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<第二十四話~神を取るか、ココロを取るか~>
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リアナ王妃が怒りを感じるのは尤もなことだ、とエスメアは思った。それが彼女が慈悲深い女王陛下であるからというだけではない。彼女のテラの民としての――否、一人の人間としての真っ当な怒りであることはまず間違いのないことだろう。
『私は、ベティを愛しています。だからこそ、その尊厳が守られていないことがあまりにも残念でなりません。それも私の膝下であり、最も高貴な者が集まるはずのこの王宮で、です』
彼女はもう、全てを知ってしまっていた。自分達がロックハートにどのような実験を課してしまったのかも――そして彼が逃げ出した本当のきっかけが何であったのかも。自分達が、何を思って血眼で彼を連れ戻そうとしているのかも含めて、だ。
『大罪人だから、人権などないとでも思ったのですか。この惑星は確かに完全に階級社会。移民……つまり、異星人の扱いが酷いということは私にも薄々わかってきたことです。国家転覆を図ったテロリスト……しかし彼らがそうせざるをえない状況を作ったの私達ではありませんか。我々ファラビアの王家に、政府に、彼らを裁く権利など本来ないのです。それを言うのであればまず最初に裁かれなければならないのは私達であったはず。本来私は、あの人に許しを与えられる立場でさえない。……それでも、それがわかった上であの人を救うためにその罪を許すと言った私に……あの人のを愛した私の顔に、貴方がたは泥を塗ったのですよ!』
本当に怒っていることは、自分の名誉を汚されたことではないだろう。己の名誉を辱めたと言わなければ、王家に忠実ゆえに罪人を憎んできたルインやエスメア達兵士達に、真に反省させることはできないと思ったゆえのことである。
エスメアは、女王陛下を神と崇めてきたつもりだ。けれど同時に、矛盾にも気づいていたのである。自分が崇めているのは本当に女王陛下であるのか?その意思を尊重しようとしてきたのか?それよりも――彼女という名の“ファラビアの神話”を守りたかったという、それだけのことではないのかと。
そして、それは。隣のルインが女王を説得したことから、より一層浮き彫りになったのである。
『女王陛下のお怒りはご尤もでございます。どのような処罰も受ける所存です。しかし……女王陛下のご命令であったとしても、ロックハートを連れ戻さないという選択がないことはご理解いただきたい。貴方があの者を愛するがゆえ、お心を痛めてでも自由にするべきとお考えであるとしても……それでも、ロックハートは必要なのです』
『ファラビア王家の、神の血をつなぐために、ですか』
『左様でございます。女王陛下が御子を望めるお身体でない以上、王家の血を同じファラビア人との夫との間で繋ぐことは不可能でございます。しかし、ガイアの民の生き残りであるロックハートならば可能。あの者は、“どのような異星人との間であっても、その体液を得るだけで子供を産む”ことのできる能力を持っている。女王陛下が女性であっても、ファラビア人であっても、あの者を使えば次の子孫を残すことが可能なのです』
そう、それが――異星人であり、大罪人とされてきたにも関わらず――あの少年がリアナの夫として選ばれた最大の理由。
ファラビア人のような生殖形態を行う異星人は多く、逆にガイアの民のような性質を持つ民はあまりにも稀である。この広い銀河を探し続ければ、いずれガイアの民のように誰とでも子孫を成すことのできる異星人が見つかるかもしれないが――それが、女王陛下の寿命が尽きたあとではなんの意味もないのである。
『神の血が、そこまで大事なのですか。あんなものただの神話にすぎません。私達は、ただ特殊な血を持っただけの普通の人間にすぎないのに。だからこそ……近親相姦を繰り返し、ファラビアの民に残酷な気質を広げ、天罰を受けてこのようなことになったというのに……』
