アオイロデイズ

はじめアキラ

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<第二十五話~報われる時間~>

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 宿で余った時間は、理音が仕事をする時間になった。彼いわく、“今回そこまで時間のかかる作業が詰まってなくて良かった”とのことである。新しい依頼が来て、会議を経た直後が彼にとって一番の問題であるという。

『イラストの依頼を受けた時の下絵を書くまでの時間が、俺にとっては一番大変なんだ』

 苦笑いをしつつ、理音はアオに語ってくれた。

『例えば……この間受けて、ポシャっちゃった仕事なんだけどな。“機構戦士エルガード”っていうオンラインゲームの仕事だったんだけど。これも下書きするまで本当に大変でさ……』

 その仕事は、環境汚染が進んだ近未来が舞台だという。科学文明が大きく衰退し、人類の数が激減。代わりに魔法文明が台頭した世の中で、異常発生したモンスター達を狩るべく生み出されたアンドロイド達の物語なのだそうだ。
 依頼を受けたのは“シルラ”という美貌の青年。一見すると普通の人間と変わらない姿に見えるが、実は心を持ったAIを搭載されたアンドロイド。魔法で敵を攻撃することが得意で、キャラクターとしてのレア度も高く大技は一気にザコ敵を一掃するだけの力を持つのだという。しかし、性格としては理知的で穏やか。暴走しがちな少女のアンドロイドなどをたしなめ、場をまとめるのが得意な人物として描かれているのだそうだ。
 そのキャラクターの差分――戦う時のポーズとか、怪我をした時の様子とか――を含めてワンセットでの依頼だ。ゲーム作品のイラストなどだと、一つのゲームで複数のイラストレーターに依頼することが少なくない(キャラクターの数が何十どころか何百以上に上ったりするので、一人のイラストレーターでこなすには無理があるからだ)。今回理音も“シルラ”一人を依頼された形であり、進行具合によっては他のキャラクターもお願いするかもしれないと言われていたらしい。

『で、ファンタジーの話とかだと特にそうだけど。現実の世界と大きく違うわけだろ。たとえば機構戦士エルガードの場合だと、科学文明が大きく衰退した近未来ってなわけだ。背景も、荒廃した町になることが非常に多い。つまり、背景でスクラップになった車とかが出てくるのはおかしくないけど、携帯電話みたいな現代機器をキャラが使って持ってたらちょっと世界観とマッチしなくなるわけだよな』
『まあ、そうなるな』
『それに、エルガードの世界観では、赤が特別な色って設定だった。チームのリーダーを務める人間だけが特別に身につけることの許される色ってなわけだな。ということは、リーダー役のキャラクター以外のキャラは、赤い色の服とか飾りとかを極力控えないといけないってことになる。……イラスト一枚描くにもさ、そういういろんな設定とかを調べに調べて、矛盾ないようにイメージを作ってからでないと下書きもできないわけだよ。俺はこれを“頭の中に世界を構築する作業”って呼んでるわけだけどな』

 その世界を構築して、飛び込んで、描くべきキャラクターに相応しい景色を切り取る作業というのが――理音いわく、どれくらい時間がかかるものであるか全くわからないのだそうだ。だから、彼の場合は下書きそのものやペン入れ、色塗りなどよりもよほど“下書きするまで”に時間を費やさなければならないのだという。
 ところが、その機構戦士エルガードは、理音が下書きをした段階になって企画が白紙になってしまったのだそうだ。原因は、会社側の技術的問題。システム構築の段階でどうしても発生する問題がクリアできず、やむなく企画そのものをお蔵入りにすることになったのだという。

『今は依頼を受けたばっかりの仕事がないから、どの仕事もペン入れするとか色を塗るとか、差分増やすとか……そういう段階に来ているせいで、さくさく進められるんだけども。この仕事も、依頼受けてから下書きをするまで本当に時間かかってさ。やっとシルラの下書きまで終わってやっほここから進められる!ってなった時だったんだよな。企画そのものが、無かったことになったってお知らせが来たの。そりゃ、依頼されたあとなわけだし違約金って形で報酬は出るんだけど……でも、俺にとってはそういう問題じゃないわけだよ。一生懸命構築した“世界”が“キャラ”が、向こうの都合一つで表に出なくなったわけだから。すごく、それがショックでさあ……』

 理音のその話を聞いて。アオは、彼がどれほどイラストの仕事に情熱を傾け、一生懸命であるのかを理解したのだった。実際、部屋にあった何枚もの絵を見たから余計に思うのである。あれが、適当に生きているだけ、手を抜くようなだけの人間に描ける“世界”であるはずがない。
 きっと、理音のそんな頑張りを知らない人間からすれば、“まだ下書きの段階なんだからそんな大変なことなんてないでしょ”といった感覚でしかないのだろう。しかし、実際はここに至るまで本当に彼は苦労を重ねている。それが日の目を見ずに死んでいくのは――それこそ、我が子を殺されるほどの苦しみであるのではなかろうか。

『……理音は、本当に自分の作品に、仕事に一途なんだな。機構戦士の仕事が表に出なかったのは、本当に残念だったことだと思う。ただ……』
『ただ?』
『その“シルラ”というキャラクターは、嬉しかったんじゃないだろうか。理音ほど一生懸命に世界を築いて、自分を磨いてくれる人に描いて貰えたのだから。他のキャラクターよりもずっと報われたと、私だったらそう思う』

