人狼女王

はじめアキラ

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<10・敗者の末路>

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 投票結果、そして勝敗結果が出た途端――マリーとジャックはそれぞれ崩れ落ち、呻き声を上げた。
 欠けは、人狼一匹と村人一匹。村人陣営の勝利。
 占い師はキャサリン、村人がカンナ、怪盗がミラ。そしてカンナが予想した通り、マリーが人狼でジャックがてるてるであったのである。マリーはジャックがてるてるであるところまで予想はしていなかったのかもしれない。いずれにせよ、二人が作った流れのままジャックを吊っていたら、ジャック以外の全員が敗北となっていたところだった。
 人狼であったマリーと、てるてるであったジャックは敗者。開始前の約束通りであるならば彼らはこのまま地獄とやらに落とされることになる。

「勝目のある作戦だと、思ってたのに……!」

 あああ、と頭を抱えて嘆くマリー。

「何で、どうして私が負けるの……!ワンナイトだって何回もやって勝ってるのによりにもよって今日……!こんな、こんな世界で生きていくなんて嫌。どんだけ楽園みたいだって言われたって、私の故郷は一つなんだから……!」
「マリー……」
「皆さん酷い、酷いです……私の事情も聞かずに」

 思わず気の毒に思って声をかけると、彼女は涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔を上げて告げた。童顔で可愛らしい少女の顔は、もはや見る影もないものとなっている。目は血走り、事実を拒否したいがためか歪に歪み、涙も鼻水も涎も完全に垂れ流しだ。

「今日は、久しぶりに息子と会えるはずだったんですよ。やっと刑期を終えて出てこられたのに……十歳になった息子と顔を合わせることのできる最初の日だったのに!意味がわからないですよ、なんでよりにもよってあの化物、私の前に現れるんですか!?私、ちょっと詐欺やっただけじゃないですか、殺されるほどの酷いことなんかやってないでしょお……!?それが、腕引きちぎられて、振り回されて殺されるとか、私が可哀想すぎるじゃないですか。それで元の世界に戻れるチャンスが来たと思ったらこんな、こんなふうに負け、あ、あああああああああああああああああ!」

 息子、という言い方。刑期、という表現。まだ年若い少女に見える彼女だが、実際はもっと年齢が高い人物であったのかもしれない。ここにいる全員が、実際の外見や年齢、もしかしたら性別も違う状態でクイーン・ガーデンに転生している。元々の現代日本でどのような生活を送り、どのように人生を終えたのかを知っているのは本人だけだった。
 嘆き悲しむマリーを、背中からそっと抱きしめるようにするのはジャックだ。

「ああ、本当に、本当に可哀想だな俺達は。大丈夫だ、マリー。俺は君が前世は人妻であっても犯罪者であっても気にしない。一緒に地獄に堕ちよう。二人で、共に地獄でやり直そう……!」
「はっ」

 一見感動的に見えるその台詞に水を挿したのはミラだった。そういえば彼女は最初から、マリーとジャックの二人を実に忌々しそうに見つめている。
 いや、これは。二人ではなく――ジャックを、だったのだろうか。

「気持ち悪いのよ、このクソオヤジ。あんた、前世じゃ性犯罪者か何かだったんじゃないの?」
「なっ!?き、君は何を言うんだ。敗者に鞭打つような真似するなんて最低だと思わないのか!?」
「思わないわね。そもそもあんた、ゲーム開始前から酷いわ。気づいてないとでも思ってたの?」

 ミラはつかつかとジャックの前に歩み寄ると、マリーを抱きしめていた男の頭を殴って吹っ飛ばした。おお、とキャサリンが感嘆の声を上げる。細身の女性に見えたミラは、存外パワーの持ち主であったらしい。ジャックは見事に、壁際まで吹っ飛ばされることになった。

「近くを私達が通り過ぎると、こっそりお尻触ってたの気づいてたわよ。そこのマリーに対してもそう、スキンシップ激しいのよ。肩を抱くだけじゃなくて、さらっとテーブルの下で太ももとかお尻とか触ってた。きっと前世はさぞかし残念な外見のキモオヤジとかだったんでしょうねえ!?」
「な、な、何を言うんだ!」

 売り言葉に買い言葉とはこういうことか。鼻血を垂れ流しながら、ジャックは言う。

「俺は犯罪なんかしていない!どいつもこいつも何で俺をそう誤解するんだ。大切な恋人が危ない目に遭わないよう、いつも見張って守っていただけなのに!彼女もそれを望んでた、俺達は愛し合っていた!彼女だけじゃない、俺は世間の可愛らしい女性を守る義務があるんだ、それを果たしているだけだ!スキンシップで少し体を触っただけで、犯罪者扱いなんてされては困る!」

 ダンディなおじさまに見えた男が、赤面し鼻の穴を膨らませながら言う様は実に滑稽だった。こういう人間だったんかい、とカンナは呆れるしかない。
 幸い自分は、ジャックとは席が離れていた。隣であったら、と思うと――少々ぞっとさせられるところである。

――もしや、ここにいるメンバー全員ワケありだったりするの?……み、ミラとかキャサリンは、普通の人だよね?そうだよね?