『陛下が思っている以上に、陛下を絶対と思う民は少なくないのです』
ルインは、ぴしゃりと言い放った。何年も女王に仕えてきて、彼女の信頼も厚い大佐は――だからこそ、例え陛下の機嫌を損ねて首が飛ぶ可能性があっても、言うべきことが何であるのかをわかっていたのだろう。
『この惑星は、ファラビアの教えに染まっている。王になれるのは、大いなる血を継いだ存在のみ。それ以外の者が王位を奪うようなことがあれば、大いなる災厄がこの惑星を包み込む……聖書に書かれている事実を誰もが信じています。神の声が聞こえぬ私には、聖書の言葉がどこまで真実であるかなどわかりません。ただ、それが事実であるかなど関係がない。それを強く信じている者達がいて、そのような者達が混乱し争いが起きるのだとすれば……それはもう、聖書に記された“大いなる災厄”となんら変わらぬこと。ただでさえ、環境汚染と重税で王家の求心力が落ちている状況であり、まだお若い女王陛下の人々の信頼は厚いものではないのです。……この上で女王陛下のお身体のことが知れ、血を繋ぐ“神の子”が望めないなどということになったら、どれほどの暴動が起きるか……!』
そうだ。例え、女王がその心を痛めるとしても。納得がいかないと拒絶したとしても、
自分達にとって最も守るべきは、彼女の身の安全である。そしてそれが、この惑星の平和を守ることに繋がることは確実なのだ。
『ご理解ください、陛下。……陛下の身を守ることが、この惑星の平和に繋がることになるのです』
――そうだ。その通りだ。ルイン大佐の仰ることは何も間違っていない……はずだ。
宇宙戦艦にて、再び地球へと引き返す最中。エスメアはずっと一人、同じ追想を繰り返し続けていたのだった。
女王の血を繋ぐ方法はもう、ロックハートに彼女の子を宿させる以外にはない。表向きは、リアナ女王の方が産んだ子供ということにしてもいい。
養子を取るなどとんでもないこと。何故なら王家の血を繋ぐ者には必ずいくつもの特徴が出る。額から突き出した雄々しい角と、民の誰よりも秀でた腕力、腕に浮き上がる王家の紋章などがその証と言っていい。誤魔化すなど不可能だった。特徴を見ればすぐにバレてしまうし、そもそも人の口に完全に戸を立てるなど不可能なのだから。
そう、納得していたはずだったのである。まさか王家とその研究室が、ロックハートに――あのような惨たらしい真似をしていたのだと気づいてしまわなければ。
結局、出発前にエスメアは資料室で、全ての記録映像を確認してきたのだった。そしてはっきりと、戦時中にロックハートに課された拷問の映像と、彼が近年どのような生体実験を受けたのかの記録を見て――ああ、情けないことだが洗面所に駆け込むことになったのは間違いないことである。惨たらしい戦場など何度も見たことがある。地雷で吹き飛び、手足がなくなってイモムシのようにもがく同僚だって間近で見ても持ち直してきた自分がだ。それなのに耐えられないと思ったのである――あんな、幼い見た目の少年に、人はあれだけ残虐な真似ができてしまうのかと恐怖したせいで。
――大佐の説得で、陛下はしぶしぶ任務の続行を許可してくださった。連れ戻したあとで、もう二度とあのような実験をロックハートに課さないことを条件に。
しかし、女王陛下の眼が届かない場所があまりにも多かったからこそ、あのような悲劇は繰り返されたのである。ただ彼女が命令するだけでは、今の現状を変えることはできないだろう。今でも、ファラビアを支配しようとした大罪人のリーダーとして、彼に憎悪を向ける者達は少なくないのである。それがどのような理由であったか、何が原因であったのか、殆ど正しく伝わっていかなかったばかりに。
――迷いは捨てろ、エスメア・トールメイ。私は、何も間違っていない。大佐の言う通りに動けばいい。神の血を繋ぎ、この惑星の平和を守ることこそ銀河の平和に繋がること。ずっとそう信じてきた、そうだろう?
