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<4・胃袋を掴まれると弱い。>
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ヤキソバは、仁も自分で作る。お祭りの屋台でも、コンビニでも買う。ようは好物だし、味の違いはそれなりにわかるつもりだった。
だからこそ。
「……美味い」
素直に感想を漏らした。辛すぎず、ほどほどにソースが絡まった麺。きちんとした炒め方をしたのだろう、ソースが均等にまぶさっている。今回自分が勝っていたヤキソバにはソースが付属しているが、粉系のソースはサボるとダマになるという問題点があるのだ。つまり、ムラができて辛いところとそうでないところができてしまう。
でも少なくとも、久遠が作ってくれたヤキソバは混ぜムラがなく綺麗だった。丁寧な仕事をしたことがこれだけでもわかるというものだ。
加えて、キャペツがしんなりしていて味が染み込んでいるし、それでいてシャキシャキ感も失われてはいない。肉も香ばしいが焦げるというほどではない。侮るなかれ、お手軽な料理だなんて言われるからこそ、ヤキソバには作った人間の性格と技術が出るのだ。
「ほんと?」
久遠は心底嬉しそうに顔をほころばせた。
「良かったあ。俺、あんまり料理上手じゃないからさ。いっつも下手くそだって言われてた気がするんだよね」
「何処の誰だよそいつ……ってどうせ覚えてないって言うんだろうけど。味もしっかりしてるし、ムラがないし、食感もいい。個人的には、これくらいキャペツはしなってた方が好みだしな。美味しいぜ。おかわりある?」
「ある!どれくらい君が食べるかわからなかったから、一応二人分作ってあるんだ。ヤキソバなら明日残しても食べられるしね。まあ、袋に麺が二人分入ってたから両方炒めちゃったってのもあるんだけど」
「なるほど」
本人は謙遜しているが、見たところ手際も良かったし炒め方もけして下手ではない。そして、実はヤキソバやチャーハンのような炒め物は一人分を作るより二人分を作る方がコツがいるものである。フライパンの大きさが限られている中、上手に具材を混ぜなければいけないからだ。
しかし見たところ、油が撥ねる料理をしたわりにコンロが汚れていない。油撥ね以外に、中身を零した痕跡がないということだ。ちゃんと料理を知っている人間だ、というのはこれだけで窺い知れることだった。
「俺は人より大食いだからな。二人分くらいで丁度いいわ」
仁が素直に言うと、そっか!と久遠は笑って仁から皿を受け取った。こうして接していると、本当に普通の、強いていうならちょっと家庭的なだけの男の子だ。何がどうして、こんな若くして死んでこのボロアパートの部屋に囚われているのか理解できない。
だが、皿を渡す時に実感する。彼は確かに皿を受け取ったのに、重なった指と指はすり抜けた。生きた人間ではない、明確な証拠だ。
「その……昨夜は、幽霊だからって冷たくして悪かったな」
彼がキッチンでヤキソバを盛りつけるのを見ながら、仁は呟く。
確かに昨夜びっくりしたのは事実だし、幽霊だということは今後も無害だなんて言えないだろう。それでも自分も男だから、胃袋を掴まれるとちょっと気持ちがぐらっと来てしまうのは事実なのである。
料理も美味しかったが、それ以上に作ってくれようという気持ちが嬉しい、なんて思ってしまうのだ。
同時に、普通に話していればけして悪い奴じゃない。だからこそ、何で自分みたいな筋肉バカに惚れたなんてことになったんだ、という疑問は残るのだが。
「帰ってきて、誰かが料理作って待っていてくれるってのは、嬉しいもんなんだな。一人暮らしだと、自分で全部やらなくちゃいけないもんだし」
「へへへ、家事は一通り得意だよ俺!なんなら掃除と洗濯もやろうか?」
「ありがたいけど、そこまでやってもらうわけには……つか、お前幽霊だし、逢ったばっかりだし、俺の恋人とかいうんじゃねえし」
