人狼女王

はじめアキラ

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<14・誰が為の地獄か>

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 その記事が、どこまで本当なのかといえば。確証はどこにもないし、誰かが作ったフェイクである可能性も充分あると言えばあるだろう。
 だが、それを“絵空事”と決め付けるには、あまりにもカンナはこの世界を知らなすぎた。同時に、この世界の仕組みへの疑問が尽きない状況であるのも事実であったのである。
 同じことを、絆も思っていたのだろう。着替え用に出したネグリジェをしっかり着込んだ彼女は(ちなみに、胸だけが明らかにサイズオーバーで、胸元がばっちり開いてしまっている状態である。実に目に毒だとしか言い様がないが、今は他に着替えがないのでどうしようもない)カンナの調べた情報を見て厳しい顔を見せた。

「俺も、妙だとは思っていた。例えば、俺達のこの待遇だな」

 居間で向かい合って座りながら、絆はそれとなく周囲を見回す。高級なコテージ、と言っても過言ではないくらいよくできたこの住居を。

「罪喰いに殺された人間というのが、どれだけの数に登るのかはわからない。ただ、予選、本戦と経なければいけない様子からして、一度に殺される人数はけして少ないものじゃない。その全員を転生させて新しい姿と綺麗な服を与え、この異世界に住むことを決めた人間も本戦参加者も一様にこんな立派な住居や食料を与える。……コストが相当かかってるのは間違いないな。罪喰いにやられた人間をいくら助けたい気持ちがあるのだとしても、だ」
「そうだよね。此処、町の中心地からもそう離れてないし。土地代も安くなさそう」
「安くないどころか、恐ろしく高い。既に調べた。この国の通貨は、DOLという単位を使う。1DOL=10円くらいの相場だ。このBブロックの土地代は……東京の一等地を超える相場だと言えばお前にも分かるか?」
「うげっ」

 マジですか、とカンナは目を剥く。同時に、それだけ高い土地に仮住まいとはいえ自分達を住まわせるというのが、いくらなんでも待遇が良すぎるということも。
 しかも自分達は、この期間中特に仕事をするわけでもない。この世界に永住することを決めた後も、案内人の口ぶりからして“厳しい仕事はさせない”みたいな雰囲気ではなかったか。一体どうやって、女王様は採算を取っているのか疑問である。

「罪喰いについて調べているという割には、俺達に対して事情聴取が行われる様子がないのも不思議だ。普通、自分達が追いかけている化物の被害者がいたら、化物にどんなシチュエーションで襲われたのかとか、どんな姿をしていたのかとか、そういう詳細を訊きにくると思わないか?」

 言われてみればその通りだ。勿論自分達が遭遇したタイプの罪喰いが、既に彼らが見つけていた種類であり、新たに調査を行う必要がないなんてこともあるかもしれないが。それにしたって、話を聞かない限りは詳しいことなど何もわからないはずだというのに。

「それに加えて、罪喰いの被害者を救済したいと言っておきながら、人狼ゲームで勝者を決めさせ敗者は地獄に堕とすというのも不思議だとは思っていた。もし少人数の陣営が勝てば、それこそ参加者の殆どが地獄行きになっちまうっていうのにな」
「それはほんと私も思ってた。今日やったワンナイトも、てるてるや人狼が勝っていたら、一人除いて全員地獄行きだったものね。いくら村の方は勝率高いと言っても、そうなっていたってなんらおかしくなかった。私も、ジャックがてるてるだと直前まで気づかなかったし」
「そうだ。そして、まだ本戦出場前の俺達に対してここまで手厚い待遇、高いコストをかける理由。……普通に考えれば、俺達をこの世界に転生させたのにはもっと別にメリットがあると考えるのが自然だ」

 メリット。
 カンナは顎に手を当てて考える。ぱっと思いつくのは二つだった。うち一つは。

「……この世界の人口が滅茶苦茶減ってて、だから異世界転生をさせてでも人口を補充したい、とか?あ、でもこの世界の人って転生した段階で年齢や外見が固定されて、老化もしないって話だよね。半永久的に生き続けられるっていうし……だったら人口が減ってるっていうのは考えにくいかな」

 勿論、完全に否定できる可能性ではない。この国について自分達はあまりにもまだ情報が少ないのだ。平和で誰もが幸せそうに見える女王の庭にも、実は目に見えないところで危機が迫っているなんてことがあるのかもしれない。天変地異があちこちで起きているとか、病気が蔓延しているとか。恐ろしい事態が起きているけれど、それが一般市民に知られていないだけということも考えられないことではなかった。女王様一人で統治している独裁国家(そのわりに平和そうではあるが)だというのなら尚更である。
 だが、これよりももっと可能性の高いものがある。それは。

