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<16・枯れた向日葵。>
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久遠と一緒にいた時間は、鹿島にとって幸せそのものだった。一人暮らしの暗い部屋に、さながら大輪の向日葵が咲いたかのよう。
学校の仕事が終わったあと、疲れ果てて家に帰り、休みの日にはただ昼寝をするかぼんやりテレビを見るくらいしかやることがなかった日々。理想を掲げて高校教師になったはずが、思い通りにならないことはあまりにも多い。果たして自分は、誰かの役に立てているのか。生徒達を良い方に導けているのか。そんな袋小路に入りかけた時に出逢ったのが久遠だったのである。
彼はただ、鹿島に恋を教えてくれただけではなかった。
学校の教師として、自分の教えが間違っていなかったことを知らしめてくれる存在でもあった。確かにきっかけは道を外れたものだったが、彼が自分に恋愛感情と同じくらい“教師への憧憬”を向けてくれていたことはわかっている。
『俺、先生に出逢えて良かった!』
彼は、何度もそう言ってくれた。
『俺も先生みたいに、誰かの役に立てる仕事がしたいな。そういう大人になりたい!』
彼の存在はまさに、鹿島の人生そのものを肯定してくれるものに他ならなかったのである。彼はきっと鹿島に救われたと言うのだろうが、鹿島からすれば逆だった。自分の方こそ彼に救われていたし、依存していた。離れるなんて考えられなかったし考えたくもなかったのだ――そのはずだったのに。
倒れた父に、これが人生最期の望みだと縋りつかれて。母にも頭を下げられて。
同時に、このままの自分に不安を感じてしまったらもう駄目だった。
ああ、どうして自分達は教師と生徒だったのだろう。
ああ、どうして自分達は男同士だったのだろう。
ああ、どうして此処は日本だったのだろう。
ああ、どうして自分達は堂々とカップルとして外を歩けないのだろう。
ああ、どうして自分達は結婚出来る法律がないのだろう。
ああ、どうして自分達は子供を作ることができないのだろう。
ああ、どうして、どうして、どうして、どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテ――。
いくら答えを追及しても、疑問を虚空にぶつけても、欲しい結果が見えるはずもなく。
悩んだ末、鹿島は愚かな選択をしてしまった。父のために、母のために。そう言い分けをして――父が望んだ人と見合いをし、結婚をする結論をしてしまったのである。
『……え?』
それを告げた時の、久遠の顔が忘れられない。
『嘘、だよね?先生……』
『嘘じゃない。先生のお父さんが病気で、あと何年生きられるかわからないんだ。お父さんは、私に身を固めて欲しいと願っている。結婚した姿を見せて、安心させてあげたいんだ。だから、君とはもう一緒に過ごせない。このアパートも出て行く』
『それが本当に先生の望みなの?先生は本当にその人が好きなの?』
『好きじゃなくても、好きになるんだこれから。きっと好きになれる。好きにならないといけない』
『先生は、本当にそれを望んでいるの?俺よりその人がいいって本当に思ってるの!?』
それは、彼の心からの訴えだった。単に、捨てられる自分を認められなかったというだけではないだろう。彼には見抜かれていた。鹿島が迷いばかりで、結局何一つ自分の意思で決断していないことを。
実際、本当はお見合いなんてしたくなかった。父に勧められるまま、父の会社の幹部の娘とお見合いをしたもののまったく気が合う気がしなかった。彼女は美人ではあったものの、本人も“こんな冴えないおじさんと結婚したくない”というのがありありと出ている。さらに、話をしたものの趣味が何一つ合わない。喫煙者というのも論外だ。自分は、煙草の臭いが大嫌いなのに。
