上 下
2 / 28

<2・これって本当に現実ですか?>

しおりを挟む
 千鶴がどれだけレイヤードという実況者に入れ込んでいるか。
 これに関しては見た目では説明しづらいところがある。投げ銭というシステムこそあれ、ユーチューバーという職業の相手ではわかりやすくグッズを買って投資することができないからだ。
 そもそも今回のように、握手会とサイン会をやってくれるなんてそうそうない。これだって人気ユーチューバーとなった彼にとある出版社からエッセイ出版の話が来てめでたく発売されることになったがゆえ、その記念で行われたものなのだから。
 アイドルならばライブがある。
 アニメのキャラクターや漫画の作者なら本や円盤を買えばいい。
 しかし歌い手をやっているでもなく、ただコツコツとゲーム実況をメインに活動してきた彼には、彼を直接応援できるグッズもなければ会いに行ける機会もないのだ。先日の握手会だって、受付開始直後に予約が殺到し、あっという間に整理券分が完売してしまったと聞いている。ようは、千鶴はめちゃくちゃ運が良かったと言っていい。
 発売記念サイン会は東京と大阪で一回ずつのみ。次がある保証はない。
 顔は公表しているし声も知っているけれど全て動画越し。毎日動画は見るけど部屋が彼のグッズで埋まっているなんてこともなし。それが、千鶴が推す人気ゲーム実況者、レイヤードという人物のすべてだったのだ。
 ユーチューブは、ただひたすら推しの動画を回すだけで相手の収益になる。高評価もチャンネル登録も無料で行える。彼らへのファンの貢献は、お金ではっきり見えるものではない。――こうして考えると、なかなか不思議なシステムだと思う。

「うわ、やっぱ難しいんだ、“惑いの森”って」

 翌日。朝起きて動画の続きを見ながら千鶴は呟いた。パソコンの前で朝食のおにぎりを齧りながら推しの動画を見るという、まさに至福の時間である。
 別窓でなんとなく、ホラーゲーム“惑いの森”の攻略サイトを見てみたのたが――これがまあ、“鬼ムズ”という声ばかりだ。正確にはモードがいくつも別れているので、イージーモードなら素人でもクリアはできる。しかし、ノーマル、ハードと上がっていくにつれ主人公を遅い来るお化けの数が増え、難易度が跳ね上がっていくことになるのだ。
 特にハードクリア者限定で開放されるナイトメアモードは、オワタ式なんて呼ばれることもあるほどである。他のモードでは、主人公は二回か三回お化けに攻撃されても死なないが、ナイトメアモードではもれなく一回で死亡だ。おまけに、それまで多少効果があった“松明による怯ませ効果”もゼロになっている。
 ようはなんの対抗手段もなく、ひたすら一撃死のお化けの襲来を避けて避けて避けまくるゲーと化す。しかもとんでもないことに、ノーセーブで最初から最後までクリアしなければいけない。制作者であるエヌエー氏が“私には絶対クリアできません”とぶっちゃけているあたりお察しだろう。
 長らくナイトメアのクリア者が現れなかったこのゲーム。多くの実況者が挑んでは倒れていったコレを、真っ先にクリアしてみせた者こそ――このレイヤードだったのである。

――何度見ても、すごい。

 惑いの森シリーズの動画は既に何度も見ている。それなのに、何度見ても釘付けにされてしまう。
 はじめはショットガンもかくやと思うスピードで遅い来るお化けをかわしきれずにヒーヒー言っていたレイヤードが、どんどんコツを掴んで上達しクリアに近づいていくのだ。
 最初にナイトメアモードをクリアした先駆者と知られるレイヤードだったが、それはたゆまぬ努力あってのことだと知っている。本人が申告している通りなら、ナイトメア挑戦してからクリアまで何十時間もぶっつづけて挑んだという。プロ実況者としての執念天晴と言わざるをえない。

――森の小道を抜けて屋敷へ行って……しかも中盤で一度屋敷の地下から森まで戻らないといけない。私だったら絶対迷う。なのに、ちゃんと道を覚えて無駄なく進めてるのがマジですごい……。

 その上、当たり前だが実況である以上黙っていては成り立たないのだ。彼が沈黙するのは視聴者が静かに見たいであろうムービーシーンのみ。それ以外はどれほどの難所であっても、時に恐怖に悲鳴を上げまくっていようとも実況を続けるのだ。これが想像以上に難しいのは言うまでもないだろう。
 レイヤードというホラーゲーム実況者の凄さは、このシリーズの実況だけ見ていても伺い知れるというものだ。己には到底真似できそうにない。

「レイヤードが、あの泣き虫だった遥……」

 思わず声に出して呟いていた。

「……きっと、めっちゃくちゃ頑張ったんだろうな」

 小学生の時の記憶通りなら、彼はけして社交的なタイプではなかったはずだ。いつも大人しく教室で本を読んでるタイプ。喘息があるとかで、具合を悪くして休む日も少なくなかった。体育の授業を見学していることも多かったはず。――それもあって、ガキ大将どもには虐められてしまってきたのだろうが。
 縁の下の力持ちで、掃除を頑張るとかポスター作りを手伝うとかは得意だった記憶がある。でもけして、人前に立つような仕事をするキャラではなかった。グループで班長をやることさえ避けていたのではなかっただろうか(それは肝心な時に本人が学校を休んでしまうかも、という配慮もあったのだろうが)。
 そんな彼が、今や押しも押されぬ大物イケメンユーチューバーである。まだ上には上がいるが、いずれ日本で一番人気のユーチューバーになるのでは?なんてことを言う人もいるほどだ。千鶴は彼の小学生時代の一時期しか知らない。ひょっとしたら中学や高校、大学で彼の性格を変える何かがあったのかもしれない。