 アオがそう素直な感想を告げれば――理音は顔をくしゃくしゃにして、アオの頭を撫でてくれたのだった。宿の室内では白いウィッグを外すこともできる。理音はどうにもアオの碧い髪が好きらしい。白髪もいいけどこっちの方がやっぱりアオらしいよな!と笑っていた。そういうものなのだろうか。理音が嬉しいならば、アオもなんだか嬉しくなるというものだ。
 辿り着いた蒼古里村は、村と呼ぶわりには随分賑わっていた。どうやら地元では有名なお祭りであるらしい。まだ出店などは準備の段階だったが、それでも色とりどりの提灯が掲げられているのは見事なものである。何故か提灯には“下克上!”だの“彼女欲しい!”だのよくわからない言葉が極太文字で書かれていた。なんでも、この祭でお金を出すと提灯にお願いなどを書くことができるのだという。この夏の提灯に書かれたお願いは、次の夏が来るまでに必ず成就すると言われているのだそうだ。
 勿論、既に提灯の売り出しは終わってしまっているので、自分達が今からお願いを書くことはできないわけだが。吊り下げられている“変なお願い”の数々は見ているだけで飽きない代物だった。
 加えて有難かったのが、予約した宿である。小さな村には勿体無いほどの温泉旅館だった。理音が予約したのでそうだろうと思ったが、温泉もさることながらとにかく食事が豪華であることで有名なのだという。自分達が食べられるのは晩御飯からだ。お前の晩御飯も俺が殆ど食うから大丈夫!と理音は豪語していたが、お祭りで買い食いもする予定である。本当に大丈夫なのだろうか。
 昼間の暑い時間は、アオも長時間外に出ることはできない。夕方の祭が始まるまでは、理音と同じ部屋で一緒に遊ぶか、仕事中は実質邪魔をしないように一人で過ごすしかなかったりする。果たして時間を潰せるかどうか、と少々不安はあったのだが――それは部屋にあったテレビと新聞が解決してくれた。
 昼間のテレビなんかつまらんぞ、と理音は言ったが。アオにはその限りではなかったのである。

――本当に、テラの奴らから逃げている旅のはずなのにな……いいのかな、こんなにのんびりしていて。幸せで。

 ちくりと刺すものを見て見ぬふりをしながら、新鮮すぎる地球のニュースやテレビドラマの再放送などを見て過ごす午後。時間は拍子抜けするほど穏やかに、呑気に過ぎていく。自分達の状況が本来ならば危機的なものであることをついつい忘れてしまいそうになるほどに。
 夕方の、祭の始まる時間になるまではあっという間のことだった。

「よし、キャラの塗り終わりいいいい!」

 うーん、と伸びをする理音。彼のパソコンを覗き込めば、可愛らしいウサギ耳を生えた少女が笑ってジャンプをしている。

「ちょいと発光かけてしゅーりょー。あとは背景のみ!」
「お疲れ様、理音。これもゲームの依頼なのか?」
「まあな。“転生したらウサギだらけの世界でした”っていうラノベが原作になってるオンラインゲーム。これは元絵あるからすげー描くの簡単だったやつ。色塗りはちょっと手間をかけたし、このあと背景も塗らないといけないけどな。まだ締め切りまで時間があるし、今日はこれでいいや」

 出会ってから、どんどん理音は喋る数も増え、ころころと表情も変わるようになっていると思う。きっと、これが彼の元々の性格なのだろう。――何かがあって、その性格を封じて、俯いて生きるようになってしまっていたというだけで。

「そろそろ祭も始まってる頃だし、行くか?出店全部回る頃には花火も上がり始めてるだろ、八時からって話だし。アオ、今の時間帯なら軽装で外に出ても大丈夫か?」

 民宿の部屋は全て和室になっていて、今自分達が泊まっている部屋も例に漏れない。ガラガラと障子を開き窓の向こうを見れば、昼間よりかなり涼しくなった風が吹き込んできていた。
 それでもまだ、アオの故郷と比べると気温は非常に高い。フード付きの服を着て歩いた方が無難ではあるだろう。

「……日差しの心配はないが、まだ厚着をした方が良さそうではあるな。服の中に魔法で冷房をかけないと、長時間歩くのは厳しそうだ。せかっくの祭なのに、途中で倒れたら残念だし」
「そか。……よし、じゃあ行くか」

 貴重品と飲み物、タオルだけを入れた手提げバッグだけを持って、理音が立ち上がる。出かける時、自然と差し出される理音の手を――アオはそっと握り返した。
 彼はどういうわけか、人が多い場所に出かける時にアオの手を握りたがる。そしてちょっとしたところに行く場合も殆ど離したがらない。何か理由があるのは明白だった。

「なあ理音。理音は人ごみが苦手なんだろう?」

 彼が、スーパーに行きたがらない事からも、それは確実だろう。でもそれが何故であるのかは、未だに自分は知らされていない。
 知りたいとは思うけれど、無理に教えて欲しいとは思わない。彼が何かを怯えているように思うから、尚更に。

「私と手を繋いでいると、少しはその人ごみも……理音にとって、楽になるのか?」

 だから、これくらいの確認は――許して欲しいと思う。こんな小さなことだけでも、彼の役に立てているのだとしれたなら。それだけで、アオにとっては限りなく大きな意味を持つのだから。

「……ああ。お前と手を繋いでると、怖くないんだ。不思議とさ」
「そうか」
「そうだ。だからさ、その……」

 理音はアオを、友達だと言ってくれた。それならばアオにとっても理音は友達だ。
 記憶があちこち欠落し、誰にも心許せる環境になかったであろうアオの――きっと、今存在する世界で、否銀河で唯一の友達が、彼。

「あとで、ちょっと聞いて欲しい話があるんだよな。びっくりするかもしれないけど」

 まるで告白でもするかのようにかしこまって言う彼に、ついついアオは笑ってしまう。
 一秒でも長く、この奇跡が続けばいい。きっとそれだけで、これから先にどんな悲劇が待っていても――未来を耐える力になると、そう思えるのだから。
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