アオイロデイズ

はじめアキラ

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<第五話~運命を握る者~>

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 アオと出会った晩は、とりあえず彼にお風呂に入ってもらって(当然ながら、アオはシャワーなどもぬるい温度か冷水で浴びたがった)、今後のことを話し合うのは明日にしようと泊まって貰うことにした。
 この時点で、いくつか分かったことがある。
 例えば、彼にはおかゆと卵焼きをご馳走したわけだが――どうにも、根本的に食べる量が違うらしい。おかゆは三分の一程度、卵焼きも半分までしか食べることができなかった。それでも本人いわく“お腹がすいていたので普段の倍以上食べてしまった”とのことらしい。同時に、嬉しいことに味の好みはだいぶ理音とも一致していたようだ。醤油が多めで少ししょっぱめの卵焼き(というのが、理音の好みだったせいだ)を出してしまったのだが、本人は大層気に入ってくれて“また食べたい”と言ってくれたのだった。異星人の好みというのはよくわからないが、暫く此処で過ごすというのであれば好みが一致するというのは非常に大事なことである。
 そして、大事なことが一つ。
 理音は彼を――そう、“彼”と判断していたのだ。見た目の性別というのは、セミロング程度の髪の長さと中性的で幼い顔立ちのせいで判別できなかったのだが、声が低いこと落ち着いた態度からそう考えていたのである。で、実際にアオ本人に聞いてみれば、“私は男だ”と彼自身も証言。それならば遠慮する必要もないだろうと、シャワーを浴びる時に操作の仕方を教える目的もあって一緒に参加しようと当初思っていたわけだが(なお、あそこまで冷水を浴びたがるというのは予想外であったため、というのもある)。
 アオに、それは丁重に断られた。本人いわく、自分達は同性であっても他者に肌を晒すという文化がないのだという。同時に本人にこう言われた。

『多分、貴方達が思う“男性”と、私達の種族の“男性”は違うと思う。というか、違った記憶がある』

 もしかしたら、外見的な身体構造にも大きな違いがあるかもしれない。同時に、もしかしたら身体に大きな傷があって他の人間に見られたくない事情があるのかもしれなかった。なんせ、現状は理音はアオのことなど何も知らないに等しいのである。その外見と状況から、なんとなくそのまま世話を焼く行為を続けてしまっているが、本人にとって迷惑かもしれないことにまでお節介をするほど図々しいつもりはないのだ。
 そしてその晩。一つの問題として浮上したのは、ベッドの問題である。なんせ、理音の部屋に一つしか存在していないのだ。他の部屋にはしまいこまれた両親の敷布団なども存在しているが、なんせしまわれてそれっきりなので埃が積もっているのは確実である。というか、彼の部屋を取り繕うのなら倉庫化しているどこかの部屋を片付ける必要も出てくることだろう。勿論、その全てが本日中に終わるとは思えない。
 かといって、彼にソファで眠って貰うのは非常に気が引けるというものだ。ここは自分のベッドを貸して眠って貰うべきか、でもあの部屋のごっちゃりぶりは人を招きづらいしどうしよう――理音がもだもだ悩んでいると、またまたアオの一声である。

『私の眠るところなんか気にしなくていい。先ほどのソファも十分温かくて気に入っているし……』

 もしかしてこの少年、ものすごい気遣いタイプなんだろうか。そもそも全身から“世話になっているのが申し訳ない”オーラが出ているのである。
 実はこの時点で実年齢も聞いていたが――小学生中学生程度の見た目であるものの、実際の年齢は十六歳程度であるらしい。つまり、どっちみち子供であることには変わりないらしいのだ。相当厳しい教育を受けて育ったのだろうか、あるいは元々彼らの種族というのはそういう性格の人間が多いのだろうか。

――こういう時、俺のベッド貸すとかえって気を使わせて疲れさせちまうのかなあ……。

 結局。彼にはそのまま、ソファで眠って貰うことにした。幸いというべきか、なんといってもアオの身長が小さかったのが大きい。どう見ても身長は158cmとかそこらであると思われる。190cm程度の理音と並ぶと、完全に大人と子供の体格差だ。あのソファだって、小さなアオが眠るには十分広いスペースであることは間違いない。
 何より、あの場所は食事もするし料理をするキッチンも間近で見える。アオとしては、一番安心できる場所であるのかもしれなかった。

――変だなあ。

 その夜。彼に毛布を貸して冷えピタを交換した後、自分のベッドに入りながら。理音はぼんやりと天井を見上げて考えたのである。

――こんな風に、誰かと普通に喋ったの、いつぶりだっけか。

 アオの考えている事が、何もわからないわけではない。なんとなく、これは嫌がっているんだろうなとか、こういうものが好きなんだろうなということはわかる。そして、彼には話したくないことや隠しておきたいことはあるものの、語る言葉には殆ど嘘がないらしいということも。
 しかし、いくら彼の金色の瞳を覗きこんでも、他の誰かのように奥深くに宿している暗い感情などが大音量で脳に響くということがない。人の眼を見て話すことができることが、こんなに楽で安心することであるとは思いもしなかった。
 何より、この数時間だけでもわかったこと。あの少年は、非常に純粋だ。その上一度教えたことはすぐ覚える。物覚えが良すぎる、と言ってもいい。加えて出来すぎているほど謙虚、空気を読む。むしろ心配になるほどだ。一緒にいて理音の負担になる要素が殆どない。せいぜい、彼がいるリビングには冷房をガンガンにかけ続けなければいけないので、電気代がちょっと心配になるなということくらいである(それも、安すぎであろう食費を考えるならプラマイゼロかもしれない)。