「おっと」

 おにぎりを食べ終わったところで、私は見終わった動画を閉じた。続きも気になるが仕事をしなければなるまい。私がやっているライター業務は、一ヶ月に何件の記事を書けたかどうかで収入が決まってくるのだ。普通のオフィスワーカーのように会社に行かなければいけない日はないし通勤時間などの無駄もないが、サボればサボるだけ自分の収入が減っていくのは避けられない。
 ようは、上手な時間のやりくりが求められるのである。朝ご飯を食べたら仕事モードに切り替えなければいけない。まずは、仕事用メールのチェック。提出した記事が差し戻されることもあるし、修正依頼をされることもある。それらをクリアしない限り納品したことにならないのだ。
 ちなみに修正依頼の内容は“ちょっとした誤字脱字”から、“書いたらヤバイ表現の修正”“出典元の情報が危ういので一部差し替え依頼”など多岐にわたる。特に厄介なのが、出典元情報が間違ってるから直してくれというやつだ。千鶴たちライターはネットで調べた情報を元に記事を纏めていくのだが、場合によってはその情報そのものが誤っているケースがあるためだ。

――修正依頼は来てないな……と。

 あ、と思わず声を上げていた。
 昨日の夜送ったレイヤードへのメール。彼が名刺に書いていたアドレスから、返信が来ているではないか。

『ご無沙汰してます、ちーちゃん。……まさか二十年近く過ぎて、ちーちゃんと再会できるなんて思ってませんでした。ちーちゃんが転校してしまった日のこと、昨日のように思い出せます』

 そして、千鶴は目を見開くことになる。
 なぜならば。

『つきましては……今度お会いたいです。ご飯奢らせてください。ちーちゃんが転校してからのこと、いろいろ聞きたいし話したいです』

 何度も言うが、幼馴染の遥はレイヤードなのである。
 あの超人気イケメン実況者、レイヤードなのである。
 千鶴の推し、なのである。その彼に。

――うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?おおおおお、おお、推しに、ご飯に誘われてるううううううう!?い、いやあの遥なんだけど!遥クンなんだと知ってはいるけれどまだ半信半疑というかそれ以上に推し、推しなのに、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?

 さながら苦悩するマレーグマのごとし。千鶴はその場で頭を抱えて悶えたのだった。嬉しいのと驚いたのと信じられないのとやっぱり嬉しいのとで頭の中はごっちゃごちゃである。

「ひ、ひいいいいい……わ、私、ファンには殺されるんじゃないのかなぁぁぁぁ……!?」

 実は詐欺にても遭っているのではなかろうか。もしくは、もうすぐ死にますよという神様の合図――死亡フラグというやつなのでは。
 嬉しすぎるあまり、持ち前のポジティブがどこかに吹っ飛んでいってしまう千鶴なのだった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

お知らせ有り※※束縛上司!~溺愛体質の上司の深すぎる愛情~

ひなの琴莉
恋愛
イケメンで完璧な上司は自分にだけなぜかとても過保護でしつこい。そんな店長に秘密を握られた。秘密をすることに交換条件として色々求められてしまう。 溺愛体質のヒーロー☓地味子。ドタバタラブコメディ。 2021/3/10 しおりを挟んでくださっている皆様へ。 こちらの作品はすごく昔に書いたのをリメイクして連載していたものです。 しかし、古い作品なので……時代背景と言うか……いろいろ突っ込みどころ満載で、修正しながら書いていたのですが、やはり難しかったです(汗) 楽しい作品に仕上げるのが厳しいと判断し、連載を中止させていただくことにしました。 申しわけありません。 新作を書いて更新していきたいと思っていますので、よろしくお願いします。 お詫びに過去に書いた原文のママ載せておきます。 修正していないのと、若かりし頃の作品のため、 甘めに見てくださいm(__)m

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

社長室の蜜月

ゆる
恋愛
内容紹介: 若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。 一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。 仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。

カモフラ婚~CEOは溺愛したくてたまらない!~

伊吹美香
恋愛
ウエディングプランナーとして働く菱崎由華 結婚式当日に花嫁に逃げられた建築会社CEOの月城蒼空 幼馴染の二人が偶然再会し、花嫁に逃げられた蒼空のメンツのために、カモフラージュ婚をしてしまう二人。 割り切った結婚かと思いきや、小さいころからずっと由華のことを想っていた蒼空が、このチャンスを逃すはずがない。 思いっきり溺愛する蒼空に、由華は翻弄されまくりでパニック。 二人の結婚生活は一体どうなる?

魔性の大公の甘く淫らな執愛の檻に囚われて

アマイ
恋愛
優れた癒しの力を持つ家系に生まれながら、伯爵家当主であるクロエにはその力が発現しなかった。しかし血筋を絶やしたくない皇帝の意向により、クロエは早急に後継を作らねばならなくなった。相手を求め渋々参加した夜会で、クロエは謎めいた美貌の男・ルアと出会う。 二人は契約を交わし、割り切った体の関係を結ぶのだが――

明智さんちの旦那さんたちR

明智 颯茄
恋愛
 あの小高い丘の上に建つ大きなお屋敷には、一風変わった夫婦が住んでいる。それは、妻一人に夫十人のいわゆる逆ハーレム婚だ。  奥さんは何かと大変かと思いきやそうではないらしい。旦那さんたちは全員神がかりな美しさを持つイケメンで、奥さんはニヤケ放題らしい。  ほのぼのとしながらも、複数婚が巻き起こすおかしな日常が満載。  *BL描写あり  毎週月曜日と隔週の日曜日お休みします。

処理中です...