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<13・Reincarnation>

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 円環の魔女の末裔であり、見習い魔女であるコーデリア。その自分が、よもや魔女を名乗る何者かに脅迫を受けようとは。朝香は頭痛を覚えた。いろいろと、辻褄が通ってしまったがゆえに。
 輪転の魔女、とやらの正体はわからない。
 しかしこの手紙だけで分かったことは非常に多い。
 一つは、犯人は“この屋敷の中の人間”であることを隠していない、むしろ堂々とアピールしてきているということ。科学派の人間がスパイを送り込み、ウィルビー家の人間の不和を招こうとしていると思っていたがどうやら違っていたようだ。コーデリア、を名指しにした上、この手紙を見た朝香が他の者達に隠し立てするであろうことは火を見るよりも明らかである。疑心暗鬼に陥らせたいのは、ほぼ朝香一人であったと見て間違いなさそうだ。魔女、を名乗ったのは本当に自分を魔女だと思っている何者かであるからなのか、あるいは魔女の末裔である“コーデリア”を挑発しているからなのか。
 二つ。手紙の主は、朝香=コーデリアの予定を理解し、行動を読み切っている。朝香とフィリップが戦闘訓練をするタイミングを理解していたからこそ、あの手紙をドアに挟んでおくことができたのだろう(朝香に手紙を渡したシェリーが犯人だったなら話は変わってくるが)。屋敷にいつでも入り込めるし、朝香の行動はなんでもお見通しだと、そう暗に主張しているのだと思ってほぼ間違いはありまい。
 そして、三つ。英語が母国語で設定されている、ロイヤル・ウィザードの世界に日本語はない。にも拘らず、日本語の手紙が出現したとしたら考えられることは一つだ。日本語が書ける何者か――ロイヤル・ウィザードの世界の住人ではない誰かが、朝香を追い詰めようとしている犯人であるということ。朝香を転生させた何者かの仕業もありうるが、もう一つの可能性の方が濃厚か。いや、むしろ何故自分がコーデリアになった時点で気づかなかったのか。

――そうだよな。……私以外に転生者がいても、なんらおかしくない。何で気づかなかったかな、そんな単純なことに。

 ロイヤル・ウィザードのゲームをプレイしたことがある、現代日本の人間が。自分と同じく、登場人物の誰かに成り代わっている。そう考えると、何もかも筋が通ってしまうのである。
 現代日本の人間なら、日本語が書けて当然。そして、あのゲームの既プレイ者ならば、主人公であるコーデリアの動きやシナリオの行く末を知っているのも至極当然のこと。あのタイミングで戦闘訓練を行っていることを知っていてもなんらおかしくはないし、何より一番最初に“初級の白魔法”の魔導書を盗み出し、当面使えないように汚損した動機もできてしまう。
 ああ、それこそ何故すぐに思至らなかったのか。
 他の魔法ではなく、初級白魔法でなければならなかった理由。朝香=コーデリアがあのタイミングで習得することがわかっていて、それを妨害したかったから――そう考えれば辻褄があってしまうではないか。

――私を弱体化させたかった。……ま、実際殺そうとしている相手が、回復魔法なんざ覚えてたら厄介極まりないでしょーね。実際、私は回復魔法がないせいで、馬車の下敷きになったジュリアンをすぐ助けられなかったんだから。

 輪転の魔女とやらは、コーデリアの中身が別人だとわかっていながら(否、わかっているからこそ?)シナリオを無視して殺してしまいたくて仕方ないらしい。実際、回復魔法なしで先ほどの試練を乗り越えるのはなかなか難しく、場合によってはあそこで死んでゲームオーバーもあり得たのだから尚更だ。
 残念ながら、ゲームの既プレイ者でありながら主人公をそうまでして殺したい理由までは、現在まったく想像もつかないことであるのだけれど。

――はあ。頭いったい。推理するのとか得意じゃないんだっつーに……推しの萌えシチュ考えてた方がずっと幸せだっつーに。まったくもう。

 考えることが多すぎて、頭がパンクしそうだ。朝香は気晴らしもかねて庭を散歩していた。家族と使用人。誰も彼も、ゲームで見慣れた登場人物ばかり。正直その中に、転生者に成り代わられた攻撃者がいるかもしれないなんて、想像するだけで恐ろしいことである。



『コーデリア。
 お前の正体を私は知っている。
 お前の醜い本性を私は知っている。

 ジュリアンと婚約解消しろ。
 でなければ、今度は馬車に細工をするだけでは済まない。
 お前は悪役令嬢。
 本当のヒロインはこの私だ。


 輪転の魔女』



――あれ、一体どういうことなんだろう。

 悪役令嬢。魔女とやらは、自分をそう呼んだ。しかし、本来のシナリオのコーデリアは女主人公であって、悪役令嬢のポジションではないはずである。本当のヒロインはこの私だ、なんて言い方をしていることと魔女という自称から察するに、その人物は女性なのだろうか。だが、中身が女性だからといって、成り代わっているその人物まで女性とは限らない。男性に成り代わりを起こしている可能性もないわけではないだろう。
 その人物は、朝香=コーデリアを悪役令嬢にしたいのか、あるいはそう思っているのか。朝香自身はそこそこ性格が悪い自負もあるが、コーデリアというキャラクターはそんなことはない。ジュリアンを一途に愛する、努力家で、ちょっとだけドジっこなお嬢様だ。嫌われる要素があるとも思えない。ならばやっぱり、嫌われているのはコーデリアではなくて朝香の方なのか。

