推しの正体が幼馴染でした~人気実況者に溺愛されています~

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<16・愛情たっぷり、目玉焼き。>

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「わあ、おいしそ……!」

 食卓に用意されていたご飯に、千鶴は思わず声を上げていた。目玉焼きにベーコン、コーンスープに焼き立てのトーストが湯気を立てている。さらにその横にはジャムを入れたプレーンヨーグルトが。

「目玉焼きとベーコン焼いただけだよ。コーンスープはレトルトの奴だし、ヨーグルトはジャム入れただけだし」

 恥ずかしそうに笑う遥に、昨日の男らしい顔はない。可愛らしく照れる様は、小学生の時の面影を色濃く残している。そういえば、彼は調理実習なんかも得意だったなと思い出した。男子小学生で料理が得意という人間はそう多くはないが、彼はそんな中でも班の友人たちに頼られるタイプだったな、と。

「それより、朝ってお米派だったりする?訊かないで作っちゃったんだけど」
「どっちも食べるから問題ナシ!ていうか、作って貰ってそんな文句なんか言わないって!いいなあ、私目玉焼きも焦がすから……何回トライしても炭が錬成されるんだ。永遠の謎」
「……なんか似たようなこと、小学生の時も言ってなかった?」
「フライパンから火を出さなくなっただけ成長したと言ってくれたまえ!」

 確かに目玉焼きは、料理の中では難しい方ではないのかもしれない。が、やっぱりコツを掴まなければ焦がすことはあるし、潰れてしまうことも珍しくはない。何より、千鶴がお風呂に入っていた短い時間できっちり完成させてくるところが流石なのだ。
 ちなみに一人暮らしなのは千鶴も一緒だが、悲しいかな料理は最低限の最低限しかやらなかったりする。パンを焼いたりご飯を炊くのはできるので、それプラス溺愛のおかずを買ったりカップ麺で済ませてしまうのが常なのだった。さすがにあのアパートで火事など起こしたら洒落にならないのだから。

「電子レンジあるだけで、料理じみたものはできるからさー。カップ麺以外だと、もうチンくらいしかしないなー私は」

 席につきながら千鶴はぼやく。

「おすすめの料理は、ご飯に焼き肉のたれをぶっかけて混ぜて、とろけるチーズを載せてレンジでチンするやつだ!超簡易リゾットなんだけど結構ウマイよ。ちなみに、トマトスープ買ってきてご飯と混ぜてチーズってやるとトマトリゾットになる」
「へえ、ちーちゃんもちーちゃんなりに工夫してるんだ。普通にそれ美味しそう。今度やってみよ」
「やってみてやってみて。いただきまーす!」

 一人暮らしをするにあたり、苦労したことはいくらでもある。それでも千鶴は基本自宅でずーっと仕事をしていて、一か月のノルマさえクリアすればいつを仕事時間にしてもいいという生活だ。家事も買い物もどこまでも自由がきく(そうでなければ今日急に彼の家に泊まったのも非常にまずかったことだろう)。一般的な一人暮らし女性より、ずっと気楽な生活ができているという自覚はあった。
 時間の自由がききやすいのはきっと遥もだろう。彼も今はユーチューバー専業だったはず。自営業には自営業なりの苦労はあるが、会社勤めの“定時”と“通勤”がないというのは本当に大きいと感じている。

「うま……」

 目玉焼きには、軽く塩がかかっているだけだった。しかし、裏側が焦げていない上、形も綺麗に丸く出来上がっている。白身もぷるぷるだし、黄身もとろとろで甘くて美味しかった。上手な人は目玉焼き一つとっても上手いというのは本当らしい。

「美味いよー遥!ありがと!ベーコンもカリッカリでおいしー!」
「そ、そんなに褒められると照れちゃうな。あ、トーストはおかわりあるよ。もう一枚焼く?」
「焼くー!」

 飲み物はミルクを入れた紅茶。デザートに入っているヨーグルトはブルーベリーだった。シンプルな朝食とはいえ、千鶴だったら自分で作ることもないようなご飯である。美味しかったし、何より作ってくれた気持ちが嬉しかった。
 そしてデザートタイムになれば、なんとなく避けていた話題に入ろうというものである。

「その、昨日はごめんね。無理強いさせて」

 ややしょんぼりした顔で言いだす遥。

「俺も調子に乗りすぎちゃった。ちーちゃん、本当に体は大丈夫?ちゃんと付き合ってるわけでもないのに、その」
「だから大丈夫だってば!そ、その、全然痛くなかったし!気持ちよかったし!誘ったの私だし!」
「そ、それならよかった……」

 思い出して恥ずかしくなったのだろう。真っ赤になって俯く彼に、昨日の男らしさは感じられない。そのギャップがまたキュンとしてしまう。あの男気溢れる興奮した顔も、まるで子供のように純粋でかわいい顔も。きっと、知っているのは自分だけなのだ。なんて得すぎるポジションなのだろう――いや本当に、こんなに幸せでいいものかどうか。

