4 / 31
<第四話~記憶喪失の宇宙人~>
しおりを挟む
どうしよう、と理音は頭を抱えた。目の前の少年はそれを見てぼんやりとした表情で首を傾げている。
「えっと……すまない」
「ああ、うん、その……お前が何もかも悪いわけじゃないというのは理解しているから、謝られるのもつらいんだけど……ああああ」
「やっぱり私が悪い、で間違いないと思うのだが」
「まあそれもそうなんだけど、うう……」
何故にこうなったかと言えば、簡単なこと。目を覚ました彼から話を聞いた結果、とんでもない事実が発覚したからである。
単刀直入に言えば、目の前の碧髪の少年は――自らを“異星人”と名乗ったのだ。つまり、宇宙人というやつである。そんな馬鹿な、どこのファンタジーだ、と本来なら自分も喚いていたところだ。確かに珍しい髪色をしているとは思うが、だからといってまったく見ないほどではないし(染めている人間もいるわけだし)、肌の色が少々真っ白すぎる気はするがそれ以外に特筆するべき点はない。目の前の彼は、普通の人間とさほど変わらない容姿にしか見えないのだ。つまり、小学生か中学生くらいの子供、である。見た目に反してちょっと声が落ち着きすぎている気がするが、まあそれ以外に不思議に思うようなところはまったくないわけで。
そんな“どこからどう見ても人間”の容姿の相手に異星人だなんだと言われても、即座に信じるのは当然難しいのである。――そう、彼が光の塊となって庭に突然出現するという、謎現象を目にした事実さえなかったのなら。
「……ええっと、確認するんだが」
ぐるぐるする頭を抱えながら、どうにか喉から声を振り絞る理音である。
「名前は、覚えてないんだよな?記憶喪失っていうやつで」
「貴方達の言葉を借りるなら、そういうものなんだと思う。他にもあちこち記憶が欠落していて、説明できることが非常に少ない」
「でも異星人だということは覚えている、と。何で日本語普通に通じるんだ?」
「全銀河対応の翻訳デバイスを使っている。こうやってピアス状にして耳につけているんだ。だから、日本語以外も英語や北京語、韓国語、フランス語など全ての言語に対応できる」
「そのへんの地球の知識を知っているのは?」
「昔此処に来たことがあるからだな。……どういう経緯で地球に来たことがあったのかは、かなりぼんやりとしか覚えていないんだが」
これ、と少年が髪を書き上げて見せてくれた耳元には、小さな金色の宝石のようなものがついている。これだけ見れば、とても機械には見えない。むしろただの装飾品としても地味なほどだ。これが翻訳デバイスになっているというのなら、完全にオーバーテクノロジーと言っても過言ではない。――勿論そのへんは、彼の言葉が真実であったなら、の話にはなってくるけども。
ただ、ちらりと見せてくれた彼の耳は、理音が知る人間の耳とは少々形が異なっているのは事実だった。簡単に言ってしまうなら、まるでライトノベルに出てくるエルフの耳のように尖っているのである。彼が実際本当に、ファンタジーの世界の住人である、ということを示すかのように。
――でも、なんというかその……現時点では、都合の悪いところが全部“記憶がぼんやりしてる”で誤魔化されている気がしないでもないんだよなあ……。
ただ、そうは言っても目の前の少年の容姿が“普通の子供”にしか見えないという点が、理音に強い言及を躊躇わせているのだった。しかも非常におとなしい。目覚めて最初に告げられた言葉が“助けてくれてありがとう”だったというのも余計にあるのだろうけども。
「警察や救急に連絡すると大変になる、というのは」
頭が痛い、が。拾ってしまった以上、無責任な対応をするわけにはいかない。それくらいの良心は理音にだって残っているのだから。
「お前が異星人だから、ってことか」
「そうなる。貴方の反応からも察しているが、異星人と聞いて普通は信じるものではないのだろう?どうやら私の年齢は、普通の幼い子供とさほど変わらないものに見えているようだしな。それに、身体構造が違うから治療法も違う。例えば私は輸血などをされると非常に困る。他の星の住人の血は猛毒なので、それだけで死に至る危険性が高い。まあ、お前達の星の常識でも、違う血液型の血液を輸血すると死ぬ可能性が高いと知っているから、そこはさほど変わらないものと解釈して貰って構わないが」
「はあ……」