 段々と不安になってきた、その時だった。

『皆様、大変長らくお待たせしまシタ。準備ができましたので、刑の執行を行いマス』

 スピーカーから、案内人の声が。

『敗北したてるてるの黒のジャック。人狼の桃のマリー。お二人は約束通り、地獄に堕ちて頂きマス。ご安心くだサイ。地獄でも、長生きされる方はおりマス』
「ひっ」

 マリーがぎょっとしたように立ち上がり、部屋の隅へ逃げていく。暗幕に覆われた壁のどこかに、ドアか窓がないかと必死で探し始めた。だが、そこで逃がすほどこのゲームマスターは甘い存在ではないだろう。

『それでは、執行しマス』

 次の瞬間。テーブルの下に、ぽっかりと丸く黒い空間が広がった。そしてそこから、しゅるしゅると黒い触手のようなものが這い出してくる。

「な、何これ……!?」

 ぞっとしてテーブルから離れるカンナ。まるで穴から吐き出されるようにあふれた触手は、見事にカンナ、ミラ、キャサリンの三人を避けて飛び出していった。目指す先は刑の対象である、マリーとジャックである。

「ひいいい!」
「い、いや!嫌あああ!」

 何本もの触手が、彼と彼女の腕に、足に、首に、腹にと巻き付いた。服の上からでも体格が分かるほどぎっちりと縛り上げられて、彼らは苦しそうにもがいている。本人達は逃れようと必死にもがいているが、それを許すゲームマスターではなかった。彼らの抵抗も虚しく、二つの体はずるずるとテーブルの下の穴へと引きずり込まれていく。

「た、助けて、死にたくない、怖いいいいっ!嫌ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 断末魔のような声と共に、二人の体は穴の中に引っ張り込まれた。マリーの引き裂くような甲高い悲鳴がどんどん遠ざかっていく。どれほど深い穴であるのだろう。まさか本当に、この下に地獄があるとでもいうのだろうか。
 二人が完全に引っ張り込まれ、触手が引っ込むと同時に穴はしゅるしゅると閉じていった。あまりに非現実的な光景に、カンナはただただ茫然とするしかない。
 今更になって、はっきりと実感したのだ。
 此処は自分が知っている世界とはかけ離れていると。そして、ゲームに敗北していたら自分もこうなっていたのだということを。

――この世界って、なんなの……!?

 先ほどは必死だったせいで、いろんなものが麻痺していた。しかしこうして間近で敗者の末路を見てしまっては、じわじわと恐怖が足下から這い上がってくるのを止められそうにない。
 自分は、とんでもない世界に来てしまったのではないか。そしてとんでもないものへ参加してしまったのではないか。
 元の世界に戻り、絆を取り戻すために、間違った選択をしたわけではないとは思っているけれど。

『執行完了でございマス。予選を通過された皆様、お疲れ様でシタ』

 唖然とする自分達をよそに、しゅるしゅると暗幕が開き始めた。一枚の壁の向こうにドアが現れ、がちゃりと鍵が開く音が響く。

『皆様のタブレットは、大切にお持ちになってくだサイ。そこに、皆様がこれから住むことになる住所やこの世界の予備知識、そして本選の日程と場所などをお送りしマス。ちなみに、本選を辞退されたい方は、必ず前日までにお申し出くだサイ。この時点で辞退された方は地獄行きとはならず、賢明なご判断をされたものとしてこの国への永住権をお約束いたしマス』

 ぴぴっ、とタブレットが音を鳴らす。カレンは慌てて、テーブルの上に置きっぱなしだったタブレットを持ち上げた。もうすでに地獄への穴はないが、それでも近づくのには少し勇気がいってしまう。あれは到底、科学の産物とは思えなかった。やはりこの世界には、魔法と呼ばれるような不可思議な力が数多く存在しているということなのだろうか。
 興味がないと言えば、嘘になる。でも。

――やっぱり、ダメ。いくら怖くても、私は……全然別人の姿で、別の世界で、家族も絆も失って生きていくなんてできない……!

 自分には、帰りを待ってくれている人達がいる。助けを求めている人がいる。
 ならばどんなに恐ろしくても、前へ進むしかないのだ。

『それでは皆様、また会う時マデ。ご機嫌ヨウ』

 ぷつん、という音とともに、スピーカーは沈黙した。ざああ、一部の暗幕が音を立てて開くと、その壁に出口が出現した。スタスタとミラがドアのところまで歩いて行く。彼女がノブを回すと、あっさりとドアは開いた。

「鍵は本当に、開いているみたいね。……行きましょう。踊らされているみたいで、癪ではあるけれど」
「……そうだな」

 キャサリンが、茫然としたままのカンナの方を振り返り、ぽん、と肩を叩いた。

「歩けるか?カロリーヌ」
「は、はい……大丈夫……」
「それならいい」

 彼女はそっとカンナの頭を撫でると、その美貌に優しい笑みを浮かべて告げた。

「気にするな。……あの二人を負かしたのは、俺達全員だ。お前一人で全てを背負う必要はないからな」
「へ?」

 その口から、見た目を裏切る一人称が飛び出してきてカンナは目を見開いた。まさか、と思うカンナの手を。キャサリンは微笑みながら、そっと握り締めたのだった。
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