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<5・Misplace>
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「お父さ……じゃなかった、父上!」
丁寧なお嬢様言葉、なんて慣れていないし出来る自信もない。それでも向こうは自分をコーデリア本人だと思っているのだし、精一杯それらしい言葉だけは取り繕わなければなるまい。一応朝香も社会人だったわけだし、多少の敬語くらいなら使えるというものだ。お嬢様言葉になってないので若干本来のコーデリアと比較して違和感が出るかもしれないが、そこはそれ、誤魔化す他あるまい。
「今日は講義のあと、初級の白魔法を教えていただける予定ではなかったのですか!?」
「あ?……ああ、そういう話であったな」
立派な髭を蓄えたコーデリアの父、アダム・ウィルビーは。困ったように視線を逸らして言った。
「悪いが、また今度にしてくれるか。どうしても今日は難しくなってしまったのだ」
「難しくなった、というと?」
「新しい魔法を教えるためには、私達がひそかに保管している魔導書から直接スペルをお前の魔導書に書き映し、継承する必要がある……というのはわかっているな?」
「え?ええ」
この世界の魔法は、少し独特な継承方式を取っている。というのも元々魔法というものが“生まれついて誰もが使えるもの”ではないことと(魔女の一族でない者は、生来の魔力が極端に低いせいで覚えても使えないことが殆どなのだ。勿論訓練次第である程度魔力を伸ばし、一般人から魔法使いになった者というのもいるにはいるのだが)、魔法そのものが過去の争いの火種になるとして禁忌扱いされているのが最大のところである。
そもそも、本来ならウィルビー家に保管されている大量の魔導書も、全て過去の戦争が終結すると同時に焼き捨てられるはずのものだったのだ。それを、ヒストリアの子孫たちがどうにか誤魔化して少数を隠し、さらに研究を繰り返して今の数まで増やしたという実績があるのである。魔導書の存在そのものが、政府に知られたら一発で逮捕モノだ。ましてやそれを今でも継承し、新たな魔法まで研究していたとあっては、最悪国家反逆罪に問われかねないレベルである。
ゆえに、魔法の研究、秘密の共有は慎重に行わなければいけない。元よりこの世界の魔法は、特別な書物を通じてしか継承することができないものだから尚更である。
そのやり方こそ、“それぞれ魔女や魔法使いの個人が持つ魔導書の白紙ページに、オリジナルの魔導書から魔法のスペルを書き写す”というもの。
オリジナルを持つ魔女や魔法使いが、継承者の魔導書に手ずからスペルを書き記すことで継承が成立するのだ。それをやらなければ、スペルを仮に暗記していても魔法は発動しない。魔法とは、スペルを正しく継承された魔導書を、その持ち主が肌身離さず所有することで初めて使えるものなのである。
「まさか」
朝香は思わずひっくり返った声を出してしまった。
「該当の魔導書がなくなった……なんてことはないですよね?」
「…………」
「お父様!」
「……その通りだ」
「ちょ」
大問題ではないか。青ざめる朝香を見て、だ、大丈夫だ!とちっとも大丈夫そうではない顔で言うアダム。
「この地下室の鍵はかかっていたし、屋敷におかしな侵入者などない!そんなものがいたら警備が気づかないはずがないからな。行方不明になったのも、初級の白魔法の魔導書だけだ。多分うっかり別のところにしまってしまっただけだろう。盗難なんてものがあったなら、あんな価値の低い魔導書だけ盗んで他のものは手つかずなんて、そんなことあるわけないからな!大体、白魔法の棚は書庫の奥にあるわけだし」
「そういう問題じゃないでしょ!急いで探さないと!」
「わ、わかった!探す、探しておくから、な!!」
魔導書の存在がバレたら、その時点でこの家が取り潰しになる可能性も高い。というか、それこそ極端な話人を殺してでも流出させてはならないヒミツの類だ。鍵がかかっていた地下の書庫から、そうそう魔導書が盗めるとは思えない、が。本来あるべき場所に本がないという時点で十二分すぎるほど大問題である。
「私も一緒に探します、デートしている場合じゃないので!」