お互い、どっちも好きなんかじゃない。それでも家が安泰だから、両親が望むからというだけで一緒になっていずれ子供を作るのである。それでどうやって幸せな家庭が築けるというのだろう。お見合いが当たり前だった古い時代とは違うというのに。
そう、分かっている。鹿島自身、本当に好きな相手は目の前にいる少年の方だということは。それでも、自分は選ぶしかなかったのだ。久遠との未来を背負う覚悟がなかったばかりに。
『……ああ、そうだよ』
ゆえに、鹿島は嘘をついた。縋りついてくる久遠の手をやんわりと振り払って。
『そもそも、私と君は教師と生徒で、男同士だ。その関係をいつまでも秘密にしておけると思うのか?いつまでも一緒にいられると、それでお互い幸せになれると思うのか?無理だろう。だったら、もっと無難な未来を選んだ方がいい。悪いけれど、私は君を背負って歩けるほど強い男じゃないんだ』
『無難な未来って、何?女の人と結婚すること?』
『ああ』
『好きでもなんでもない人と結婚することが無難なの?それで本当に幸せになれるの?それに……先生はそれでいいかもしれないけど、俺は?俺は先生みたいに、女の人と恋なんかできないんだよ?どんなに望んでも、女の人と結婚なんかできないんだよ?俺には……俺には先生しかいないのに!』
『仮に君が、男としか恋愛できないんだとしても』
相手の為だと、いくら言い訳をしても。結局醜い本性は隠せない。隠しようがない。
『君にはもっと、相応しい人間がいるさ。私みたいな卑怯な男じゃない……君を幸せにしてくれる人が』
『俺は!』
それでも、彼は言い募った。
『俺は、自分だけ幸せになりたいなんて思ってないよ!幸せにしてくれなくてもいいから……先生がいいよ、一緒にいたいよ!先生、先生――っ!』
彼に別れを告げたその日が、最後だった。鹿島が、久遠の姿を見たのは。
逃げるようにアパートを出て、隣町の繁華街に行って飲み歩いた。浴びるように酒を飲んで、終電を逃して始発で家に帰った。当然翌日の出勤などできるはずもなく、体調不良を理由に学校に電話して、二日酔いの声を教頭に聴かれてこっぴどく叱られた。
始発で家に帰ると、久遠はいなくなっていた。家に帰ったのだろうと、そう思った。しかし彼は翌日鹿島が学校に出勤しても姿を見せず、自宅にも帰っていない様子だった。ショックできっとどこか遊び歩いているんだろうと思った。自分もそうだったから、きっと彼もやけになって夜遊びをしていると思いたかったのだ。
しかし、流石に一週間も学校に来ないともなれば、心配せざるをえない。
自宅は相変わらず留守で、久遠の携帯にも繋がらない。友達もみんな、彼の行方を知らないという。胸騒ぎがした。そしてそれは、最悪な形で的中してしまうことになるのである。
『……ああ、学校の先生ですか』
彼と最後に会話してから十日後。警察に呼ばれた鹿島が見たのは、安置所に横たわる久遠の変わり果てた姿だったのである。
彼の遺体は、近所の雑木林の中に打ち捨てられていた。体内から数種類のドラッグが出たことと、両手足に縛られた痕跡、体中の痣。それに加えて、明らかに性的暴行を受けた痕跡があったという。死後一日。何日にもわたって誰かに監禁されて、死亡後に打ち捨てられた可能性が高いという。
その後、犯人は捕まった。
鹿島がよく出入りしていて、あの日もやけっぱちになって入り浸っていた繁華街。あのあたりを根城とする、半グレのチームのメンバーだった。人探しをしているっぽい少年を見つけて、カモになりそうだったから拉致したという。メンバーには、綺麗な顔をしているなら男でもイイ、という連中が複数いた。その結果、彼は男達の玩具にされて、嬲り殺しにされたのだという。
――ああああ、私が、私が、私が!
鹿島は、自分の愚かさを呪うしかなかった。
――私があんな形で彼を捨てたりしなければ……久遠君は!
