アオイロデイズ

はじめアキラ

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<第二十三話~隣の幸福~>

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 朝方から出かけた結果、理音とアオが福島駅についたのは九時前である。途中で緊急停止ボタンがどこぞで押されて確認が、となったため、数分ばかり予定時刻よりも遅くなってしまったためだ。
 やはり、新幹線の中で何も食べないというのは正直堪えた。有難いことに持ってきたトランプでかなり時間は潰すことができたのだけども。
 二人だけだと、トランプでできるゲームも限られてくるものだ。そう思っていたが、少し工夫をすると三人以上が必要なゲームでも案外楽しめるものらしい。アオはトランプのゲームを非常に詳しく知りたがり、すぐに覚えてくれたので助かった。その上、二人だけでもできるやり方を即座に考案できるのだから、やはり相当頭がいいのだろう。

「朝からやってた洋食屋があって良かったな」

 座席にちょこんと座り、アオは物珍しそうにクリーム色を基調とした店内を眺めている。洋食店“あずぽーと”は、さすがにこの時間はまだ空いているようだった。モーニングもやっているようだが、平日の九時前ともなれば人が少なくなるのも当然ではあるのだろう。なんといっても、大抵の仕事は九時か十時に始業時間が来るのが定番であるからである。

「朝のメニューもやっていて、値段が安くなっているようだが。……理音は、本当にソースカツ丼でよかったのか?朝からすごいな」
「腹減っちまったんだよ。トランプで頭使ったしなあ」
「理音は顔にすぐ出るんだな、知らなかった」
「うるせえ、ほっとけ」

 少しずつだが――何故アオに理音の力が効かないのか、がわかってきたような気がしている。トランプを始めた途端、アオの思考が殆ど読めなくなったのだ。恐らく、彼は無意識のうちに、“表に感情を出しすぎない”ようなバリアを貼る特性を持っているのだと思われる。これがアオだからなのか、魔法に精通したガイアの民であるからなのかは謎だが。理音の力がどうというよりも、己の内側に過剰に他人を侵入させないよう防御することが、きっと彼には可能なのだろう。その自覚は恐らくないと思われる。理音の力について、アオには全く知らせていないからだ。
 そしてトランプが終わると、再びアオの思っている感情が伝わってくるようになったのである。――まるで自分のために誂えられた人材だ、と思ってしまってやや自己嫌悪に陥ったのはここだけの話だ。本当に、アオの存在が己にとって都合が良すぎて不安になってくるほどなのである。

「大富豪って、二人だと面白くないのかと思ってたんだけどなあ。そうでもなかったのは驚きだ」

 出された水をちびちびと飲みながら理音は告げる。するとアオは、面白くないのにも理由があったからな、と返してきた。

「大富豪というゲームはルールとセオリーを聴くに、相手がどんな手札を持っていて、それが場に出せる状況であるのかどうかを推理しつつ駆け引きで戦うゲームだろう?例えば私の手札に2があったとしても、相手がジョーカーを持っている状況だと負けてしまうから、そのまま親を取られてしまうことになる」
「うん、そうだよな」
「二人である場合、私が持っていなくて場に出ていない手札は、全て相手が持っていることになるだろう?つまり、相手の手札を読み合うという面白さがなくなってしまうんだ。だったら、相手の手札が読めないような状況を作れば問題ないだろうと考えた。多少変則的ではあるがな」

 アオが提案したのはつまり、二人プレーヤーであるにも関わらず手札は四人分配るというやり方だった。勿論、使われる手札は二人分のみ。残り二人分の手札が、実質ゲームから除外されて使われないということになる。
 こうすることにより、自分が持っていない手札であっても、相手が持っているかそれとも除外された手札の中に入っているカードなのかがわからなくなってくる。自分がこの札を出すと相手に勝てるのか?それとも負けてしまうのか?が全く予想できなくなるのだ。
 勿論、この方法をすると“死んだ手札”はゲーム終了まで場に出てこないことになるので――“場にAが二枚出たから残りは二枚だな”なんて計算もあまり意味がなくなってくるわけだが。それでも相手の手札が完全に読みきれてしまうよりは、遥かに予想外のゲーム展開が楽しめるというわけだ。

「そして理音、貴方は三枚揃い、四枚揃いを作るのは好きだが階段のことは忘れがちだとすぐに気づいた。そもそも革命ルールを盛り込みたい人間は、同じ数字の手札を揃えることの方に拘るものだろうしな」

 そんなわけで、アオとやった大富豪五回戦。アオが不慣れだった一回戦目だけ理音が勝てたが、あとは四回連続で理音の負けだった。プレイングが簡単に見抜かれてしまっていた、というのが最大の理由だろう。

「だから階段で攻めていくと、大抵貴方は出せなくて親が取れる。むしろ、二枚、三枚揃いを重視するために手札が階段になっていても気づかないし、なっていてもスルーする傾向にあるのはすぐに気づいたな」
「とか言いつつ、お前もいやーなタイミングで三枚揃いとか出してくるよな?とりあえず四回戦目の革命返しのタイミングもいやらしすぎるだろ、俺が2とかAをばんばん使ったあとでそれやるか普通!?」
「むしろそのタイミングでやらなければ面白くないじゃないか」

 正論!正論ですけども!と理音は突っ伏したくなる。このまま負けっぱなしでは悔しい。宿についてからも時間は余ることが予想されるし(お祭りの開始地獄は夕方になってからなのだ)、とにかくリベンジを図るぞと決意する理音である。
 ついでに、UNOについても。三回連続ドボンの恨み、忘れるべからずだ。