父親相手にキツい物言いをしているのはわかっているが、それでも言わずにはいられない。跡取り娘なのだから当然といえば当然だ。幸い、ゲームの内容は熟知しているし、ストーリーが進行していけば魔導書を保管する書庫にも入れるようになる。目ぼしい本がどの位置にあるのか、は把握済みだった。第一章の段階の本来のコーデリアは書庫に入ったことなどないが、こちとら中身は現世の一般人、コーデリアが本来知らないはずのことも知っているのは確かである。
「そ、それは駄目だ!お茶会には行ってくれ、向こうの機嫌を損ねるわけにはいかない!」
アダムは少々情けない声を上げた。
「コーデリア、お前も分かっているはずだ。ミューア家との関係は良好に保たなければならぬし、万が一にも婚約解消などあってはいけない。そうだろう!?」
彼が気にするのには、当然理由がある。ジュリアン・ミューアとコーデリアは相思相愛の恋人同士ではあるが、元々は親が決めた結婚であるのも事実なのだ。物心つく頃には、双方が婚約者として定められていた。その後ともに時間を重ねるごとにコーデリアはジュリアンの優しさに魅かれて行き、二人は相思相愛の関係まで発展するのだが――仮に相性最悪であったとしても、結婚を成功させなければいけない理由が両家にはあったのである。
どちらも侯爵家。貴族としての表向きの地位は非常に高い。が、どちらの家も訳ありなのである。
コーデリアのウィルビー家は言うまでもない。円環の魔女・ヒストリアの末裔というだけで、永久に政府から監視され、職業や行動にもいちいち制限がつく身である。そこから脱却し、少しでもかつての権力を取り戻し、願わくば魔法派の復権を果たしたい。復讐したいと燃え上がっている過激派もいるが、多くの魔法使いたちは穏便な形で科学派と融和を図りたいと思っている背景がある。この婚約は、その架け橋としても非常に期待をかけられているのだ。
そして当然、メリットがあるのはこちらだけではない。ミューア侯爵家も、次男のジュリアンを婿養子として出してくるのは当然理由がある。彼の一族はかつての戦争で“科学騎士”と呼ばれる精鋭部隊を務めていた。海で、陸で、空で。多くの戦艦や銃器を用いて敵を殲滅する、まさにその尖兵と言っても過言ではなかったのである。かつては英雄として持て囃された時期もあったはずだ。が。戦争から数百年以上も過ぎ、平和な時間が長くなれば。かつての英雄のしたことを、大量殺人ではないかと蔑む人間が出てくるのも、自然と言えば自然のことで。
表立って批判が出ずとも、世論に敏感な政府がミューア家の特別扱いを覆すには十分だったのである。数々の特権を時間とともに剥奪され、お飾りの侯爵となったミューア家が不満を抱くのも当然と言えば当然だろう。あれだけ科学派に貢献し、今の政府の礎を築くために協力してきたのになんたる仕打ちか。こちらもこちらで、なんとかして家の名誉を取り戻し、再び国政に関わりたいと思うようになるのは必然であったのである。
両者ともに、今の政府に不満を持ち、権力を取り戻して理想の世の中を築きたいと思っている者同士。ウィルビー家としてはミューア家は祖先を捕まえた仇のようなものであるものの、背に腹は代えられないものがある。向こうが譲歩して、次男を婿入りさせてくると言っているから尚更だ。かくして相当の思惑の元、ウィルビー家長女のコーデリアとミューア家次男ジュリアンの婚約は、本人達が赤ん坊の時にはもう決定づけられていたというわけである。
ミューア家は、ウィルビー家がいまだに魔法の研究を続けていることを知っているし、ウィルビー家も彼等が政府に翻意を隠していることを知っている。まさに両家は共犯者と言っても過言ではない関係なのだった。
裏を返せば。互いに互いの弱みを握りあっている状態なのである。機嫌を損ねて関係が拗れることだけは、絶対的に避けるべきことなのだった。
「……お父様、言いたいことはわかりますけど」
が。
それらの事情をわかってはいても、朝香が呆れてしまう理由は一つ。
「ジュリアンの性格はご存知でしょう。彼は、一度お茶会が飛んだくらいで怒るような性格ではないですよ。それよりも大事な魔導書が紛失したかもしれないという方が問題では?」
「お前が言いたいことはわかる。が、お茶会のキャンセルはやめてくれ。魔導書は私と召使いたちで責任を持って探し出しておく、だから」