どれほど望んでも、願っても、彼の未来は帰ってこない。
もう二度と、自分の傍で向日葵は咲かない。自分がこの手で、枯らしてしまったのだから。
***
『その後、私は……逃げるようにアパートを引き払い、見合い相手と結婚しました』
罪悪感で死にそうな顔で、鹿島はそう話を締めくくった。
『途中まで隠し通せていたはずの秘密は……私が久遠君の死であまりにも取り乱したことと、様々な証言からいつの間にか露呈していました。両親は私を、一族の恥と罵りました。そして、全てなかったことにしなさいときつく言い含めました。私は両親と、親戚みんなの総意に従い、過去全てを封印するため黒須ヶ丘を去りました。そして……監視と管理の意味もかねて、この鹿島実業学院に来たというわけです』
彼はそのあと予定通り結婚し、子供を作った。しかし愛のない結婚生活は当然うまくいくはずもなく、かといって相手が相手なだけに離婚もできず。結局現在別居状態であり、関係は冷え切っているという。
妻からも親戚からも子からも冷たい目を向けられ、秘密が今の教え子たちにもバレるのではないかと怯え続け。さらには、何度も夢に見る久遠の最後の顔。
望んだ幸せが来ないばかりか、ささやかな日常さえ全てぶち壊しにしてしまった男。趣味のジムのトレーニングもできなくなり、自慢の屈強な体は弱り、ストレスから髪の毛は早々に白髪になった。罪悪感に押し潰され、老いさらばえた醜い男が今の私です、と鹿島は自嘲気味に仁に語ったのである。
『……本当はずっと、待っていたんです。誰か私を裁いてくれ、この醜い人生を終わらせてくれと。……君が此処に来たのは、運命だったのでしょう。どうか、久遠君には全てを伝えてください。私は此処にいます。呪うのなら、私からアパートに出向いてもいいです。どうか……どうかけじめをつけさせてください』
『……それは、あいつが決めることだ』
『ええ、ええ。そうでしょうね。そうですとも。でももう私は……私はもう、疲れたんです。楽になりたい。あまりにも身勝手なのはわかっていますが』
お願いします、と。最後に彼は、仁に頭を下げてきたのだった。
『君に頼むのがお門違いなのはわかっています。でもどうか、お願いです。……久遠君を、救ってください』
学校の仕事が終わったあと、疲れ果てて家に帰り、休みの日にはただ昼寝をするかぼんやりテレビを見るくらいしかやることがなかった日々。理想を掲げて高校教師になったはずが、思い通りにならないことはあまりにも多い。果たして自分は、誰かの役に立てているのか。生徒達を良い方に導けているのか。そんな袋小路に入りかけた時に出逢ったのが久遠だったのである。
彼はただ、鹿島に恋を教えてくれただけではなかった。
学校の教師として、自分の教えが間違っていなかったことを知らしめてくれる存在でもあった。確かにきっかけは道を外れたものだったが、彼が自分に恋愛感情と同じくらい“教師への憧憬”を向けてくれていたことはわかっている。
『俺、先生に出逢えて良かった!』
彼は、何度もそう言ってくれた。
『俺も先生みたいに、誰かの役に立てる仕事がしたいな。そういう大人になりたい!』
彼の存在はまさに、鹿島の人生そのものを肯定してくれるものに他ならなかったのである。彼はきっと鹿島に救われたと言うのだろうが、鹿島からすれば逆だった。自分の方こそ彼に救われていたし、依存していた。離れるなんて考えられなかったし考えたくもなかったのだ――そのはずだったのに。
倒れた父に、これが人生最期の望みだと縋りつかれて。母にも頭を下げられて。
同時に、このままの自分に不安を感じてしまったらもう駄目だった。
ああ、どうして自分達は教師と生徒だったのだろう。
ああ、どうして自分達は男同士だったのだろう。
ああ、どうして此処は日本だったのだろう。
ああ、どうして自分達は堂々とカップルとして外を歩けないのだろう。
ああ、どうして自分達は結婚出来る法律がないのだろう。
ああ、どうして自分達は子供を作ることができないのだろう。
