付けられた者たちは次々命を落としていくことになるのだ。――いずれにせよ、東の地から若くて健康な男性がどんどんいなくなり、暴走していくわけなのだから治安が乱れるのは当然言えば当然である。
住人の一部は既に他の地域に逃げ出しているし、時には何をトチ狂ってかメリッサ教では絶対の禁忌であるはずの同性愛に走る輩まで出る始末である。このままでは、西の地域の凋落を待たずして東の地が不毛地帯に変わってしまうのも時間の問題ではあるだろう。
――本当に、どうしたものかしら。……他の女神はムカつくし殴りたい気持ちは変わってない、全てを私の支配地域にしたい気持ちは変わってないけど。何よりもまず、アヤナの方からなんとかしないとまずいわよね、これ。
彼女がまだ、他の勇者と比べればメリッサの意思を汲む気があるというのが救いだろうか。まだ、頼めばまったくメリッサの言うことをきかないというわけではない。それも、いまでもつかはわからないけれど。
アヤナは一応、勇者の務めを果たす気はある。メリッサに対して感謝していないわけでもないようだ。ただ、己がやっていることがどれほど周囲に迷惑をかけているか自覚がない――というより、自覚したところで罪悪感が明確に欠如しているのは明白である。流石のメリッサも、あくまで作りたいのは“メリッサを唯一神”として崇める世界であって、“アヤナの逆ハーレム天国”ではないのである。
どうにかして止めなければいけない、が。一度与えてしまったチートスキルは、与えた女神本人でさえもはや取り消せないものなのだ。取り消す方法があるとすれば、それは彼女を再び転生させ直して現世に送り返すことだけなのだが――二度目のそれは、本人が望んでくれなければ不可能と言う縛りがあるわけで。今のアヤナが、元のブサイクで不遇な己に戻ることを承諾するとは到底思えないのである。
自分一人の力では、もはやどうしようもないのかもしれない。
かといって、他の女神と協力するなど論外だ。ただでさえ仲が悪いというのに、原因を作ったマーテルは完全に責任転嫁で被害者面をかましてくるし、もう少し話がわかるはずのラフテルは勇者のスキルに負けて完全に軍門に下ってしまっている。とてもじゃないが、手を取り合って対策を講じられる状況ではない。
――とすると。やっぱり……北の地の、魔王様……かしらね。唯一の希望は。
自分がやったことの不始末を、他の者を頼ってなんとかするなど屈辱以外の何物でもないのだが。そして、チートスキルを持たない、勇者でもなんでもない存在に果たしてあの面倒きわまりない三人が倒せるかどうかはかなり怪しいところではあるのだが。
「背に腹は代えられないってことかしらね、これは」
メリッサは声に出して息を吐き――目の前に立つ少女と魔王を見た。
プライベートの時間をなくしてでも、話をするしかないと判断した二人。魔王と、その魔王に協力していると噂になっている異世界人らしい。どこまで役に立ってくれるかはわからないが、今の状況だと接触しないわけにもいくまい。
「貴方達、本当にこの状況をなんとかできるっていうの?女神の私達でさえ、手をこまねいているっていうのに」
「何とか出来る、ではなく。何とかするしかないんですよ」
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