上 下
10 / 28

<10・初デートは慎重に?>

しおりを挟む
「むむむむむむむ……」

 インターネットで検索、検索、また検索。まずは情報収集、と千鶴はレイヤードが明かしている情報だけでも集めてみようとしたのだが。
 残念ながら知恵袋でも大型掲示板でも、さほど目新しい情報はなかった。結局単純に、“彼がインドア派っぽい”ことと“あまりにもオンナの影がなさすぎてずっとゲイだと勘違いされていた”っぽいことを再確認したのみである。
 というか、元よりレイヤード、もとい遥は千鶴の推しなのだ。ファン限定動画も一通り見ているし、オンラインファンイベントも参加してきている。千鶴が知らない新しい情報など、そうそう出てくるものではあるまい。

「むむむむむむむむむむむむむむ……うう、どうしよう!どうすればいいんだぁ!?」

 前の彼氏と付き合っていた頃の件は、和歌子に話した通り。ようは、自分でデートをセッティングするようなことなどまったくの初めてなのである。
 そもそも、まだ自分は本当に遥をそういう目で見れるのかどうかわからない段階。友達からにしましょうなんて卑怯なことを言ったのは自分の方だ。あまりデートっぽいことをするのもおかしいような気がしている。
 ならば食事くらいがベターだろうか。いや、それはもう先日奢って貰ったばかりだ。彼のあの様子だと、次も自分が奢ると言い出しかねない。なんだかそれもそれで申し訳ないような。
 無論、他の用事と付随してランチでも、なら言い訳もきくが。食事だけして帰るのも代わり映えがなくてなんだかなあ、というのが本音だ。せっかくなら目新しいことがしたい。これが普通の大人の友人相手ならば、夜一杯飲むかあ!と誘ったりもするのだが。

――そういえば、遥ってお酒飲めるんだっけか?やっべ、この間それ聞いときゃよかった……。

 お酒が飲めない人間にお酒を勧めるのは論外。アルコール中毒になるならないまで行かなくても、そもそも醜態を晒すのが嫌という人もいる。あとは、単純にお酒の味が苦手という者も少なくないはずだ。
 大学時代の友人には何人か、お酒は飲めるけどビールはちょっと、という人もいた。苦くてどうしても好きになれなかったという。若い女性などだと特に、甘いカクテル系ばっかりちみちみ飲みたがるなんて人も今どき珍しくはない。
 無論、居酒屋の楽しみはお酒だけではない。お料理が美味しいお店も近年どんどん増えてはいる。そういう場所に連れていけばアルコールが苦手な人だって楽しめるだろう。が、居酒屋の雰囲気そのものが苦手なんて人もいないわけではないわけで。
 再会したばかりの男女が、いきなり居酒屋は少しハードルが高すぎるかもしれない。とすると、やっぱり食事以外で何かイベントを考えた方がいいだろうか。
 外に遊びに行くとなったら行きたいなと思う場所はいくつかなくもないのだが。



521:楽しくネットサーフィンらいふ@以下名無しがお送りします
レイヤードさん、マジで恋愛できないタイプってのもあり得るんじゃないかと個人的には思ってる。
前にファン限定動画かなんかで言ってた気がするんだけど……極端なコミュ障とアガリ症治したくてユーチューバー始めてみたんだってさ。
実は元々インドア派のぼっちで、家でゲームしたり本読んだりしてばっかりだったって



――インドア派かあ。確かにめっちゃくちゃ納得ではある。

 大型掲示板の書き込みを思い出した。彼が普段、仕事や食材の買い出しなど以外で外に出ないタイプなら――外で遊ぼうと誘うのも疲れさせてしまうかもしれない。
 きっと遥のこと、千鶴が行きたいと言えばどこにでも付き合ってはくれるだろう。が、彼が本当はやりたくないことやしたくないことに、気を使わせて参加させたいとは思わないのだ。友達として遊ぶにせよ、何にせよ。どうせなら本人も楽しいと思えることをやってみたい。
 とすれば。