まあ、そうなんだろうな、というのはなんとなく思うことである。目の前の少年の肌は文字通り“雪のように真っ白”なのだ。肌色のハの字もない。通っている血の色も赤ではないのかもしれないと思えるほどだ。合致する血液型、なんてものはきっと地球にはないのだろう。
それにしても、子供にしか見えない年齢と言うが。実際の彼の年はいくつくらいになるのだろうか。声だけ聞けば、二十代と言われても全然不自然ではないのだけれど。
「……まあ、戸籍がないって時点で、警察に届けてもどうにもならなそうではあるよな……」
段々と、細かく考えるのが面倒になってきてしまった自分がいる。それは恐らく、目の前の彼の言葉が支離滅裂で意味不明なものでありながら――眼を見て話すことができてストレスがない、というのもあるのだろう。
そう、やはり間違いないのだ。目の前の少年の眼だけは、見ても何の感情も伝わってこない。いつものように、脳を突き刺すような声が一切聞こえてこないのだ。近くにいるせいでぼんやり程度に考えていることが伝わってくる、程度のものである。それこそ、本人が“これからどうしよう”“迷惑かけてしまって申し訳ない”と思っているっぽい、という程度のことである。
嘘を言っている、気配はない。これらの情報を総合してしまうとどうにも――彼が、頭のおかしい一般人にも見えないし、なんというかほっとけない気持ちになってしまうのも仕方のないことではなかろうか。
自分の能力の結果でもあるのだろうが。目の前の彼がどうにも、悪い存在ではないように思えてならないのである。
「……再三になるが、助けてくれたことに感謝する。正直、体調不良で全然動けない状態で、困っていた」
「あ、そうなんだ、やっぱり。怪我ではないんだな?」
「怪我は擦り傷程度だがその……この星の環境は、私にはちょっと暑すぎて辛い。ローブを着ているのはローブの中に冷気をためこんで体温を下げつつ、直射日光を避けるためなんだ。日差しに一定時間以上当たると火傷になってしまう。今も高熱があって困っている」
「高熱……」
言われてそのまま、ついぴとり、と少年の額を触ってしまう。彼は嫌がる様子も何もない。なんだろう、子供の見た目であるせいでついつい、それ相応の対応をしてしまう自分がいる。
「ちょっと熱があるな、程度の体温に見えるけど……もしやお前の種族って、平熱だいぶ地球人と違ったりする?」
触ったかんじは、せいぜい37度程度くらいだ。普通の地球人ならば平熱にぎりぎり含まれるかもしれないかな、くらいのレベルである。
すると目の前の子供はとんでもないことを言い出した。
「この星の基準に照らして計算するなら……私達の種族の平熱は、30度弱くらいだ」
「い!?」
「寒い場所に適応した種族であるせいで、寒いところは非常に得意だし自由に体温を下げることもできる。0度程度まで体温を下げても、まったく問題なく活動することができるんだ。血が凍るということもない。反面暑い場所は本当に苦手なんだ。自分でも、この季節のこの場所にどうして自分が来てしまったのかがまるでわからない……」
話しながら、再び意識がぼんやりしてきたのかソファーに崩れ落ちそうになる少年。ちょっと待て、と目を剥くのは理音である。
平熱30度で、現在37度とは――高熱どころでなく高熱ではあるまいか、と。
「お、お前!それかなりヤバいだろ、わかった冷房ガンガンかけるから!何度がいい!?」
「え」
「と、とりあえず二十度くらいならいいか!?ていうかその、冷えピタとか氷とかどれくらい必要かなどうすればいいんかな!?」
我ながらバカバカしい慌て方をしているという自覚はある。ただ、そういう話を聞いてしまったなら何もしないわけにはいかない。とりあえず、家中の窓を締めるところから始める必要がある。男の一人暮らしだしどうせこの田舎町に強盗もないだろうと、夏はいつも窓などみんな開けっ放しにしてあったのだ。出かける時に閉めることはあるが、ぶっちゃけ忘れることも少なくない(そしてさっきコンビニにいった時も正直忘れていた)。エアコンをかけるなら、全て締切る必要がある。
慌てすぎたせいであちこち家具に躓きながらも立ち上がる。お盆の上に乗せたおかゆと水をひっくり返さないで済んだのが奇跡と言って良かった。
「あ、えっとそのおかゆと水、口に合うかわかんねーけど食べていいからな!?その小皿の卵焼きも!」
