アオイロデイズ

はじめアキラ

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<第二十八話~今、運命と対決を~>

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 祭りの雰囲気に沸いていた集団の歓声が、一気に悲鳴に変わった。地響きとともにざばりと川の水が割れ――2メートルくらいのごつい体躯の、機械のようなものが姿を現したのである。
 理音の手提げ袋に菓子と飴を突っ込みながら、アオは目を見開いた。見覚えがある。ファラビア・テラの戦闘兵が装備する――アーマースーツ。ロボットに見えるが、実際はロボットを人間が装着している形となっている。小回りがきかないが、その分普通の人間よりも狭い範囲や初動で遅れを取るが、その分火力や耐久性能は抜群。灼熱の惑星であっても無傷で生還したという部隊は、全員あの最新型アーマースーツを身に纏っていたことで有名である。

――まさか、奴等……こんなに早く!!

 人は、あまりにも予想外の出来事に遭遇すると、とっさに硬直して動けなくなるのが普通である。祭りに来ていた群衆も同じだった。あれはなんだ、祭りのイベントのひとつか?と呑気にスマートフォンを構えて動画を取り始める始末である。
 そのお気楽な雰囲気も――銃器を構えたアーマースーツが人気のない土手を思いきり撃ち抜くまでであったが。

「!」

 爆発音、上がる煙、焼け焦げた臭い。何かのお遊びかと思っていた人々も流石に異常に気付いたようだ。アオはとっさに叫ぶ。

「化け物だ!みんな、逃げろ……殺されるぞ!!」

 人々がパニックになる可能性は十分にあったし、将棋倒しになったら申し訳ないとは思ったが。とにもかくにも、逃げて貰わなければどうにもならない。アオの声に我に返った人々が、我先にと散り散りになって逃げ出していく。幸い、土手に集まっていた人々の数が屋台のある歩行者天国と比べてかなり少なかったのが幸いした。先程のレーザーで怪我をしたらしき人も見当たらない。

「きゃあっ!」
「お母さんっ!」
「!!」

 アオのすぐ近くで女性が派手に転んだ。向こうから、先に走っていた中学生くらいの少女が駆け戻ってくる。

「いい、いいから!先に逃げなさい、伊奈!」

 母親はその少女に鋭く言い放った。しかし彼女はなかなか起き上がれずにいる。理由は簡単――その腕に、小さな赤ん坊を抱き締めていたからだ。

「!」

 それを見た時。どくん、と大きく心臓が跳ねるのを、アオは見た。母親。赤ん坊。少女。――何か、忘れていた大切なことを思い出しそうになっている。凍りつくアオの前で、とっさにアオと手を離した理音が飛び出して、母親を抱き起こしていた。
 多分うっかり母親の目を見てしまったのだろう。ふらつきながらも、それでもどうにか赤ん坊と女性を助けようとする姿は立派の一言に尽きる。

「あ、ありがとうございます……!」

 助け合う、男女。それが愛し合う夫婦の姿に、父親と母親の姿に見えてくる。何故、とアオは頭を振った。自分の母親は幼くして死んだ。父親は一人ではない。そして自分の親は、地球人のような夫婦という形態を取っていないし――それが別段珍しくない惑星であったはず。
 なのに何故自分は今、彼らの姿に“理想の父親と母親の姿”を幻視した?
 あの少女を見てリアナを思い出したのは何故?そして、赤ん坊は――あれは。

――ああ、そうだ。そうだ、だから私は……!

 何かが、カチリ、と嵌まる音を聞いたような気がした。




『当たり前だ。やむにやまれぬ事情で産んだ子供ならまだしも、貴方の親は望んで貴方をこの世界に産みだしたはず。親として、子供を守るのは当然のことのはずだ。確かに貴方の能力は少し特殊であったかもしれないが、世の中にはそういう個性を持った人間だって存在している。それは異常ではなく、貴方の個性だ。何か役目があって、神様が貴方に授けた能力に違いない。それを、どうして“普通であるべき”だなんて押し殺そうとする?そもそも普通とは一体何だ、誰が決めるんだ?一番に寄り添うべき親が子供を頭を撫でるべき手で突き放すなんて、何よりあっていいことじゃないだろう!』



 思い出した、すべてを。
 どうして自分があんなにも、理音を捨てた父親と母親に怒りを感じたのか。
 それは、自分が。

「……理音」
「え?」

 母親と少女が何度もお礼を言いながら走り去っていくのを見ながら、アオは彼に呼び掛ける。

「全部、思い出した。私がどうして、ファラビア・テラから逃げなければならないと思ったのか。そして、私が本当にするべきことが一体何であったのか……!」

 すっかり人気がなくなった河川敷。異変に気付かぬ者達はまだまだ祭りを楽しんでいるのだろう。山の手前からは、艶やかな花火が打ち上がり続けている。
 悪くはないかもしれない、とアオは思った。こんな綺麗な景色を見ながら――死ぬことが出来るというのなら。