――それもそれ、いきなりすぎる、とは思うけど……。

 この提案が通るかどうか、本人に尋ねてみようかと思う。
 場合によってはそれもそれで準備が必要なことだし、向こうも渋るかもしれないのだから。
 千鶴はスマホを取り出し、聴いたばかりの彼の電話番号へと連絡を入れたのだった――。



 ***



「ごめんね、いきなり尋ねちゃって」
「いいよいいよ!嬉しいよ、ちーちゃんが家に来てくれて!」

 彼は笑顔で千鶴を出迎えてくれた。
 いろいろ考えた末、千鶴はやりたいことを伝えた上で、彼の家に上がり込むことにしたのだ。
 自分に好意を持っていると知っている男の家に行く――それがどういうことを意味するのかくらい、千鶴にもわかっていることである。ひょっとしたらそういう雰囲気になるかもしれないが、それでも別に構わないと考えていた。大体、遥のことを完璧に友達としか考えていないのなら、こっちだってこうも悩んではいないのだから。
 無論、好きな女の子が家に来るからといって、それだけですぐに歓迎できる男ばかりではないだろう。というか、家に人が来ること自体を避けたい人も少なくないはずだ。それなりに過ごせるように家を綺麗に片づける必要はあるし、プライベートで見られたくないものがあるのもおかしなことではないのだから。実際、千鶴は自分のアパートに彼が来たいと言い出した場合、お断りしなければいけない状況なのは間違いなかった。なんといっても、脱ぎ散らかした衣類やら薄くてキラキラした本やら、隠さなければいけないものがあまりにも多すぎるのだから。
 遥の家は、薄緑色のオートロックのオシャレなマンションだった。二十階建てだから駅から見えるしすぐわかるよ、というのは本当のことだったらしい。自分が住んでいるボロアパートとの違いに眩暈がしたものである。

――ひょっとしてひょっとしなくてもこれ、高級マンションというやつなのでは……。

 十七階の部屋に到着するまでに、清掃業者らしき人達ともすれ違った。カウンターには、ぴしっとした黒スーツの管理会社の女性も座っていた。そして、さながら高級ホテルを思わせるようなピカピカのエントランスに廊下である。東京の一等地であることも考えるなら、どう転んでも高いのは間違いないだろう。まあ、事故物件とかそういうオチでもつけば話は違うのかもしれないが。
 実際部屋に上がらせてもらえば、一人暮らしをするには少々広い3LDKである。人気ユーチューバーの稼ぎは相当凄いものであるらしい。そういえば、最近はオンラインでテレビ出演も何度かしていたような。

――す、住む世界が違うでござる。

 彼に案内されながら廊下を進み、大きなテレビがあるリビングへ通される。ふかふかの皮張りソファーと、それとは別に可愛らしいガラステーブルと椅子が二脚。あまりの緊張ぶりに、ついつい千鶴はひっくり返った声を出してしまった。

「めっちゃ高いし綺麗な部屋……。そ、その!て、て、手を洗ってくるね!洗面所借ります!」
「いいよ。紅茶とコーヒーどっちがいい?」
「え、えっと、紅茶で!」
「おっけ」

 コーヒーも飲まないわけではないが、ここは紅茶と答えた。理由は、苦いコーヒーが飲めないのをなんとなく隠したかったからだ。
 紅茶なら何も入れずに飲めるがコーヒーはミルクと砂糖をたっぷり入れなければどうしても飲めない。まるでお子様みたいな舌だと思われそうで恥ずかしかったのである。無論、遥がそんなことで自分を馬鹿にするなんて思っていないが。

――……すっごく綺麗にしてる。一人で毎日ここ、掃除してるのか……。

 洗面所で、磨き上げられた鏡とついついにらめっこをしてしまう。コップには歯ブラシが一本立っているのみ。恐らく、ものを無駄に増やさないタイプなのだろう。洗面台の上には化粧水と日焼け止め、乳液と櫛などが最低限のみ揃えられているようだった。化粧水や日焼け止めなんかが目に見えるところに置いてあるのは、個人的にはかえって好印象だったりする。男性でも、自分の見た目や肌に気を使っている人かどうかというのは大切だからだ。