「遥だからいいって思ったの、それは本当」

 恋とか、友情とか。確かに、はっきりと区別がつけられたわけではない。でも、彼ならばもっと踏み込んでみたいと思ったのは、逆に踏み込まれたいと思ったのは。彼がそれだけ、特別な存在だと感じたからに他ならない。

「ただ友達ってだけの相手に、あそこまで許さないよ。……私、馬鹿だからさ。ちゃんと友情じゃないってはっきり認識できたわけじゃないけど、でも……遥のことが好きだなって、ほんと思ったし。その……他の女の子が知らないカオを見られて嬉しいって思ったのも、遥のハジメテ貰えて興奮したのも本当だから。それだけは、信じて欲しいかな」
「……うん、信じる。じゃあさ」

 彼は上目遣いになって言う。
 その角度は、反則だ。

「これで、正式に付き合ったってことにしてもらっても、いいのかな?」
「……いいです」

 順番が滅茶苦茶だけれど。よくよく考えたら、恋愛にはまともなマニュアルなんてないのである。千鶴は食べ終わったお皿を端に避けると、ぺこり、と頭を下げたのだった。

「これからも、よろしくお願いいたします」
「こ、こちらこそ、よろしくお願いします……」

 お互い、なんだか無性に緊張している。ついでに声が変な風にひっくり返った。それがおかしくて、顔を上げた途端同時に噴き出してしまう。本当に、人生は何が起きるかわからないものだ。あの遥と己がこんな関係になるなんて、きっと小学生の時の自分に教えたって信じないだろうに。
 とりあえず着替えもないことだし、今日はお昼ごはんまで一緒に食べて家に帰るということにした。今度この家に来る時は、ちゃんとお泊りセットを持ってくると固く決意する千鶴である。多分、おうちデートは夜のお酒&セックスがセットになるような気がしている。遥より、己が自制できる気がまったくしないからだ。

「実は、今週はちょっと忙しいんだよね。というか、明日から忙しい」

 遥は困ったように眉を下げた。

「俺、今は二日に一度動画アップしてるんだけど。次の動画の編集が終わってなくてさ。急がないと間に合わなくって。それと、昨日ちーちゃんと一緒にやったクトゥルフセッションの動画もなるべく早く編集したいんだよね。すごく面白かったし、みんなにも楽しんで欲しいから。あ、もちろんちーちゃんの名前は出さないよ!友人Aとやりましたってするし、性別も伏せるから!」
「勿論それでいいよ。レイヤードに彼女がいるってバレたら大騒ぎだろうし。私も顔出しするつもりないしね。あ、でもセッションの裏話とか知りたかったら言ってよ。教えられる範囲で教えるから」
「ほんと?じゃあ後でまた電話とかLINEとかで質問するかも。そっちもよろしくね」
「おうよ」

 彼女。
 自分でしれっと言ってしまって、なんだか恥ずかしくなった。自分は、この素敵な人のカノジョになれたのだ。さっき遥が“幸せすぎて死にそう”なんて言っていたが、それはまさにこっちの台詞である。
 良い事ばかり起きて、怖くらい。本当に、このあと頭の上に雷でも落ちてこなければいいのだけれど。

「それと、今週日曜って“NEXT実況ライブ”ってイベントがあって、それに参加することになってて。……その、俺ステージに出ることになってるんだよ」
「え!?」

 千鶴は目を見開いた。それは、大体毎年五月か六月にやる――ゲーム実況者の祭典ではないか。かのコミケで有名な東九ビックサイトで行われるイベントで、多くのゲームファンや実況者ファンが集うのである。
 確かに、レイヤードもそろそろ出るんじゃないのか、みたいに噂はされていたが。ついに彼も参加することが決まったとは。

「凄いじゃん、おめでとう!レイヤードならそろそろ呼ばれると思ってたんだ!私も行こうかな!」

 あまりに混雑が凄い聞くので、千鶴は今まで一度も参加したことがなかったのだが。遥が出るというのなら話は別だ。せっかくだし、見に行ってみようかと決める。
 しかし。

「……あー、もう多分、チケット完売しちゃってるかな。あれ予約制だから、今」
「えええええええええええ!?ま、マジで……」
「ごめん、もっと早く教えておけばよかったね……」

 がっくりと肩を落とす千鶴。完全にリサーチ不足。こればっかりは、遥を責めることもできない。
 そんな千鶴の肩を、遥はぽんぽんと撫でる。ごめんねえ、と上から降ってくる申し訳なさそうな声。

「ま、まあ。実はずーっと前から呼ばれてたのを、俺がコミュ障なせいで断ってたってやつだから……きっと来年も呼ばれるし。来年またおいでよ、ね?」
「ううう、そうする……」

 仕方ないので、オンライン配信を待とうと決める千鶴だった。この手の大きなイベントならば、あとでネットで編集したものを流してくれることが少なくないからだ。
 もし、このイベントに千鶴も参加していたら。この後の状況は、どう変わっていたのだろうかと後になって思うのである。
 そう、まさかあんな事が起きるなんて――誰一人、予想などしていなかったのだから。

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