「何をそんなに、気にすることなど……」
「ジュリアン君の性格はわかっている、彼は確かにそのようなことでヘソを曲げる性格ではないだろうとも。だが、あちらの家のご両親がどう思うかは話が別だ、わかるだろう?」
「…………」
そう言われては、朝香も黙る他ない。ジュリアンを蔑ろにすれば、向こうの家族がどう思うか。そんなつもりはなくても、そう見える行為をするだけで家族の機嫌を損ねるかもしれない。実際、彼の父親が相当な野心家で、リアリストであるのは有名である。この結婚が息子のためにも家のためにもならないと判断したら、即ひっくり返してくることは十分考えられることであるだろう。それをアダムが恐れるのは、至極当然のことではある。
「……わかりましたわ」
ため息をひとつついて、朝香は言った。
「ですが、言質は取りましたからね。ちゃんと責任を持って、魔導書を探し出しておいてください。この家の外に持ち出された可能性が可能な限り低いと言っても、管理されていないというだけで大問題なのですから」
「ああ、も、勿論だ」
「まったくもう」
一体、何が起きているというのだろう。講義室を後にしながら、朝香は別のことを考えていた。これがもし朝香の夢ならば、ゲームとは違う出来事は起きにくいはず。あるいはゲームを誰かが再現した世界でも同様のはずだ。それなのに、本来ないはずのイベントが発生して、魔法を一つ貰い損ねた。これはゲームに似ているだけの別の世界ということなのか?魔導書がなくなるなんて、世界観や設定を考えればとんでもない話である。後々の展開にも響きかねないようなトラブルを誰かが意図的に起こしたというのなら、一体誰が何のために?という話だ。
実際、アダムが言った通り、魔導書を保管する地下の書庫に入ることができた人間はそう多くはない。盗まれた、にしては初級の白魔法だけなくなるのもおかしい。もっと言えば、適当な魔導書を一冊持っていったというだけならば、奥の棚から取っていったというのも奇妙だ。
――回復の初期魔法の本、でなければいけない理由があった、とか?
残念ながら。現段階では情報不足という他ない。朝香がいくら考えても、答えが出せるはずはないのだった。
丁寧なお嬢様言葉、なんて慣れていないし出来る自信もない。それでも向こうは自分をコーデリア本人だと思っているのだし、精一杯それらしい言葉だけは取り繕わなければなるまい。一応朝香も社会人だったわけだし、多少の敬語くらいなら使えるというものだ。お嬢様言葉になってないので若干本来のコーデリアと比較して違和感が出るかもしれないが、そこはそれ、誤魔化す他あるまい。
「今日は講義のあと、初級の白魔法を教えていただける予定ではなかったのですか!?」
「あ?……ああ、そういう話であったな」
立派な髭を蓄えたコーデリアの父、アダム・ウィルビーは。困ったように視線を逸らして言った。
「悪いが、また今度にしてくれるか。どうしても今日は難しくなってしまったのだ」
「難しくなった、というと?」
「新しい魔法を教えるためには、私達がひそかに保管している魔導書から直接スペルをお前の魔導書に書き映し、継承する必要がある……というのはわかっているな?」
「え?ええ」
この世界の魔法は、少し独特な継承方式を取っている。というのも元々魔法というものが“生まれついて誰もが使えるもの”ではないことと(魔女の一族でない者は、生来の魔力が極端に低いせいで覚えても使えないことが殆どなのだ。勿論訓練次第である程度魔力を伸ばし、一般人から魔法使いになった者というのもいるにはいるのだが)、魔法そのものが過去の争いの火種になるとして禁忌扱いされているのが最大のところである。
そもそも、本来ならウィルビー家に保管されている大量の魔導書も、全て過去の戦争が終結すると同時に焼き捨てられるはずのものだったのだ。それを、ヒストリアの子孫たちがどうにか誤魔化して少数を隠し、さらに研究を繰り返して今の数まで増やしたという実績があるのである。魔導書の存在そのものが、政府に知られたら一発で逮捕モノだ。ましてやそれを今でも継承し、新たな魔法まで研究していたとあっては、最悪国家反逆罪に問われかねないレベルである。
