上 下
13 / 19

<13・取り憑かれる少女>

しおりを挟む
 積み上がった椅子をよけてみたり、跳び箱を力技でどかしてみたり、ボールが入ったカゴを引っ張り出してみたり。そういうことを繰り返してみたが、結局目に見える位置にある窓とドア以外に、小屋の中に出入り口はないようだった。もしかしたら、二階に他にも窓が存在する可能性もあるにはあるけれども。
 硝子も割れているようだし、基本的に窓というものは内側からしか鍵がかけられない仕組みになっている。ならばこちらから鍵をあけてしまえば、なんら問題なくそこから外に出られる筈であったのだが。

「うーんっ……うーん!」

 あかるは窓を開けるべく、ぐいぐいと左に引っ張った。いわゆる“引き戸”型のスライド式窓である。レールに多少ゴミは詰まっていたが、ティッシュで拭けばかなりマシになったし、稼働を妨げるほどのものではないはずだった。
 しかし、いくら引っ張っても叩いても、窓はぴくりとも動かない。鍵は開けてあるはずだというのに。

「何で、開かない、の!もう!」

 段々本気で泣きたくなってくる。窓枠が歪んで開かなくなってしまっているだけなのかもしれない。でも、どうしてもこの場所の怪談を思い出すと、“本当にオバケに妨害されているのでは”という恐怖心が拭い去れないのだ。
 確かに、怪談通りなら、無理心中をした女の霊とやらはこの小屋を壊そうとする人間以外に危害を加えることはないはずである。今までこの場所に誰かが閉じ込められた、なんて話も聴いたことはない。ならばこれは霊障などではなく、純粋に建物の老朽化の可能性が高いということになるだろう。

――で、でも。今まで誰も被害に遭わなかったからって、これからもそうとは限らないんじゃないの?

 祈るような気持ちで、ぐいぐいと窓を引っ張る。

――それに、私が麻乃たちに聴いた話が間違ってる可能性だってあるじゃんか。本当はもっと恐ろしい怪談だったら?そもそも、本当に被害に遭った人はいないの?神隠しされた人が、この小屋のせいだってカウントされてないだけとか、そういうこともあるんじゃ……!

「緑さん、もういいって」
「で、でも!」
「手を痛めちゃいますよ、緑さんの力で引っ張っても無理なら、やっぱりダメなんですって」
「うう……」

 怖がりのはずなのに、何故そんなに夢叶は冷静なんだろう。彼女に止められ、渋々あかるは窓枠から手を離す。
 既に、硝子を割ることは試みた後だった。しかし、椅子を振り上げて叩きつけても、罅割れているはずの窓ガラスはうんともすんとも言わないのである。穴があいている部分から助けを求めてもみたが、そもそもこの旧体育倉庫は校庭の端の端にあるのだ。放課後で、生徒も多くが帰ってしまったはずである。警備員でも見回りに来てくれない限り、自分達の存在にも気づいてくれない可能性は高かった。

「やっぱり、こんなのおかしいよ……」

 再びスマートフォンを見る。
 液晶の最上部に表示されているのは、無情な“圏外”の文字だった。どうして、何で。頭の中でぐるぐると同じ言葉ばかりが回る。閉鎖空間とはいえ、ここは地下でもなんでもない学校の敷地内なのだ。何故、突然圏外になるなんてことになるのだろう。これでは本当に、悪霊が自分達を閉じ込めて、悪さをしようとしているようではないか。
 いや、仮に老朽化のためなのだとしても。
 このまま小屋が潰れて、ぺしゃんこなんて結末は洒落にもならないのである。そうでなくとも誰の助けも呼べず閉じ込められたままでは、いずれ餓死してしまう結果にしかならないだろう。夏の始まり、それぞれ飲み物は持ってはいるが、それでも1リットルの水筒を一本ずつ。どちらも残り半分程度しか入っていない。食べ物以上に、水を飲まずに生きられる時間は少ないと聞いたことがある。カラカラに干からびて死ぬなんて、どんだけ惨めなことであるか。

