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<6・噂になる少女>

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「メンクイがすぎんだろ、ゴリラ女ー!」

 翌日、登校してきて早々、クラスの男子の一人に言われた言葉がそれだった。

「転校生によりにもよって一目惚れとか、しかも青海とか絶対釣り合ってねゲッフ!!」

 最後の言葉は中途半端に途切れた――あかるに思いっきりラリアットを食らったせいで。哀れ少年はポーンと吹っ飛び、遠巻きで見ていた友人数名に激突して床を転がった。そのままプシュー、と頭から煙を出して伸びている。ざまあみろ、いい気味だ。

「最っ悪……だ!」

 あかるはぎろり、と視線を巡らせた。窓際で別の男子達と喋っていたらしき少年は、あかるに気づいて“あ、おはようあかるちゃん!”だなんてひらひら手を振ってくる。

「何がおはよう、だ!」

 あかるはつかつかと刹那の元に歩み寄った。その剣幕に押されてか、他の少年たちがびびって一歩後ろに下がる。今の自分はそんなヤバイ顔をしているんだろうか、どいつもこいつも揃いも揃ってオバケでも見たような顔をしおってからに!

「お前のせいで!妙な噂が広まってるみたいじゃん!?登校中から此処に来るまでだけで顔見知りのあっちこっちから声かけられて大変だったんだけど!?」
「噂ぁ?」
「わ、私が!お前に一目惚れしたとかいう噂が広まってんの!お前が広めたんだろーが!」

 あかるの言葉に、刹那はきょとんとして、ああ!と納得したように手を叩いた。

「誤解だって。俺は何も言ってない。昨日あんたが大声で余計なこと喋るから、みんなに聞こえちゃったんじゃないかなあ?」

 そうかもしれない。そうかもしれないが、そう仕向けたのは誰だと言いたかった。わなわなと肩を震わせるあかるに、刹那はにこにこと追撃してくる。

「そもそも、その噂って本当のことじゃないの?俺はてっきり……」
「そ、そんなわけないだろ!わ、私は別に!」
「ええ?そのわりに、否定の仕方が弱いなあ……」

 小学生ならば、女子の方が身長が高いなんてことも珍しくはない。ただでさえあかるは同年代の少女達と比較しても高身長だ。ぐい、と近づかれれば、刹那の方が完全に上目使いで下から見上げてくる形となる。
 明らかにからかわれている、のがわかっているのに。その角度はちょっと反則だろう、とあかるは視線を逸らした。
 こいつは絶対、自分の顔面の可愛さを熟知していてやっている!

「本当に違うなら、もっとはーっきり違うって言って?ほら、視線逸らさないで、ちゃんと真正面から俺の眼を見て、お前のことなんか嫌いだーって……」

 きゃああああ!と悲鳴に近い歓声が聞こえた。これは他の女子達からの注目も無駄に集めてしまっているやつだ。なんたる羞恥プレイ。あかるは拳を握り、思わず。

「いい加減に、しろおおおお!」

 刹那の頭に拳骨を振り下ろしていた。いったーい!と頭を抱えて大袈裟に蹲る刹那。ああもう、と振り回されっぱなしの感情に頭痛を覚えるあかる。頭を抱えたいのはこっちの方だというのに!

――ないないないない!絶対ない!電車の時はちょっとカッコいいかもとか思ったけど、それはこんな奴だって知らなかったからだし!!

 ぶんぶんぶんと首を振って、考えを否定する。

――私がこいつに惚れたとか、そんなことあるわけがないっ!こんな、見た目可愛いだけの愉快犯なんぞに!!



 ***




 こいつにだけは負けたくない。あかるの中にむくむくと湧きあがったのは、そんな対抗心だった。転校してきたばかりのこいつは、きっと授業にもついていけないはず。こいつよりカッコよく手を挙げて問題に答えてやれば、少しは向こうも自分を見直すのではなかろうか。
 と、思っていた、はずなのだが。

――あ、あれ。

 あかるは忘れていた。
 自分が非常に、それも全般的にお勉強と呼ばれるものが苦手であったということを。一時間目の算数の時間から、あかるは完全にフリーズすることになったのだった。