それと、と立ちあがりかけて気付く。そういえば、この少年は名前を覚えていないと言ったせいで、結局なんて呼べばいいのかも不明のままである。本人も呼び名に指定をかけてこなかった。それはきっと、体調が良くなったらすぐに出て行くつもりであるからなのだろう、というのは簡単に予想がつくことではあるが。
こちらとしては、短期間であろうとも、呼び名が“少年”のままであるのは非常に不便なのである。
「それと、お前の名前なんだけど、覚えてないつったよな!?」
「あ、うん……」
「とりあえず好きに呼ばせて貰っていいか、えっと」
その時真っ先に目についたのは、彼の碧い髪だ。空の青色とも、海の青色とも違う。少し緑がかった、不思議な色のふわふわとした髪。
なら、名前は。
「えっと、じゃあ……アオ!お前のこと、暫くアオって呼ぶから、いいよなそれで!」
非常に安直なネーミングだが、本人からは不満そうな声は上がらなかった。ただぽかんとした様子でこちらを見ている。その表情は、完全に虚を疲れた子供のそれだ。そして。
「……ああ、それでいい。ありがとう」
少しだけ、笑った。なんだ普通にそういう子供らしい顔もできるんじゃないか。理音は驚きつつも、どうにか目的を思い出してバタバタとリビングを飛び出していく。風を通しやすくするために、使っていない部屋まで綺麗に窓をフルオープンにしてしまっていた。本当に、これだから不必要に広い家というものは不便極まりないのだ。しかも、半端にしか整頓・掃除されいない一部の部屋は非常に汚い有様となっている。物置状態に畳が埋まりすぎて、足の踏み場を確保することも難しい状況になっていたりもするのだ。
そういった部屋と、それからトイレに風呂、二階の自室まで。走り回って窓閉めて回り、さあリビングのエアコンをつけるぞと戻ってきた理音は。
――お。
アオ、と名付けた少年が、おずおずとおかゆを食べ始めている場面を目にした。食べるペースは非常に遅いが、食欲がまったくないわけでもなく、同時に口にあわないというわけでもなかったらしい。少しだけほっとしつつ、理音はエアコンのリモコンを捜して周辺をうろうろした。
ちなみに。
この後理音は、エアコンをつけたはずなのに何故か部屋が全然涼しくならない、という謎現象と。最近使っていなかったエアコンから降ってくる大量の埃に悩まされるという問題に頭を抱えることになる。それを見ていたアオが、おずおずと言った言葉がこれだ。
「えっと、言いづらいのだけども。……リビングの窓、締め忘れてないか?」
まったく、自分のおっちょこちょいぶりが本当に嫌になるというものである。
「えっと……すまない」
「ああ、うん、その……お前が何もかも悪いわけじゃないというのは理解しているから、謝られるのもつらいんだけど……ああああ」
「やっぱり私が悪い、で間違いないと思うのだが」
「まあそれもそうなんだけど、うう……」
何故にこうなったかと言えば、簡単なこと。目を覚ました彼から話を聞いた結果、とんでもない事実が発覚したからである。
単刀直入に言えば、目の前の碧髪の少年は――自らを“異星人”と名乗ったのだ。つまり、宇宙人というやつである。そんな馬鹿な、どこのファンタジーだ、と本来なら自分も喚いていたところだ。確かに珍しい髪色をしているとは思うが、だからといってまったく見ないほどではないし(染めている人間もいるわけだし)、肌の色が少々真っ白すぎる気はするがそれ以外に特筆するべき点はない。目の前の彼は、普通の人間とさほど変わらない容姿にしか見えないのだ。つまり、小学生か中学生くらいの子供、である。見た目に反してちょっと声が落ち着きすぎている気がするが、まあそれ以外に不思議に思うようなところはまったくないわけで。
そんな“どこからどう見ても人間”の容姿の相手に異星人だなんだと言われても、即座に信じるのは当然難しいのである。――そう、彼が光の塊となって庭に突然出現するという、謎現象を目にした事実さえなかったのなら。
「……ええっと、確認するんだが」
ぐるぐるする頭を抱えながら、どうにか喉から声を振り絞る理音である。
「名前は、覚えてないんだよな?記憶喪失っていうやつで」
「貴方達の言葉を借りるなら、そういうものなんだと思う。他にもあちこち記憶が欠落していて、説明できることが非常に少ない」
「でも異星人だということは覚えている、と。何で日本語普通に通じるんだ?」
