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<最終話~アオイロデイズ~>
しおりを挟むもし、何か一つが違っていたなら。
あと一つ、足りない勇気があったなら。
きっとこの物語に、ハッピーエンドはなかったのだろう。
***
「これで、本当に良かったのですか、女王様」
玉座の間において、膝まずく男が一人。
エスメア・トールメイは女王に問いかける――まだ戦いの名残が残る、汚れた軍服のままで。何よりも優先すべき女王陛下への報告をこなした後に。
「結局私達は、何一つ取り戻すことができませんでした。お世継ぎも、ロックハートも兵器も何もかも、全て」
そして、挙げ句大量の怪我人を出して退いてきたのだ。いくら死者がいなかったとはいえど、戦果としては最低のものであったことは間違いない。
いかようなお叱りも受けようと、そう思っていたのだ。たとえそれが、エスメア自身の心に従った結果であったとしても。
「顔を上げなさい、エスメア」
しかし、リアナの声はひどく穏やかなものである。まるで何か大切なものを見つけて吹っ切ってきたかのように。
「何一つ取り戻せなかった?そんなことはありません。貴方は一番大切なものを取り戻してきてくれたではありませんか?」
「一番大切なもの?」
「そうです。……テラの民の、人としての心を、です」
彼女は少し寂しげに微笑んだ後――強く、強く遠い彼方を見据えた。これで良かったと、まるで確信しているかのように。
「私はあの方を愛しています。これからもきっと愛し続ける。だからこそ。……次に迎えに行く時は。私が本物の平和の女王として、胸を張れるようになった時であるべきです。もう二度と、当たり前のように誰かが傷つくことのない、そんな世界を作り上げることができた……その時に」
まだこの世界には、厚い雲が垂れ込めたまま。
しかしいつかは、そこに天使の梯子ができ、やがて青空が顔を覗かせてくれる時も訪れるだろうか。
本物の女王が、未来を信じて戦い続けたのなら。
***
「理音ほら!できたぞ、これ!」
キッチンで弾けた歓声。アオはにこにこと微笑んで、理音にフライパンの中身を見せる。
「前より茶色が少なくなったと思わないか?私はなかなか頑張っただろう?」
「へえ、すげえじゃん。……しかしあんまり俺にくっつくのはやめた方がいいと思うぜ」
一年過ぎても小さいままのアオの頭を撫でつつ、理音は苦笑する。視線の先には、まるでアオをそのまま小さくしたような碧髪の幼児の姿が。
「イオの視線がさっきから痛い。めっちゃんこ痛い」
「……リオンばっかずるい、ずるい……」
「あああごめんって!母ちゃん独り占めしてごめんって……!」
驚いたことに、アオの息子のイオは――僅か半年程度で、幼児相当の大きさまで成長していた。ガイアの民ならばけして珍しくもなんともないらしい。赤ん坊の時間が極端に短く、幼児期の成長は非常に早い。こうして可愛い嫉妬で済む時期もさほど長くはないだろうな、とアオは言っていた。
なんといってもイオは、半分テラの王家の血を継いでいるわけである。テラの王族は軒並みとんでもない身体能力と腕力を持つことで有名であるそうだ。当然、イオもその例に漏れないと思われる。女の子だからって油断しない方がいいんだろうな――と理音は顔をひきつられて彼女を見据えるのだった。
一年前の花火の日から、テラの民は襲撃してくる様子がない。
それは女王の命令ゆえとも取れるし、なんらかの準備期間であるとも考えられた。真実を知る方法は自分達にはない。確かなのは彼らが撤退して、それきり戻ってこないということ。そして。
「あのさ、アオ」
あの時理音が――絶対にやってはいけないことをして、それなのにアオが理音を見捨てなかったというその事実のみである。
「今更だけど聞いていいか」
「ん?」
「去年、テラの奴等が襲ってきた時さ。お前なんで……俺のこと、気味悪いと思わなかったんだ」
あの時、アオも見たはずだ。理音に睨まれたルインが突然硬直し――叫び声をあげながら暴れ始めたことを。
動けなくなっていた部下達を次々切りつけた上、最後は自分の腹を刺して倒れた光景を。
「何も言わなかったけど、気付いてただろ。……俺が、ルインをマインドコントロールしたってことくらいは」
それは、理音の力の副作用。
相手の心を覗き、飛び込むことのできる理音に可能なもう一つの力だった。理音は飛び込んだ先の相手の心を、思い通りに操ることができてしまうのである。
人の眼を見つめることが本当に恐ろしかった理由はそれだった。ただ記憶が見えるだけで済まなくなることを、理音は過去の経験で知っていたのである。
「確かにお前とイオは、眼を見ても記憶が流れ込んでくるってことはねーけどさ。それはガイアの民が魔力が高いせいじゃないか?って予想は立ってるけどさ。これからも見えない確証はねーだろ。そもそも、全くお前らの考えてることがわからないわけじゃないし。これから先は、どうなるかなんて……」
考えれば考えるほど、声が小さく細くなっていく。やっと、ひとりぼっちではない日々を手にいれたのに。アオが無事で、自分も無事で、難産ではあったけどイオも産まれてくれて――不思議でも確かな家族として、暮らしていけるようになったというのに。
いつかそれが壊れてしまったらと思うと、恐ろしい。そんな自分は臆病なのだろうか。
「臆病者だな理音は!」
「ふがっ!?読まれた!?」
「馬鹿め、顔に大書きされていれば嫌でもわかる!……そもそもお前、肝心なことを忘れてないか?私たちは異星人だぞ?私は魔法文明のガイアの民の生き残りだぞ?サイコメトリだのマインドコントロールだのの力なんてとっくの昔に見慣れてると思わないのか?」
「い!?」
その発想はなかった。あっけに取られる理音がおかしかったのか、アオは口を開けて大笑いする。その側でつられたのか、イオもきゃらきゃらと可愛らしい声を上げている。
「だから馬鹿め、と言っているんだ。そんなくだらんことよりも考えるべきことは山ほどあるだろうが、なあ?」
一年前より随分毒舌になったアオは。それでも変わらぬ笑顔で、イオの頭を撫でつつ言うのだ。
「例えばそう、今年の花火は何処に見に行くのか、とかな」
退屈で、死んだような日々はもう――終わり。
自分の笑顔を喜んでくれて、最高の笑顔を向けてくれる人が一人でもいれば、それだけできっと世界は救われてくれるのだろう。
「……うん。そだな」
人と違ってもいい。出来ないことがあってもいい。
ただ繋いだ手が温かいのなら、きっとそこに真実はある。
「今年も行くか……今度は、三人で!」
奇跡の時間は、まだまだここで続いている。
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