人狼女王

はじめアキラ

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<26・奈落を望む者>

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 自分から村人COしても問題ない場面。それは、残るグレーが少なくなり、狩人と猫又を出してグレー詰めしてもいい場面だろう。
 勿論、グレーが広い時にこれをやると、猫狩炙りをしているように見られ人外を疑われたり、睨まれる結果になりかねないが。ヘンリエッタが噛まれた今、もう霊能のキャサリンから見てもグレーは四人しかいないのである。人外に土壇場の騙りを許さないためにも、村人COは許される場面だとカンナは判断した。
 裏を返せば。様子見せず村人COしたというだけで、キャサリンからの信用を得やすくなるのである。
 人外ならば場合によって、猫又騙りか狩人騙りかを選びたくなる場面だろう。狩人がもう死んでいるのなら、狩人COをしても対抗が出てこないため少なくとも今日吊られる心配はなくなる。猫又は生きているだろうが、猫又の能力を考えても吊りは最終日に回される可能性が高い。なんせ、今日一回は、無駄吊りをしても許される場面であるのだから。

――猫又はウォーレンかな。……薄く、ザカライアもあるけど。

 カンナが息を呑んで他のメンバーの反応を待っていると。

「そうだな、もう様子見する必要はない。というより、私も今日にはCOするつもりでいた。……猫又COだ」
「お、やっぱりそうか!そうじゃないかと思っていたんだよなあ。あ、俺はCOないぞ!当然猫又でもない」

 ウォーレンが猫又だと名乗り出た。そこに被せるように軽い声を上げたのはジェフである。

「うんうん、やっぱり俺の考えていたことは正しかったというわけだ。怪しいのはカロリーヌかザカライアだな。この二人は、ことあるごとに発言稼ぎが目立つだろう?決まっている進行を繰り返し念押しするカロリーヌなんか、特に怪しいと思っていたんだよ」

 あのなあ、とカンナは呆れてしまう。猫又がウォーレンで出てきた以上、彼視点での狼はカンナ=カロリーヌかザカライアのどちらである可能性が濃厚なのである(今夜霊能者のキャサリンが噛まれなければ彼女も狼候補に戻ってしまうが、まず自分達のどちらかに狼がいると考えるのが自然だ)。それを、どっちかが狼だと思っていた!なんてここまで人数が減ってから言われても。
 しかも。

「発言稼ぎなんて言われるのは悲しいですが。……それ以前にツッコみたいところです。なんでその考えを、もっと早く言わなかったのです?……あ、私もCOはありません。ただの村人です」

 さすがにザカライアもツッコミを入れざるをえなかったのだろう。カロリーヌが発言稼ぎをしているから怪しい――決まった進行を繰り返し念押しするのが疑問。その意見は、もっと早い段階で言うことができたはず。



『しかし、なんだろうね。発言稼ぎしている人達が目立つというか、なんというか。まあ誰とははっきり言わないけれどね。俺からすると、そのあたりに人狼がいるんじゃないかなあなんてことを思うわけだけど』



 ログにきちんと残っている。これは、三日目昼のジェフの発言だ。カロリーヌとザカライアを疑っていたというのなら、何故この時その明言を避けたのだろう。
 これではまるで、自分を人外とみなして吊ってくれと言わんばかりではないか。

――こののらりくらりとした態度。……さすがにこれで人狼はない?いや、でも裏を返してそう思わせるのが狙い、ということも……。

「いやだって、早いところ誰が疑わしいなんて言ったら、嫌われて吊られたり噛まれたりするかもしれないじゃないか。俺はなるべく生き残りたいんだから、そういうのはごめんだよ。そもそも発言稼ぎしているようには見えたけど、だからといってザカライアとカロリーヌのどっちかが本当に狼かなんてわからない。この現状からすると結果的にはあっていたようだから、今は確信を持って疑いを言ってもいいとは思って口にしたまでさ」
「君は人狼ゲームの経験者ではないのか?少なくとも、予選を突破してきたはずだし……女王は、人狼ゲームの経験が極端に薄い人間は参加者としても選んでいないと言っていたぞ」

