人狼女王

はじめアキラ

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<16・覚悟を決めること>

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 ワンナイト人狼による予選を行った、その一週間後。
 カンナは絆は本戦に向かうため、街の中を歩いていた。どうやら、予選を行ったのと同じような塔がこの世界にはいくつもあるらしく、公式大会の多くはそこで行われることになるのだという。カメラも存在していて、場合によってはそこで行われたゲームの様子が全世界に一斉生中継されたりもするのだそうだ。

――うう、は、恥ずかしい……。

 ここから先は命懸け。本当ならもっとしゃっきりしなければならないところ、なのだが。
 赤レンガの道を歩くカンナは、さきほどから煩悩が振り払えずにもだもだしていた。正直、自業自得といえば自業自得である。ついに日程が決まり、明日いよいよ本番という時になって緊張してしまい、全然眠ることができなかったのである。
 それだけならまあ、よくある話で終わるのだが。思わず絆相手に泣き言を言ってしまい、どういうわけか流れでベッドで二人一緒に眠ることになってしまったのが問題だった。いわゆる添い寝、というやつである。自分達はあくまで幼馴染というだけであって、恋人同士でもなんでもないというのに。どうにも同性になってしまったせいで、壁を感じづらくなっているようだった。多分向こうも、女同士なんだからまあいいか、という気持ちで許してしまっているのだろう。
 絆のふわふわの胸にくっついて眠るのは気持ちが良すぎた――それはもう、良い意味でも悪い意味でも。翌朝明らかに絆が寝不足の顔をしていたところを見るに、自分は結構寝ぼけた状態でいろいろやらかしてしまっていたような気がしてならない。少なくとも、彼女のバスローブが凄まじい勢いではだけていた、ことだけは白状しておくこととする。

「カンナ、頭が茹で上がってるのはわかるが、いろいろしゃんとしてくれ。いや、俺も悪かったんだけどさ」

 隣を歩く絆も、心なしか顔が赤いような気がする。

「確かに、寝ぼけた状態で“ママ”って呼ばれるとは思わなかったし、胸に吸い付かれるとも思ってなかったわけだけどな」
「ああああやっぱりいいい!?」
「まあ、お前の母さん、過保護だもんな……。そういうことがあるのも、わからないではないが」
「待って絆、誤解!誤解だから!私はマザコンじゃないし、そういうこと最近までやってたとかそういうことないからねー!?!?」

 やばい、これは明らかにドン引かれている。カンナは思わず大声で叫んでしまい、通行人達を振り返らせる結果となってしまった。コラ、と絆に口を抑えられる。すみません声が大きくて、とカンナはさらにしおしおと萎れるしかない。

「まあ、こういうことなんかこの世界にいる間しか体験できないことだろうしな。役得だと思っておくことにする」
「うう……スミマセン」

 なんだか、この世界にやってきてから自分達の関係はどんどんおかしな方向に向かっていっている気がしてならない。確かに、元々異性の友人同士として親密な関係にあったのは確かなことだ。そして、一緒に死んで転生した結果、いわば運命共同体のようなものになっているのも事実である。
 だがそれ以上に。同性になってしまった、ということがここまでややこしい結果を招くとは思ってもみなかったというべきか。元異性の現同性なんて経験、普通は味わうものではない。おかげで本来ならば見ても何も思わないはずの女性の体に思わずドキドキしてしまって、眠れなくなったりするのだから本当にどうかしていると思う。
 加えて、このタイミングで絆に、カンナが“女体化系BL大好きな腐女子”であったことがバレていたと発覚するのもイタすぎるのだが。

――確かに、美少年が女性の姿になって寄り添ってくれつとかシュチュエーション的には美味しいけど!それでモテるのは私じゃなくて別のイケメンがいいわけですよ!私は夢女子じゃないんだから、私が愛されるのは本来地雷のはずなのにいいいいい!