「ほう、今度は逃げ出さないのですね。殊勝なことです」

 河川敷に光が灯り、弾ける。魔法が使えない彼らの武器は、圧倒的な科学力。転送装置を使って現れたエスメアと――その部下とおぼしき男達がずらりとその場に整列していた。人数を揃えて見せることで、こちらに絶望と失意を与えるためなのだろう。その警戒ぶりも当然か。理音一人ならともかく今は、他ならぬアオがいる。
 そう、かつて絶対無敵の王国をただ一人揺らがした“イクス・ガイアの英雄”――ベティ・ロックハートが。

「またお会いしましたね、地球の方。どうせなら今度はお名前を伺いたいものです。こちらだけ名乗るのはフェアではないでしょう?」
「……日下部、理音だ」
「えっと、地球の日本では後ろにファーストネームが来るのでしたね?改めまして、私、ファラビア・テラ陸軍少尉のエスメア・トールメイです。こちらの皆さんは私の小隊の精鋭達になります。後ろのロボットにも、私の部下が入って操作しているというわけですね」

 相変わらず口数の多い男だ。が、それは迂闊というよりも、話すことで相手を揺さぶり優位に立つためなのだと知っている。少々妄信的なところこそあるものの、彼はけして頭の悪い人間ではない。

「先程のデモンストレーションはご覧頂けましたか?あんなレーザーなどほんの小手調べに過ぎません。今回はたまたま人に当たりませんでしたが、次はどうなるかわかりませんね?」

 くすくす笑いながら告げるエスメア。なるほど、アオは抉れて土がむき出しになった土手を見る。まるで噛みつかれたかのように大きく抉れた土。焼け焦げた芝生。人間が食らったら、最悪その場で蒸発だろう。
 だがそれは――エスメアが攻撃する気になったなら、だ。

「……そんなこと、あんたらはするかよ」

 青ざめながらも、キッと相手を強く睨みつける理音。

「特にエスメアとやら。あんたは女王陛下に命じられてるはずだ。地球人を殺すな、できれば騒ぎも大きくするなってな……!ファラビア教の熱心な信者で忠実な軍人のあんたが、女王サマの命令に背くことができるのか?」
「ほう……?そんな話、私は貴方にした覚えはないのですけどねぇ……?」
「!」

 しまった、と理音が小さく舌打ちする。流石に気づかれただろう。理音が普通の地球人ではないということに。

「やはりそうでしたか。地球にもいるのですね、サイコメトリストというものは。貴方がどのようなタイプの能力者かはわかりかねますが……私はあの時も今回も一度も貴方に直接触れていない。触れることもなく読み取れるともなれば、非常に厄介ではありますが……」

 その瞬間。ぞわり、と膨れ上がる殺気。隣に立つ理音が明らかに怯えて後ずさったのがわかった。
 彼には見えたのだろう。今、エスメアが何を考えたのかが。

「貴方は誤解している……Mr.リオン」

 じり、と男が一歩、前へ。

「殺すなとは言われましたが……傷つけるなとは命じられていない。心苦しいですが、殺さずに痛め付ける方法など、我々は幾らでも持ち合わせているのですよ……こんな風に!」

 次の瞬間、悲鳴が上がった。理音が脹ら脛のあたりを押さえて踞る。

「理音!?」

 エスメアの部下の一人が素早く銃を抜き、発砲したのだ。文字通り、目にも止まらぬ早業で。

「ご心配なく。掠めただけですので大した傷ではありません。歩けなくなるということもないでしょう……今の段階なら、ですがね」
「う、うぅ……」
「貴様……!」
「私達がお願いしたいことは、ただひとつ。……ベティ・ロックハート。貴方が投降し、女王陛下の元に無事お帰り下さること。それだけです。簡単でしょう?」

 ああ、駄目だな――とアオは思った。彼らが何を自分に望んでいるのかなどわかっている。彼らが本当は自分ではなく、自分が奪った二つの宝を目的としていることも。
 だからそれを人質にして、適当に脅して主導権を握ってやろうと思っていたのに――。

――それは、無理だな。……私だけならいい。どうされたところで構わなかった、でも。

「……それは、出来ない相談だ」

 今、アオにあるのは――純然たる怒り。祭りを邪魔され、友達を傷つけられたことに対する――憎しみ。

「話を聞いてやらんこともなかったわけだが。……お前達は絶対やってはいけないことをやってくれた」
「何ですって?」
「決まってる。……私の友を、傷つけたことだ」

 ああ、久しぶりの感覚だ。全身に漲る力を純粋に、怒りのまま解放できるのは。

「あ、アオ……?何する気だ?」

 驚きに目を見開く理音に、アオは微笑みかける。大丈夫、何も心配することはない。何故なら。

「なに……少し愚かな奴等に灸を据えてやるだけだ」

 この場にいる誰よりも――自分は強いのだから。
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