「お待たせしました、ソースカツ丼です」

 このタイミングで、にこにこ顔のお姉さんが注文したソースカツ丼を持ってきてくれる。大盛りごはんに、これでもかとのっかったキャベツ、どどーんと主張するソースカツ。福島でカツ丼といったらまずこれ、と名前が上がる名物の一つだ。アオが目をまんまるにして、まじまじと丼とその中身を観察している。

「お、大きい……理音これ、朝から食べられるものなのか?」
「食べる!成人男性ナメんなよ、これくらいは食べられるってんだ!あ、お姉さん取り皿一つおねがいしま!」
「はーい」

 福島県に来たら絶対食べたかったのである。とにかく容赦ないまでにソースにひったひた、キャベツ大盛りさっくさく!テレビで以前紹介されていたことがあったのだが、どうせ食べに行くことなどできないと諦めていたのである。なんせ理音は、人ごみに入ることが殆どできない。無理に入るとものすごいストレスを感じる特性持ちである。アオと手を繋いできたからこそ、ここまでさほど疲れることもなく旅行に来ることができたのだ。この機会を逃す手立てはないのである。
 店員のお姉さんが持ってきてくれた小皿に、アオの分を取り分ける。カツひときれ、御飯一口、キャベツ少しが精々だろう。意地悪ではなく、彼は本当に食べられる量が少ないのだから仕方ない。今晩はお祭りでめいっぱいはしゃぐ予定である。美味しいものを売っているお店もいろいろあることだろう。そこでお腹いっぱいで何も食べられませんでした、なんてことになったらいくらなんでも可哀想だというものである。
 過去に色々あった理音でも、食事は人生の楽しみだとは思っているのだ。ただ事情があって、食べに行けない料理と買いに行けない食材が多かったというだけである。家に無事帰ることができたなら、アオを連れてスーパーに行くのも悪くないかもしれない。アオが大好きな卵焼きも含め、もっといっぱい作って食べさせてやりたいと思う。

「……しょっぱいのかと思ってたら、意外と甘いんだな」

 一口カツと御飯を口に運んで、アオがまじまじと感想を述べる。

「分厚い肉なのに、ソースが甘いからか思ったほど重くない……」
「だよな。しっかり味ついてるけど、濃すぎてきついーってこともないよな。ていうかしゃりしゃりキャベツとの相性抜群すぎね?やばいこれは御飯が進んでいまう……」

 理音ががつがつとはしたなくカツ丼を消費していく横で、アオはとてもゆっくり丁寧に小皿の中身を平らげていく。やがて視線を感じて見れば、アオが小さく笑みを浮かべてこちらを見ていた。

「理音、口数が増えたな」
「え」
「前髪、もう少し切った方がいいと思う。せっかく綺麗な顔をしているのに勿体無い。それではとても暗い性格に見えてしまうんじゃないか?理音はこんなに面倒見がよくて活動的で、明るい性格なのに」

 それは完全に初めて言われたこと――というか、理音にとっては己が思っていた性格と真逆の言葉だった。顔が綺麗、と言われたのだって完全に初めてである。

「……俺、イケメンでもないし、明るい性格でもないぜ?よく笑うように見えるってならそれは……アオのおかげだと思うし」

 本心から、そう告げた。きっと、もし一人で此処まで来ることができて同じソースカツ丼を食べることができても――アオと一緒でなかったなら、ここまで美味しくなかったのではないかと思うのだ。
 ちょっとしたことでもいい。感想を言い合える相手がいる。それを、好意的に受け取ってくれて、楽しみを分かち合うことができる。ただそれだけのことがどれほど貴重で、有難い時間であることか。

「それなら私も嬉しいが。……前髪を伸ばしているのには、何か理由が?なんとなく私には、人と視線を合わせたくないのかな、という印象を受けていた。私の目は真正面からしっかりと見てくれるのに」
「!」

 そこまで、気づかれていたのか。思わず食べる箸が止まってしまう。
 まだ、アオにサイコメトリの力について話す勇気は――持てないままだ。きっとアオも、理音が話したくないと突っぱねればそれ以上追求してくることなどないのだろう。
 それでもだ。彼が気にしてくれるのがあくまで理音を心配しているからだと思うと――無下にしたくない、そう思う己がいるのも事実で。

「……人の眼を見ると、なんていうか。その人の、嫌なところが見えちゃう気がするというか、なんというか。俺の眼、気持ち悪いって言われたこともあって……それで、人と視線を合わせるのが怖くなっちゃったというか」

 もごもごと、嘘なんだか本当なんだか分からない事を言ってしまう。勇気は出ない。出ないけれど本当は、知られてくないはずのことを全て語ってしまいたい己がいるのも紛れもない事実で。
 それができたらどれだけ楽になれるだろうなんて、そう思ってしまっている自分がいるのも確かなことで。

「嫌なところを持っていない人間なんていない。……でも、きっとそうだな、理音は人の心にとても敏感なんだろうな。だから、そういうものを受け取ってしまいがちなのかもしれない」

 そしてアオは、何も飾ることなく、ストレートに言葉を紡ぐのだ。

「そうか、そんな貴方だから、あんな素敵な絵が描けるんだな。納得した」
「!」
「でも、やっぱりもう少し前髪は短くてもいいのではないか?理音が暗いヤツだと周囲に思われたら、私が悔しい」

 何で、出会ったばかりの自分にそんな優しい言葉が言えるのだろう。彼の言葉の一つ一つに、本当に救われてばかりの自分がいるのだ。

――恩返しとか。そんなの、したいのはこっちの方だって。

 滲みそうな涙を隠すように、カツ丼の残りをかきこんだ。少しだけしょっぱくなった気がするけれど、これもきっと素敵な思い出の味というやつなのだろう。
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