「おまたせー」

 リビングに戻ってくると、既にテーブルに紅茶が用意されていた。それから甘いクッキーが入った皿。よくよく見ればカップが置かれたソーサーの上には、追加のミルクとスティックシュガーがあるではないか。

「希望訊くの忘れたから、紅茶はミルクとか入れてないんだけど、どうする?一応、ミルクと砂糖は用意したよ。ちーちゃん甘党だから欲しいかなあって」
「え、覚えてたんだ?」
「覚えてるよ。小学校の時、ちーちゃんとよく帰り道の自販機でジュース買ってさ。一緒に近くの公園のベンチで飲んだじゃん」

 ニコニコと笑う遥。よく覚えてるなあ、と千鶴は目を丸くした。

「あそこの自販機、年中冷たいのしか置いてなかったんだけど。お茶やお水もあるのに、何がなんでもちーちゃんはそういうの買わなかった。どうせお金を使うのならば甘いものを買わなければ勿体ない!って」
「あははは、言った言った。確かに私そんなこと言ったわー」
「でしょ?で、一番よく飲んだのが、あまーいレモンティーだった。紅茶は甘くないとね!みたいなこと言ってた」

 確かにそんな話もした。なんだか懐かしくなって、カップの中に目を落とす。
 今は子供の頃とは違い、甘くない紅茶も飲めるようになっている。でも昔は、コーヒーどころか紅茶も苦いのは嫌だと駄々をこねることが多くて。散々シュガーを入れ、シロップを入れ、ジュースみたいな甘さにしようとして叱られていた記憶があるのだ。“紅茶はそういうもの”という認識がなかったのだろう。
 そんな中、あの自販機ではよそよりも甘いレモンティーを売っていて。市販の紅茶でも、あれだけは美味しく飲むことができたのである。

「ごめん、今レモンはないんだ。買っておけばよかったね」
「……ううん、いいよいいよ」

 眉を下げる遥に千鶴は首を横に振って、そっとスティックシュガーの袋をちぎった。そしてざらざらざら、と砂糖を全て投入する。紅茶に砂糖を入れるのもなんだか久しぶりだ。ミルクも足してしっかりスプーンで混ぜて、カップを口へと運んだ。

「うん、美味しい!」

 特に意図したことではなく、その言葉は自然と漏れたのである。

「紅茶美味しいよ、遥。ありがと!遥の前だからかな?」
「ちょ、ちょっとちーちゃん!」
「ふふふふふ」

 真っ赤なイチゴになった彼がなんだか可愛らしい。しばらく二人は、遠い日の思い出に記憶を馳せ、とりとめない雑談を楽しんだのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。

すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。 そこで私は一人の男の人と出会う。 「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」 そんな言葉をかけてきた彼。 でも私には秘密があった。 「キミ・・・目が・・?」 「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」 ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。 「お願いだから俺を好きになって・・・。」 その言葉を聞いてお付き合いが始まる。 「やぁぁっ・・!」 「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」 激しくなっていく夜の生活。 私の身はもつの!? ※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 では、お楽しみください。

不埒な一級建築士と一夜を過ごしたら、溺愛が待っていました

入海月子
恋愛
有本瑞希 仕事に燃える設計士 27歳 × 黒瀬諒 飄々として軽い一級建築士 35歳 女たらしと嫌厭していた黒瀬と一緒に働くことになった瑞希。 彼の言動は軽いけど、腕は確かで、真摯な仕事ぶりに惹かれていく。 ある日、同僚のミスが発覚して――。

ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる

Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。 でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。 彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。

赤ずきんちゃんと狼獣人の甘々な初夜

真木
ファンタジー
純真な赤ずきんちゃんが狼獣人にみつかって、ぱくっと食べられちゃう、そんな甘々な初夜の物語。

【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件

三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。 ※アルファポリスのみの公開です。

処理中です...