アオイロデイズ

はじめアキラ

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<第二十話~絵の中の聲~>

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 正直なところ、アオにとって不安がないと言えば嘘になる。
 理音はお金はあると言ったが、多分それは彼が一人暮らしで持ち家があり、ローンを支払う必要がないからという理由ではなかろうか。イラストの仕事がどれだけ儲かるものなのかはわからないが、彼の仕上げる速度を見ているとそこまで大量に受注しているようには見えない。そして、いくら企業相手とはいえ、一件あたり何十万円!ということは恐らくないだろうと予想される。本当にその状況で、一気に遠出するような費用など捻出できるものなのだろうか。
 だが、アオのそんな心配をよそに、理音はうきうきと身支度を開始している。出かける前にアオの服も買いに行かないとな!と言ってくれた。たしかにダボダボの理音の服で外に出かけるのは正直目立つだろう。この時期に、フードつきのパーカーのようなものがどれくらい売っているのかが怪しいところではあるけれど。首まですっぽり覆わなければ、服の中に魔法で冷房をかけて暑さをやり過ごすということができないのだ。
 加えて、アオの容姿の問題がある。さすがに表に出て過剰に目立つというのは本位ではないところ。少なくとも、地球人だと思って貰わないと厳しいものがあるだろう。結論として、化粧で肌の色を誤魔化すのは現実的ではなく、それならば白すぎる肌はそのままにしてアルビノのふりをした方がいいのではいか?という結論に達したのだった。
 アルビノにもいろいろあるが、肌の色素が極端にないせい、ということにすれば紫外線に当たらないようにフードをすっぽり被っている理由も説明しやすい。彼らの症状ならば、あまり日光に当たらない方がいいとされる場合が多いとわかったからだ。ただ、髪の色と眼の色はこのままでは言い訳できないので、そこはウィッグとカラーコンタクトでなんとかするものとする。真っ白なカツラと灰色のコンタクトをつければ、恐らく問題なくやり過ごせるだろうとのことだった。このあたりは理音の裁量を信じて任せる他ない。

――私のことは、いいのだけど……。

 お茶を持っていくためにちらりと踏み込んだことはあるが。こうしてまじまじと、理音の部屋を観察したのは初めてのことだったりする。
 一見するとアニメ好きにも見られそうな、アニメやゲームのポスター等が貼られまくった壁。しかしそれは、全てどこか見慣れたデザインを含んでいるとわかる。きっと、理音が今まで手がけた仕事の成果なのだろう。
 純粋に凄いと思う。彼は“自分の力など大したことない”と謙遜していたようだが――そもそもどこかの企業に所属している様子もないフリーのイラストレーターが、安定して食えるだけ稼げるほど仕事が来るという時点で十二分に“普通ではない”のではなかろうか。確かに彼は一人暮らしで、養わなければならない家族などいなかったように見える。でも、一人暮らしでも食っていくならばそれ相応の稼ぎが必要であることは間違いない。しかし、理音は水道代も電気代も特別気にしている様子はなかく、携帯も普通にパケット放題の割高なプランを使っている模様。ひとりで生きるなら全く不自由していなかった、というのは明白である。

――でも、理音は。そんな生活でも、満たされないと思っていたんだな……。



『いいんだよ。……こんな状況だけど、俺旅行ってヤツしたこと殆どないし。誰かと旅行なんて、一度も行ったことないし。……行きたいし』



 理音の、寂しそうな声が忘れられない。彼にも家族はいたはずなのに、そういう記憶がないのだとしたら。一体どれほど、不遇に生きてきたのだろうか。



『アオと、行ってみたい。……二人旅、してみたかったんだよ。……友達とさ』



 会ったばかりであるはずの、地球人でさえない自分を信用しすぎであるとは思う。同時に、どうしてこうも面倒を見てくれるのか不思議でたまらないもの事実だ。
 だが、それがもし、本当に――さみしさの裏返しであるとしたら。アオが此処にいるだけで、少しは彼の救いになれているのだとしたら。それは、迷惑をかけているだけではないと、彼の言葉を信じてみてもいいとうことだろうか。

――追っ手が来るのは、わかってる。でも。……少なくとも、恩返しを一つもしないまま……ここから去るのは、嫌だな。

 早く記憶を取り戻して、ファラビア・テラの連中を追っ払う方法を考えなければ。うまく交渉が成功すれば――針の先ほどの可能性かもしれないけれど――このまま地球に留まるという選択肢も産まれるのかもしれない。

「……ん?」

 理音がトランクに衣類を詰めている傍ら、ふと目に止まったのは壁に貼られた一枚のポスターだ。そこでは紫色の長い髪のお姫様が、紫色の煌びやかなドレスを着て微笑んでいる。どこかのお城のテラスか何か、なのだろうか。背景は壮大な青い海に青い空だ。誰かに似ている――そう思ったアオの記憶に蘇ったのは。



『アオ、此処が、私が一番気に入っている場所なんです!』



 無邪気にはしゃぎながら、アオを喜ばせようと手を引く少女。



『テラの星にはもう、海というものは殆どありません。あっても、汚染されてタールにまみれた、黒い海だったものが僅かに残っているだけ……。でも、このドームに来れば、かつての美しい海に来たような気分になれるのです。私はいつかこの惑星に、このようなキラキラした青い空と海を取り戻したい……!その手伝いをどうかベティ、貴方にしてほしいのです』