 ぐだぐだと考えている時、ふと小さな雑貨店の傍で集まっている女性たちの声が耳に入った。この一週間の間に、このあたりまでは二人で散歩がてら足を運んでいる。この店の周囲がなんとなくおばちゃんたちの溜まり場になっていることは既に知っていることだった。

「共有者の初期対応って、どうするのがいいか本当に悩むのよね。個人的には、FOが一番安全だとは思っているけど。占い師に無駄占いさせなくて済むじゃない?」
「グレー狭くするだけで、占い師的にはだいぶ楽になるもんね」
「うーん、私としてはやっぱりHOがいいかな。そりゃ確率は低いけど、やっぱり人外をトラップで引っ掛けられるのはロマンじゃない?時には、占い師じゃなくて霊能者をトラップするケースもあったはずよ」
「あー、あれね。この間生中継されていた試合……。あれはどうなのかしら。流石に悪手だと思ったけど。普通は、共有者の相棒をわざと釣らせたりしないでしょ?いくら、黒出してきた霊能者を偽判定するためだからって、霊能者が黒を打ってくる保証はどこにもないのよ?」
「確かにそれもそうなんだけど、実際にそれで村が勝つのを見ると思うわけよ。たまには奇策を打つのもありなんだなーって。王道のやり方ばっかりしてたらつまんないでしょ?」
「それはそうだけど……」

 人狼の話題が、ここでは当たり前のように飛び交う。それこそ、こんな話など興味を持ちそうにないおばちゃん達であっても例外ではない。
 共有者。それは、お互いが村人であると証明できる唯一の存在だ。二人いるために人外が騙りにくく、村人達の指揮を任せられることも少なくない。まあ、共有者の騙りが出て、共有ローラーなんてことになる村も時々は見かけるが――人外が共有者騙りを出すならば、基本的には二人がかりで騙らなければいけないのが問題だ。ローラーされれば、人外の方も二人削られてしまうことになる。ゆえに、あまり騙りとしても王道ではないのである。

「共有者入りは、基本的には十三人からだったか。C配役では十二人や八人から追加されることもあるが」

 同じ会話を聞いていたのだろう、絆が口を開く。

「共有者、猫、狐。……よほどの少人数配役でなければ、これらの役職のどれか、あるいは全てが含まれるゲームになる可能性は高い。共有者は、ある意味村人よりも情報が少ない役職だ。動き方も当然難しくなってくる」
「そうだね。村人は、自分が村人だって知ってる分一つだけ多く情報を持ってるから。でも共有者はそれがないし」
「そういうことだ。さっきの彼女達の会話にもあったように、共有者のうち何人がオープンするのかは流れ次第で決めてもいいとは思う。それこそ、初日の吊り先が実質決まっているなら、二日目昼までは両方とも伏せていても問題がない。勿論、二日目の夜に相方が噛まれると話は少しややこしくなるから、噛み回避できる自信がない奴は出てしまった方がいいがな。それと、占いや霊能に一時的に出て、真役職のアーマーをするというやり方もある。騙り牽制にもなるしな」
「うん」

 今まで何度か絆と一緒にゲームを行ったが、彼はどちらかというと村役職で力を発揮するタイプだった。特に、狼の“噛み”への嗅覚が鋭いので、狩人とも相性がいい。その代わり、うっかり場を仕切ってしまって村役が透けてしまうこともある。そう考えてみると予選の段階で、占い師を貰っておきながら彼が発言を抑えたのもわからない話ではないのである。
 ちなみに、カンナといえばまだ自分の得意分野がよくわかっていないのが実情だった。人外ならば潜伏よりはまだ騙りが得意、だとは思っているけれど。そのせいか、まだ狐で勝利できたことが一度もなかったりする。背徳者で勝利したことは何度かあるけれど。