「……転生者の救済ではなく、地獄に堕とすことの方が実は目的である……とか?まさか……」

 こちらが、最も否定できない可能性。
 さっきカンナが見てしまった記事があるから尚更である。

「た、確かにね?この世界では人狼ゲームが流行してる。人狼ゲームの実力者はそれだけで尊敬されるし、高い地位や身分を与えられることだってあるって聞くけど。だからって、人狼ゲームが弱い人は、生きる価値もないみたいな扱いをされるなんておかしなことじゃんか」
「でも有り得ないことはない、お前もそう思ってるんだろうカンナ?」
「そ、それはそうだけど……」
「転生者を集め、人狼ゲームをさせることで“チャンス”を与える。そしてそのチャンスを生かせなかった人間は、こちらで厳しい罰を与える大義名分が立つ。……大体、突然怪物に理不尽に殺されて、別の姿に転生された俺達だぞ?多少リスクがあっても、元の世界に帰るためならばゲームに挑みたいと思うのが当然のことだと思わないか?俺は、あの予選の段階で参加を辞退してこの世界に永住することを選べた人間は相当少ないと思っている。殆どの人間がゲームに参加して、そのうちの半数くらいは地獄に堕ちるんだ。……地獄に堕とすことこそ、最初から目的であったと考えるのが自然なことだろう」

 そんな、とカンナは思う。けれどそれ以上反論できなかったのは――地獄に堕ちた人間の末路の記事を読んでしまっているからに他ならない。
 ゲームに負けて堕とされた人間は、この国の地下に送られることになる。そして、あらゆる生体実験を受けさせられるのだというのだ。
 転生してきた人間は当然、この世界における“戸籍”がない。親兄弟にあたる人間もいない。いなくなっても誰も気に止めないし、探さない。非合法な手段を試すにはうってつけなのだという。



『ある異世界人は、水責めの拷問を受けて人がどれほど耐えられるかという実験を受けさせられていた。
 その人物は、全裸で水につけられ、とにかくいつまでもいつまでもそのまま放置させられるのだそうだ。口にはチューブをつけられ、飲み物と食べ物だけは流し込まれるのですぐに死ぬことはない。だが、排泄するために水の外に出ることは許されない。当然、垂れ流し状態になる。つまり、自分が浸かっている水の中にえんえんと排泄しなければならず、どんどん不潔な状態になっていくのだ。
 最終的には汚濁まみれになったその人物には生きたまま虫がたかり、発狂して死ぬとされている。その時間がどれほどであるのか、女王陛下は犯罪者の拷問を行う際の参考にするためデータを取っているのだという。』



『ある異世界人は、ひたすら子供を産まさせられていた。檻に閉じ込められて、注射器で種を注がれて孕まされ、産まされることの繰り返し。
 一体一人の女がどれだけの子供を短期間で産み続けることができるのか、その状況に耐えられるのかという実験らしい。
 これは、この国の人口が大きく減る事態になった時、人口を急激に増加させる方法を模索しているためではないかとされている。つまり女王陛下は、万が一の時は奴隷の女性たちを捕まえて、片っ端から子供を無理やり産ませる“工場”を作ることも考えてらっしゃるということだ。
 一人の人間が何人まで産めるか、そして生き延びられるか。異世界人達は、うってつけの実験材料というわけだ』



『ある異世界人は、体を折りたたんで狭い箱の中に閉じ込められる。こちらの場合は、口から飲み物と食べ物を流し込まれるのみならず、肛門と尿道にもチューブを差し込まれるので排泄も補助されることになる。
 ある意味こちらの方が残酷かもしれない。真っ暗な箱狭い、ひたすら食事と排泄のみを強制される状態になるわけだ。
 折りたたまれた状態で体は一切動かない。そして、真っ暗闇の箱の中では何も見えず、音も殆ど聞こえない。そんな状態で、果たして中の人間はどれほどの時間正気を保つことができるのかどうかを実験するらしい。
 多くの人間は、数日で頭がおかしくなるというが定かではない。この箱に詰められてデータを取られる人間は、恐ろしい数に上るとされている』



 聞けば聞くほど、ぞっとするような実験内容ばかりだった。あれが真実であるなどと、到底信じたくはない。同時に、自分達も負ければ同じ末路を辿るかもしれないということも。

「ジャックとマリーも、その地獄に堕ちたかもしれないってこと?人の尊厳を無視するような実験を受けさせられてるかもしれないの……?」

 寒気が止まらない。自分達にも負けられない理由はあったとはいえ、彼らをその場所に追いやってしまったのが自分だとわかっているから尚更だ。

「そ、そして……私達も……地獄に堕ちたらそんなふうに……」
「カンナ」
「ど、どうしよう絆。私、段々怖くなってきちゃったよ。絆と一緒に、元の世界に……日本に帰るんだって思ってたのに。予選の時は、それでどうにか頑張れたのに……」

 知らなければ良かった、のかもしれない。いずれにせよ、知る前の自分に戻ることなどできないけれど。
 絆も同じ立場だ。本当は怖いに決まっている。こんな風に弱音を吐いてしまったら、絆を怯えさせてしまうだけだ。わかっているのに、止められそうにない。
 自分が絆を救う。あの時は、確かにそう思って勇気を振り絞ったはずだったのに。

「私達、諦めた方がいいのかな。本戦を受けないで、この世界で生きることを選んだ方がいいのかな……?」

 じわじわと足下から這い上がってくるものを、抑えることができなかった。
 ああ、わからなくなってしまった。
 最良の選択というものは、一体どこにあるのだろうか。 
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