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<第十八話~逃亡者の理由~>
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短い付き合いだが、それでも段々と理音の性格はわかってきたつもりでいるアオである。彼は明らかに、アオに対して襲撃の件を話すべきかどうかで迷っていた。傷つけたくない、これ以上落ち込ませたくないと思ったのだろう。実際、襲撃があったのなら話さないわけにはいかなかっただろうし、今後のことを考えれば対策も必要だったはずなのだが――それでも、迷った。迷ってくれた。アオが記憶の一部を思い出して、それで苦しんだことに気づいたからに他ならない。
彼は優しい人間だ。思いやり深く、面倒見もいい。だからこそ、理音は疑問で仕方ないのである。結婚をすることが人生のゴールだなんて思っているつもりはないが、そんな彼がこの広い家で独りだけで暮らしているというのがどうにも解せないのだ。数日の間一緒に暮らしただけだが、それでも友人らしき存在と連絡を取り合っている様子がないというのも尚更疑問である。話したのもメールをしたのも、ほぼほぼ仕事の関係者だけといった様子。そして、人ごみのある場所を明らかに避けている気配もしている。
自分の事情も解決していないのに、理音の事情に踏み込もうなんてと思わなくもないけれど。これだけ優しさを向けられていると、どうにも“わりに合わない”と思ってしまうのだ。自分は、彼の為に何ができるのだろうと考えてしまう。同時に。こんな素敵な人物である彼を、どうして世間が一人ぼっちにしているのだろう?ということも。
――私に、出来ることは何もないのだろうか。
理音は、自分が此処に来て、必要としてくれるだけで嬉しいと言ってくれた。しかしそれは裏を返せば、理音が今まで誰かに必要とされたことがなかった――少なくとも本人はそう感じているということの証明に他ならない。
ちらりと見せて貰った絵も十二分に高い技術を伺わせる代物であったし、家事等も一人でこなしてきたのだから基本の生活力が低いとも思わない。頭も悪くないようだし、顔だって――まあ自分は地球人の美醜に関してあまり明るくはないけれど――むしろ整っている部類だ、と思っているのである。前髪を長く伸ばして隠しているのが勿体無いほどに。
つまり、アオから見れば全体的に日下部理音という青年は――極めて高スペックである、と断ぜざるをえないのだ。そんな人間が、どこか肩身の狭い思いをしつつ生活しているとしたならば、きっと何かそれはのっぴきならない事情があるとしか思えない。それが本人か、あるいは本人にもどうしようもない差別のようなものなのかは定かではないけれど。少なくとも今の日本に、階級制度のようなものはなかったような気がするので――本人のせいではない原因というのがあまり見当のつくところではないのだが。
――私が厄介な人物である、というのはエスメアの証言によって分かったはず。それでも、私を匿い続けることを躊躇わないのはやはり……。
それは、理音の善意だけではなさそうである。つまり――これから先どうなってもいいと思えるほど、それまでの生活が不遇であった可能性、だ。
天涯孤独であろうことも想像はつく。何故そうなったのか、何がそんなに理音を苦しめているのか、それは一行にわからないことではあるけども。
「……結論から言うと、このまま此処にいると……あのエスメアとかいう奴とその仲間に補足される危険は、非常に高いように思う」
理音は心から申し訳なさそうに頭を下げた。
「俺の顔も知られちまったしな。……ごめん、俺が不用意だったばかりに」
「貴方が謝る理由がわからない。全ての元凶は私だろう」
「アオを助けるって決めたのは俺だし、それは後悔してないし。それなのに警戒心が足らなかったのは事実だから」
もう少しこっちを責めてもいいんだぞ、とアオは思ってしまう。彼は全く、アオの非だとは思ってないようだから尚更に。一体どちらが迷惑を被ったと思っているのやら。
「幸い、金がないわけじゃない。俺の仕事も……会社務めってわけじゃないし、ぶっちゃけパソコンとかスマホとかだけ持っていけば、ホテルだろうとなんだろうと仕事はできるのが実情だ。だから、暫く遠くに逃げて様子を見ることはできると思う。お前にも、外に出かけて貰わないといけなくはなるけどさ」
「それは全然構わない。少し不自然な厚着をすることにはなるが、全く外に出られないわけではないしな」
「ごめんな。……それでさ、辛いことを思い出させるのはわかってるんだけど。……いくつか、確認させて貰ってもいいか?」
「記憶のことか」
「そうだ」
遠くに逃げる、といってもなかなかピンと来ないが。それは仕方ないことだし、むしろ理音を巻き込んで申し訳ないというのはこちらの方である。何故だか理音の方が謝ってばかりなのが不思議で仕方ないけれど。
「私が覚えていることと、新たに思い出したことは……ざっくりまとめるとこんなかんじだな。まず、私の故郷が“イクス・ガイア”という惑星であったこと。魔法文明が栄えた街が広がっていて、私はその惑星国家の首都に住んでいた魔導科学の研究者だったということ。……故郷が滅んだのは、私を追いかけてきているファラビア・テラの惑星が侵略戦争を仕掛けてきたから、ということ。その目的が……ガイアの星の豊富な資源と、それから私が管理していた銀河全てを破壊することも可能な兵器の設計図、だな」
話しながら、アオはメモにさらさらと情報を記しておく。紙とペンは、ガイアの惑星ではかなり廃れたものだった。が、全く存在しなかったわけではない。何百年も前にエコ運動が起きた時、紙製品の使用を少しずつ削減していこうという動きになり、結果段々と廃れていったというのが正しい。電子書籍が一般化され、紙の本を作る必要があまりなくなっていったというのもあるのだが。
「といっても、戦争の前後のことはあまり思い出せていない。思い出せたのは……設計図を奪うためにテラの兵士達が上陸して私の研究所を襲ったこと。その時仲間を人質に取られて捕まり、拷問にかけられたことくらいだ」
「拷問……」
「あまり詳しく聞かない方がいいと思う」
というより、正直アオもあまり話したいことではなかった。当時、自分は十四歳。元々テラの民は成人しても外見年齢が幼いということはよく言われる話である。老人や、がっしりとした成人男性といった見た目の人間がいないわけではなかったが、全体的に言えば小柄で子供のような外見の者が大多数を占めていたのだ。勿論、見た目だけであって、実際の年齢はそれなりであることが少ないくないのだが。
そして、これは非常に気分が悪い話なのだが――テラの惑星の王族や貴族達は、趣味の悪い者が多いことでも有名だったのである。地球の言葉で言ってしまえば“ロリータコンプレックス”や“正太郎コンプレックス”と呼ばれる類のものだ。幼い子供、あるいはそういった見た目の人間に性的興奮を覚える人間が少なくないというのである。彼らは異星人や同じ惑星の下層階級の子供を捕まえて拉致してきてはペットにし、性的・物理的暴力を加えて弄ぶのだそうだ。
特に、テラの惑星は環境汚染の問題の解決策を、惑星の外に外にと求めてきた背景がある。戦争を仕掛けてよその惑星から資源をブン取り、あるいはよその惑星を植民地にして使い潰すことで存続してきた国家なのだ。つまり、戦争を仕掛ける回数は全銀河の惑星でもダントツに多く、そのたびに得られる“戦利品”も少なくないということなのである。
テラの惑星との戦争に負けた星の運命は無残なものだ。皆殺しか、散々嬲りものにされて全てを奪い尽くされるか。植民地と言えばまだ聞こえがよく、実際は資源も労働力も全て限界まで使い潰されて捨てられるというのが正しい。ガイアの民が圧倒的戦力差を知りながらも投降できなかった背景はそこにあるのである。そしてアオの場合も。兵器を奪われないためだけならば、兵器の設計図を廃棄して自殺すればそれで良かったはずなのだから。
それができなかったのは――アオ自身が、テラの惑星への大きな抵抗戦力になっていたからに他ならない。生きて、死ぬまで民を守らなければいけない責任が、アオにはあったのである。
テラの民の方もそんなアオの事情はわかっていたはずだった。それに加えて、彼らの極めて悪質な趣味である。アオは両手両足を撃ち抜かれ、指を軒並み折られた上に――どのような嬲られ方をしたかなど。理音に、けして伝える必要のないことだろう。
「ただ、その後どうやって生き残ったかはよく覚えていないし……その後、どういう経緯でファラビア・テラに囚われたのかもさっぱり思い出せない。何年もの間の記憶が抜け落ちている。ただ、私としては故郷を滅ぼされた憎い敵であることに違いはなく……どういう経緯で女王の伴侶に選ばれたのかも覚えていないが、とても納得できる待遇ではなかったと、そう思う。何故、もっと早く逃げなかったのかは疑問なのだが」
ファラビア・テラとイクス・ガイアの戦争が行われてから、テラの王は代替わりを果たしている。今の女王は、直接の加害者ではないし――彼女は歴代とは比較にならなほど平和的な王であったのも事実だ。非常に心優しく、戦争ではなく対話で他の惑星との問題や、テラが抱える環境問題を解決しようと努力していたという記憶はある。
それでも自分は――そう、自分はどうしたのだっただろうか。そうやって何年か女王と過ごすことになり、それで。
「今の女王は、平和的な王だった。でも私は、彼女を受け入れることなどできなくて。……それで、何かがあって。私は脱走を決意した、のだったと思う」
「そこはまだ、思い出せないのか。あいつはお前が二つの宝を持ち逃げしたと言っていた記憶があるけど」
「そのうちの一つは“クライシス・コード”だろうな。あの設計図は……実のところ私の頭の中にしか残っていないんだ。書き出そうと思えば今ここでも書き出せるが、どこにも記録はされていない。危険極まりないん兵器だからな、管理者は全てを丸暗記して、次の継承者に伝えるまでけして忘れてはいけないという決まりになっていたんだ」
「あーなるほど。だから、兵器の情報を得るためには拷問して引き出すしかなかったのか。……ん?じゃあ、もう一つの宝ってのは?」
「それが思い出せない。私は一体、何を女王から奪って逃げたのだろうか……」
そのもう一つの宝が、逃げ出すきっかけになったような気がするのだが。これ以上はまだ、頭を叩いても揺すっても戻ってくる気配がないのだった。何かとても、重要なことを忘れてしまっているのは確実なのだけども。
あるいは、その“何か”を思い出せたなら。この八方塞がりな状況を解決する手立ても、見つけることができるだろうか。
「……異星人が攻めてきたなんて話、警察に言っても信じて貰えるはずがない。ていうか、大騒ぎになるだけなって終わるのは想像がつく。言っても解決策なんかなさそうだしな」
はあ、と理音は大きくため息をついた。
「だから。アオは辛いかもしれないけど。……テラの奴らに対抗して、今の状況を打開するには……お前の記憶を取り戻すしかないんじゃないかな、と思う」
「そうだな。記憶が戻れば、何か手立ては見つかるかもしれない。肝心なのはそれまで、テラの奴らの見つからないように逃げ回る必要があるということだ。だから、遠くへ逃げて時間を稼ぐというのはやり方として有効だと思うが……逃げるといっても、何処へだ?」
彼に逃げる場所のアテなんてものはあるのだろうか。様子を見ている限り、理音に頼れる友人や知人なんてものはいないように思えてならない。
それに、記憶を取り戻せば追っ手から逃げる為の対抗策が見つかるという保証はどこにもないのだ。確かに、理音の言葉を信じるなら“エスメアは地球人を殺したくなさそうだった”ので、他の一般人を巻き込んでしまう確率は低いのかもしれないが――。
「そうだなあ。……何処だって、いいんじゃねえか」
ところが真剣に考え込むアオとは裏腹に、理音はあっさりと言い放って見せたのだった。
「ネットで適当に調べて、適当に良さそうなホテル泊まればいいだろ。お金もなるべく下ろしてさ」
「い、いいのかそんないい加減で?」
「いいんだよ。……こんな状況だけど、俺旅行ってヤツしたこと殆どないし。誰かと旅行なんて、一度も行ったことないし。……行きたいし」
寂しそうに眼を伏せる理音。その眼には、隠しきれない彼の深い深い孤独が潜んでいた。まだ、アオの手が届かない、何か大きな闇が。
「アオと、行ってみたい。……二人旅、してみたかったんだよ。……友達とさ」
彼は優しい人間だ。思いやり深く、面倒見もいい。だからこそ、理音は疑問で仕方ないのである。結婚をすることが人生のゴールだなんて思っているつもりはないが、そんな彼がこの広い家で独りだけで暮らしているというのがどうにも解せないのだ。数日の間一緒に暮らしただけだが、それでも友人らしき存在と連絡を取り合っている様子がないというのも尚更疑問である。話したのもメールをしたのも、ほぼほぼ仕事の関係者だけといった様子。そして、人ごみのある場所を明らかに避けている気配もしている。
自分の事情も解決していないのに、理音の事情に踏み込もうなんてと思わなくもないけれど。これだけ優しさを向けられていると、どうにも“わりに合わない”と思ってしまうのだ。自分は、彼の為に何ができるのだろうと考えてしまう。同時に。こんな素敵な人物である彼を、どうして世間が一人ぼっちにしているのだろう?ということも。
――私に、出来ることは何もないのだろうか。
理音は、自分が此処に来て、必要としてくれるだけで嬉しいと言ってくれた。しかしそれは裏を返せば、理音が今まで誰かに必要とされたことがなかった――少なくとも本人はそう感じているということの証明に他ならない。
ちらりと見せて貰った絵も十二分に高い技術を伺わせる代物であったし、家事等も一人でこなしてきたのだから基本の生活力が低いとも思わない。頭も悪くないようだし、顔だって――まあ自分は地球人の美醜に関してあまり明るくはないけれど――むしろ整っている部類だ、と思っているのである。前髪を長く伸ばして隠しているのが勿体無いほどに。
つまり、アオから見れば全体的に日下部理音という青年は――極めて高スペックである、と断ぜざるをえないのだ。そんな人間が、どこか肩身の狭い思いをしつつ生活しているとしたならば、きっと何かそれはのっぴきならない事情があるとしか思えない。それが本人か、あるいは本人にもどうしようもない差別のようなものなのかは定かではないけれど。少なくとも今の日本に、階級制度のようなものはなかったような気がするので――本人のせいではない原因というのがあまり見当のつくところではないのだが。
――私が厄介な人物である、というのはエスメアの証言によって分かったはず。それでも、私を匿い続けることを躊躇わないのはやはり……。
それは、理音の善意だけではなさそうである。つまり――これから先どうなってもいいと思えるほど、それまでの生活が不遇であった可能性、だ。
天涯孤独であろうことも想像はつく。何故そうなったのか、何がそんなに理音を苦しめているのか、それは一行にわからないことではあるけども。
「……結論から言うと、このまま此処にいると……あのエスメアとかいう奴とその仲間に補足される危険は、非常に高いように思う」
理音は心から申し訳なさそうに頭を下げた。
「俺の顔も知られちまったしな。……ごめん、俺が不用意だったばかりに」
「貴方が謝る理由がわからない。全ての元凶は私だろう」
「アオを助けるって決めたのは俺だし、それは後悔してないし。それなのに警戒心が足らなかったのは事実だから」
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「幸い、金がないわけじゃない。俺の仕事も……会社務めってわけじゃないし、ぶっちゃけパソコンとかスマホとかだけ持っていけば、ホテルだろうとなんだろうと仕事はできるのが実情だ。だから、暫く遠くに逃げて様子を見ることはできると思う。お前にも、外に出かけて貰わないといけなくはなるけどさ」
「それは全然構わない。少し不自然な厚着をすることにはなるが、全く外に出られないわけではないしな」
「ごめんな。……それでさ、辛いことを思い出させるのはわかってるんだけど。……いくつか、確認させて貰ってもいいか?」
「記憶のことか」
「そうだ」
遠くに逃げる、といってもなかなかピンと来ないが。それは仕方ないことだし、むしろ理音を巻き込んで申し訳ないというのはこちらの方である。何故だか理音の方が謝ってばかりなのが不思議で仕方ないけれど。
「私が覚えていることと、新たに思い出したことは……ざっくりまとめるとこんなかんじだな。まず、私の故郷が“イクス・ガイア”という惑星であったこと。魔法文明が栄えた街が広がっていて、私はその惑星国家の首都に住んでいた魔導科学の研究者だったということ。……故郷が滅んだのは、私を追いかけてきているファラビア・テラの惑星が侵略戦争を仕掛けてきたから、ということ。その目的が……ガイアの星の豊富な資源と、それから私が管理していた銀河全てを破壊することも可能な兵器の設計図、だな」
話しながら、アオはメモにさらさらと情報を記しておく。紙とペンは、ガイアの惑星ではかなり廃れたものだった。が、全く存在しなかったわけではない。何百年も前にエコ運動が起きた時、紙製品の使用を少しずつ削減していこうという動きになり、結果段々と廃れていったというのが正しい。電子書籍が一般化され、紙の本を作る必要があまりなくなっていったというのもあるのだが。
「といっても、戦争の前後のことはあまり思い出せていない。思い出せたのは……設計図を奪うためにテラの兵士達が上陸して私の研究所を襲ったこと。その時仲間を人質に取られて捕まり、拷問にかけられたことくらいだ」
「拷問……」
「あまり詳しく聞かない方がいいと思う」
というより、正直アオもあまり話したいことではなかった。当時、自分は十四歳。元々テラの民は成人しても外見年齢が幼いということはよく言われる話である。老人や、がっしりとした成人男性といった見た目の人間がいないわけではなかったが、全体的に言えば小柄で子供のような外見の者が大多数を占めていたのだ。勿論、見た目だけであって、実際の年齢はそれなりであることが少ないくないのだが。
そして、これは非常に気分が悪い話なのだが――テラの惑星の王族や貴族達は、趣味の悪い者が多いことでも有名だったのである。地球の言葉で言ってしまえば“ロリータコンプレックス”や“正太郎コンプレックス”と呼ばれる類のものだ。幼い子供、あるいはそういった見た目の人間に性的興奮を覚える人間が少なくないというのである。彼らは異星人や同じ惑星の下層階級の子供を捕まえて拉致してきてはペットにし、性的・物理的暴力を加えて弄ぶのだそうだ。
特に、テラの惑星は環境汚染の問題の解決策を、惑星の外に外にと求めてきた背景がある。戦争を仕掛けてよその惑星から資源をブン取り、あるいはよその惑星を植民地にして使い潰すことで存続してきた国家なのだ。つまり、戦争を仕掛ける回数は全銀河の惑星でもダントツに多く、そのたびに得られる“戦利品”も少なくないということなのである。
テラの惑星との戦争に負けた星の運命は無残なものだ。皆殺しか、散々嬲りものにされて全てを奪い尽くされるか。植民地と言えばまだ聞こえがよく、実際は資源も労働力も全て限界まで使い潰されて捨てられるというのが正しい。ガイアの民が圧倒的戦力差を知りながらも投降できなかった背景はそこにあるのである。そしてアオの場合も。兵器を奪われないためだけならば、兵器の設計図を廃棄して自殺すればそれで良かったはずなのだから。
それができなかったのは――アオ自身が、テラの惑星への大きな抵抗戦力になっていたからに他ならない。生きて、死ぬまで民を守らなければいけない責任が、アオにはあったのである。
テラの民の方もそんなアオの事情はわかっていたはずだった。それに加えて、彼らの極めて悪質な趣味である。アオは両手両足を撃ち抜かれ、指を軒並み折られた上に――どのような嬲られ方をしたかなど。理音に、けして伝える必要のないことだろう。
「ただ、その後どうやって生き残ったかはよく覚えていないし……その後、どういう経緯でファラビア・テラに囚われたのかもさっぱり思い出せない。何年もの間の記憶が抜け落ちている。ただ、私としては故郷を滅ぼされた憎い敵であることに違いはなく……どういう経緯で女王の伴侶に選ばれたのかも覚えていないが、とても納得できる待遇ではなかったと、そう思う。何故、もっと早く逃げなかったのかは疑問なのだが」
ファラビア・テラとイクス・ガイアの戦争が行われてから、テラの王は代替わりを果たしている。今の女王は、直接の加害者ではないし――彼女は歴代とは比較にならなほど平和的な王であったのも事実だ。非常に心優しく、戦争ではなく対話で他の惑星との問題や、テラが抱える環境問題を解決しようと努力していたという記憶はある。
それでも自分は――そう、自分はどうしたのだっただろうか。そうやって何年か女王と過ごすことになり、それで。
「今の女王は、平和的な王だった。でも私は、彼女を受け入れることなどできなくて。……それで、何かがあって。私は脱走を決意した、のだったと思う」
「そこはまだ、思い出せないのか。あいつはお前が二つの宝を持ち逃げしたと言っていた記憶があるけど」
「そのうちの一つは“クライシス・コード”だろうな。あの設計図は……実のところ私の頭の中にしか残っていないんだ。書き出そうと思えば今ここでも書き出せるが、どこにも記録はされていない。危険極まりないん兵器だからな、管理者は全てを丸暗記して、次の継承者に伝えるまでけして忘れてはいけないという決まりになっていたんだ」
「あーなるほど。だから、兵器の情報を得るためには拷問して引き出すしかなかったのか。……ん?じゃあ、もう一つの宝ってのは?」
「それが思い出せない。私は一体、何を女王から奪って逃げたのだろうか……」
そのもう一つの宝が、逃げ出すきっかけになったような気がするのだが。これ以上はまだ、頭を叩いても揺すっても戻ってくる気配がないのだった。何かとても、重要なことを忘れてしまっているのは確実なのだけども。
あるいは、その“何か”を思い出せたなら。この八方塞がりな状況を解決する手立ても、見つけることができるだろうか。
「……異星人が攻めてきたなんて話、警察に言っても信じて貰えるはずがない。ていうか、大騒ぎになるだけなって終わるのは想像がつく。言っても解決策なんかなさそうだしな」
はあ、と理音は大きくため息をついた。
「だから。アオは辛いかもしれないけど。……テラの奴らに対抗して、今の状況を打開するには……お前の記憶を取り戻すしかないんじゃないかな、と思う」
「そうだな。記憶が戻れば、何か手立ては見つかるかもしれない。肝心なのはそれまで、テラの奴らの見つからないように逃げ回る必要があるということだ。だから、遠くへ逃げて時間を稼ぐというのはやり方として有効だと思うが……逃げるといっても、何処へだ?」
彼に逃げる場所のアテなんてものはあるのだろうか。様子を見ている限り、理音に頼れる友人や知人なんてものはいないように思えてならない。
それに、記憶を取り戻せば追っ手から逃げる為の対抗策が見つかるという保証はどこにもないのだ。確かに、理音の言葉を信じるなら“エスメアは地球人を殺したくなさそうだった”ので、他の一般人を巻き込んでしまう確率は低いのかもしれないが――。
「そうだなあ。……何処だって、いいんじゃねえか」
ところが真剣に考え込むアオとは裏腹に、理音はあっさりと言い放って見せたのだった。
「ネットで適当に調べて、適当に良さそうなホテル泊まればいいだろ。お金もなるべく下ろしてさ」
「い、いいのかそんないい加減で?」
「いいんだよ。……こんな状況だけど、俺旅行ってヤツしたこと殆どないし。誰かと旅行なんて、一度も行ったことないし。……行きたいし」
寂しそうに眼を伏せる理音。その眼には、隠しきれない彼の深い深い孤独が潜んでいた。まだ、アオの手が届かない、何か大きな闇が。
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