チート勇者が転生してきたので、魔王と共に知恵と努力で撃退します。

はじめアキラ@テンセイゲーム発売中

文字の大きさ
上 下
10 / 42

<10・その人望は武器となる>

しおりを挟む
 たまーに、わかりやすく嫉妬の声が聞こえてくることもあるのだが。大半がアーリアへの賞賛の声、憧憬の声であることに紫苑は驚いていた。北の地は“無宗教”と言われているが、正確には“政府が国教を定めていない”という方が正しい。つまり、無宗教の人もいればそうではない人もいる、ということだ。当然ぶつかり合うこともあるし、他の地を(主に勇者の暴走のせいで)追われた者達とぶつかることがあるのも事実ではある。
 それでも、そういうトラブルが起きるたび、彼は大抵どんなに忙しくても自ら出て行って解決に乗り出すのである。そして、人々に告げるのは。

『信じるものがあるのは素晴らしいことだと思うよ。それが神様であっても、己であっても、別の誰かの信念であっても同様にね。私は、それらは等しく“神様”と同じものだと思ってる。誰だって、そう……一見宗教を持たないように見える人だって、その人の胸にはその人だけの神様が存在して、それを守っているんだ。ただ、名前が違うというだけでね』

 自分が思ったことを、偽りなく伝えるのである。この時は、神様を持たない北本来の人々と、女神マーテルを信じる西の地の出身の人が揉めた時のことだった。マーテルを信じる人々には、特定の食べ物を食べないという風習がある。そのうちの一つとして、彼らは米に関する食べ物をなるべく食べないという習慣があるのだ。それは米が“神様に捧げる神聖な食べ物であるので、一般の人がそうそう食べていいものではない”という考えからである。
 が、そういう西の風習は、北の人々にはそうそう根付いているものではない。ゆえに、予め知らされていないと、歓迎の席でコメをつかった料理を振舞ってしまうことも珍しいことではないのだ。実際、その時もそれで揉めてしまった。西から逃げて来た人々に仮宿を提供した宿屋の主人が、北の地で採れたお米を使った料理を西の人々の夕食として出してしまったのである。
 勿論、西の地の人々と交流するのならば、北の方もある程度下調べを行った方が無難ではあったのだろう。が、そもそもそういう風習が西独自のものであると自覚しておらず、予め伝えるということをしていなかった難民の方にも問題はある。ましてや、彼らは“逃げて来たところを助けて貰った立場”なのだ。米料理が出てきてしまった時に苦言を呈する――だけならばまだしも、最後の一言はあまりにも余計なものであったことだろう。
 まあ早い話、“これだから神様を信じない野蛮な連中は!”みたいなことを口にしてしまったのである。そりゃあ、歓迎する気で用意した料理にそんなことを言われて、北の人々も良い気になるはずがあるまい。それでもめにもめて、結果アーリアが仲裁する流れになったというわけだった。その時言った言葉が上記のアレ、というわけである。

『何が一番大事なのかは、誰にだって違うことだ。みんな完全に足並みを揃えることなんかできやしない。例えば西の君たちだってそうさ。西の地方の人々は女神マーテルを信じる人は多いけれど、それでも細かく宗派は違うだろう?米が神聖だから絶対食べないというコーリア派の人もいれば、お祈りを捧げれば食べても問題ないと考えるライナ派の人もいる、違うかい?あとは、お祈りのポーズも違うだろう。同じ宗教の中の同じ地域の人であってもこれだけ個性があって考え方があるんだ、他の地域の人ならもっと違いがあって然りじゃないか。それを認めて、“別でもいいんだ”って考えられる心の寛容さは、誰にだって必要だと思うよ』

 彼の凄いことは。和平を考えるにあたり、他の地域の人々の習慣などについても、事細かに調べてあるということではなかろうか。例えばリア・ユートピアの場合は宗教による対立が最大の問題なのだろうが――その宗教間の考え方の違い、風習の違いについて彼は独自に調査を進めて知識を頭に叩き込んでいるのである。この時もそう。自分達のことについて、ちゃんと理解しようとしてくれている人がトップを努めてくれいる――そう知った西の人々が、どれほど安心したかは言うまでもあるまい。

