チート勇者が転生してきたので、魔王と共に知恵と努力で撃退します。

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<9・知ることは救うこと>

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「本当にいいのかい?転送魔法、準備できたみたいだけど」
「いいんです。どうやら、急がなくても問題ないとわかりましたしね」

 本当に、アーリアはお人好しだ。紫苑に気を使って、時間の流れの差というものをギリギリまで伏せていたのだから。紫苑がこの世界に来た次の日のことである。
 現代日本とリア・ユートピアでは時間の流れに大きく差があるらしい。わかりやすく言えば、リア・ユートピアで一週間過ごすのが、現代日本ではほぼ一日程度にしか該当しないと言うではないか。おおよそ、こちらの方が七倍も時間の流れが早いということ。裏を返せば、多少こちらに長居しても、現代の生活への影響はかなり少なくて済むということである。
 裏を返せば、現代日本に行った場合、急いでリア・ユートピアに戻らないと相当時間が進んでしまうということでもあったわけだが。両方を行き来して行動を起こしたいと思うなら、細心の注意を払う必要があるというわけだ。

「何度も言いますけど。貴方が帰って欲しいと言うか、事件が解決するまで此処にいます。そう決めました。……貴方が気に病む必要は何もないんですよ」

 西の地域の被害は深刻だが、話を訊けば南も東もさほど状況は変わらない様子であるという。緊急性と言えば、どこもさほど変わらないようだ。先日リョウスケが飛び込んできたのは、西のマサユキの農園付近を調べていたところで本人に見つかり、そのチート能力のせいで排除され多数のけが人が出たためであるらしい。スローライフを実現するためならば、どんな敵であろうと強制的に排除する――簡単に見えて、実に恐ろしい力である。
 他の二つの地域の勇者も、殆ど女神の言うことなど聞かずに好き勝手にしているようだった。特にまずい状況といえるのが、南の女神ラフテルに呼び出された青年“リオウ”である。彼はなんと、女神ラフテル本人さえ従属させ、好き勝手に暴走しているらしい。何故そうなることを見越してチート能力を考えようとはしなかったのか。“どんな敵の能力も見極め、それを一定レベル上回る力を得ることができる”なんて。女神相手であっても同じ効果が発揮され、屈服させられてしまうなど簡単に予想がきそうなものであるというのに。

――西のマサユキのことは、あと現地調査を待つばかり。南のラフテルは多分、現状だと接触することそのものが難しいでしょうね。名前しか情報がない状況で、どれほど調べることができるかどうか。そのためには……。

 そのためには、まず。

――北の……味方の戦力について。そして、西・東、南から逃げてきた人々の話。全て、実地で聞き込みをして情報を集めないといけません。

 自分は、実際の戦場では全く役に立つことがない。魔法も全く使えない、運動神経もへったくれもないただの人間の少女に過ぎない。後方支援さえも満足にできない自分にできることは、最前線で戦うであろう彼らに対して情報や作戦立案で役に立つことだけである。
 むしろ、ただの人間でしかないからこそ、出来ることもあるはずなのだ。弱い人間ゆえの目線も、役に立つ時がきっとある。そのためにはまず、見えないところできっちり体を張って、足を使って調査を繰り返すしかない。
 幸い、アーリアが統治する町の中でも、城が存在するアンテナシティは非常に治安がいいようだった。元々、他の地域と違って北の地域は小国がいくつも乱立する形態を取っていた。それが宗教色が強い東、南、西の地域との対立が深まるにつれて団結を与儀なくされ、巨大な連合国家が成立したのが半世紀ほど前のことであるという。マーテルが無茶な要求を他の女神にして大喧嘩が勃発するよりも前から、いくつも争いが絶えないような関係であったというわけだ。
 なんせ、特定宗教を信じる過激派の中には、“無宗教なんて悪だ!神様を信じないなんて人間じゃない!”とまで言い出す者もいる始末であったというのだから面倒な話である。別に、北の地域の人だって、必ずしも宗教をもっていないというわけではない。ただものすごく小さな宗派であったり、他の派閥との兼ね合いを気にしなかったり、あるいは東西南の国にいられない事情があって逃げてきた者ばかりなのである。互いを尊重しなければ生き延びることができないと学び、互いの意見を否定しないことを選んだだけの集団にすぎない。それをよそ者につつき回れたらたまったものではないのである。
 そんな彼らをどうにかまとめあげ、それぞれの国のトップからも一目置かれるようになった“魔王”こそ、戦争が始まった時真っ先に飛び出して敵に立ち向かったアーリアだったのだという。他の勇者達との最大の違いにして武器があるのならそこだ、と紫苑は即座に見抜いていた。
 彼には人望があり、強制されるわけでもなく彼に従い命をも賭ける部下が多数存在している。これは、一人よがりで暴走し続ける他の勇者達にはない武器であるはずだった。人が多いということは人海戦術が使えるということであり、情報網が広いということであり――少なくとも情報戦においては遥かに優位に立てることに他ならないのだから。

「あらこんにちは。えっと、貴女がシオンちゃん、であってるわよね?」

 城下町の商店に行くと、林檎を売っていたおばさんが笑顔で話しかけてくれた。そう、この世界にも現代日本と同じような果物や食べ物が多数存在しているのである。なんでも、二世紀ほど前にこの世界に来た異世界人が種を持ち込み、こちらで栽培に成功した動植物が多数存在するのだという。
 ある意味それも、異世界人がもたらしてしまった“世界のバランスを壊しかねない変化”であったのかもしれなかった。まあ、それがこの世界の文化として一つ根付いてしまった以上、自分がどうこう言っても仕方ないことではあるのだけれど。