「共有者はあんまりやりたくないけど、そうも言ってられないよね。……大人数側で勝てるという意味では、人外を貰うより良い気がするし」

 交差点では、今日も蝶々に引っ張られた不思議な車が行き交っている。どうやらこの街にも“タクシー”的なものは存在しているらしかった。つまり、この世界に済む人々もちゃんと仕事そのものはやっているのである。
 ただし、人外の精霊などに任せている仕事も多いし、自らの労働環境がきついと感じたら仕事を休んだりしても咎められることがない。最低賃金が非常に高いので、多少休みがちで仕事をしても人々は食っていけるのだそうだ。そうすると今度は雇用側が厳しいことになりそうだが、全ての業種には女王様から支援金が出ているので、高い最低賃金を維持することも不可能ではないのだという。
 ただ、やはりそう考えると、女王様のその“高いお金を使えるような財源”はどこから来ているのかが疑問で仕方ない。
 彼女はこの世界を支配すると同時に、どうにも精霊達の世界と多くの取引を行って国に利益を齎しているらしいのだが。残念ながら、この世界で精霊達に認められ、命令を下せる存在は王族のみ。女王様がどんな精霊達とどんな商売をしているのかは、残念ながら誰も知るところにないのだそうだ。

――胡散臭いことが多いよなあ、この世界。

 信号が変わり、歩き出す。交差点の向こうには、のんびりをお花を売っているお花屋さんと、お花屋さんが直営しているビニールハウスらしきものが見える。彼女らはこの世界に元々いた人間なのか、あるいは異世界からやってきてこの世界で生きることを選んだ人々なのかはわからない。皆のんびりしていて、辛いことなど何もないという顔をしているのがかえって気味が悪くもあった。自分達の生活を支えるはずの女王様とその政治に、皆が特に感心を持っていないように見えるから尚更である。
 今の生活が維持されて、今幸せならばそれでいい。例え、どんな黒い噂のある女王様であっても、たった一人の女性が国の全てを牛耳っていて自分達の意見が特に通らないのだとしても。
 そこに疑問を持つべきではないし、持たない方が良い――そんな空気が流れているこの世界は、果たして見たままが本当の姿なのだろうか。
 確かに、ネットに書かれていた“地獄”の話が本当である保証もどこにもないわけだけれど。

――みんな、今の自分の幸福と娯楽しか見えてないように見える。……それって、本当に平和って呼んでいいものなのかな。

 この世界にも、きっと良いところはたくさんあるはずだ。
 それでもこの世界にこれ以上長くいると、おかしな方向に毒されてしまう気がしてならないのである。元の世界に戻りたい、元の自分に戻りたいという気持ちを麻痺させるような、得体の知れない何か。地獄に堕ちるリスクを考えるなら、そのほうがよほど賢明な判断ではないか、なんてもう何度も思ったことだ。
 それでもカンナが、本戦に挑むことを決めた理由はただ一つである。



『大丈夫だ。他の転生者達にはない、俺達の最大の武器はなんだと思う?俺達が、二人いるってことだ、違うか』



『そうだ。……いいかカンナ。俺達二人、確かに同じ陣営になれる保証はない。でも、違う陣営になったところで、どっちかが勝てば女王様にお願いすることはできると思わないか。どっちかが必ず勝って、女王様に相手も一緒に現世に戻してくれるようにお願いするんだ。それなら片方がいったん地獄行きになっても、すぐに救ってやることができるはず。そうだろう?』



『カンナなら、勝てる。……そして万が一のことがあっても、俺が必ずカンナを守ってやる。だから心配するな。一緒に戦おうぜ、な?』



 今の自分達は、独りぼっちではない。
 二人で戦うことができる。自分達は、互いに互いを守り合うことができるのだ。

――どちらかが、確実に勝利するんだ。そうすれば、私達の未来は開ける。私達は、独りぼっちなんかじゃない……!

 すぐに心の折れる、弱い自分だけれど。
 それでもこの場所ならば、自分だって絆を守ることができるのだ。あの時罪喰いから、彼が守ってくれたように――今度こそ、自分が。

「此処だ」

 そして二人は、一本の白い巨塔の前に辿り着くのである。二人に示された会場は、お城からさほど離れていないAブロック地区。
 ごくり、とカンナは唾を飲み込んだ。果たして絆と自分は、同じゲームに参加することになるのだろうか。
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