『宗教に関する違い、習慣に関する違いは人それぞれだ。ごめんね、私がみんなにもっとその違いを伝えておけば、こんな風に揉めずに済んだんだろうけど……あまりにも必要な知識が膨大すぎて、まだまだ伝えきれてないことがどうしても多いんだよ。許して欲しい。ただ、北の人たちの知識不足もあったとはいえ、純粋に君たちを歓迎したいと思って料理を用意したって気持ちは汲んで欲しいんだ。郷に入れば郷に従え、なんて言葉もある場所にはある。全部は無理でも、君たちも多少なりにこの地に従う努力はしてほしい。それとね。……モノはなんでも言いようなんだ、今のケースは“次からはお米の料理はやめてほしい”って一言伝えれば解決できた問題だろう?』

 中立に立ちつつ、ダメなことはダメと言える。それがアーリアという人物だった。
 彼はまだまだ若い。自分とさほど変わらない年であろうと思ったが、まだ十八歳だと聴いてより納得したものである。あの童顔だ、下手すればもっと幼く見えてしまうこともあるだろう。年配の、異郷の人からすれば馬鹿にされたり見下されることも少なくないはず。きっと何度も、戦場のみならず交渉で嫌な思いをしたことがあるに違いない。
 それでも彼は、この地のリーダーになって――魔王などという汚名を着せられてなお、四つの地域を平和にするために奮闘しているのである。それを尊敬しない理由がないんだよ、と八百屋のおばさんは紫苑に告げた。

「元々は、記憶喪失でこの地で倒れてたところを救われた……って話は既に知ってるかい?最初は言葉も通じなかったんだよ。本人は“エイゴ”か“ニホンゴ”しか喋ることができなかったんだ、って言ってたっけね」
「あ、そういえば……僕も今、その“日本語”を喋ってるつもりなんですけど、どうして話が通じるんでしょう?」

 そういえば、と紫苑は思う。何故最初に疑問に思わなかったのだろう。自分とアーリアは、最初から言葉が通じていた。むしろ、他の部下たちの言葉も“理解できる言語”として耳に入って来なかったことがない。早い話、自分の耳には彼らの言葉が全て日本語として聞こえているのである。何か理由があるはずだ、とは思っていたが。

「それね、凄いだろう?今じゃ、異世界人の言葉でさえどこでも通じるようになったんだ。リア・ユートピア内でさえ、東西南北で多少言語の違いはある。特に南ともあれば方言がすごくて、頑張らないと聞き取れないところが相当あったっていうのにさ。我らがアーリア様は、自らその問題を解決してくださったんだよ」

 あれを見てくれよ、とおばさんが指し示したのは。道の街灯の上の方に設置されている、キラキラした青い宝石のようなものである。単なる装飾かと思っていたが、どうやら違うらしい。
 よく見ると、街灯のみならず、アレが設置されている場所は少なくないような気がする。それこそ、城の中にもいくつも存在していたような。

「“翻訳スピーカー”ってやつなんだってさ。凄いと思わないかい」
「翻訳?まさか、あれが設置されている場所だと、どんな言語も自分の知っている言葉に変換して聞こえるってことなんですか?」
「その通り!アーリア様は、この地域の言葉を必死で覚えてくれたけどね。それでもやっぱり、言語が通じない地域があったり、異世界人の言葉がわからないのは不便だと感じたみたいなんだ。この世界にあるいくつかの技術を組み合わせて、なんとあんな機械まで自分で作って広めちゃったんだ。しかも、北の地域のみならず、他の地域の人々にも無性で提供してる。あの人があの装置を世界中に設置して回ってくれたおかげで、私達はいろんな人たちと円滑なコミュニケーションが取れるようになったんだよねえ」

 まあ、まだ登録されてない言語の言葉は翻訳できないんあけどね、とおばさんは笑う。

「それでもあの人は、自らいろんな地域を回って、新しい言語を取り入れてアップデートを続けてくれてるよ。異世界にもそう、本人は“興味があるから”って言ってるけど……あれは、この世界に時々召喚されたり、迷い込んでしまう異世界人が困らないようにっていう対策なんじゃないのかね。本当に真面目で、頑張り屋さんだと思うよ。異世界なんていったら、本当にいくつあるものかもわかったもんじゃないってのにさ……」