「やっぱり、二階を見てみるしかない気がします」

 夢叶が視線を投げる先には、二階らしき空間へ続くハシゴが。一人ずつしか登れなさそうな、細い木製のハシゴである。正直気は進まない。それこそ、足をかけた瞬間にバキッ!と壊れるなんてことも十分にありそうである。
 というか。それ以上に、こんなホラースポットの二階や屋根裏がまともな場所だとは思えないのだ。なんせ。

「い、嫌だよ……!だって、こういう場所のお約束じゃん、上に明らかにヤバげな神棚があるとか!あるいは御札だらけで封印された箱があるとか!見たら呪われるものでも置いてあったらどうすんの!?」

 もう既に呪われてる気がしないでもないが、それはそれ。これ以上フラグなんぞ立てたくはないのである。

「だ、大体……この下の部屋でさえ、こんなばっちいのに!上の階はゴキブリとネズミだらけでもっと不潔かも……っ」
「私だって嫌ですけど、上からだったら出られる場所あるかもしれないんですよ?このまま下で干からびるまで待ちます?」
「う、ううう……!なんでそんなぐいぐい行けるんだよ茶木さんっ……」

 案外、腹をくくれば強いタイプなのか、彼女は。正論なのは確かだが、今はその正論が滅茶苦茶きつい。まっすぐ見つめられてそんなことを言われてしまっては、あかるもこれ以上拒絶することはできなかった。本気で生き残りたいのなら、脱出に繋がる方法は全て探さなければいけないのも確かなことであるのだから。
 この旧体育倉庫を見に行く、ということは夢叶以外には誰にも言っていない。そもそも本来立ち入り禁止の場所なのだから、誰かに言ったら叱られる未来しか見えないのである。つまり、このままここで待っていても、見回りの人が来てくれない限り見つけて貰えない可能性が高いということだ。もっと言えば、その見回りの人もこの中に子供が二人閉じ込められているなんて、そんな想定をしてくれるかどうか。最初に外から覗いた時にも思ったが、ここは狭い割に見通しの悪く、光が射しこみにくい空間である。近くを通っても、気づいてくれないことも十分あり得るのではなかろうか。

――こんなとこで死ぬなんて、嫌だ……!

 そう思うなら、取りうる選択肢は一つしかないと言って良かった。

「わ、分かった……行く、行くから……!」
「ですよね。それしかないですもんね。じゃあ私、先に上に登りますね」
「度胸ありすぎぃ……!」

 ああ、そんな力強く言われたら、こっちは本気で逃げ道がないではないか。恨めしい気持ちで、すたすた歩いて行く少女の背中を見送る。なんだか本当に、人が変わったようだ。いいところのお嬢様は、こういう土壇場に強かったりするのだろうか。確かに、大企業の人とか政治家とか、そういう人たちが参加するパーティに出て挨拶するくらいの経験はありそうではあるけれど。
 ぎしぎしと軋むハシゴを、夢叶はさっさと登っていく。恐怖心ってものがないのだろうか。ワンピース姿の彼女のパンツが見えないギリギリの位置に立ち、あかるはため息を吐いた。こうなってはもう、自分も腹をくくって行くしかない。

「ちゃ、茶木さん、そこどんなかんじー?汚くない?」

 先に登った彼女の姿が見えなくなったところで、思わず声をかける。ほんの少し遠いところから、“大丈夫ですー”という声が聞こえてきた。大丈夫とは、一体どういう意味の大丈夫なのだろう。思ったほど不潔ではないということなのだろうか。
 意を決して、あかるもハシゴに足をかける。みしり、と嫌な音が響いて思わず体が震えた。明らかに、自分の方が夢叶より体重が重いのだ。ハシゴが折れたり外れたりしませんように、と祈りながら一歩ずつ、ゆっくりと上へ登っていく。

――こ、こんだけ怖い思いしたんだから!何の成果もないとか、ありませんように!