向こうはそのつもりであっても、こっちは少なくともそんな認識はない。精々、ちょっと話せる同居人、にやっとグレードアップしたくらいの認識だ。
幽霊が怖い、という気持ちがまだ拭えないから尚更に。
「わかってるよ」
はい、とテーブル、俺の目の前にヤキソバが盛られた皿を置いて久遠が言う。
「俺がやりたくてやるって言ってんだから気にしないで。どうせ、この部屋から出られない俺に、やれることなんかないし。ヒマだし」
「それがよくわからねえ。お前、この部屋に住んでいたわけじゃないっぽいんだろ?ほんと、何でこの部屋に憑りついてんだよ。前にこの部屋に住んでた人間に思い入れがあったとか、居候してたとかか?」
「……その可能性が高そうなんだけど、俺も本当に覚えてないんだよ、ごめんね」
困ったように首を傾ける少年。その様子は、とても嘘を言っているようには見えなかった。
「そりゃ、俺としては家事やって貰えたらありがてえよ?料理もそうだけど、俺掃除が苦手だし。でも、いくらヒマだからっていつまでもやってもらうわけにはいかないだろ。それに……」
箸を手に取りながら、仁は正直に言う。
「お前、自分がいつ幽霊になったのかも、記憶もないって言っただろ。それ、悪霊になりかかってるって可能性ないのか?このままだとまずいんじゃねえの?」
「かもねえ」
「いやだから、なんでお前自身が一番呑気なんだよ!……お前がどこの誰で、一体なんでこの部屋に憑いててどうして死んだのか……ってのを突き止めて、成仏しないとまずいんじゃないかって言いたいわけ。そりゃ、俺としては幽霊と同居状態をなんとかしたいってのも無いとはいわないけどさあ」
「わかってるよ。ちょっと話せばなんとなく想像がつく。仁って、お人よしって言われるでしょ」
「うっせえわ」
仁はお人よしすぎるから、うっかり詐欺とか悪い女とかに引っかからないようになー、とは風人の言である。うっかりお気楽な笑顔を思い出してしまい、仁は苦虫を噛み潰したような気分になったのだった。
「……とりあえず、いくつかとっかかりはあると思ってるんだ」
のらりくらりと流されているような気がするが、いつか久遠が悪霊になるかもしれないというのならそういう意味でも放置はできない。動機はまだ、幽霊怖い、と助けてやりたい、の半々だが。
「まず、その制服。それがどこの制服か調べる。……お前、自分がどこの学校に通ってたかも覚えてないんだよな?年齢は?」
「高校生だったと思うんだけど、正確には覚えてないかな」
「なら、その制服の高校を調べるところからだな。なんか特徴的なエンブレムとかねえの?」
「んー、これとか?」
紺色の布に、三角形の大きな襟。ネクタイは青で、そのネクタイには金色のピンバッチがついている。そのピンバッジを指さす久遠。よく見ると、そこには“八鎖学園高等部”という小さな文字が刻まれているではないか。
「八鎖学園高等部……読み方は、やぐさりがくえんこうとうぶ、でいいのか?」
一応写真を撮る。風人はああ言ったが、スマホのボタンを押すと写真はばっちり写った――透けてはいたけれど。まあ、他人に見せるつもりの写真じゃないなら、多少変な写真を撮影してもいいことにしよう。
それから、気になるのは胸のエンブレムと袖の飾り、だろうか。制服のデザインも貴重な情報だ。というのも、八鎖学園という学校に仁は聞き覚えがないのである。この近所に、そんな名前の学校はあっただろうか。また、制服のデザインはリニューアルされることもある。それによって、彼が生きた時代を特定することが可能かもしれない。
――家事一式出来る男子ってのが、現実にいないわけじゃない。でも、高校生ってのが引っかかる。大学生と高校生じゃ、一人暮らしのハードルが段違いだ。寮生活してたなら、家事を全部自分でやるってこともないだろう……飯は食堂とかで出るだろうしな。つまり、こいつは高校生なのに特別な理由があって一人暮らししていたか、純粋に家事が趣味だったか……誰かのために毎日家事をする環境になったか、ってところじゃねえか?