 そう、彼女も――リアナ女王も、紫色の髪に紫色のドレスを好む女性だった。このイラストのように肌は白くなく、ファラビア人特有の褐色の肌をしていたけれど。

――少しずつだけど、思い出してきた。リアナ女王のことを。

 ぎゅっと拳を握り、アオは唇を噛み締める。彼女についての記憶が蘇るたび、不思議でならないことは一つ。彼女は少々ワガママで、暴走しがちなところはあったが――少なくとも自分に向けられる視線はいつも優しく、慈愛に満ちたものであったということを。むしろ、彼女に優しさ以外のものを向けられたことなどないということを。
 仕事でへとへとになって帰って来た時、誰より心配してくれたのがリアナで――その瞬間だけ、ほっと息を吐けるようになっていたのも事実だったということを。

――私の故郷を滅ぼした、憎い敵の子孫。でも、彼女自身が罪を犯したことではないのはわかっていたし……彼女もまた、鳥籠の姫君であったことを私は理解していた。一度は罪を犯した私に慈愛を向けてくれることそのものが、奇跡のようなものであったということも。

 それでも――自分は、彼女の元から逃げることを選んだのだ。だが、何故逃げ出したのかが思い出せない。憎い敵に愛されることに耐えられなくなったのか?それもあったかもしれないが何か――それ以上に重要な理由があったような気がしてならないのだが。
 そもそも、何か大きな罪を犯したことは覚えているのに、どんな罪だったのかがよく思い出せないのである。何でこう自分の記憶は中途半端に切れ切れなのだろう。きっと辛い出来事もあったのだろうが、このままでは理音を助けることなんて出来ないというのに。

「ん?どうしたアオ」

 固まっているアオに気づいてか、理音が声をかけてくる。

「そのイラスト、気に入ったか?それゲームのイメージイラストとして俺が描いたヤツだな」
「ゲーム……」
「そう、オンラインゲーム。ゲームの配信そのものは去年終わっちゃったんだけど、でも出来上がりとしては結構気に入ってるというか。“クイーンロード”っていうRPGでさ、何人もの女の子達のキャラクターを収集して小隊を作り、モンスターを倒してくってゲームだったんだ。このお姫様は、クイーン・アリアっていって……ひっじょーにレアなキャラクターだったんだよな。魔力がバリバリに高くて、すっごく強いキャラ。普段は凄くお淑やかなんだけど頑固で、主人公に危機になると誰より勇ましく戦ってくれるんだ」
「そうなのか。……綺麗な姫君なのに、強いんだな。私の知っている、誰かによく似ている」

 テラの民は、他の惑星の者達と比べても身体能力が高いことが多いが――特に王族は別格であったと記憶している。血筋に宿る力、というものだったらしい。リアナ女王も、十四歳かそこらの外見であったにも関わらず、実際は非常に腕力も脚力も優れていた。おかげで彼女が癇癪を起こすと、それを収めるために兵士達はえらい苦労を強いられる羽目になったわけだが。

「ひょっとして、お前の奥さんになるはずだったっていう……女王サマ?」

 察したのだろう。理音の言葉に、アオは頷く。

「テラの民は魔法は使えないが、身体能力は高い。特に王族は。リアナ女王も、華奢な外見で非常に強い力を持っていた。そして、同じように紫色の長い髪で……優しい人だった、のはよく覚えている。自分の星を滅ぼした者達の子孫にそのような愛情を向けられるなんて私は複雑だったわけだが……でも、一緒にいるとほっとするような、そんな女性だったのは確かだ」
「じゃあ、どうして……」
「わからない。何故私は彼女の元から逃げたのか。逃げなければならないと、そう思ったのか……」

 今も、そう。理由はわからないのに、彼女の元にはけして戻ってはいけないのだと確信している己がいる。それは、理音と一緒にいたいから、という理由だけではない。

「……なんだか、すまないな。なんだか、私の話ばかりしてしまっているような気がする。貴方だって大変な思いをして生きてきたのだろうに」

 思い出せないことをこねくり回しても、今はまだどうにもならない。それよりもアオが気になったのは――理音のことだ。
 自分はまだ、あまりにも彼のことを知らなすぎる。こんなに心配してくれて、自分のために命さえも賭けてくれようとする青年のことを――知りたくないなどと思う人間が、何処にいるだろうか?

「理音。……無理にとは、言わない。それでも私は、できることなら貴方のことも知りたい。知って、もっと貴方の役に立ちたい。一緒にいるだけでいいなんて、少なくとも私はそうは思わないんだ」

 アオが真正面から彼の目を見据えると、理音は少し困ったように視線を逸らしてきた。話したくないことも隠しておきたいこともある、そんな人間の仕草である。

「その気持ちは滅茶苦茶嬉しいけど。……俺はその、大した過去なんかないし。お前に比べたら苦労なんかしてねぇし」
「人の苦労なんて、比較するようなものじゃない。天涯孤独で寂しいと思っていたなら、それは十分“苦労”と呼んで差し支えないものだろう。……勿論、貴方が話したくないことを何もかも聞こうとは思わない。だから、貴方が“話してもいい”と思ったことだけでいいから、もっと教えて欲しいんだ」

 例えば、とアオは先ほど自分が見ていたクイーン・アリアのイラストを見る。

「こういう素晴らしい絵を、貴方はどのような気持ちで、どんな風に描くのか教えて欲しい。こんな胸を打つ作品を、心が汚れた人間が描ける筈がないのだから」

 少しずつでもいい、近づいていけたらいいと思う。
 いつか別れる日が来ても、この日々が――未来の理音を救ってくれるのなら。きっと自分の存在も、意味のあるものと呼べるはずなのだから。
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