 人間、二階くらいの高さから飛んでもそうそう死ぬことはないと聞いたことがある。ならば二階に窓があってくれたら、そこから飛んで脱出するという選択もあるだろう。祈るような気持ちでハシゴを上りきったあかるは、途端落胆することになるのだった。

「……なんだ。これ、二階じゃなくて、屋根裏なんじゃん……」

 そこはただ、だだっぴろい木の床の空間が広がっているだけの場所だった。天井は三角形の形になっており、屋根に穴が開いているのかあちこちから夕焼けの光が射しこんできている。ゆえに、真っ暗ではないのだが、相変わらず薄暗いことに変わりはない。ゴキブリ大量発生という最悪の事態はないらしかったが、それでも埃っぽい事実は変わりなかった。

「べっくしょん!うう、下より、埃やばい……」

 四つんばいになってハシゴから上がると、膝も手もぬるっとしたもので汚れた。埃と雨漏りが混ざったようなもの、なのだろうか。べたべたで非常に汚らしい。
 同時に、気づいた。下の部屋と違って、この屋根裏空間に積もった埃はほとんど足跡らしいものがない。ついているものはただ一つ、屋根裏空間の中心に立つ夢叶のものだけだった。真ん中付近は屋根の一番高い場所にあたるのか、そこの位置なら子供一人立つことも可能なのである。

「何も、ないね」

 完全に徒労ではないか。怪しげな神棚や封印の類もないが、脱出できそうな窓も何もない。あかるがため息をついて言うと。

「そんなことないわよ」

 え、と思った。聞こえてきた声は夢叶のものだ。しかし――明らかに口調が違う。

「意味はちゃんとあったわ。だって、今まで誰も此処に来てくれなかったんだもの。私はずっと上で待っていたのに、この学校の子達はみんな意気地なしよね」
「へ……へ?」
「礼を言うわ、緑あかるさん。貴女のおかげで、私は自分の夢が果たせそうなんだもの」

 子供の声とミスマッチな、まるで大人の女性のような口調。あかるは目を白黒させた。夢叶がゆっくりと顔を上げる。長い髪の下から現れた白い顔に浮かんでいたのは、笑顔。ただし、唇の端をきゅうう、と吊り上げ、目を三日月のように歪めた――それはそれは歪な笑みだった。生きた、小学生の少女には到底似つかわしくない類の。

「や、やめてよ、茶木さん。そんな悪ふざけ……」

 ひきっつった声で、告げると。少女はがくん、と首を横に傾けた。まるでマリオネットにでもなったかのように。

「悪ふざけかどうか……確かめてみる?いいわよ、私もずっと退屈していたから……ちょっとくらい、お礼に遊んであげても」
「ひっ……!」

 次の瞬間。恥も外聞もなく、あかるは悲鳴を上げていたのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

イービル・ゲート~退魔師・涼風夜空~

はじめアキラ
児童書・童話
「七不思議に関わるのはやめておけ」  小学六年生の、加賀花火のクラスに転校してきた生意気な美少年、涼風夜空。  彼は自らを退魔師と名乗り、花火に騎士になってくれと頼んできた――この学校にある、異世界へ続く門を封じるために。  いなくなったクラスメートの少女。  学校に潜む異世界からの侵入者。  花火と夜空、二人の少女と少年が学校の怪異へ挑む。

テレポートブロック ―終着地点―

はじめアキラ
児童書・童話
「一見すると地味だもんね。西校舎の一階の階段下、色の変わっているタイルを踏むと、異世界に行くことができるってヤツ~!」  異世界に行くことのできる、テレポートブロック。それは、唯奈と真紀が通う小学校の七不思議として語られているものの一つだった。  逢魔が時と呼ばれる時間帯に、そのブロックに足を乗せて呪文を唱えると、異世界転移を体験できるのだという。  平凡な日常に飽き飽きしていた二人は、面白半分で実行に移してしまう。――それが、想像を絶する旅の始まりとは知らず。