――変なやつ。……あの様子だと、本当に宇宙人で間違いないんだろうけど。どうすりゃいいんだ俺。警察にも救急にも言うとまずそうなのは間違いないし。ていうか、明らかなんかの事情があって地球に来てるんだよな……?このままうちに、ってわけにもいかないよな……。

 不思議なことに。まだ出会ったばかりだというのに――彼に一刻も早く出て行ってもらいたい、と思う自分がいないことに気付く。
 同時に。夕方までもやもやと抱えていた、トラブルの一見に関するイライラも。コンビニ店員と眼を合わせてしまって感じた不快感も。今布団に入るまで、思い出さずにすんでいた己を知るのである。
 どうしてだろう、と考えて。それがアオの性格や性質だけではないことに、理音は気づかされるのだ。

――俺。ひょっとして本当は……ずっと寂しかった、のかな。

 きっと自分は、これからも独りきりで、このがらんとした広すぎる家で黙って朽ちていくのだと。当たり前のようにそう思っていたのである。
 こんなとんでもない変化が訪れる時が来るなんて、思ってもみなかったのだ。もしかしたら自分が求めていたものは、誰かが当たり前に傍にいてくれる日常であったのかもしれない、とも。



 ***



 ああ、どうしてこんな事に。惑星ファラビア・テラの陸軍大佐であるルイン・デペロトは、執務室にて頭を抱えることとなった。
 女王陛下の機嫌は最悪に近い。まだ幼いとはいえ、ファラビア王家の血を継ぐ彼女の身体能力は相当なものである。部屋は一瞬にして嵐が十回見舞ったような有様となり、今は侍女達が必死になって片付けている状態だった。彼女自身は泣き疲れてベッドで眠っているが、起きたら再びハリケーンが吹き荒れることは目に見えている。それほどまでに、彼女のショックは大きかったのだ。
 そう、確かにあの少年が、女王に対して大きな不満を抱いていることは誰の目にも明らかなことではあったけども。それでもまさか、輸送船の一部を強奪して惑星外に逃げてしまうなど、一体どうして予想できようか。しかも彼が宇宙に出てしまったことに気づいたのは、王宮の内部を散々探し回った後であったというのだからどうしようもない。
 一体どうやって、この城の厳重なセキュリティを突破したというのだろう。確かに彼は、科学者として優秀な頭脳を持っていたし、極めて高い戦闘能力を持っていることも否定はしない。しかし、此処は、銀河最高の軍事惑星であるテラの星、その中でも王宮はもっとも堅牢な守りを誇っている場所であったはず。入口出口は勿論、庭も、それから上空でさえも絶えず監視用ドローンが飛び回り、侵入者はもちろん不法な脱出者も見逃さないように見守っていたはずなのだ。
 原因をきちんと突き止めなければ、仮に少年を連れ戻したところで同じことが繰り返されてしまう。ああ、自分が大佐に昇格直後にこのようなことになるなんて――とルインはため息を吐くしかない。
 どこまで彼は、ファラビアを引っ掻き回せば気がすむのだろう。確かにあの悲惨な境遇とファラビアが彼にしてきたことを思えば――大人しく従いたくない気持ちもわからないはなかったけども。

「ルイン大佐!失礼します」

 バタバタと部下の一人が駆け込んでくる。ファラビア人特有の褐色の肌に眼鏡をかけた細身な青年は、びしり、と硬すぎるほどの敬礼をしてみせた。
 ルインが最も信頼する部下の一人、エスメア・トールメイ少尉である。

「ロックハートの脱出ルートがおおまかに特定できました。どうやら、協力者が数名いたようです」
「協力者……まさかと思うが」
「そのまさかですね。ジョディ・メイリー軍曹他数名。色仕掛けと金で完全に懐柔されていた模様です」
「ああもう……!」

 どうして自分達の種族はこうなんだ、と思わずにはいられない。特に王宮の守りを任されるような上級階級。なんとまあ、小児趣味の阿呆が多いことか!女兵士のジョディなど、かなり生真面目な性格であり今までの戦績も非常に優秀であったクチである。いくら誰かさんが魅惑的な少年であるからといって、簡単に懐柔されることなどなかろうと信じていたというのに。
 そもそも、ロックハートは昔からそうなのだ。閉じ込めようと封じ込めようと、見張りを魅落としては自分の味方へと引き入れてしまう。巧みな話術と色仕掛けの技術は、小児趣味の男女共に有効であるせいで本当に厄介極まりない。

「おまけに、ハッキングの技術もありますからね。……格納庫のパスワードも突破されていた模様です。まだ宇宙船の追尾には時間がかかるようですが……いかがなさいますか、大佐」

 不安げに指示を待つエスメア。そんなもの、決まっている。いくらロックハートが――己にとっても特別な思い入れのある人物であったとしてもだ。けして、このまま別の星に逃がしてしまうわけにはいかないのである。
 彼はこの惑星の宝を、二つも持ち逃げしてくれているのだから。

「どんな手を使っても、連れ戻せ」

 自分達の未来は、あの少年にかかっていると言っても過言ではない。

「やり方は問わない。邪魔する者は全て消すんだ、いいな……!」

 何故ならこの帝国は。あの少年の力がなければ――近い未来、確実に滅ぶ運命にあるのだから。
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