「全銀河対応の翻訳デバイスを使っている。こうやってピアス状にして耳につけているんだ。だから、日本語以外も英語や北京語、韓国語、フランス語など全ての言語に対応できる」
「そのへんの地球の知識を知っているのは?」
「昔此処に来たことがあるからだな。……どういう経緯で地球に来たことがあったのかは、かなりぼんやりとしか覚えていないんだが」
これ、と少年が髪を書き上げて見せてくれた耳元には、小さな金色の宝石のようなものがついている。これだけ見れば、とても機械には見えない。むしろただの装飾品としても地味なほどだ。これが翻訳デバイスになっているというのなら、完全にオーバーテクノロジーと言っても過言ではない。――勿論そのへんは、彼の言葉が真実であったなら、の話にはなってくるけども。
ただ、ちらりと見せてくれた彼の耳は、理音が知る人間の耳とは少々形が異なっているのは事実だった。簡単に言ってしまうなら、まるでライトノベルに出てくるエルフの耳のように尖っているのである。彼が実際本当に、ファンタジーの世界の住人である、ということを示すかのように。
――でも、なんというかその……現時点では、都合の悪いところが全部“記憶がぼんやりしてる”で誤魔化されている気がしないでもないんだよなあ……。
ただ、そうは言っても目の前の少年の容姿が“普通の子供”にしか見えないという点が、理音に強い言及を躊躇わせているのだった。しかも非常におとなしい。目覚めて最初に告げられた言葉が“助けてくれてありがとう”だったというのも余計にあるのだろうけども。
「警察や救急に連絡すると大変になる、というのは」
頭が痛い、が。拾ってしまった以上、無責任な対応をするわけにはいかない。それくらいの良心は理音にだって残っているのだから。
「お前が異星人だから、ってことか」
「そうなる。貴方の反応からも察しているが、異星人と聞いて普通は信じるものではないのだろう?どうやら私の年齢は、普通の幼い子供とさほど変わらないものに見えているようだしな。それに、身体構造が違うから治療法も違う。例えば私は輸血などをされると非常に困る。他の星の住人の血は猛毒なので、それだけで死に至る危険性が高い。まあ、お前達の星の常識でも、違う血液型の血液を輸血すると死ぬ可能性が高いと知っているから、そこはさほど変わらないものと解釈して貰って構わないが」
「はあ……」
まあ、そうなんだろうな、というのはなんとなく思うことである。目の前の少年の肌は文字通り“雪のように真っ白”なのだ。肌色のハの字もない。通っている血の色も赤ではないのかもしれないと思えるほどだ。合致する血液型、なんてものはきっと地球にはないのだろう。
それにしても、子供にしか見えない年齢と言うが。実際の彼の年はいくつくらいになるのだろうか。声だけ聞けば、二十代と言われても全然不自然ではないのだけれど。
「……まあ、戸籍がないって時点で、警察に届けてもどうにもならなそうではあるよな……」
段々と、細かく考えるのが面倒になってきてしまった自分がいる。それは恐らく、目の前の彼の言葉が支離滅裂で意味不明なものでありながら――眼を見て話すことができてストレスがない、というのもあるのだろう。
そう、やはり間違いないのだ。目の前の少年の眼だけは、見ても何の感情も伝わってこない。いつものように、脳を突き刺すような声が一切聞こえてこないのだ。近くにいるせいでぼんやり程度に考えていることが伝わってくる、程度のものである。それこそ、本人が“これからどうしよう”“迷惑かけてしまって申し訳ない”と思っているっぽい、という程度のことである。
嘘を言っている、気配はない。これらの情報を総合してしまうとどうにも――彼が、頭のおかしい一般人にも見えないし、なんというかほっとけない気持ちになってしまうのも仕方のないことではなかろうか。
自分の能力の結果でもあるのだろうが。目の前の彼がどうにも、悪い存在ではないように思えてならないのである。
「……再三になるが、助けてくれたことに感謝する。正直、体調不良で全然動けない状態で、困っていた」
「あ、そうなんだ、やっぱり。怪我ではないんだな?」
「怪我は擦り傷程度だがその……この星の環境は、私にはちょっと暑すぎて辛い。ローブを着ているのはローブの中に冷気をためこんで体温を下げつつ、直射日光を避けるためなんだ。日差しに一定時間以上当たると火傷になってしまう。今も高熱があって困っている」
「高熱……」