ウラガワメッセージ

はじめアキラ
児童書・童話
「そこで、今からみんなに画用紙を配ります。そこでみんなには、架空の……つまり、君たちが考えたオリジナルのお花を描いてもらいます。色鉛筆はちゃんと持ってきてるよね?持ってきてってお願いしたもんね?」 存在意義のよくわからない、道徳という名の授業。小学生の駆のクラスで出された課題は“オリジナルのお花と花言葉を考える”というものだった。 適当に当たり障りのないものを描いて終わりにしよう、とドライに考えていた駆は。いつも自分に突っかかってくるクラスメートの風汰が、うんうん唸りながら頭を抱えているのを目にして……。

泣き虫な君を、主人公に任命します!

成木沢ヨウ
児童書・童話
『演技でピンチを乗り越えろ!!』  小学六年生の川井仁太は、声優になるという夢がある。しかし父からは、父のような優秀な医者になれと言われていて、夢を打ち明けられないでいた。  そんな中いじめっ子の野田が、隣のクラスの須藤をいじめているところを見てしまう。すると謎の男女二人組が現れて、須藤を助けた。その二人組は学内小劇団ボルドの『宮風ソウヤ』『星みこと』と名乗り、同じ学校の同級生だった。  ひょんなことからボルドに誘われる仁太。最初は断った仁太だが、学芸会で声優を目指す役を演じれば、役を通じて父に宣言することができると言われ、夢を宣言する勇気をつけるためにも、ボルドに参加する決意をする。  演技を駆使して、さまざまな困難を乗り越える仁太たち。  葛藤しながらも、懸命に夢を追う少年たちの物語。

春風くんと秘宝管理クラブ!

はじめアキラ
児童書・童話
「私、恋ってやつをしちゃったかもしれない。落ちた、完璧に。一瞬にして」  五年生に進級して早々、同級生の春風祈に一目惚れをしてしまった秋野ひかり。  その祈は、秘宝管理クラブという不思議なクラブの部長をやっているという。  それは、科学で解明できない不思議なアイテムを管理・保護する不思議な場所だった。なりゆきで、彼のクラブ活動を手伝おうことになってしまったひかりは……。

イケメン男子とドキドキ同居!? ~ぽっちゃりさんの学園リデビュー計画~

友野紅子
児童書・童話
ぽっちゃりヒロインがイケメン男子と同居しながらダイエットして綺麗になって、学園リデビューと恋、さらには将来の夢までゲットする成長の物語。 全編通し、基本的にドタバタのラブコメディ。時々、シリアス。

おおみそかのふしぎなネコ

パラリラ
児童書・童話
大みそかに家の中で出会った不思議な子ネコと「ボク」と家族の物語です。 SFテイストになっていますが、ほのぼの系。

ルーカスと呪われた遊園地(中)

大森かおり
児童書・童話
 ルーカスと呪われた遊園地(上)のつづきです。前回のお話をご覧いただく方法は、大森かおりの登録コンテンツから、とんで読むことができます。  かつて日本は、たくさんの遊園地で賑わっていた。だが、バブルが崩壊するとともに、そのたくさんあった遊園地も、次々に潰れていってしまった。平凡に暮らしていた高校二年生の少女、倉本乙葉は、散歩に出かけたある日、そのバブルが崩壊した後の、ある廃墟の遊園地に迷い込んでしまう。そこで突然、気を失った乙葉は、目を覚ました後、現実の世界の廃墟ではなく、なんと別世界の、本当の遊園地に来てしまっていた! この呪われた遊園地から出るために、乙葉は園内で鍵を探そうと、あとからやってきた仲間達と、日々奮闘する。

処理中です...