ああ、どうして、どうして、どうして、どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテ――。
いくら答えを追及しても、疑問を虚空にぶつけても、欲しい結果が見えるはずもなく。
悩んだ末、鹿島は愚かな選択をしてしまった。父のために、母のために。そう言い分けをして――父が望んだ人と見合いをし、結婚をする結論をしてしまったのである。
『……え?』
それを告げた時の、久遠の顔が忘れられない。
『嘘、だよね?先生……』
『嘘じゃない。先生のお父さんが病気で、あと何年生きられるかわからないんだ。お父さんは、私に身を固めて欲しいと願っている。結婚した姿を見せて、安心させてあげたいんだ。だから、君とはもう一緒に過ごせない。このアパートも出て行く』
『それが本当に先生の望みなの?先生は本当にその人が好きなの?』
『好きじゃなくても、好きになるんだこれから。きっと好きになれる。好きにならないといけない』
『先生は、本当にそれを望んでいるの?俺よりその人がいいって本当に思ってるの!?』
それは、彼の心からの訴えだった。単に、捨てられる自分を認められなかったというだけではないだろう。彼には見抜かれていた。鹿島が迷いばかりで、結局何一つ自分の意思で決断していないことを。
実際、本当はお見合いなんてしたくなかった。父に勧められるまま、父の会社の幹部の娘とお見合いをしたもののまったく気が合う気がしなかった。彼女は美人ではあったものの、本人も“こんな冴えないおじさんと結婚したくない”というのがありありと出ている。さらに、話をしたものの趣味が何一つ合わない。喫煙者というのも論外だ。自分は、煙草の臭いが大嫌いなのに。
お互い、どっちも好きなんかじゃない。それでも家が安泰だから、両親が望むからというだけで一緒になっていずれ子供を作るのである。それでどうやって幸せな家庭が築けるというのだろう。お見合いが当たり前だった古い時代とは違うというのに。
そう、分かっている。鹿島自身、本当に好きな相手は目の前にいる少年の方だということは。それでも、自分は選ぶしかなかったのだ。久遠との未来を背負う覚悟がなかったばかりに。
『……ああ、そうだよ』
ゆえに、鹿島は嘘をついた。縋りついてくる久遠の手をやんわりと振り払って。
『そもそも、私と君は教師と生徒で、男同士だ。その関係をいつまでも秘密にしておけると思うのか?いつまでも一緒にいられると、それでお互い幸せになれると思うのか?無理だろう。だったら、もっと無難な未来を選んだ方がいい。悪いけれど、私は君を背負って歩けるほど強い男じゃないんだ』
『無難な未来って、何?女の人と結婚すること?』
『ああ』
『好きでもなんでもない人と結婚することが無難なの?それで本当に幸せになれるの?それに……先生はそれでいいかもしれないけど、俺は?俺は先生みたいに、女の人と恋なんかできないんだよ?どんなに望んでも、女の人と結婚なんかできないんだよ?俺には……俺には先生しかいないのに!』
『仮に君が、男としか恋愛できないんだとしても』
相手の為だと、いくら言い訳をしても。結局醜い本性は隠せない。隠しようがない。
『君にはもっと、相応しい人間がいるさ。私みたいな卑怯な男じゃない……君を幸せにしてくれる人が』
『俺は!』
それでも、彼は言い募った。
『俺は、自分だけ幸せになりたいなんて思ってないよ!幸せにしてくれなくてもいいから……先生がいいよ、一緒にいたいよ!先生、先生――っ!』
彼に別れを告げたその日が、最後だった。鹿島が、久遠の姿を見たのは。
逃げるようにアパートを出て、隣町の繁華街に行って飲み歩いた。浴びるように酒を飲んで、終電を逃して始発で家に帰った。当然翌日の出勤などできるはずもなく、体調不良を理由に学校に電話して、二日酔いの声を教頭に聴かれてこっぴどく叱られた。