そうだ、迷うべきではないのだ。
例えその平和のために――一人の少年の人生を、犠牲にすることになるのだとしても。
***
理音は本当にものをよく食べる。アオはあっけにとられてばかりだ。
福島駅からJRの東北本線に乗り、数駅先の森野中駅。そこでもしれっと、早いおやつという名目でババロアを食べているではないか。
「理音は痩せているのに、よくそんなに食べられるな……」
感心して言うと、そうか?と理音は首を傾げてくる。大の男に言うのもなんだが、その仕草は正直可愛らしい。地球にこんなかんじの犬がいたような気がする――なんだっただろうか。
ああそうだ、ゴールデンレトリーバーに似ているのだ、彼は。大きくて、でも気が優しくて忠実な犬。
「美味しいぞ、珈琲ババロア。お前も食べないか?」
「一口だけにしておく。お祭りの出店でも何か食べたいし……」
「本当に、思ってたけど燃費が良いというかなんというか……しかし、そんなに食べられないのって不便じゃないか?」
スプーンで一口ババロアを貰うアオ。なるほど、見た目以上に濃厚な味わいだ。茶色のババロアに、どっさりとホイップクリーム、チョコレートが乗っている。非常に甘い。けれど、飽きが来るような味ではない。人気のデザートとメニューに書かれていたが、なるほど嘘ではないのだろう。珈琲の苦味とのバランスもいい。
「ふんわりして美味しいな、これも。口の中でとろけるかんじがする。……うーん、不便だと思ったことはないな。というか、私達の種族では普通のことだったし」
地球人からすると、やはりアオの少食ぶりは気になるところらしい。無理もない。特に地球人としても大食感(多分)であろう理音と比較すれば、アオの食べる量など蟻の食事も同然だろう。
「ただ、仕事をすると食べる量は増える傾向にあるかな」
「仕事?研究者の?」
「というより、魔法をたくさん使った時と言った方が正しい。私達は食事がそのまま魔力に変換される体質だ。当然、魔法を多く使うと腹が減る。食事をすることでそれを補う傾向にはあるかな。だから魔力の実験を行った時とか、戦場で魔法を多く使った時は普段よりずっと多く食事をしていたと思う」
つまり、今あまり腹が減らないのは魔法を使っていないから、というのが最大の理由だろう。
自分達は時間の経過とともに魔力を回復させていくが、元々の肉体のキャパシティによって留めておける量には大きな差が出てくる。溢れてしまった魔力は、そのまま地面にどんどん流れていってしまうといった具合だ。目に見えるものでもないが、ある意味それも排泄行動になるのだろうか?
そうやって、惑星の持つ生命エネルギーと、ガイアの民が持っている自然回復させていく魔力。それらを循環させることにより、ガイアの星は環境を安定させることに成功していたのである。汚染問題が何もなかったわけではなかったが、故郷が非常に緑豊かで水資源も豊富だったのはつまりそういう理由である、という論文が発表されていたはずだ。
「じゃあ、こっそり使ってみようぜ魔法。腹減らしてから祭に行こう。宿の部屋の中でちょっといろいろ面白いもの見せてくれよ、な!」
すると理音は、眼を輝かせてこんな提案をしてくるのだった。おかげでアオとしては、下級の重力や風の魔法を使ったくらいではほとんど気休めにしかならないのだけど――という正論を言いづらくなってしまう。
――まあ、気休めでもやらないよりはマシか。それに……なんだか、理音が楽しそうだし。
祭が始まるまでは暇になるかと思ったが、案外そんなこともないのかもしれない。思っていた以上に、この旅はやりたいことが盛りだくさんであるようだ。
『私は、ベティを愛しています。だからこそ、その尊厳が守られていないことがあまりにも残念でなりません。それも私の膝下であり、最も高貴な者が集まるはずのこの王宮で、です』
彼女はもう、全てを知ってしまっていた。自分達がロックハートにどのような実験を課してしまったのかも――そして彼が逃げ出した本当のきっかけが何であったのかも。自分達が、何を思って血眼で彼を連れ戻そうとしているのかも含めて、だ。
『大罪人だから、人権などないとでも思ったのですか。この惑星は確かに完全に階級社会。移民……つまり、異星人の扱いが酷いということは私にも薄々わかってきたことです。国家転覆を図ったテロリスト……しかし彼らがそうせざるをえない状況を作ったの私達ではありませんか。我々ファラビアの王家に、政府に、彼らを裁く権利など本来ないのです。それを言うのであればまず最初に裁かれなければならないのは私達であったはず。本来私は、あの人に許しを与えられる立場でさえない。……それでも、それがわかった上であの人を救うためにその罪を許すと言った私に……あの人のを愛した私の顔に、貴方がたは泥を塗ったのですよ!』
