アオイロデイズ

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<第十七話~魔法の領分~>

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 アオが落ち着くまで、暫くの時間を要した。まだ眼が赤くて痛々しいが、震えが止まっただけでまだ良しとするべきだろう。幸い、アオの怪我は大したことがなかった。鏡の破片をどうにか片付けたところで、リビングで一度服を着たアオの怪我を治療しようとすると、“いい”と断られてしまう。

「これくらいなら、自力で治療できる。それよりも……」

 アオが心底申し訳なさそうに、理音の足を見た。

「その怪我は、どうしたんだ。そちらの方が痛そうだ」
「え!?えっと、その……」

 どうしよう、と悩む理音。そうだ、結局なし崩しで、エスメアとかいう奴らが襲撃した話をできないままでいる。落ち着いてきたとはいえ、大きくショックを受けているであろうアオにその話をしていいものだろうか。勿論、いつまでも隠しておくわけにはいかないし、このままこの家に潜伏できるかというとそれも怪しいのでなんとかしなくてはいけないのだが――。

「“Cure”」
「!」

 説明に悩んでいると。アオが小さく、呪文のようなものを唱えた。自分の耳には英語に聞こえたが、それはデバイス翻訳された結果であるのかもしれない。
 キラキラと光が集約し、理音の足の傷に集まり――癒していく。光が収まった時は、すっかり綺麗さっぱり傷がなくなっていた。最も、切り裂かれてしまったジーパンはそのままだけども。

「言っただろう、私達の惑星は魔法文化だったと。私も……貴方達が言うところの魔法使い、という認識で正しい。どちらかというと攻撃する魔法の方が得意だったが、それでも癒す魔法は使える。これくらいの怪我を治すなど造作もないことだ」

 再び彼が呪文を呟くと、アオの手の傷も光と共に塞がっていった。まさに医者知らずである。同時に、己の怪我よりも理音を優先してくれたのか――と思うと少し感激してしまう。
 我ながら、安いと本当に思うけれど。それほどまでに、誰かに気遣われたり優しくされたことのない人生だったのだ――今までの自分は。

「怪我をしたら、すぐに言って欲しい。隠されて、悪化されると魔法であっても治すことが難しくなってしまう。下級治癒魔法くらいならいくら使っても殆ど疲れない」
「そうなんだ。凄いな……。ていうか、攻撃する魔法っていうのはどんなのなんだ?どれくらいのことができるんだ、アオには」

 思わず尋ねてしまう。というのも、エスメアが言っていた言葉がどうにも引っかかっていたからである。



『これも言い忘れてましたか。……ええ、陸軍少尉というのはファラビア・テラ王国の陸軍でしてね。我々テラの民は、惑星まるごと一つの王国なのです。そしてしらばっくれてらっしゃるようですが、貴方がロックハートを匿っていると我々は確信しておりますよ。我々は魔法を使う種族ではありませんが……強い魔力を感知する優秀な科学技術は持っていましてね。ロックハートは、銀河でも最強と名高い魔導士。その凄まじい魔力はそうそう隠し通せるわけではないということです。残り香で十分、後を追えるほどに』



 銀河でも最強と名高い魔導士、と言っていた。正直なところ、魔法に縁遠い地球人としては全く想像がつかないのである。想像できるとしたらあれだ、漫画やアニメやライトノベルに出てくるような、西洋系の世界――中世時代っぽいワールドでなんとなくぶっぱなしてるのを見るような、本当にそんなイメージしかないのである。ドラゴンを呼んだりそれに乗って空を飛んだり、雷を落としたり炎の柱を吹き上がらせたり――まあそういうもので大体あっていたりする、のだろうか。
 さきほどの回復魔法?らしきものを使った時の様子も、そこまで予想外な光景だったわけではない。理音もイラストレーターとして、魔法を使っているキャラクターのイメージは数多く描いてきたわけだが。本当に、そういう力が目の前の少年にも使える、という認識でいいのだろうか?

「なんか、凄そう」

 非常に頭の悪い感想を漏らしてしまうと、ここでアオは――漸く苦笑に近いものを浮かべた。

「あんまり期待しないでくれ。そこまで万能なものじゃない。貴方達が科学でやるようなことを、魔法でやることが多いというだけなんだ」
「俺、魔法使いのイラストも結構描いたことがあるんだけど。えっと、炎を使って攻撃するとか、不思議な獣を異空間から呼び出してみたりとか、そういうこともできたりするのか?ちょっと見てみたいような気も……」
「大体あっているが……家の中でそれをやると大変なことになるような気がする」
「で、デスヨネー……」

