上 下
19 / 28

<19・カードゲームと手札事故。>

しおりを挟む
――こ、これはどうしたもんか……!

 千鶴は手札を睨み、テーブルの上を睨み、再び手札へと視線を戻した。
 大型イベントが終わったあと、約束通り再び彼の家に押しかけた千鶴。今回はひとまずおうちデート第二弾である。遥にとって最も気楽なのが家なのは間違いなかったし、なんだかんだ言って千鶴にとっても楽しい時間だったからだ。
 それはそれとして、いつか二人で小旅行でも行こうか、なんて話もちょいちょい出ている。とりあえず次のデートではひとまず、千鶴おすすめの近所の映画館、オタクショップ、居酒屋を案内しようか、なんてことも考えているのだった。
 で、今日は彼の家でひたすらカードゲームをやっているところである。
 大人気トレーディングカードゲーム、決闘王。
 お互い紙のデッキを持っているということが既にわかっていた。念入りにデッキを構築し、対策を立てた上で勝負に挑んだわけなのだったが。

――び、微妙に事故っておる……。この状況、モンスターを通常召喚するべきなのかどうなのか……!

 この決闘王というカードゲームは、お互いにモンスターを召喚し、相手プレイヤーに攻撃し合うことでライフポイントを削って勝利するというのが基本戦術である。双方4000ポイントを持っているので、相手のポイントを先に0にした方が勝ちというわけだ。他人も勝利条件はあるが、基本的にはモンスターの攻撃によってそれをゼロにするのを目指すのが目的となっている。
 ただし、通常召喚はどちらも1ターンに一度しか行えない。複数のモンスターを召喚しようと思ったら数多く存在する“条件付き”の特殊召喚を行うしかない。
 でもって、場にモンスターがいない場合、敵のモンスターの攻撃が真正面から飛んでくる。これをダイレクトアタックという。例えば敵モンスターの攻撃力が1500だった場合、一撃でライフを1500ポイントも削られてしまうことになる。4000ポイントだったら文字通り一撃死である。
 なので基本的には、壁モンスターは絶やさず召喚しておいた方がいいのだが。

――デビルスライムを召喚するべきか、どうか……!いやでも、こいつ手札にいてくれないとトリプル召喚の素材にできないんだよなぁぁぁ……!

 手札が事故って、“手札にいてくれないと有効な効果を発揮できない”、攻撃力100のモンスターしか来なかった。しかも、手札にいたところで他にもデビルマフィアと名のつくモンスターがいてくれないとどうにもならない。
 こいつを壁として通常召喚で出してしまうべきかどうなのか。いや、でもそうなると次のターンに待望のモンスターが出て来た時、トリプル召喚(という名の特殊召喚)の条件がそろわなくて大層困ったことになってしまう。
 でもこのモンスターを通常召喚で出さないと、千鶴のフィールドはがら空きということに――。

――え、えええい、これは駄目だ、一時しのぎはだめだー!トラップカードだけで逃げ切る!

「……か、カード一枚セットして、ターンエンド」
「長考したのに結局それなのちーちゃん?実は事故ってる?」
「そそそそそそ、そんなことないしー!」

 ひっくり返った声になってしまった。じー、っと遥が千鶴の手元を見つめてくる。あかん、これは確実にバレてる――と冷や汗だらだらである。
 案の定、彼は自分のターンになると、一枚ドローしてすぐに宣言した。

「えっと、魔法カード“嵐の晩”発動。ちーちゃんの伏せカード破壊」
「ノオオオオオオオオ!」
「でもって、墓地のシルバーブレットロワを除外して効果発動。墓地からシルバーブレットドラゴン二体を特殊召喚。ダイレクトアタック」
「ノオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」

 攻撃カウンター罠も、破壊されてしまっては意味がない。攻撃力2000のモンスターの連撃が飛んできて、あっけなく千鶴は撃沈することになったのだった。ちーん、と遠くで情けない鐘の音が鳴ったような錯覚。いかんせん、これで四連敗である。