ゆえに、魔法の研究、秘密の共有は慎重に行わなければいけない。元よりこの世界の魔法は、特別な書物を通じてしか継承することができないものだから尚更である。
そのやり方こそ、“それぞれ魔女や魔法使いの個人が持つ魔導書の白紙ページに、オリジナルの魔導書から魔法のスペルを書き写す”というもの。
オリジナルを持つ魔女や魔法使いが、継承者の魔導書に手ずからスペルを書き記すことで継承が成立するのだ。それをやらなければ、スペルを仮に暗記していても魔法は発動しない。魔法とは、スペルを正しく継承された魔導書を、その持ち主が肌身離さず所有することで初めて使えるものなのである。
「まさか」
朝香は思わずひっくり返った声を出してしまった。
「該当の魔導書がなくなった……なんてことはないですよね?」
「…………」
「お父様!」
「……その通りだ」
「ちょ」
大問題ではないか。青ざめる朝香を見て、だ、大丈夫だ!とちっとも大丈夫そうではない顔で言うアダム。
「この地下室の鍵はかかっていたし、屋敷におかしな侵入者などない!そんなものがいたら警備が気づかないはずがないからな。行方不明になったのも、初級の白魔法の魔導書だけだ。多分うっかり別のところにしまってしまっただけだろう。盗難なんてものがあったなら、あんな価値の低い魔導書だけ盗んで他のものは手つかずなんて、そんなことあるわけないからな!大体、白魔法の棚は書庫の奥にあるわけだし」
「そういう問題じゃないでしょ!急いで探さないと!」
「わ、わかった!探す、探しておくから、な!!」
魔導書の存在がバレたら、その時点でこの家が取り潰しになる可能性も高い。というか、それこそ極端な話人を殺してでも流出させてはならないヒミツの類だ。鍵がかかっていた地下の書庫から、そうそう魔導書が盗めるとは思えない、が。本来あるべき場所に本がないという時点で十二分すぎるほど大問題である。
「私も一緒に探します、デートしている場合じゃないので!」
父親相手にキツい物言いをしているのはわかっているが、それでも言わずにはいられない。跡取り娘なのだから当然といえば当然だ。幸い、ゲームの内容は熟知しているし、ストーリーが進行していけば魔導書を保管する書庫にも入れるようになる。目ぼしい本がどの位置にあるのか、は把握済みだった。第一章の段階の本来のコーデリアは書庫に入ったことなどないが、こちとら中身は現世の一般人、コーデリアが本来知らないはずのことも知っているのは確かである。
「そ、それは駄目だ!お茶会には行ってくれ、向こうの機嫌を損ねるわけにはいかない!」
アダムは少々情けない声を上げた。
「コーデリア、お前も分かっているはずだ。ミューア家との関係は良好に保たなければならぬし、万が一にも婚約解消などあってはいけない。そうだろう!?」
彼が気にするのには、当然理由がある。ジュリアン・ミューアとコーデリアは相思相愛の恋人同士ではあるが、元々は親が決めた結婚であるのも事実なのだ。物心つく頃には、双方が婚約者として定められていた。その後ともに時間を重ねるごとにコーデリアはジュリアンの優しさに魅かれて行き、二人は相思相愛の関係まで発展するのだが――仮に相性最悪であったとしても、結婚を成功させなければいけない理由が両家にはあったのである。
どちらも侯爵家。貴族としての表向きの地位は非常に高い。が、どちらの家も訳ありなのである。
コーデリアのウィルビー家は言うまでもない。円環の魔女・ヒストリアの末裔というだけで、永久に政府から監視され、職業や行動にもいちいち制限がつく身である。そこから脱却し、少しでもかつての権力を取り戻し、願わくば魔法派の復権を果たしたい。復讐したいと燃え上がっている過激派もいるが、多くの魔法使いたちは穏便な形で科学派と融和を図りたいと思っている背景がある。この婚約は、その架け橋としても非常に期待をかけられているのだ。
そして当然、メリットがあるのはこちらだけではない。ミューア侯爵家も、次男のジュリアンを婿養子として出してくるのは当然理由がある。彼の一族はかつての戦争で“科学騎士”と呼ばれる精鋭部隊を務めていた。海で、陸で、空で。多くの戦艦や銃器を用いて敵を殲滅する、まさにその尖兵と言っても過言ではなかったのである。かつては英雄として持て囃された時期もあったはずだ。が。戦争から数百年以上も過ぎ、平和な時間が長くなれば。かつての英雄のしたことを、大量殺人ではないかと蔑む人間が出てくるのも、自然と言えば自然のことで。