それから、もう一つ引っかかっていることがある。仁はキーワードを打ち込んで、それ、について検索した。そして気づく。
自分はたまたま知っていたが、これは。
「……おい、久遠」
仁は疑問を口にした。
「お前さっき、“映画のシックスセンスみたいなもんだ”って言ったよな。そのシックスセンスってあれか、ブルース・ウィリスが主演のミステリーの洋画」
「あ、うんうん、多分主演の人そんな名前だった!友達と見たんじゃないかな、友達の顔とか思い出せないけど」
「その映画、公開されたの俺が生まれる前だぜ」
「!?」
そう。まるで久遠は、その映画の名前を“つい最近見た”かのような口ぶりで話した。たまたま久遠も友人と古いビデオテープを漁っていて(まだ友人宅にはビデオが見られるデッキがあったのだ)見たことがあったので内容を知っていたのである。
アメリカでは1999年の8月に公開された映画だ。日本でも同年10月なのでそう離れてはいない。これをリアルタイムで見たとしたら、久遠はその頃に“高校生”だった年齢ということになるのではないか。
勿論、かなりヒットした映画だし今もどこかで配信しているだろう。だから、今の若い世代が見ていてもおかしくはないのだが――彼の物言いは、二十年以上も昔の映画に対しての口ぶりではなかったような印象だ。本人が、それを自覚していなかったかのような。
「……凄いや、君は!俺のちょっとした言葉で、そんなことにすぐ気づくなんて!」
ほんの少し顔を曇らせた久遠だったが、すぐに持前の明るさでポジティブに切り替えたようだった。手を叩いて、ホームズみたい!と喜ぶ。
「ねえねえ、君がホームズなら俺ワトソンやりたいな!楽しそうじゃん!俺、お医者さんの知識とかないし作家もできないし、ワトソンみたいにマッチョじゃないけど!」
「幽霊とコンビ組む探偵は聞いたことねえなあ」
「案外ラノベとかならあるかもよ?探してみる?」
「何でそうなる」
話を微妙に逸らされた。そんなことはすぐにわかったが、気づかないフリをした。
彼は、自分の過去をあまり知られたくないのかもしれない。邪魔するつもりもないのだろうが、そもそも未練なく死んだなら地縛霊などにはなっていないだろう。
あるいは。過去を知ることによって成仏したくないのだろうか。仁と離れたくないから。
――わかんね。俺、お前が思うほど良い奴じゃねえぞ。逢ったばかりで、そこまで好きになるとかあるかよ。
なんだか、胸の奥が苦しくなった。断じて自分は、彼に対してそんな風に思っているわけではない。恋人にしてやろうなんて考えてなどいない、と思う。でも。
なんとなく、久遠が必死であるように見えるのが切ないのだ。まるで、仁に嫌われるのを恐れているようで。
だからこそ。
「……美味い」
素直に感想を漏らした。辛すぎず、ほどほどにソースが絡まった麺。きちんとした炒め方をしたのだろう、ソースが均等にまぶさっている。今回自分が勝っていたヤキソバにはソースが付属しているが、粉系のソースはサボるとダマになるという問題点があるのだ。つまり、ムラができて辛いところとそうでないところができてしまう。
でも少なくとも、久遠が作ってくれたヤキソバは混ぜムラがなく綺麗だった。丁寧な仕事をしたことがこれだけでもわかるというものだ。
加えて、キャペツがしんなりしていて味が染み込んでいるし、それでいてシャキシャキ感も失われてはいない。肉も香ばしいが焦げるというほどではない。侮るなかれ、お手軽な料理だなんて言われるからこそ、ヤキソバには作った人間の性格と技術が出るのだ。
「ほんと?」
久遠は心底嬉しそうに顔をほころばせた。
「良かったあ。俺、あんまり料理上手じゃないからさ。いっつも下手くそだって言われてた気がするんだよね」
「何処の誰だよそいつ……ってどうせ覚えてないって言うんだろうけど。味もしっかりしてるし、ムラがないし、食感もいい。個人的には、これくらいキャペツはしなってた方が好みだしな。美味しいぜ。おかわりある?」
「ある!どれくらい君が食べるかわからなかったから、一応二人分作ってあるんだ。ヤキソバなら明日残しても食べられるしね。まあ、袋に麺が二人分入ってたから両方炒めちゃったってのもあるんだけど」
「なるほど」
本人は謙遜しているが、見たところ手際も良かったし炒め方もけして下手ではない。そして、実はヤキソバやチャーハンのような炒め物は一人分を作るより二人分を作る方がコツがいるものである。フライパンの大きさが限られている中、上手に具材を混ぜなければいけないからだ。
