アオイロデイズ

はじめアキラ

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<第八話~アオの事情~>

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 アオいわく、非常に昔のことは逆によく覚えているのだという。
 彼はイクス・ガイアという惑星で科学者として働いていたというのだ。一体いくつから、と聞けばなんと十二歳からだという。理音はひっくりかえった。十二歳といえば、自分達の感覚からするとまだ義務教育の範疇ではないか。

「十二歳って、学校は?」
「行っていないな。私達の義務教育は初等部まで。中等部以降は自由進学ということになっている。中等部以上の卒業検定は仕事は、小卒で仕事をしながら受けた。まあ、そこまで絶対に必要な資格でもなかったんだがな」
「おいおいおい……」

 小卒で科学者って。というか中等部以上という言い方からして、この様子だと早々に大検も受けたということになるのではなかろうか。もしや目の前のこの少年、いわゆる秀才や天才と呼ばれる類なのでは?

「過去のことはよく覚えているのに、私自身の名前だけすっぽり抜けているのも奇妙な話なのだがな。……まあとにかく、私が科学者になった原因は簡単なことだ。母が同じく科学者であったからだな。ちなみに私と母は生き写しかと思うくらいに似ていたらしい。違うところといえば、母の酒癖が悪くて私より気性が荒かったことだ、と周囲の人間が語ってくれた。おかげさまで、私はとにかく周りから酒を遠ざけられた記憶しかないな。私達の惑星でも飲酒は二十歳からということだったが、どうにもパーティともなると無礼講で未成年に飲ませたがる輩が少なくなかったものだから」

 なんだろう、ものすごく親近感が沸くというか、地球とほとんど変わらないというか。理音は苦笑するしかない。未成年の飲酒ダメ、絶対。――そんなことみんなわかっているはずなのだが、大抵周囲に聞いて回ると“初めて酒を飲んだ年齢”は十八だとか十九だという声が上がるのものらしい。
 特に、以前無理矢理連れていかれた飲み会で、同業者にくだを巻かれた時にえんえんと語られた話は忘れられそうにない。先輩に勧められると断れない、というのは日本の悪習であると思うのだけども。

「母は幼いうちに交通事故で亡くなったが、それでも私が不幸だと思ったことは一度もなかった。父親達が非常に面倒をよく見てくれたし、良き仲間にも恵まれたしな」
「父親……達?」
「ああ、言い忘れていた。地球では、親と呼ばれる存在は一人ずつしか存在しないのが普通なのだったか。私達は違う。腹を痛めて子を産む母は一人でも、父親に該当する人間は複数存在することもままある。同時に、地球人のような性的交渉も行う必要がない。私達は、他人の体液を一定量体内に取り込むだけで新たな命を宿すことができる種族でな、それこそ血液や唾液でもいいから、キスや注射で十分事足りるのだ。ゆえに性欲というものもない。私達はこの行為を遺伝子交換と読んでいる。そして、子供は母親の方の血をより濃く引く傾向にある。母は魔導師としても科学者としても優秀であったため、とにかく若いうちから遺伝子交換のパートナーになってほしいとひっぱりだこであったらしい」
「……ってことは、もしかして子供を作る相手ってのは、恋愛対象だけとは限らなかったりする?」
「察しがいいな、その通りだ。私達は恋愛という概念が希薄だ。というより、優秀な人間を選んでパートナーにして子供を作るのが当たり前であるため、その相手は“優秀で信頼ができる相手”ならば友人だろうと仲間だろうと関係がないわけだな。恋仲同士、相手だけが絶対と夫婦関係だけで子供を作る家族もいないわけではなかったが」
「へえ……」

 もしかして、地球のような生殖形態の惑星はそんなに多くなかったりするのだろうか。非常に興味深い話ではあるが。

「もっといえば、私達は性別の概念も薄い。例えば私は自分が“男性”であるという自負はあるが、私達の性別という考え方はほとんど精神面にしか残っていない。大昔は私達の一族も地球人のように男女の性的交渉によって増えていたのだが、進化を遂げてそういうものがなくても子供が作れるようになった。卵子も精子も必要ではなくなってくるから……より効率的に子孫を増やすためには外見の性別問わず全員が“子供が産める女性の身体”を持っている方が都合が良かったわけだ。例えば私は、地球人の女性のような胸はないものの、下半身の構造の方は恐らく女性と殆ど同じものであると思う。私達の種族の“男性”は皆そうだ。精神面と、胸のあるなしだけが違うといったところか」

 え、と思って思わず理音はアオの下半身に目をやってしまう。そういえば、結局風呂を嫌がられたせいで彼の裸を見ていないが。もし昨日それを強行していたら、非常に気まずいことになっていたのだろうか。
 下半身だけが女性とは、一体どういう身体なのだろう。いや、想像するだけに留めておくべきというのはわかっているけども。

「……どこを見てるんだ、どこを」
「い、イエナンデモアリマセン……」

 まあ、本人が“自分は男だ”という認識で、彼らにとっての男性というのがそういうものだというのならそれを尊重するべきなのだろう。しかしそう言われてみると、アオの体型は単なる子供の少年というには少し違和感があるなとは思っていたのだ。小柄だが手足はすらりとしていて、腰は綺麗にくびれている。しかし、声は女性と呼ぶには低すぎる。彼らにとっては、なんらおかしくないことなのかもしれない。
 ただ、それが彼らの一族の“普通”であるのかどうかを確かめる術はないのだろう。何故ならば。