本当に怒っていることは、自分の名誉を汚されたことではないだろう。己の名誉を辱めたと言わなければ、王家に忠実ゆえに罪人を憎んできたルインやエスメア達兵士達に、真に反省させることはできないと思ったゆえのことである。
エスメアは、女王陛下を神と崇めてきたつもりだ。けれど同時に、矛盾にも気づいていたのである。自分が崇めているのは本当に女王陛下であるのか?その意思を尊重しようとしてきたのか?それよりも――彼女という名の“ファラビアの神話”を守りたかったという、それだけのことではないのかと。
そして、それは。隣のルインが女王を説得したことから、より一層浮き彫りになったのである。
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『ファラビア王家の、神の血をつなぐために、ですか』
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『この惑星は、ファラビアの教えに染まっている。王になれるのは、大いなる血を継いだ存在のみ。それ以外の者が王位を奪うようなことがあれば、大いなる災厄がこの惑星を包み込む……聖書に書かれている事実を誰もが信じています。神の声が聞こえぬ私には、聖書の言葉がどこまで真実であるかなどわかりません。ただ、それが事実であるかなど関係がない。それを強く信じている者達がいて、そのような者達が混乱し争いが起きるのだとすれば……それはもう、聖書に記された“大いなる災厄”となんら変わらぬこと。ただでさえ、環境汚染と重税で王家の求心力が落ちている状況であり、まだお若い女王陛下の人々の信頼は厚いものではないのです。……この上で女王陛下のお身体のことが知れ、血を繋ぐ“神の子”が望めないなどということになったら、どれほどの暴動が起きるか……!』
そうだ。例え、女王がその心を痛めるとしても。納得がいかないと拒絶したとしても、
自分達にとって最も守るべきは、彼女の身の安全である。そしてそれが、この惑星の平和を守ることに繋がることは確実なのだ。
『ご理解ください、陛下。……陛下の身を守ることが、この惑星の平和に繋がることになるのです』
――そうだ。その通りだ。ルイン大佐の仰ることは何も間違っていない……はずだ。
宇宙戦艦にて、再び地球へと引き返す最中。エスメアはずっと一人、同じ追想を繰り返し続けていたのだった。
女王の血を繋ぐ方法はもう、ロックハートに彼女の子を宿させる以外にはない。表向きは、リアナ女王の方が産んだ子供ということにしてもいい。
養子を取るなどとんでもないこと。何故なら王家の血を繋ぐ者には必ずいくつもの特徴が出る。額から突き出した雄々しい角と、民の誰よりも秀でた腕力、腕に浮き上がる王家の紋章などがその証と言っていい。誤魔化すなど不可能だった。特徴を見ればすぐにバレてしまうし、そもそも人の口に完全に戸を立てるなど不可能なのだから。
そう、納得していたはずだったのである。まさか王家とその研究室が、ロックハートに――あのような惨たらしい真似をしていたのだと気づいてしまわなければ。
結局、出発前にエスメアは資料室で、全ての記録映像を確認してきたのだった。そしてはっきりと、戦時中にロックハートに課された拷問の映像と、彼が近年どのような生体実験を受けたのかの記録を見て――ああ、情けないことだが洗面所に駆け込むことになったのは間違いないことである。惨たらしい戦場など何度も見たことがある。地雷で吹き飛び、手足がなくなってイモムシのようにもがく同僚だって間近で見ても持ち直してきた自分がだ。それなのに耐えられないと思ったのである――あんな、幼い見た目の少年に、人はあれだけ残虐な真似ができてしまうのかと恐怖したせいで。
――大佐の説得で、陛下はしぶしぶ任務の続行を許可してくださった。連れ戻したあとで、もう二度とあのような実験をロックハートに課さないことを条件に。
しかし、女王陛下の眼が届かない場所があまりにも多かったからこそ、あのような悲劇は繰り返されたのである。ただ彼女が命令するだけでは、今の現状を変えることはできないだろう。今でも、ファラビアを支配しようとした大罪人のリーダーとして、彼に憎悪を向ける者達は少なくないのである。それがどのような理由であったか、何が原因であったのか、殆ど正しく伝わっていかなかったばかりに。
――迷いは捨てろ、エスメア・トールメイ。私は、何も間違っていない。大佐の言う通りに動けばいい。神の血を繋ぎ、この惑星の平和を守ることこそ銀河の平和に繋がること。ずっとそう信じてきた、そうだろう?