しかし見たところ、油が撥ねる料理をしたわりにコンロが汚れていない。油撥ね以外に、中身を零した痕跡がないということだ。ちゃんと料理を知っている人間だ、というのはこれだけで窺い知れることだった。
「俺は人より大食いだからな。二人分くらいで丁度いいわ」
仁が素直に言うと、そっか!と久遠は笑って仁から皿を受け取った。こうして接していると、本当に普通の、強いていうならちょっと家庭的なだけの男の子だ。何がどうして、こんな若くして死んでこのボロアパートの部屋に囚われているのか理解できない。
だが、皿を渡す時に実感する。彼は確かに皿を受け取ったのに、重なった指と指はすり抜けた。生きた人間ではない、明確な証拠だ。
「その……昨夜は、幽霊だからって冷たくして悪かったな」
彼がキッチンでヤキソバを盛りつけるのを見ながら、仁は呟く。
確かに昨夜びっくりしたのは事実だし、幽霊だということは今後も無害だなんて言えないだろう。それでも自分も男だから、胃袋を掴まれるとちょっと気持ちがぐらっと来てしまうのは事実なのである。
料理も美味しかったが、それ以上に作ってくれようという気持ちが嬉しい、なんて思ってしまうのだ。
同時に、普通に話していればけして悪い奴じゃない。だからこそ、何で自分みたいな筋肉バカに惚れたなんてことになったんだ、という疑問は残るのだが。
「帰ってきて、誰かが料理作って待っていてくれるってのは、嬉しいもんなんだな。一人暮らしだと、自分で全部やらなくちゃいけないもんだし」
「へへへ、家事は一通り得意だよ俺!なんなら掃除と洗濯もやろうか?」
「ありがたいけど、そこまでやってもらうわけには……つか、お前幽霊だし、逢ったばっかりだし、俺の恋人とかいうんじゃねえし」
向こうはそのつもりであっても、こっちは少なくともそんな認識はない。精々、ちょっと話せる同居人、にやっとグレードアップしたくらいの認識だ。
幽霊が怖い、という気持ちがまだ拭えないから尚更に。
「わかってるよ」
はい、とテーブル、俺の目の前にヤキソバが盛られた皿を置いて久遠が言う。
「俺がやりたくてやるって言ってんだから気にしないで。どうせ、この部屋から出られない俺に、やれることなんかないし。ヒマだし」
「それがよくわからねえ。お前、この部屋に住んでいたわけじゃないっぽいんだろ?ほんと、何でこの部屋に憑りついてんだよ。前にこの部屋に住んでた人間に思い入れがあったとか、居候してたとかか?」
「……その可能性が高そうなんだけど、俺も本当に覚えてないんだよ、ごめんね」
困ったように首を傾ける少年。その様子は、とても嘘を言っているようには見えなかった。
「そりゃ、俺としては家事やって貰えたらありがてえよ?料理もそうだけど、俺掃除が苦手だし。でも、いくらヒマだからっていつまでもやってもらうわけにはいかないだろ。それに……」
箸を手に取りながら、仁は正直に言う。
「お前、自分がいつ幽霊になったのかも、記憶もないって言っただろ。それ、悪霊になりかかってるって可能性ないのか?このままだとまずいんじゃねえの?」
「かもねえ」
「いやだから、なんでお前自身が一番呑気なんだよ!……お前がどこの誰で、一体なんでこの部屋に憑いててどうして死んだのか……ってのを突き止めて、成仏しないとまずいんじゃないかって言いたいわけ。そりゃ、俺としては幽霊と同居状態をなんとかしたいってのも無いとはいわないけどさあ」
「わかってるよ。ちょっと話せばなんとなく想像がつく。仁って、お人よしって言われるでしょ」
「うっせえわ」
仁はお人よしすぎるから、うっかり詐欺とか悪い女とかに引っかからないようになー、とは風人の言である。うっかりお気楽な笑顔を思い出してしまい、仁は苦虫を噛み潰したような気分になったのだった。
「……とりあえず、いくつかとっかかりはあると思ってるんだ」
のらりくらりと流されているような気がするが、いつか久遠が悪霊になるかもしれないというのならそういう意味でも放置はできない。動機はまだ、幽霊怖い、と助けてやりたい、の半々だが。
「まず、その制服。それがどこの制服か調べる。……お前、自分がどこの学校に通ってたかも覚えてないんだよな?年齢は?」
「高校生だったと思うんだけど、正確には覚えてないかな」
「なら、その制服の高校を調べるところからだな。なんか特徴的なエンブレムとかねえの?」
「んー、これとか?」
紺色の布に、三角形の大きな襟。ネクタイは青で、そのネクタイには金色のピンバッチがついている。そのピンバッジを指さす久遠。よく見ると、そこには“八鎖学園高等部”という小さな文字が刻まれているではないか。
「八鎖学園高等部……読み方は、やぐさりがくえんこうとうぶ、でいいのか?」
一応写真を撮る。風人はああ言ったが、スマホのボタンを押すと写真はばっちり写った――透けてはいたけれど。まあ、他人に見せるつもりの写真じゃないなら、多少変な写真を撮影してもいいことにしよう。
それから、気になるのは胸のエンブレムと袖の飾り、だろうか。制服のデザインも貴重な情報だ。というのも、八鎖学園という学校に仁は聞き覚えがないのである。この近所に、そんな名前の学校はあっただろうか。また、制服のデザインはリニューアルされることもある。それによって、彼が生きた時代を特定することが可能かもしれない。
――家事一式出来る男子ってのが、現実にいないわけじゃない。でも、高校生ってのが引っかかる。大学生と高校生じゃ、一人暮らしのハードルが段違いだ。寮生活してたなら、家事を全部自分でやるってこともないだろう……飯は食堂とかで出るだろうしな。つまり、こいつは高校生なのに特別な理由があって一人暮らししていたか、純粋に家事が趣味だったか……誰かのために毎日家事をする環境になったか、ってところじゃねえか?
それから、もう一つ引っかかっていることがある。仁はキーワードを打ち込んで、それ、について検索した。そして気づく。
自分はたまたま知っていたが、これは。
「……おい、久遠」
仁は疑問を口にした。
「お前さっき、“映画のシックスセンスみたいなもんだ”って言ったよな。そのシックスセンスってあれか、ブルース・ウィリスが主演のミステリーの洋画」
「あ、うんうん、多分主演の人そんな名前だった!友達と見たんじゃないかな、友達の顔とか思い出せないけど」
「その映画、公開されたの俺が生まれる前だぜ」
「!?」
そう。まるで久遠は、その映画の名前を“つい最近見た”かのような口ぶりで話した。たまたま久遠も友人と古いビデオテープを漁っていて(まだ友人宅にはビデオが見られるデッキがあったのだ)見たことがあったので内容を知っていたのである。
アメリカでは1999年の8月に公開された映画だ。日本でも同年10月なのでそう離れてはいない。これをリアルタイムで見たとしたら、久遠はその頃に“高校生”だった年齢ということになるのではないか。
勿論、かなりヒットした映画だし今もどこかで配信しているだろう。だから、今の若い世代が見ていてもおかしくはないのだが――彼の物言いは、二十年以上も昔の映画に対しての口ぶりではなかったような印象だ。本人が、それを自覚していなかったかのような。
「……凄いや、君は!俺のちょっとした言葉で、そんなことにすぐ気づくなんて!」
ほんの少し顔を曇らせた久遠だったが、すぐに持前の明るさでポジティブに切り替えたようだった。手を叩いて、ホームズみたい!と喜ぶ。
「ねえねえ、君がホームズなら俺ワトソンやりたいな!楽しそうじゃん!俺、お医者さんの知識とかないし作家もできないし、ワトソンみたいにマッチョじゃないけど!」
「幽霊とコンビ組む探偵は聞いたことねえなあ」
「案外ラノベとかならあるかもよ?探してみる?」
「何でそうなる」
話を微妙に逸らされた。そんなことはすぐにわかったが、気づかないフリをした。
彼は、自分の過去をあまり知られたくないのかもしれない。邪魔するつもりもないのだろうが、そもそも未練なく死んだなら地縛霊などにはなっていないだろう。
あるいは。過去を知ることによって成仏したくないのだろうか。仁と離れたくないから。
――わかんね。俺、お前が思うほど良い奴じゃねえぞ。逢ったばかりで、そこまで好きになるとかあるかよ。
なんだか、胸の奥が苦しくなった。断じて自分は、彼に対してそんな風に思っているわけではない。恋人にしてやろうなんて考えてなどいない、と思う。でも。
なんとなく、久遠が必死であるように見えるのが切ないのだ。まるで、仁に嫌われるのを恐れているようで。
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