 ゲームの本質がわかっていないのか?とウォーレンが告げる。

「確かに、猫又や狩人ならば可能な限り生き残る策を模索することも必要だ。猫又は吊られてはいけないし、狩人は吊りも噛みも回避しなければならない。少々特殊な言動に寄ることもある。……しかし、君は村人だろう?吊られても噛まれても大きな損害はない。このゲームは狐や恋人といった陣営を除き、あくまで“自分の陣営を勝利に導く”ことが大切であって、自らの生存を目指すことが正解ではないのだぞ。君は、ゲームの目的を見誤っているとしか思えない。……それとも、ゲームに勝利する気がないのか?」

 言われてみれば。ジェフは、いくらゲーム開始前とはいえ、席で船を漕いでいるような人間だった。
 勿論昨日夜遅くまで作戦を考えていたりなどして、その結果疲れて寝不足になってしまったなんてこともあるだろう。だが、彼の開始後の態度を見るに、どうもそういう印象ではない。呑気、マイペース――そんなものでは図れないものを感じている。そう、それこそ他のプレイヤーの足を望んで引っ張っているように見えるほどだ。
 彼が人狼ならば、仲間が実に気の毒だろう。
 村陣営であっても、彼の不穏な態度を怪しんで吊ることはつまり、それだけ吊り縄を無駄にすることに他ならない。確かに、村人で役職を騙ったり、全く無関係な話をするような利敵行為を行っているわけではないけれども――。

「君も、女王様に会って願いを叶えてもらいたい。元の世界に帰りたい……そういう目的で本戦出場を選んだプレイヤーのひとりではないのか?」

 沈黙が、落ちる。本来ならば、この議論はゲームそのものの進行にあまり関係がない。この様子だとジェフはウォーレンを吊りたいだろうし、何も言わないがキャサリンも彼を残しておく気がないだろう。さっさと指定を出して、ゲームが続いた場合カロリーヌとザカライア(あるいは、キャサリン)の誰が狼であるのかを詰めて行ったほうがいいに決まっている。
 それでも、時間を使ってでも追求したいと思ってしまったのは。あまりにも、納得がいかなかったからだ。自分達はみんな、運命を賭けてこのゲームに挑んでいるというのに――。

「……俺はさ」

 その瞬間。くしゃり、とジェフの顔が歪んだ。

「地獄っていうものに……とても興味があるんだよ。予選で見たんだ、負けた奴らがずるずると穴の中に引っ張り込まれて消えていくのをさ。真っ暗な、底なしの穴から伸びる悪魔の手。あの奥にはどんな世界があるんだろうとわくわくしたものでね」

 ふふふふ、と笑いながら彼は椅子にもたれかかった。がたん、と大きく椅子が揺れる。彼は行儀悪くその長い脚をテーブルに乗せると、ゆらゆらと子供のように椅子を揺らして遊び始めた。
 その喜悦に裏返った目にはもう、先程までの飄々とした青年の顔はない。

「元々クソみたいな人生だったんだよなあ。クソみたいな国、クソみたいな社会、クソみたいな人間ども。誰も彼もが、叩く人間を必死で探すSNS、才能がない奴らはあっさりそこから零れ落ちて再起することもできやしない。俺はどんなに頑張っても認められやしない……なら何を頑張っても無駄、無駄、無駄だろー?いっそこんな世界なんか壊れちまえばいいやと思ってたらさ。現れたんだよなあ、あの化け物が。いやはや、最高の気分だったぜ」
「さ、最高って」
「俺だってそりゃ恐怖したけどもさ。でも同じだけ興奮したんだ、この化け物は俺の退屈すぎる日常を壊してくれるために来たんだって。……どうせ、こうやって自堕落に生きるしかないなら、こいつに喰われるのも本物だと思ったよ。ただ、その代わりに願ったんだ。どうせなら……俺を認めなかった他の奴らもみーんな一緒に喰ってやってくれ、できるだけ苦しめて殺してやってくれってな!」

 ひゃっひゃっひゃ、と甲高い笑い声が響き渡った。そんな彼を、他のメンバーは青ざめたり、あるいは軽蔑するような目で見つめている。
 それは、カンナが今までけして会ったことのない人種だった。自分の不出来を、悲運を、社会のせいにして全ての破壊を望む人間。それが叶うのであれば、己の死さえも厭わないという――人間。だってそうだろう、このゲームに参加した以上、運命は彼ひとりだけのものではない。同じ陣営の他人を何人も巻き込むようなことになるというのに。
 狂っている、と思うと同時に考えてしまった。ひょっとしたら表に出てこない場合が多いだけで、こういうネジが外れた人間は自分達の世界には数多く存在したのだろうか、と。