「……話戻すけど。アオの故郷がもうないっていうのは?」

 尋ねると彼は、少し困った顔で首を振った。

「そこを、よく覚えていない。街が激しく燃えていたことと……もう故郷の生き残りが私だけだ、というのはどうにか思い出せたのだが」
「地球に来た経緯は?」
「それもかなり怪しい。私は別の惑星で……半ば囚われの身であったのはおぼろげに覚えている。その惑星の女王陛下の結婚相手に選ばれたのだということも。ただ私はその結婚に納得していなくて……それで。何か、何か大きな出来事があったのだと、そう思うのだけども……」

 段々とアオの声が小さくなっていく。思い出そうと努力しているのは伝わってくるのだが、いかんせんそれがうまくいっていないらしい。眉間に皺を寄せてうんうん唸った後、ダメだ、と大きく息を吐いた。

「どうしても、逃げなければいけないと思ったんだ。そして、そこから宇宙船を強奪して……追われているうちに、宇宙船が操舵不能になったかなにかで……気がついたら、此処に。多分宇宙船は、この惑星のどこかに……それもこの場所からそこまで遠くないところに落ちたのだと思うのだけど、現状全く探る手段がない。記憶が飛んだのはその時の事故の後遺症だと思うから、多分暫くすると他の記憶も思い出せると思うのだけど」

 段々と状況が把握できてきた。確かに、彼の体質(寒いところは非常に得意だが暑いところは極端に苦手)を鑑みるに、望んで夏の日本(しかも東京)に降りてくるなど自殺行為でしかないだろうとは思っていたのである。が、この様子だと墜落か不時着のどちらかだったということだろう。
 不謹慎かもしれないが、話を聞いて理音は少し安堵してしまっていた。この様子だと、彼は本当に帰る場所がないし行く当てもない。当てがあるかどうかを思い出すためには、どうにかして記憶を取り戻すしかないがそれには暫く時間がかかるとみて間違いない。つまり。
 体調が良くなっても、すぐにどこかに行けるかというと、そういうわけではないということである。

「じゃあ、その。……元気になっても、すぐに移動できるというか、行くアテがあるわけじゃないんだな?」

 言ってしまってから、しまった、と理音は青ざめる。この言い方だとまるで、一刻も早くアオを家から追い出したいようではないか。

「……そうだな。ただ地球の知識が全くないわけじゃないし……ってどういう経緯できたことがあったのかも覚えてないんだが……この星で全くやっていけないということもないと思うから。体調が回復したら、なんとかホテルでも取って」
「ああ違う!違うから!そんなんじゃねえから!」

 案の定、アオは申し訳なさそうにしょんぼりと頭を垂れた。全身から“迷惑かけてしまってごめんなさい”が伝わってくる。なんだこの、健気で可愛い生き物は。今時の小学生でもこんな殊勝な子供はいないだろうに。

「そうじゃなくて、その!……むしろ、暫くうちにいてくれていいというか、そうしてくれた方が有難いというかなんというかえっとえっと……」

 素直に“いてほしい”と言う勇気がない自分が憎たらしい。そもそも、今までの人生で純粋に誰かに好意を向けられたこともなければ、誰かに対して何かをしてやりたいと思ったことさえ殆どないのである。両親でさえ、自分の能力を知って気味悪がって離れていったのだ。そう露骨な対応などされなくても、他人に近づくだけで相手の害意や悪意は普通に受け取れてしまうのが理音である。
 自分のことを嫌っている相手や――その心にドロドロと醜いものを抱えた相手のことなど、どうして理音の方も好きになろうと思えるだろうか。
 目の前の彼だけなのだ、例外は。安心して眼を見ることができるのも、伝わってくる微かな感情が心地よいのも。それはアオが、地球人ではないからなのだろうか?それとも、アオ自身の性質ゆえに?

「……迷惑ではないのか?」

 おずおずと言ってくる、大人びた子供に理音は。

「ぜ、全然!その、一人だとこの家ちょっと広すぎるというか、正直その、むしろ使いづれーと思ってたわけだというかな、その」

 ぶんぶんと首を振りながら言えば、アオは少しだけ恥ずかしそうに頬を染めて――ありがとう、と言った。
 なんだろう、これ。自分は男だし、母性なんてものが備わっているような性格でもなんでもないと思っていたが――この感情は、極めてそれに近いような気がしてならない。
 まるで年の離れた弟か、愛しい息子ができたような気持ちと言えばいいのだろうか。とにかく可愛い、と思ってしまったのだ。宇宙人なのに。得体が知れないどころでなく得体が知れない相手であるのは間違いないというのに。

「そんなわけだから!その……暫くよろしくな、アオ!!」

 気恥かしさを感じながら、理音はアオに手を差し出した。異星人にその文化はないかもしれない、と不安になったがアオは――嬉しそうに笑って、理音の手を握り返してくれたのである。
 久しく忘れていた体温は、泣きたいほどに優しいものだった。
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