「なんでええええ!?ち、地区大会くらいでは通用するのに、このデッキ!なんでや、なんでなんやああああ!」
「ちーちゃん落ち着いて。なんとなく弱点はわかってるから反省会しよ?」
「うううううううう」

 千鶴は子供のように足をバタバタさせて叫んだ。実は、決闘王のゲームをやる前にもトランプで勝負したのだが、そっちもそっちとて惨敗したのである。どうやら、遥はこの手のカードゲームが本当に得意ということらしい。
 悔しくてたまらない。確かに自分は、昔から脳みそを働かせるより先に体が動いてしまうタイプであったが。

――次は、次は絶対勝つんだからああああ!



 ***



 今日は、お泊りデートはできない日だった。というのも夜、とある実況仲間と一緒にオンライン対戦をし、その様子を生放送するという予定が入っているからだという。ようは、彼のユーチューバーとしての仕事があるわけだ。残念だが、邪魔するわけにはいかない。
 実のところ昼間のうちにソファーの上でまたしても致してしまったので、十分愛は足りているといえば足りているのだが。――なんだかんだいって、えっちがしたかったのはお互い様というわけらしい。

「なんか、ごめん。毎回遥かにご飯作って貰ってるような……」
「俺の家に来て貰ってるんだよ?俺が作るのは当たり前です。ちーちゃんはそこで座って待ってていいから」
「はーい」

 今日は麻婆豆腐を準備してくれているらしい。肉みそのいい匂いがキッチンから漂ってきている。おっちょこちょいの自分が下手に手伝いに行くとかえって迷惑になるのだろう。とりあえず、大人しくテーブルについて待っていることにする千鶴である。

「こっちこそ、ごめんねちーちゃん。今日は泊まらせてあげることができなくて。前々から生放送しようって約束ではあったんだけど……KAYAさんの都合で、日程が前倒しになっちゃったもんだから」

 やや深めのフライパンで調理をしているらしい。この位置からはかき混ぜている彼の頭と腕くらいしか見えないが。

「今回は顔出し配信だから、家の中も映るし。万が一って考えると……ね。ちーちゃんが家にいるの、バレないようにしなきゃだから。そんなに広い家じゃないし、俺、一人暮らし公言してるから実況中に外で物音がするだけで怪しまれるんだ」
「あー、レイヤードって結構厄介なファンついてるみたいだもんね。なんていうか、君のこと本当に自分の彼氏だと思い込んでるみたいな人がちょいちょいいて、ちょっと怖いなって思ってたところだよ」
「そうなんだよ。本当に困っててさ……」

 それは、先日遥がユーチューブにアップした、千鶴とのクトゥルフ神話TRPGの実卓リプレイ動画に関するものだった。遥は動画の中で“リア友とセッションをしました”としか言っていない。そしてそのリア友のことを“彼”とも“彼女”とも呼んでいない。にも拘わらず、セッションをした相手がレイヤードの恋人であるという噂が誠しなやかに流されていて、一部女性ファンが異様なほどざわついている様子なのだ。
 まあ、人気実況者にそういう女性ファンがつくのはわからないことではない。しかし、納得のいく説明をしてくれるまでは帰りません!みたいなのは流石の遥も辟易しているのだろう。ましてや、このリプライがついたのは全く別のイベントに関するツイートだ。事実他のファンもこの書き込みには引いている様子だった。説明責任も何も、遥はちゃんと“リア友です”と動画内で語っているというのに、何故それで納得してくれないのだろう。

「いっそ」

 ぽつり、と千鶴は呟いてしまう。

「彼女います、って言っちゃったらどう?私の名前とか出さずにさ。……そうすれば、逆にもう面倒な人達も諦めて去っていくんじゃない?ああいう人達って
……」
「ダメだよ!」
「え」