そうだ、迷うべきではないのだ。
例えその平和のために――一人の少年の人生を、犠牲にすることになるのだとしても。
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感心して言うと、そうか?と理音は首を傾げてくる。大の男に言うのもなんだが、その仕草は正直可愛らしい。地球にこんなかんじの犬がいたような気がする――なんだっただろうか。
ああそうだ、ゴールデンレトリーバーに似ているのだ、彼は。大きくて、でも気が優しくて忠実な犬。
「美味しいぞ、珈琲ババロア。お前も食べないか?」
「一口だけにしておく。お祭りの出店でも何か食べたいし……」
「本当に、思ってたけど燃費が良いというかなんというか……しかし、そんなに食べられないのって不便じゃないか?」
スプーンで一口ババロアを貰うアオ。なるほど、見た目以上に濃厚な味わいだ。茶色のババロアに、どっさりとホイップクリーム、チョコレートが乗っている。非常に甘い。けれど、飽きが来るような味ではない。人気のデザートとメニューに書かれていたが、なるほど嘘ではないのだろう。珈琲の苦味とのバランスもいい。
「ふんわりして美味しいな、これも。口の中でとろけるかんじがする。……うーん、不便だと思ったことはないな。というか、私達の種族では普通のことだったし」
地球人からすると、やはりアオの少食ぶりは気になるところらしい。無理もない。特に地球人としても大食感(多分)であろう理音と比較すれば、アオの食べる量など蟻の食事も同然だろう。
「ただ、仕事をすると食べる量は増える傾向にあるかな」
「仕事?研究者の?」
「というより、魔法をたくさん使った時と言った方が正しい。私達は食事がそのまま魔力に変換される体質だ。当然、魔法を多く使うと腹が減る。食事をすることでそれを補う傾向にはあるかな。だから魔力の実験を行った時とか、戦場で魔法を多く使った時は普段よりずっと多く食事をしていたと思う」
つまり、今あまり腹が減らないのは魔法を使っていないから、というのが最大の理由だろう。
自分達は時間の経過とともに魔力を回復させていくが、元々の肉体のキャパシティによって留めておける量には大きな差が出てくる。溢れてしまった魔力は、そのまま地面にどんどん流れていってしまうといった具合だ。目に見えるものでもないが、ある意味それも排泄行動になるのだろうか?
そうやって、惑星の持つ生命エネルギーと、ガイアの民が持っている自然回復させていく魔力。それらを循環させることにより、ガイアの星は環境を安定させることに成功していたのである。汚染問題が何もなかったわけではなかったが、故郷が非常に緑豊かで水資源も豊富だったのはつまりそういう理由である、という論文が発表されていたはずだ。
「じゃあ、こっそり使ってみようぜ魔法。腹減らしてから祭に行こう。宿の部屋の中でちょっといろいろ面白いもの見せてくれよ、な!」
すると理音は、眼を輝かせてこんな提案をしてくるのだった。おかげでアオとしては、下級の重力や風の魔法を使ったくらいではほとんど気休めにしかならないのだけど――という正論を言いづらくなってしまう。
――まあ、気休めでもやらないよりはマシか。それに……なんだか、理音が楽しそうだし。
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