――本来のシナリオに、コーデリアとジュリアンが婚約解消するパターンなんかない。多少未来が変わる選択肢はあるけど、どのルートを辿っても二人は確実に結婚を約束され……あ、式上げる前にジュリアンは死んじゃうんだけど。

 それなのに、コーデリアとして朝香がジュリアンとの婚約解消などしようものなら何が起こるか。シナリオは確実に崩壊するし、両家が恐ろしく困ったことになるだろう。なんせ最終的にウィルビー家とミューア家は手を取り合って、魔女狩りの勢力に立ち向かうことになるのだ。婚約解消なんてして両家に亀裂が入ろうものなら、最終決戦での勝ち目が完全に消えてしまうことになる。どう足掻いても、絶望的な結末しか見えないのだが。

――ゲームをプレイしたことがあるなら、それくらい予想ができそうなはず。それでもジュリアンとの婚約を解消させたいのは、輪転の魔女がジュリアン推しで自分がくっつきたいからってこと?……そんな簡単にできるもんなのかな。仮にそう思ってても、シナリオ上ジュリアンがコーデリア以外とくっつくのって相当無理ゲーじゃないか?

 パラレルワールド想定な二次創作ならいざ知れず、原作の設定でそのように改変するのはかなり難しい。なんせジュリアンとコーデリアは相思相愛で、互い以外がまったく恋愛対象として見えてない状態だからだ。家の状況に関してもそう。二人が結婚することを望んでいるのは、本人達だけではない。最終的に両想いになったものの、元はといえば政略結婚のようなものであることを忘れてはいけないのだ。
 だいたい、ジュリアンが好きならば。そのジュリアンとコーデリアを破談させることは、最終的にジュリアンの寿命をより縮める結果になるのは容易く想像できることである。本当にジュリアンが好きな人間が、そのような事態になりかねないような脅迫をしてくるものだろうか。

「あれ、お嬢様?」

 頭がぐるぐるしてきた。屋敷の壁にもたれかかり、頭をおさえていた朝香は、呼ばれて顔を上げることになる。見れば、目をまんまるにしたミリアの姿が。彼女はその手に大きなゴミの袋を抱えていた。

「どうしたんですか、そんなアンニュイな顔して」
「……あーうん。ちょっと悩み事が多くて。さすがに命を狙われたとなれば、平静でいられないでしょ」
「あ、すみません……それもそうですよね」

 よいしょ、とゴミ袋を持ち上げ直す彼女はひどく重そうである。メイドの仕事の大部分は掃除と言っても過言ではない。遠くのゴミ捨て場までゴミを持っていくだけでも大変だろう。

「ゴミ捨ての最中だった?ごめんなさいね、邪魔して」

 朝香が正直に言うと“大丈夫ですよ!”と彼女は笑った。

「これが私のお仕事ですから。メイドとして生まれた以上、仕方ないことです。ゴミ捨てもお掃除も、メイドのお仕事ですもの」
「身分の差って、嫌なものね。貴族が偉いわけじゃないのに」
「階級ってそういうものですし、私達は雇われている立場ですから。どうしようもないです」
「どうしようもない、か」

 なんだか、胸が痛くなる。ロイヤル・ウィザードの世界は十五世紀から十九世紀の欧州(特にイギリスっぽいらしい)をイメージしているとあって、かなり厳格な階級制度があるのだ。メイドたちはまだいい。労働階級より下、スラムでしか暮らせないような孤児たちが、町の片隅に溢れていた時代。同じ人間なのに、貴族達は綺麗な服を着て馬車に乗り、温かい家でご馳走を毎日食べている。命の重さは同じなのに、理不尽がすぎる。以前朝香は瑠子に、そんな感想を漏らしたことがあった。
 そう、瑠子も。今のミリアと同じように、仕方ないと返してきたのではなかったか。

『仕方ないでしょ。……日本だっておんなじ。民主主義ってのがちゃんと浸透したの、戦後になってからなのよ?武士やら農民やらで、全然違う生活してた時代があるでしょ。力ある者が弱い者を率いて、弱い者はその力の恩恵に預かるっつーか。生物として当然の成り立ちだったというか。……まあ、じゃあ戦時中の日本で一番国を動かしてたのがトップだったかというと、そういうわけでもないってのが定説みたいだけどー』

 力ある者が弱い者を率いる。それが生き物の真理。それがそのまま階級制度として近年まで残っていた。――瑠子はよくそんな哲学的なことまで考えるな、とその時は思った者である。
 身分が低いから、仕方ない。
 それはミリアのみならず、召使い達全般に当たり前のように浸透している考え方なのかもしれなかった。

「いつか、階級制度がない世の中になれば……そんな世の中を作れたら……」

 思わず朝香はぽつりと呟いていた。そんな朝香を見て、ミリアは少しだけ目を丸くし――そして、破顔する。

「お嬢様はお優しいですね。……きっとできますよ、ジュリアン様と一緒なら」
「……そうね。ありがとう、ミリア」
「いえいえ。あ、すみません私はこれで」
「ええ」

 そのジュリアンと、婚約解消にしろと脅されている現状ではあるが、さてどうしたものやら。どうにか自分を脅迫してくる犯人を見つけなければ――と思ったところで。朝香は呆れて立ち去っていこうとするミリアの背中に声をかけたのだった。

「……ミリア。ゴミ捨て場、そっちだっけ?」
「……あ゛」

――あんた、十数年もこの屋敷に務めてるじゃなかったっけ?

 ついつい気が抜けてしまう。
 相変わらずというべきか、彼女はドジっ子キャラというやつであるらしい。
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