言われてそのまま、ついぴとり、と少年の額を触ってしまう。彼は嫌がる様子も何もない。なんだろう、子供の見た目であるせいでついつい、それ相応の対応をしてしまう自分がいる。
「ちょっと熱があるな、程度の体温に見えるけど……もしやお前の種族って、平熱だいぶ地球人と違ったりする?」
触ったかんじは、せいぜい37度程度くらいだ。普通の地球人ならば平熱にぎりぎり含まれるかもしれないかな、くらいのレベルである。
すると目の前の子供はとんでもないことを言い出した。
「この星の基準に照らして計算するなら……私達の種族の平熱は、30度弱くらいだ」
「い!?」
「寒い場所に適応した種族であるせいで、寒いところは非常に得意だし自由に体温を下げることもできる。0度程度まで体温を下げても、まったく問題なく活動することができるんだ。血が凍るということもない。反面暑い場所は本当に苦手なんだ。自分でも、この季節のこの場所にどうして自分が来てしまったのかがまるでわからない……」
話しながら、再び意識がぼんやりしてきたのかソファーに崩れ落ちそうになる少年。ちょっと待て、と目を剥くのは理音である。
平熱30度で、現在37度とは――高熱どころでなく高熱ではあるまいか、と。
「お、お前!それかなりヤバいだろ、わかった冷房ガンガンかけるから!何度がいい!?」
「え」
「と、とりあえず二十度くらいならいいか!?ていうかその、冷えピタとか氷とかどれくらい必要かなどうすればいいんかな!?」
我ながらバカバカしい慌て方をしているという自覚はある。ただ、そういう話を聞いてしまったなら何もしないわけにはいかない。とりあえず、家中の窓を締めるところから始める必要がある。男の一人暮らしだしどうせこの田舎町に強盗もないだろうと、夏はいつも窓などみんな開けっ放しにしてあったのだ。出かける時に閉めることはあるが、ぶっちゃけ忘れることも少なくない(そしてさっきコンビニにいった時も正直忘れていた)。エアコンをかけるなら、全て締切る必要がある。
慌てすぎたせいであちこち家具に躓きながらも立ち上がる。お盆の上に乗せたおかゆと水をひっくり返さないで済んだのが奇跡と言って良かった。
「あ、えっとそのおかゆと水、口に合うかわかんねーけど食べていいからな!?その小皿の卵焼きも!」
それと、と立ちあがりかけて気付く。そういえば、この少年は名前を覚えていないと言ったせいで、結局なんて呼べばいいのかも不明のままである。本人も呼び名に指定をかけてこなかった。それはきっと、体調が良くなったらすぐに出て行くつもりであるからなのだろう、というのは簡単に予想がつくことではあるが。
こちらとしては、短期間であろうとも、呼び名が“少年”のままであるのは非常に不便なのである。
「それと、お前の名前なんだけど、覚えてないつったよな!?」
「あ、うん……」
「とりあえず好きに呼ばせて貰っていいか、えっと」
その時真っ先に目についたのは、彼の碧い髪だ。空の青色とも、海の青色とも違う。少し緑がかった、不思議な色のふわふわとした髪。
なら、名前は。
「えっと、じゃあ……アオ!お前のこと、暫くアオって呼ぶから、いいよなそれで!」
非常に安直なネーミングだが、本人からは不満そうな声は上がらなかった。ただぽかんとした様子でこちらを見ている。その表情は、完全に虚を疲れた子供のそれだ。そして。
「……ああ、それでいい。ありがとう」
少しだけ、笑った。なんだ普通にそういう子供らしい顔もできるんじゃないか。理音は驚きつつも、どうにか目的を思い出してバタバタとリビングを飛び出していく。風を通しやすくするために、使っていない部屋まで綺麗に窓をフルオープンにしてしまっていた。本当に、これだから不必要に広い家というものは不便極まりないのだ。しかも、半端にしか整頓・掃除されいない一部の部屋は非常に汚い有様となっている。物置状態に畳が埋まりすぎて、足の踏み場を確保することも難しい状況になっていたりもするのだ。
そういった部屋と、それからトイレに風呂、二階の自室まで。走り回って窓閉めて回り、さあリビングのエアコンをつけるぞと戻ってきた理音は。
――お。
アオ、と名付けた少年が、おずおずとおかゆを食べ始めている場面を目にした。食べるペースは非常に遅いが、食欲がまったくないわけでもなく、同時に口にあわないというわけでもなかったらしい。少しだけほっとしつつ、理音はエアコンのリモコンを捜して周辺をうろうろした。