表立って批判が出ずとも、世論に敏感な政府がミューア家の特別扱いを覆すには十分だったのである。数々の特権を時間とともに剥奪され、お飾りの侯爵となったミューア家が不満を抱くのも当然と言えば当然だろう。あれだけ科学派に貢献し、今の政府の礎を築くために協力してきたのになんたる仕打ちか。こちらもこちらで、なんとかして家の名誉を取り戻し、再び国政に関わりたいと思うようになるのは必然であったのである。
両者ともに、今の政府に不満を持ち、権力を取り戻して理想の世の中を築きたいと思っている者同士。ウィルビー家としてはミューア家は祖先を捕まえた仇のようなものであるものの、背に腹は代えられないものがある。向こうが譲歩して、次男を婿入りさせてくると言っているから尚更だ。かくして相当の思惑の元、ウィルビー家長女のコーデリアとミューア家次男ジュリアンの婚約は、本人達が赤ん坊の時にはもう決定づけられていたというわけである。
ミューア家は、ウィルビー家がいまだに魔法の研究を続けていることを知っているし、ウィルビー家も彼等が政府に翻意を隠していることを知っている。まさに両家は共犯者と言っても過言ではない関係なのだった。
裏を返せば。互いに互いの弱みを握りあっている状態なのである。機嫌を損ねて関係が拗れることだけは、絶対的に避けるべきことなのだった。
「……お父様、言いたいことはわかりますけど」
が。
それらの事情をわかってはいても、朝香が呆れてしまう理由は一つ。
「ジュリアンの性格はご存知でしょう。彼は、一度お茶会が飛んだくらいで怒るような性格ではないですよ。それよりも大事な魔導書が紛失したかもしれないという方が問題では?」
「お前が言いたいことはわかる。が、お茶会のキャンセルはやめてくれ。魔導書は私と召使いたちで責任を持って探し出しておく、だから」
「何をそんなに、気にすることなど……」
「ジュリアン君の性格はわかっている、彼は確かにそのようなことでヘソを曲げる性格ではないだろうとも。だが、あちらの家のご両親がどう思うかは話が別だ、わかるだろう?」
「…………」
そう言われては、朝香も黙る他ない。ジュリアンを蔑ろにすれば、向こうの家族がどう思うか。そんなつもりはなくても、そう見える行為をするだけで家族の機嫌を損ねるかもしれない。実際、彼の父親が相当な野心家で、リアリストであるのは有名である。この結婚が息子のためにも家のためにもならないと判断したら、即ひっくり返してくることは十分考えられることであるだろう。それをアダムが恐れるのは、至極当然のことではある。
「……わかりましたわ」
ため息をひとつついて、朝香は言った。
「ですが、言質は取りましたからね。ちゃんと責任を持って、魔導書を探し出しておいてください。この家の外に持ち出された可能性が可能な限り低いと言っても、管理されていないというだけで大問題なのですから」
「ああ、も、勿論だ」
「まったくもう」
一体、何が起きているというのだろう。講義室を後にしながら、朝香は別のことを考えていた。これがもし朝香の夢ならば、ゲームとは違う出来事は起きにくいはず。あるいはゲームを誰かが再現した世界でも同様のはずだ。それなのに、本来ないはずのイベントが発生して、魔法を一つ貰い損ねた。これはゲームに似ているだけの別の世界ということなのか?魔導書がなくなるなんて、世界観や設定を考えればとんでもない話である。後々の展開にも響きかねないようなトラブルを誰かが意図的に起こしたというのなら、一体誰が何のために?という話だ。
実際、アダムが言った通り、魔導書を保管する地下の書庫に入ることができた人間はそう多くはない。盗まれた、にしては初級の白魔法だけなくなるのもおかしい。もっと言えば、適当な魔導書を一冊持っていったというだけならば、奥の棚から取っていったというのも奇妙だ。
――回復の初期魔法の本、でなければいけない理由があった、とか?
残念ながら。現段階では情報不足という他ない。朝香がいくら考えても、答えが出せるはずはないのだった。
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