――え、円の面積って、どっちだっけ?直径の二倍かける3?あ、あれなんか違ってるような……。

 というか、そもそもあの図形の面積ってどういう風に計算して求めればいいのだろう。先生が黒板に書いた図の意味がさっぱりわからず、頭上にはてなマークを浮かべまくっている状態である。
 正方形の中に扇が入っていて、その扇と正方形の隙間に該当する部分の面積を求めろ、ということらしい。あんなぺっちゃんこの形の面積なんかどうやって求めるのだろう。円の面積の求め方を習ったばかりであるし、そこから派生していくということは想像がつくのだけれど、そもそも円の面積の公式がすっぽ抜けている状態である。
 慌てて教科書を遡って見ているうちに、ハイ!と高い声が響いた。見れば笑顔で手を挙げている、刹那の姿が。

「はい、じゃあ青海君答えてくれる?答えだけじゃなくて、解き方もお願いできるかしら」

 大谷先生も、転校生がやる気を出してきたら真っ先に指したくなるだろう。刹那は笑顔で答えた。

「えっと、正方形の一辺の長さが12cmですから……正方形の面積は12×12で144cm。で、扇はその正方形にぴったりとハマってるわけですから、半径12cmの円の四分の一のサイズということになります。つまり正方形の面積から、半径12cmの円の四分の一……12×12×3.14÷4の面積を引けば、隙間部分の面積が出ると思います。よって答えは144-113.04=30.96㎠になります!」

 あ、そういう。あかるもつい納得してしまい、その後脱力した。

「正解!そう、隙間の面積を求める時は、引き算を使えばいいの」

 自分の方が先に答えを言いたかったのに、完全に勝負になっていなかった。多分答えがわかっても、あんな風に理路整然と説明はできなかっただろう。

――つ、次だ次!今日は国語の時間に漢字の小テストがあったはずだし、それでいい点取ってやれば……!

 甘い。
 うん、自分でもわかっていた、こうなることは!
 そんな意気込みをした一時間後、再びあかるは轟沈することになるのである。すっかり忘れていた――自分はこの小テストのための勉強など一切していなかったということを。直前に、出そうな範囲の漢字ドリルと似ためっこして多少詰め込んだが、それで何もかも対応できるほど生易しいものではない。ましてや、そもそも記憶力に自信があるのなら毎回焼野原になってなどいないわけで。

「ご、じゅってん……」

 自分の答案に、真っ赤に書かれた点数。この小テストは、生徒が解答した後で自分で採点するというやり方だ。よってすぐ自分の点数がわかってしまうのである。しかもこのテストに限っては、全部解答を書き込んだところでみんなに“ボールペンで清書”させるというやり方をするため、採点時に誤魔化しがきかないのだ(自己採点のテストだと、往々にして間違えた答えを書き直して正解にするヤツが出るためである)。
 何度も自分でチェックしたから間違いない。でかでかと赤く書く羽目になった点数は、堂々の五十点だ。これでも普段の小テストよりはマシだなんてとても言えない。

「百点だったやつはいるかー?」

 国語の先生が声をかけると、パラパラと手が挙がった。その中には、例のごとく刹那の姿もある。

「ぐぬぬぬぬぬぬ……っ!」

 あいつめ、理数系かと思ったら国語も得意なんかい!あかるはますます悔しくてたまらない。対抗意識を持っているっぽいのがどう見てもこっち側だけで、刹那の方は一切気にしていないっぽいのがまた憎たらしいったら!

――ま、まだ他にも科目はあるし、あるんだし!

 そう思ってる時点で、思いきりフラグを立ててしまっていたのは言うまでもない。
 歴史の授業では指された問題の答えがわからず先生に呆れられ、しかも別の問題で指名された誰かさんはズバッと答えて感心され。
 道徳の授業で教科書の“まる読み(教科書に載った小説や説明文を、句読点ごとに句切って一人ずつ読んでいくというものだ)”では緊張して噛んでしまい、思いきり恥ずかしい思いをするという始末。一方刹那は無駄にいい声で朗朗と読むものだから、ますます心の中で地団太を踏む羽目になるのだ。
 こうなっては仕方ない。最後の勝負、体育に賭けるしかない!

――運動だったら絶対負けない!短距離走で、絶対あいつよりいいタイムだしてやるんだから!!

 普段は三時間目にあるはずだった体育が、場所の都合で今日だけは五時間目になっていた。最後の最後に大逆転のチャンスが残されていたというわけである。何がなんでもここで圧倒的な実力を見せつけて、奴めをギャフンと言わせてくれよう!

「ふふふふ、覚悟しろよ青海刹那ぁ……!」
「ど、どうしちゃったのかあるちゃん……怖いよ?」
「も、戻ってきてくださーい……」

 着替えの時間。ブラックオーラを出して、ユイと麻乃にドン引かれていたのはここだけの話である。
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