「はい。あ、その様子だと、アーリアは皆さんに僕のことを伝えたんですね」
「あら、知らなかったのね。今日の朝集会があって。教えて貰ったの。シオンちゃんっていう女の子の異世界人が迷い込んでしまったから、客人として城にお迎えしてるって。みんな仲良くして欲しいって」
「ああ、道理で」

 きっと顔も含めてきっちりみんなに公開したのだろう。先ほどから、歩く人歩く人の視線を感じて仕方ないと思ってはいたが。
 いや、みんなにちらちら見られるのはいいのだけれど。朝に集会があった、ということは――アーリアは自分が起きるよりも前の時間から、しっかり仕事をしていたということである。本当に朝が弱くていけない、と紫苑は猛反省だ。実は昨日はいろいろ考えすぎてオーバーヒートしたせいか、疲れてしまい遅い時間までぐっすりと眠ってしまったのである。気づいたら日はかなり高く上ってしまっている時間だった。いくら客人扱いされているとはいえ、非常に申し訳ない話である。結局のところ、ほぼほぼ強引に城に住まわせて貰っているようなものだというのに。

「林檎一つ、貰えますか。この世界の林檎がどんな味なのか気になりますし」

 これも礼儀と、アーリアから貰った硬貨を財布から取り出して告げる。彼はなんと、昨日の紫苑の働きに対してきちんと給料を出すと言ってきたのだ。ここで初めて思い至ったのだが、なんと彼は他の兵士達に対して自らの懐からきっちり給料を出して雇用していたらしい。そのお金はといえば、人助けや災害復興支援、北の地の土木工事やモンスター退治などで得た報酬から出ているとのこと。何でも彼は空き時間には、一人だけでもそういう現場に出ていって人助けになる仕事をしているというではないか。
 本人はお金なんかいらないと断ることが少なくないのだが、それでは助けられた側の気持ちが収まらない。助ける相手が貧乏人から金持ちまで分け隔てないということもあり、結果としてかなりの額が彼の懐に入る仕組みになっているという。そしてその金を、城の警護をしたり他国の調査をしてくれる兵士達への給金として支払っているというのだ。

『まあ、うちってぶっちゃけ“株式会社・魔王!”みたいになってるとこあるから!株式発行したわけじゃないんだけど、軍を作ってまとめる時に最初の資本金を出してくれた人たちにはちょっとずつ還元しているわけだしねえ』

 アーリアに尋ねると、彼はにこにことそう語って見せたのである。

『勿論ブラック運営なんかしてないんだぞ!休憩覗いて実働八時間のシフト制、夜勤担当者にはもちろん色つけてるし、残業代もしっかり出してるんだから。まあ、中にはお城に住んで衣食住提供してもらう代わりにお給料ほとんどなくていいって言ってくれる人もいるけどさ……住むところがなくなっちゃった人には、お城のお部屋を提供してたりするしね』 

――ほんと、魔王って一体なんなんですかねえ。勇者と敵対したから魔王って呼ばれてるだけなんでしょうけど。

 しかも、仲間がピンチになったら誰より率先して動く。悩んでいる人には紳士に話を聞く、一番危ない仕事は自分が自ら請け負うし――突然やってきた小娘相手にも対等に接してくれると来たものだ。
 そりゃ、人々に慕われるのも当然だろう。場合によっては、自分は人々にとってかなりの嫉妬対象になっているかもしれない。周囲から感じる視線の中には、明らかな羨望の色も含まれているから尚更だ。

「はい、ありがとね。20Gでいいわ。サービスしちゃう」

 おばさんはお金を受け取ると、愛想よく袋に林檎をいれて渡してくれる。そして。

「で、その代わりと言ってはなんだけど、いくつか教えて欲しいんだけどいいかい?」
「はい、なんでしょう?」
「決まってるでしょ、あの“魔王様”のプライベートについてよ!私達みんな、魔王様の大ファンなんだから!」

 おっと、そう来たか。まあ予想されたことではあるし――自分としても、彼や仲間達の評判についてはきちんと聴いておきたかったところである。
 さて、どれくらいまで話していいものか。そんなことを考えつつ、いいですよ、と紫苑は頷く。

「僕は知っていることなんて、大したことではないですけどね。……というか、本当にアーリアは皆さんに慕われてるんですね。ファン、と来ましたか」
「そりゃそうよ、私達の中で、あの人に感謝してない奴なんかいないわ。確かに記憶喪失だったの人を助けて養ったのは、うちの町の夫婦だったけど。でも、だからって町そのものにここまで恩返しをしてくれるなんて、誰も思ってなかったんじゃない?多分あの子、元々は異世界人だったんだろうしねえ」
「!」

 ピンと来る。同時にやはり、という気持ちになった。最初に出会った時から気にはなっていたのだ。アーリアの感覚は、あまりにも現代人に近すぎると感じていたから。
 そう、異世界に来たことをすぐに実感できなかったこともそう。彼の常識と自分の常識に、あまりにもズレがなかったゆえである。

「……あの、よければそのへんも、詳しく教えてくれませんか?僕ももっと魔王様のことを知って、お役に立ちたいと思ってるので」
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