 千鶴の言葉を遮るように、遥が叫んだ。彼はおたまを置いて火を止めると、真剣そのものと言った顔で歩み寄ってくる。

「ちーちゃん、絶対にダメだよ!?絶対に、俺のカノジョだなんて言っちゃだめ!そりゃ、俺だって本当は公表したいけど……ダメなものはダメだからね、いいね!?」
「ど、どうしたの急に……」
「ちーちゃんは知らないんだよ。この世の中、本当の本当にやばい人なんていくらでもいる。現実と妄想の区別がつかない、自分こそが絶対的正義だって信じてやまないような人が。そういう人達がちーちゃんの存在を知ったら、絶対傷つけようとするんだから。俺、それだけは絶対絶対、本当に絶対嫌だからね……!」
「う、うん……あ、ありがとう。わかったよ……」

 あまりにも鬼気迫る様子。千鶴はこくこくと頷くしかなかった。何をそんなに恐れているのだろう。そりゃ、今までやばいストーカーに遭遇したことが何度もあるということなのかもしれないが。

「そんなに心配しなくても、私は“喧嘩の魔女”なんだぞ?……ちょっとやちょっとの相手に、怪我させられるほどヤワじゃないって。ね?」

 安心させたくて、彼の肩をぽんぽんと撫でる。しかし、遥はそれでも顔をこわばらせたまま、駄目だからね、と繰り返した。気のせいだろうか、少し顔色が悪いように見えるのは。

「……今日、俺が駅まで送っていくから。家まで行くのは逆に危ないかもだから、せめて駅まで。いいね?」
「……そんなに心配しなくてもいいのに。……まあ、ありがと」

 何故、遥がここまで過剰反応をしてきたのか。一体彼が、何を怖がっていたのか。
 その理由がわかるのは、もう少し後になってからのことだったのである。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【R-18】私を乱す彼の指~お隣のイケメンマッサージ師くんに溺愛されています~【完結】

衣草 薫
恋愛
朋美が酔った勢いで注文した吸うタイプのアダルトグッズが、お隣の爽やかイケメン蓮の部屋に誤配されて大ピンチ。 でも蓮はそれを肩こり用のマッサージ器だと誤解して、マッサージ器を落として壊してしまったお詫びに朋美の肩をマッサージしたいと申し出る。 実は蓮は幼少期に朋美に恋して彼女を忘れられず、大人になって朋美を探し出してお隣に引っ越してきたのだった。 マッサージ師である蓮は大好きな朋美の体を施術と称して愛撫し、過去のトラウマから男性恐怖症であった朋美も蓮を相手に恐怖症を克服していくが……。 セックスシーンには※、 ハレンチなシーンには☆をつけています。

【R18】隣のデスクの歳下後輩君にオカズに使われているらしいので、望み通りにシてあげました。

雪村 里帆
恋愛
お陰様でHOT女性向け33位、人気ランキング146位達成※隣のデスクに座る陰キャの歳下後輩君から、ある日私の卑猥なアイコラ画像を誤送信されてしまい!?彼にオカズに使われていると知り満更でもない私は彼を部屋に招き入れてお望み通りの行為をする事に…。強気な先輩ちゃん×弱気な後輩くん。でもエッチな下着を身に付けて恥ずかしくなった私は、彼に攻められてすっかり形成逆転されてしまう。 ——全話ほぼ濡れ場で小難しいストーリーの設定などが無いのでストレス無く集中できます(はしがき・あとがきは含まない) ※完結直後のものです。

孕むまでオマエを離さない~孤独な御曹司の執着愛~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「絶対にキモチイイと言わせてやる」 私に多額の借金を背負わせ、彼氏がいなくなりました!? ヤバい取り立て屋から告げられた返済期限は一週間後。 少しでもどうにかならないかとキャバクラに体験入店したものの、ナンバーワンキャバ嬢の恨みを買い、騒ぎを起こしてしまいました……。 それだけでも絶望的なのに、私を庇ってきたのは弊社の御曹司で。 副業がバレてクビかと怯えていたら、借金の肩代わりに妊娠を強要されたんですが!? 跡取り身籠もり条件の愛のない関係のはずなのに、御曹司があまあまなのはなぜでしょう……? 坂下花音 さかしたかのん 28歳 不動産会社『マグネイトエステート』一般社員 真面目が服を着て歩いているような子 見た目も真面目そのもの 恋に関しては夢を見がちで、そのせいで男に騙された × 盛重海星 もりしげかいせい 32歳 不動産会社『マグネイトエステート』開発本部長で御曹司 長男だけどなにやら訳ありであまり跡取りとして望まれていない 人当たりがよくていい人 だけど本当は強引!?