ちなみに。
この後理音は、エアコンをつけたはずなのに何故か部屋が全然涼しくならない、という謎現象と。最近使っていなかったエアコンから降ってくる大量の埃に悩まされるという問題に頭を抱えることになる。それを見ていたアオが、おずおずと言った言葉がこれだ。
「えっと、言いづらいのだけども。……リビングの窓、締め忘れてないか?」
まったく、自分のおっちょこちょいぶりが本当に嫌になるというものである。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
サドガシマ作戦、2025年初冬、ロシア共和国は突如として佐渡ヶ島に侵攻した。
セキトネリ
ライト文芸
2025年初冬、ウクライナ戦役が膠着状態の中、ロシア連邦東部軍管区(旧極東軍管区)は突如北海道北部と佐渡ヶ島に侵攻。総責任者は東部軍管区ジトコ大将だった。北海道はダミーで狙いは佐渡ヶ島のガメラレーダーであった。これは中国の南西諸島侵攻と台湾侵攻を援助するための密約のためだった。同時に北朝鮮は38度線を越え、ソウルを占拠した。在韓米軍に対しては戦術核の電磁パルス攻撃で米軍を朝鮮半島から駆逐、日本に退避させた。
その中、欧州ロシアに対して、東部軍管区ジトコ大将はロシア連邦からの離脱を決断、中央軍管区と図ってオビ川以東の領土を東ロシア共和国として独立を宣言、日本との相互安保条約を結んだ。
佐渡ヶ島侵攻(通称サドガシマ作戦、Operation Sadogashima)の副指揮官はジトコ大将の娘エレーナ少佐だ。エレーナ少佐率いる東ロシア共和国軍女性部隊二千人は、北朝鮮のホバークラフトによる上陸作戦を陸自水陸機動団と阻止する。
※このシリーズはカクヨム版「サドガシマ作戦(https://kakuyomu.jp/works/16818093092605918428)」と重複しています。ただし、カクヨムではできない説明用の軍事地図、武器詳細はこちらで掲載しております。
※この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
貧乏冒険者で底辺配信者の生きる希望もないおっさんバズる~庭のFランク(実際はSSSランク)ダンジョンで活動すること15年、最強になりました~
喰寝丸太
ファンタジー
おっさんは経済的に、そして冒険者としても底辺だった。
庭にダンジョンができたが最初のザコがスライムということでFランクダンジョン認定された。
そして18年。
おっさんの実力が白日の下に。
FランクダンジョンはSSSランクだった。
最初のザコ敵はアイアンスライム。
特徴は大量の経験値を持っていて硬い、そして逃げる。
追い詰められると不壊と言われるダンジョンの壁すら溶かす酸を出す。
そんなダンジョンでの15年の月日はおっさんを最強にさせた。
世間から隠されていた最強の化け物がいま世に出る。
隣の家の幼馴染は学園一の美少女だが、ぼっちの僕が好きらしい
四乃森ゆいな
ライト文芸
『この感情は、幼馴染としての感情か。それとも……親友以上の感情だろうか──。』
孤独な読書家《凪宮晴斗》には、いわゆる『幼馴染』という者が存在する。それが、クラスは愚か学校中からも注目を集める才色兼備の美少女《一之瀬渚》である。
しかし、学校での直接的な接触は無く、あってもメッセージのやり取りのみ。せいぜい、誰もいなくなった教室で一緒に勉強するか読書をするぐらいだった。
ところが今年の春休み──晴斗は渚から……、
「──私、ハル君のことが好きなの!」と、告白をされてしまう。
この告白を機に、二人の関係性に変化が起き始めることとなる。
他愛のないメッセージのやり取り、部室でのお昼、放課後の教室。そして、お泊まり。今までにも送ってきた『いつもの日常』が、少しずつ〝特別〟なものへと変わっていく。
だが幼馴染からの僅かな関係の変化に、晴斗達は戸惑うばかり……。
更には過去のトラウマが引っかかり、相手には迷惑をかけまいと中々本音を言い出せず、悩みが生まれてしまい──。
親友以上恋人未満。
これはそんな曖昧な関係性の幼馴染たちが、本当の恋人となるまでの“一年間”を描く青春ラブコメである。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる