恋とオバケと梟と

はじめアキラ

文字の大きさ
上 下
6 / 30

<6・首吊りのマリコさん>

しおりを挟む
 それはまるで、叩きつけるような凄まじい音だった。誰かが苛立ちも顕に、力任せに引き戸を閉めたかのような。

「んなっ……!」

 風なんか吹いていない。仮に吹いていたところで、あんな勢いで引き戸が閉まるとは到底思えなかった。しかも、二つ同時にだ。慌ててドアに駆け寄る梟。しかし。

「おい……おいおいおいおい!お約束すぎんだろ、何で開かねぇんだよ!」

 引いても叩いても、ドアはびくともしない。ただ全体的にがくがくと揺れるだけで――そう、強いて言うなら扉全体が突如として一枚の板になってしまったかのようだった。
 鍵がかかってしまったのかと取っ手付近を中心に探したが、それらしいものは見当たらない。というか、このテの扉は内側からはツマミ一つで開くようになっているのが普通だ。鍵が必要なのは外側のみ。実際、こちら側に鍵穴らしきものはない。そして、扉の施錠状態を示すツマミは、開く方向に押上られたままとなっている。
 鍵などかかっていないのに、開かない。
 まるで、向こう側から誰かに抑えつけられているかのように。

「ふ、梟さん!?」

 茫然と梟の様子を見ていた英玲奈が、慌てて駆け寄ってくる。

「開かないんだよ、ドア!」

 彼女に配慮した物言いをしている、なんて場合ではなかった。もう一つの方、教室後方のドアへと駆け寄る。こちらならば開くかも、なんて淡い望みはあっさりと砕け散った。やはり同じ状態だ。ぴったりと壁にくっつけられてしまったかのように、動く気配がないのである。
 そして引き戸である以上、体当たりにも効果は薄い。
 二度、三度ぶつかってみてすぐに諦めた。――ここでようやく、茜色の室内を満たす奇妙な気配に気づいたからだ。

――何か……何かが、いる。

 扉が開かないのは霊障の一つだ、とすぐに悟った。何か、良くないものがこの教室の中にいる。じっとりとこちらをねめつけ、どう料理してやろうかと悪意をもってこちらを見ている何かがいるのだ。
 残念ながら、梟程度の霊感ではその気配をなんとなく感じ取ることしかできない。その存在を、はっきりと目で捉えることができないのだ。なんとも中途半端な能力である。だから自分は役に立たないんだ、と歯ぎしりしたくなるのだ。
 そう、もう少し、分かりやすく使える能力があったのなら。あんなにも“あのこと”で頭を悩ませる必要もなかったというのに――。

「何、何なの……何か、いるの……?」

 まさか幽霊とかなんじゃ、と。英玲奈が泣きそうな顔でそう言った、まさにその時だった。

「きゃああっ!!」
「!?」

 突然のことだった。彼女の体が、突然空中に浮かび上がったのである。かしゃん、と英玲奈が持っていた燕の手鏡が、教室の床を滑るように転がった。英玲奈は足をじたばたさせ、首元を抑えている。

「助けて、やめて!離して、苦しい!首、首がっ……!」
「英玲奈ちゃん!?」

 英玲奈は首にかかった“見えないもの”を外そうと必死になってもがいている。すぐに言葉は、意味をなさないうめき声へと変わった。何かが彼女の首を絞め、空中に持ち上げているのだ。



『キャハハハハハハ……!』



 微かに、狂ったような笑い声が聞こえた。スカートから覗く英玲奈の足が、ばたばたと苦しがって空中を蹴りもがく。このままでは、本当に窒息死してしまうかもしれない。しかし、敵の正体は一切見えず、何が起きているのか梟には全くわからない状況である。

――そうかっ……そういうことかよ!

 唐突に、合点がいった。この教室にまつわる、七不思議のことだ。
 この教室に取り憑いているというのは、首を吊って死んだマリコさんという名前の生徒だ。彼女は学校の先生に恋をしてしまい、その先生が結婚することを聞いたのを苦にしてこの教室で自殺してしまった。以来この教室には彼女の霊が地縛霊として残っていて、自分と同じ報われない恋をしている生徒を助けてくれるようになった、という話である。
 そう、それが今のマリコさんの話だ。
 しかし父の時代は違っていた。マリコさんは、恋に成功しようとする男女をけして許しはしない。恐らくここに、同性愛者などのカップルが対象になっていないのは時代のせいなのだろうが(今だったらLGBTQ差別で怒られそうな内容である)、今問題であるのはそこではないのだ。かつてのマリコさんは、悪霊として有名だった。つまり。



『以来、マリコさんは恋人達を妬む悪霊となってしまった。
 空き教室に、男女ひと組で行ってはいけない。恋人同士であってもなくても関係なく、マリコさんは嫉妬を募らせて襲ってくるだろう。
 マリコさんに目をつけられた人物は、教室を離れても逃げることができない。
 どこまでも執念深く追いかけて行き、片方が“消える”ことによって恋が分かられるまで追撃をやめないのだという。
 消された人間はあの世に飛ばされ、二度と戻って来ることはない。』



――男女、ひと組だ……!

 恋人同士などでは断じてない。それでも。
 確かに梟と英玲奈、男女ひと組でこの教室に入ってしまったのは確かである。

――んな馬鹿な!それ、今の七不思議じゃないだろうが!何で内容が元に戻ってるんだよ。今まで、男女ひと組でこの教室に入ったやつなんか絶対たくさんいただろ、なんで今になって……!

「うう、ううううううっ……!」

 段々、英玲奈の藻掻く動きが弱弱しくなっていく。呻き声も小さくなり始めている。急がなければいけない。何か手立てはないものか、と、梟が周囲を探したその時だった。
 目に止まったのは、弟が忘れていったと思しき赤い手鏡だ。
 何かに使えないだろうか、とそれを拾い上げた梟は気づく。

――こ、これは……!

 手鏡で、英玲奈を映して気づいた。――鏡の中では、悪霊の姿がはっきりと像を結んでいるということに。
 首吊りのロープのようなものを首にかけられている英玲奈。そのロープを天井から滑車のように吊るし、端を持ってにやにやと笑っている白いワンピース姿の長い髪の女。

――こいつが元凶か!

 再び鏡ではなく自分の目で英玲奈のいる方向を見る。鏡ほどはっきり何かが映るわけではないが、こういった類は“一度存在を認識する”ことが重要であると経験から梟は知っていた。
 今はぼんやりとだが、見える。白いワンピース姿の女が。英玲奈を絞め殺してやろうと笑っている悪霊の姿が。
 こいつがマリコさん、だ。

――認識できれば……攻撃が通るかもしれねえ!

 イチかバチか。積み上げられていた椅子の一つを持ち上げ、梟は雄叫びと共に振りかぶった。

「うおおおおおおおおおおおおおおお!」

 ガンッ!という奇妙な手応え。何かが吹き飛んだような感触と共に、どさり、と英玲奈が床に落下した。

「げほっ……げほっ……!」

 まだ彼女の首に縄が残っているかもしれない。梟は咳き込む英玲奈の首に触れ、そこにある“ほとんど見えない縄”を手探りで解いた。悪霊にダメージを与えた今なら、出口からの脱出も可能かもしれない。何にせよ、次攻撃が来たら逃げられる保証はなかった。とにかく急いでこの教室を脱出しなければ。

「英玲奈ちゃん、大丈夫!?ごめん、急いで立って!此処から逃げるから!」
「う、うんっ……!」

 残念ながら自分では、彼女を持ち上げて逃げるだけの腕力も体力もない。酷であるとわかってはいたが、今は彼女の手を引いてここから逃げ出すだけでいっぱいっぱいだった。

――頼む、開いてくれ!

 縋りつくように引き戸に手をかける。――開いた!

――とにかく、逃げる……!少なくとも、これ以上英玲奈ちゃんを巻き込むわけにいくか!

 弟も、アレに連れ去られてしまったのだろうか。それとももう?
 いや、今考えるのは後である。二人で、転がるように教室を飛び出した。アレがどこまで追いかけてくるかはわからない。今はひとまじ一度、南校舎を出てしまった方がいいだろう。校舎を出て特に問題がなさそうなら、ひとまず英玲奈には帰ってもらって、職員室の先生に声をかけて弟を探して貰うことにしようと決める。無断で侵入した卒業生ということでお説教は喰らうかもしれないが、背に腹は代えられないのだから仕方ない。

「急げ!」

 ぐいぐいと英玲奈の手を引っ張って、階段を駆け下りる梟。
 この時はまだ、気がついていなかった。
 これはこれから自分達を襲う恐怖の、ほんの始まりにしか過ぎなかったということに。 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ARIA(アリア)

残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

体育座りでスカートを汚してしまったあの日々

yoshieeesan
現代文学
学生時代にやたらとさせられた体育座りですが、女性からすると服が汚れた嫌な思い出が多いです。そういった短編小説を書いていきます。

だから俺は、生きることにした。

はじめアキラ
青春
『絶対に僕がなんとかしてみるよ。きっと僕は、こういう問題を解決するために生まれてきたんだから』  小倉港。俺が小学校だった頃同じクラスだった、みんなの頼れる相談役だった少年。  大人びていて、達観していて、どんな問題も彼に相談すれば解決すると有名だった彼。  けれど彼は、俺が四年生の時にいなくなった。  最後に俺がした、ある相談を解決しようとしたために。

処理中です...