 そういうことか、と紫苑は納得した。彼は何度も紫苑の世界に足を運んでいるし、その文化にも随分精通していると聞いていたが――まさか、そういう事情もあったのだとは。大変どころではなく大変であるはずである。なんといっても、異世界のみならず紫苑の世界だけで、言語の数は目が回るほどには存在しているのだから。そして、一つの言語を極めるだけでも相当な苦労を強いられることは想像に難くない。だからこそ、英語検定やらなんやらなんて資格が当然のように存在しているのだから。
 おばさんにお礼を言って、紫苑は他の人々にも話を聴いて回る。彼がそうやって地道な努力を積み重ねていったように、自分もまた――そこまでではなくても、自ら耳で聴いて眼で見て、最善に近い判断を下していくことは可能であるはずだ。

――とりあえず、他の地域の人にもいろいろ話を聞かないと。勇者から逃げて来たっていう人なら、勇者についていろいろ知っていたりするかもしれないし……。

 できれば、北の地域以外の場所にも行って、色々と直接現地の人々の話を聴いたり、その地域の習慣についても学んでみたい気持ちはあるが。アーリアが何年もかけて学んだことを、自分が数日でマスターしようなどというのは不可能に近いことだろう。それでも付け焼刃だとしても、やらないよりはマシなような気がしているのも事実だ。
 人が、自分とは違う他人のことを100%理解しようなどというのは不可能に近い。
 それでも、相手を“理解しよう”と努力することはできる。そして人は、意見や種族が異なる存在であったとしても――己を“理解しようと努力してくれる人”にしか心を開きたくないと思うのが常である。

――本は、買っておいていいかな。書物の知識が全てではないけれど。

 とりあえず、紫苑は街の中にある書店の前で足を止めた。お金にも限りがある。なるべく種類は厳選しよう、と考えながら。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。

BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。 辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん?? 私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪

naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。 「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」 まっ、いいかっ! 持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

転生したら死んだことにされました〜女神の使徒なんて聞いてないよ!〜

家具屋ふふみに
ファンタジー
大学生として普通の生活を送っていた望水 静香はある日、信号無視したトラックに轢かれてそうになっていた女性を助けたことで死んでしまった。が、なんか助けた人は神だったらしく、異世界転生することに。 そして、転生したら...「女には荷が重い」という父親の一言で死んだことにされました。なので、自由に生きさせてください...なのに職業が女神の使徒?!そんなの聞いてないよ?! しっかりしているように見えてたまにミスをする女神から面倒なことを度々押し付けられ、それを与えられた力でなんとか解決していくけど、次から次に問題が起きたり、なにか不穏な動きがあったり...? ローブ男たちの目的とは?そして、その黒幕とは一体...? 不定期なので、楽しみにお待ち頂ければ嬉しいです。 拙い文章なので、誤字脱字がありましたらすいません。報告して頂ければその都度訂正させていただきます。 小説家になろう様でも公開しております。

劣悪だと言われたハズレ加護の『空間魔法』を、便利だと思っているのは僕だけなのだろうか?

はらくろ
ファンタジー
海と交易で栄えた国を支える貴族家のひとつに、 強くて聡明な父と、優しくて活動的な母の間に生まれ育った少年がいた。 母親似に育った賢く可愛らしい少年は優秀で、将来が楽しみだと言われていたが、 その少年に、突然の困難が立ちはだかる。 理由は、貴族の跡取りとしては公言できないほどの、劣悪な加護を洗礼で授かってしまったから。 一生外へ出られないかもしれない幽閉のような生活を続けるよりも、少年は屋敷を出て行く選択をする。 それでも持ち前の強く非常識なほどの魔力の多さと、負けず嫌いな性格でその困難を乗り越えていく。 そんな少年の物語。

公爵家三男に転生しましたが・・・

キルア犬
ファンタジー
前世は27歳の社会人でそこそこ恋愛なども経験済みの水嶋海が主人公ですが… 色々と本当に色々とありまして・・・ 転生しました。 前世は女性でしたが異世界では男! 記憶持ち葛藤をご覧下さい。 作者は初投稿で理系人間ですので誤字脱字には寛容頂きたいとお願いします。

異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。

sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。 目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。 「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」 これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。 なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。

処理中です...