「……リア狂には、付き合っていられないですね」

 そんなジェフを、ザカライアは冷たく突き放した。

「彼は人狼であっても村人であっても、まともな推理を展開するとは思えません。どうやら、地獄に堕ちることさえも本望でいらっしゃるようですから」
「おうおう、俺はまさにそうだ!あのくだらない元の世界に戻るくらいなら、地獄に堕ちた方が数段マシというものさ!」
「黙りなさい。もう貴方の話は聞きたくもない」

 今まで余裕さえも滲ませていたザカライアが、露骨なほど不快感を露にしていた。

「貴方ひとりの運命ならば、どうぞ勝手にしてくださいと思うところですが。今回はそうではない。自分と同じ陣営になった人達の運命も、一緒に背負っているのです。村人であれ人狼であれそれは変わらない。全員が、未来を掴むために全力で戦っている。……それを冒涜するような者は、人狼ゲームのプレイヤー以前に……一人の人間として捨て置けません。キャサリンさん、ウォーレンさん。……彼はLWではないかもしれませんが、それでも私は彼を最終日に残しておきたくないです」

 もし、ジェフが人狼ではないのなら。ザカライア視点では高確率で、LWはカロリーヌになる。逆も然り。それは彼もわかっているはずだろう。
 それでも彼は、まっすぐにカロリーヌを見て言った。

「最後に全力で戦うとしたらその相手は……カロリーヌさんがいい。私はそう思います。カロリーヌさん、貴女はどうですか?」

 その言葉で、カンナは確信した。
 狼は、ザカライアだと。そしてそれが自分に透けることをも承知で彼がこう言っているのは、それが自分の人としての誇りを守るためであるからだと。
 ならば、カンナは。

「……私も同意する。今日はジェフを吊ろう。そこが狼って可能性もないわけじゃないし……何より、ザカライアが言うことは尤もだ」

 カンナの言葉に、キャサリンとウォーレンは互いに顔を見合わせて呟く。彼らも、異論はないようだ。

「……指定、ジェフ。……今夜は、私が噛まれるだろう。だから私も遺言しておく」

 青く澄んだキャサリン――絆の目が、まっすぐカンナを見た。彼女は高い確率で、このゲームに最後まで残ることができない。最終日は、ザカライアとカロリーヌが殴り合い、ウォーレンが決め打ちする結果になるだろう。狩人がいないことがわかっている以上、狼としても霊能を噛んでしまうのが安定進行なのだから。
 最終日。カンナは、何がなんでもザカライアに論戦で勝たないといけない。だからこそ。

「人は完全に嘘をつくことはできない。そして予定外のことが起きれば必ずそこにボロが出る。……私達の発言は全てログで残っているはずだ。夜の間に徹底的に互の台詞を洗え。必ず勝機はある。……私は、必ず村が勝ってくれると信じている。以上だ」

 彼女の立場では、カンナ=カロリーヌを信じるとは言えなかったのだろう。それでも、その瞳は伝えてくれているように思えた――カンナの力を信じる、と。

――やるよ、絆。私……ザカライアに勝つよ。

『時間となりまシタ。皆様、投票をお願いしマス!』

 楽しげなジェフの、狂ったような笑い声が響く中。投票が開始された。



<投票結果>
1のウォーレン(0)→6のジェフ
6のジェフ(4)→11のカロリーヌ
8のザカライア(0)→6のジェフ
10のキャサリン(0)→6のジェフ
11のカロリーヌ(1)→6のジェフ



「じゃあなあ、皆さん!おっとカロリーヌ、頑張ってくれよ!人狼陣営の勝利のために、サ!」
「!」

 ジェフのいらない置き土産と共に、ゲームマスターが宣言を出した。

『投票が終わりまシタ。6のジェフさんが吊られマス。テレンスさんは、ゲーム終了まで霊界という名の隣室で待機となりますので、お待ちくだサイ』

 ゲームは終わらない。やはりジェフは、狼ではなかったようだ。
 残すところは――最終日のみ。
 運命はまさに、カンナの手に委ねられたのだ。
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