【R-18】残業後の上司が甘すぎて困る

熊野
恋愛
マイペースでつかみどころのない上司とその部下の話。【R18】

【R18 大人女性向け】会社の飲み会帰りに年下イケメンにお持ち帰りされちゃいました

utsugi
恋愛
職場のイケメン後輩に飲み会帰りにお持ち帰りされちゃうお話です。 がっつりR18です。18歳未満の方は閲覧をご遠慮ください。

性欲の強すぎるヤクザに捕まった話

古亜
恋愛
中堅企業の普通のOL、沢木梢(さわきこずえ)はある日突然現れたチンピラ3人に、兄貴と呼ばれる人物のもとへ拉致されてしまう。 どうやら商売女と間違えられたらしく、人違いだと主張するも、兄貴とか呼ばれた男は聞く耳を持たない。 「美味しいピザをすぐデリバリーできるのに、わざわざコンビニのピザ風の惣菜パンを食べる人います?」 「たまには惣菜パンも悪くねぇ」 ……嘘でしょ。 2019/11/4 33話+2話で本編完結 2021/1/15 書籍出版されました 2021/1/22 続き頑張ります 半分くらいR18な話なので予告はしません。 強引な描写含むので苦手な方はブラウザバックしてください。だいたいタイトル通りな感じなので、少しでも思ってたのと違う、地雷と思ったら即回れ右でお願いします。 誤字脱字、文章わかりにくい等の指摘は有り難く受け取り修正しますが、思った通りじゃない生理的に無理といった内容については自衛に留め批判否定はご遠慮ください。泣きます。 当然の事ながら、この話はフィクションです。

【完結】お義父様と義弟の溺愛が凄すぎる件

百合蝶
恋愛
お母様の再婚でロバーニ・サクチュアリ伯爵の義娘になったアリサ(8歳)。 そこには2歳年下のアレク(6歳)がいた。 いつもツンツンしていて、愛想が悪いが(実話・・・アリサをーーー。) それに引き替え、ロバーニ義父様はとても、いや異常にアリサに構いたがる! いいんだけど触りすぎ。 お母様も呆れからの憎しみも・・・ 溺愛義父様とツンツンアレクに愛されるアリサ。 デビュタントからアリサを気になる、アイザック殿下が現れーーーーー。 アリサはの気持ちは・・・。

【R18】男嫌いと噂の美人秘書はエリート副社長に一夜から始まる恋に落とされる。

夏琳トウ(明石唯加)
恋愛
真田(さなだ)ホールディングスで専務秘書を務めている香坂 杏珠(こうさか あんじゅ)は凛とした美人で26歳。社内外問わずモテるものの、男に冷たく当たることから『男性嫌いではないか』と噂されている。 しかし、実際は違う。杏珠は自分の理想を妥協することが出来ず、結果的に彼氏いない歴=年齢を貫いている、いわば拗らせ女なのだ。 そんな杏珠はある日社長から副社長として本社に来てもらう甥っ子の専属秘書になってほしいと打診された。 渋々といった風に了承した杏珠。 そして、出逢った男性――丞(たすく)は、まさかまさかで杏珠の好みぴったりの『筋肉男子』だった。 挙句、気が付いたら二人でベッドにいて……。 しかも、過去についてしまった『とある嘘』が原因で、杏珠は危機に陥る。 後継者と名高いエリート副社長×凛とした美人秘書(拗らせ女)の身体から始まる現代ラブ。 ▼掲載先→エブリスタ、ベリーズカフェ、アルファポリス(性描写多め版)

処理中です...