 あまりにも正論な返しをされてしまい、理音も固まるしかない。何かないだろうか、魔法を実演させてもらう方法。最初の趣旨を忘れてうんうんうなる理音を見て、アオもどうにかしたいと思ってくれたのか――固定電話のあるところまでトコトコと歩いていくと、メモ帳とペン立てを持って戻ってきた。

「炎などの類は、迷惑がかかるので実演が難しいが。そうだな、こういうのなら見せられる。……“Zero-gravity”」

 どうやら、彼らの魔法の言葉は自分には英語に変換されて聞こえる仕様らしい。理音が見ている前で、アオが魔法を呟くと――ぶわり、と紫色の光がペンとメモ帳にまとわりついた。そして、ふわふわと手を触れることもなく浮き上がり始める。

「お。おおお!」

 これはすごい。まるでサイコキネシスを見ているかのようだ。

「一時的に、選択した物体を無重力にする方法だな。ただ、私は重力系の魔法はそんなに得意ではないので……浮かせることはできても、落とす時上手に調整できなくて」

 彼が手を振ると、机の上にドカドカとメモ帳とペンが落下する。

「こんなかんじで、優しく落とすことが下手くそなんだ。やろうと思えば理音を浮かせてやることもできるが……まあ、あまりおすすめしない」
「ピーターパンになるのは無理かあ……」
「ピーターパン?」
「ああ、有名な童話でさ。永遠の子供の国にいる、魔法の使える少年なんだ。大人になりたくない子供達を魔法の国に連れていって、色々な奇跡を見せてくれるってわけだな。その奇跡の一つが、人を浮かせて自由に空を飛ばせてくれるっていうものなんだ。こんなかんじ?」

 丁度いいところに、机の上に転がるメモ帳とボールペンがある。理音はさらさらとメモ帳に、ピーターパンと女の子のイラストを描く。日本人のピーターパンのイメージは、原作よりも某長編アニメ映画の印象が強いことだろう。そうだ、ついでにティンカーベルも追加しておくべきか。なんとなくいつのも癖で、ささっとキャラクターを書き足してしまう理音である。
 依頼主によって絵柄を自由に変えることのできる理音だが、本来の画風は頭身が低めで書き込みがそう多くない、いうなれば少年漫画系のイラストだと言われることが多い。男女の体格差を極端に表現するということもなく、デフォルメ系と称されることも少なくなかった。権利どうのというより、そもそもあまり男女の性差というものを強調するのが好きではない質であるからかもしれない。
 そういう意味でいうと――きっとアオのイラストは非常に描きやすいのだろうな、と思う。少年であり少女、中性的で子供らしい体格。まだ誰にでも、どちらにでもなれそうな、彼。

「……なるほど、地球人にとっては……空を飛べるというのは、“奇跡”なのか」

 アオは眼をぱちくりさせながら言う。

「イラストが本業というだけあって……こんな短時間でこれだけのものが描けるのか。下書きもなく、ペン一本で。本当にすごいな、貴方は」
「褒めすぎ褒めすぎ。イラストレーターつっても、俺より絵が上手い奴なんかいくらでもいるんだよ。俺はただ、絵柄のパターンが多いから呼ばれやすいってだけだろ」
「十分すごい。私は絵が全然描けないから。……友人には“絵を描いてテロが起こせる天才”だと言われたんだが、あれは一体どういう意味だったのか」

 それはむしろすごいんじゃないの、と理音は顔を引きつらせる。なんだろう、かえって見てみたいような気がして仕方ない。

「……理音」

 やがて。ピーターパンのイラストをまじまじと見ていたアオが、静かに口を開いた。

「理音と話しているのは本当に楽しいから、ついつい雑談に乗ってしまうのだけど。……話を逸らしてしまったのは、気づいてるんだ……私も」
「う」
「もう一度訊く。足の傷はどうしたんだ。あれは、転んでできるような傷だとは思えない。それこそ、刃物ですっぱり切られたようなものに見えた。私の記憶が正しいのなら、日本という国はそこまで治安が悪い国ではなかった筈。そもそも、貴方は玄関にうっかり鍵をかけ忘れて出かけることも多い。つまり、玄関に鍵をかけなくても泥棒にはいられる心配がない……非常に治安が良い地域に住んでいると、そう解釈している。外に出ただけで刃物を持った男に、成人男性である貴方がほいほい襲われる可能性は非常に低いと思うのだが」

 たったそれだけの情報で、そこまで見抜いたのか。理音は言い訳も忘れてあっけにとられる。やはり研究者であった、というのは間違いないのだろう。頭の回転の速さが、尋常ではない。

「……正直に言って欲しい。追っ手が、来たのか」

 どうやら、隠すことなど最初から不可能だったようだ。観念し――理音は口を開くことにしたのだった。
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