始発で家に帰ると、久遠はいなくなっていた。家に帰ったのだろうと、そう思った。しかし彼は翌日鹿島が学校に出勤しても姿を見せず、自宅にも帰っていない様子だった。ショックできっとどこか遊び歩いているんだろうと思った。自分もそうだったから、きっと彼もやけになって夜遊びをしていると思いたかったのだ。
しかし、流石に一週間も学校に来ないともなれば、心配せざるをえない。
自宅は相変わらず留守で、久遠の携帯にも繋がらない。友達もみんな、彼の行方を知らないという。胸騒ぎがした。そしてそれは、最悪な形で的中してしまうことになるのである。
『……ああ、学校の先生ですか』
彼と最後に会話してから十日後。警察に呼ばれた鹿島が見たのは、安置所に横たわる久遠の変わり果てた姿だったのである。
彼の遺体は、近所の雑木林の中に打ち捨てられていた。体内から数種類のドラッグが出たことと、両手足に縛られた痕跡、体中の痣。それに加えて、明らかに性的暴行を受けた痕跡があったという。死後一日。何日にもわたって誰かに監禁されて、死亡後に打ち捨てられた可能性が高いという。
その後、犯人は捕まった。
鹿島がよく出入りしていて、あの日もやけっぱちになって入り浸っていた繁華街。あのあたりを根城とする、半グレのチームのメンバーだった。人探しをしているっぽい少年を見つけて、カモになりそうだったから拉致したという。メンバーには、綺麗な顔をしているなら男でもイイ、という連中が複数いた。その結果、彼は男達の玩具にされて、嬲り殺しにされたのだという。
――ああああ、私が、私が、私が!
鹿島は、自分の愚かさを呪うしかなかった。
――私があんな形で彼を捨てたりしなければ……久遠君は!
どれほど望んでも、願っても、彼の未来は帰ってこない。
もう二度と、自分の傍で向日葵は咲かない。自分がこの手で、枯らしてしまったのだから。
***
『その後、私は……逃げるようにアパートを引き払い、見合い相手と結婚しました』
罪悪感で死にそうな顔で、鹿島はそう話を締めくくった。
『途中まで隠し通せていたはずの秘密は……私が久遠君の死であまりにも取り乱したことと、様々な証言からいつの間にか露呈していました。両親は私を、一族の恥と罵りました。そして、全てなかったことにしなさいときつく言い含めました。私は両親と、親戚みんなの総意に従い、過去全てを封印するため黒須ヶ丘を去りました。そして……監視と管理の意味もかねて、この鹿島実業学院に来たというわけです』
彼はそのあと予定通り結婚し、子供を作った。しかし愛のない結婚生活は当然うまくいくはずもなく、かといって相手が相手なだけに離婚もできず。結局現在別居状態であり、関係は冷え切っているという。
妻からも親戚からも子からも冷たい目を向けられ、秘密が今の教え子たちにもバレるのではないかと怯え続け。さらには、何度も夢に見る久遠の最後の顔。
望んだ幸せが来ないばかりか、ささやかな日常さえ全てぶち壊しにしてしまった男。趣味のジムのトレーニングもできなくなり、自慢の屈強な体は弱り、ストレスから髪の毛は早々に白髪になった。罪悪感に押し潰され、老いさらばえた醜い男が今の私です、と鹿島は自嘲気味に仁に語ったのである。
『……本当はずっと、待っていたんです。誰か私を裁いてくれ、この醜い人生を終わらせてくれと。……君が此処に来たのは、運命だったのでしょう。どうか、久遠君には全てを伝えてください。私は此処にいます。呪うのなら、私からアパートに出向いてもいいです。どうか……どうかけじめをつけさせてください』
『……それは、あいつが決めることだ』
『ええ、ええ。そうでしょうね。そうですとも。でももう私は……私はもう、疲れたんです。楽になりたい。あまりにも身勝手なのはわかっていますが』
お願いします、と。最後に彼は、仁に頭を下げてきたのだった。
『君に頼むのがお門違いなのはわかっています。でもどうか、お願いです。……久遠君を、救ってください』
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