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<4・ようこそ、女王の庭へ>
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――私は、死んだはず。あの化物に襲われて、絆と一緒に……。
追憶から戻ってきたカンナは、混乱したまま顔を上げた。死んだはずの自分が何故、こんな場所にるのだろう。しかも、緑色の髪に赤いドレスを着た、まるでお姫様のような姿になって。
あの怪物の正体も何もかもわからないことだらけだったが、何よりこんな空間に閉じ込められていきなり“ゲームに参加するかどうか選べ”というのも謎でしかないのである。しかもそのゲームが、カンナが慣れ親しんできた“汝は人狼なりや?”であるということも。
「い、意味わかんないわ!」
この空間には、カンナ以外に五人の男女がいた。カンナを含めると女性四人、男性一人なのであまりバランスはよくない。そのうちの一人、黄色のドレスを着た女性が顔を真っ赤にして怒鳴る。
よく見ると、全員の座っている席にはプレートがついていた。黄色のドレスの女性の前には、黄色のプレートで“ミラ”と書かれていた。どうやらこれが、自分達のこの世界における名前、あるいはハンドルネームのようなものであるらしい。カンナの目の前にも、赤いプレートで“カロリーヌ”と書かれていた。カンナだからカロリーヌなんだろうか、と思わず首をひねってしまう。まるでどこぞのご令嬢のような名前ではないか。
「説明が足らなすぎよ!と、突然よくわかんない怪物に喰い殺されたと思ったら、気がついたらこんなところにいて……。しかも、姿が元の自分と全然違うし!いきなり人狼やれとか言われるのも意味不明だし!」
「ちょっと待って」
思わずカンナは口を挟んでいた。ミラ、という名前がつけられているらしい彼女の言葉には、あちこち気になる点があったからだ。
「えっと。……とりあえずそこのプレートの名前で呼ばせてもらうけど。ミラさん、貴女も怪物に襲われたんだね?しかも……その様子だと人狼を知ってるみたいだ。……元いた世界は私と同じ、地球の日本であってる?」
「!あなたも、なの?」
「うん」
カンナの言葉に、ミラは目を見開く。すると、ミラの隣に座っていた青いドレスに黒髪の女性が口を開いた。小柄で華奢、しかしきりっとした眼光鋭い美人である。ミラよりだいぶ年が若く見えるが、中高生くらいだろうか。プレートには“キャサリン”とある。
「お……私もだ。私も元々は現代の日本にいた。二十一世紀のな。そして怪物に襲われて死んだと思ったらここにいた。その世界には人狼ゲームもあった。……もしや、全員同じ状況で集められたのか?」
「わ、私もです!」
「俺もだ。もしや全員同じ境遇か?」
小学生くらいに見える、桃色のドレスを着た女の子。それから、髭を蓄えた黒服の紳士も口々に告げた。女の子はプレートに“マリー”、髭の男性はプレートに“ジャック”と書かれている。
どういうことだ、とカンナは思った。あの怪物は、自分達のところにだけ現れたわけではなかったのか、と。しかも全員ファンタジーの住人のような姿をしているが、この様子だと全員がもともとは自分と同じ日本人であるようではないか。そもそも、よくよく考えたら普通に日本語が通じるのだから、中身は日本人だと考えた方が自然なのは間違いない。
『静粛に。そうですね、ご説明しまショウ』
ざわつきだした自分達をどこかで見ているのか、スピーカーの主は告げる。
『まず、皆様が此処に居る経緯カラ。皆様は、ある災厄に巻き込まれて、全員命を落とし……この世界に転生しまシタ』
「災厄?」
『皆様が目撃した、灰色の巨人。あれは“罪喰い”というものデス。その生態には謎が多く、我々もまだ研究している最中なのデスガ……本来皆様が生きていた二十一世紀の地球、日本に罪喰いは存在するはずのないものデシタ。あれは、本来どこにも生息するはずがないモノ。にもかかわらず、時折多くの異世界に現れては、一定の生物を喰い殺すという事件を起こすのデス。その発生メカニズムは全く予測できないのでスガ、怪物が殺した死体には痕跡が残るので……怪物が事件を起こした後に事件の発生を知ることはできマス』
罪喰い。一体どういう意図で、そのような名前がつけられたのだろう。カンナはあの巨人を思い出し、ぶるると体を震わせた。
絆を殺された絶望。そして、生きたまま腹を裂かれた激痛と恐怖が蘇る。自分の人生が、あのような形で絶たれるなど思ってもみなかったことだ。まさかそれが、世界単位で予測不能な天災の類であったなど誰が思うだろうか。
『皆様が転生したこの世界は、“クイーン・ガーデン”と呼ばれておりマス。我らが女王陛下が統治する、秩序ある紳士淑女の庭でございマス。女王陛下は数々の異世界の存在を認知し、時折干渉を行う力をお持ちデス。多くの異世界を観察する中で、罪喰いの存在を知り、その行方を追っていらっしゃいまシタ。女王陛下は、罪喰いの犠牲者をなんとしてでもなくしたい、救済したいとお考えデス。それゆえに、事件の発生を知り、罪喰いに殺された人々の魂を呼び寄せてこの世界に転生させたのデス。皆さんに救済、あるいは祝福を齎すために』
ぽう、と花瓶型のスピーカーから光が照射された。スピーカーの上に浮かぶようにして、ホログラムが投影される。そこには、ひらひらと蝶が舞い踊り、子供達が遊ぶ花畑の様子が映し出されていた。その向こうには、大きな城のようなものが見える。もしやこれが、この建物の外の光景だというのだろうか。
世界一つ、まるごと統治する女王。一体どのような存在なのだろう。
『女王陛下は、絶大な魔力をお持ちなのデス。……ゆえに、皆様の願いを叶えることができマス。皆様は、それぞれが新しい姿と名前を持って、この世界に転生しまシタ。その姿で、この楽園のような世界で生きるのも良し。ゲームに勝利し、女王陛下のお力を借りて元の世界に帰ることも良し。どちらでも、好きな方を選んでいいと陛下は仰せデス』
「!私達は、元の世界に戻れるの!?」
『ゲームに勝てば、可能デス。この世界の時間とあちらの世界の時間は進み方が極端に違いマス。こちらの世界で長く過ごしても、皆様の世界では殆ど時間が進まないのデス。よって、女王陛下の力で、罪喰いが獲物を食って満足して消滅した後……その世界に皆様を元の姿に戻して転送すれば。皆様は、そのまま何事もなかったように、元の世界で生きていくことができマス。罪喰いは獲物を喰うと消滅しますし、罪喰いに食われた獲物は罪喰いと一緒に骨も血も残さず消えマス。元の世界に、元の姿に戻って転移すれば、皆様は元通りの生活に戻ることができるでショウ……』
それじゃあ、とカンナは眼を輝かせた。あの化物がいなくなったとはいえ、あのまま家に戻るのは怖い気もするが――それでも、元の世界に戻ることができるかもしれないというのは大きな希望である。
問題は。
「……質問したいんだけど」
カンナはそっと手を挙げる。
「女王様のゲームに勝てば……願いを叶えて貰えるんだよね?なら、私と一緒に殺された人も、一緒に戻して貰うことはできるの?」
自分だけ戻っても、意味がない。戻るなら、絆も一緒でなければ。
そう、彼も怪物に殺された犠牲者であるはず。ならば、自分と同じようにこの世界のどこかに転生しているのだろうか。
『ご安心くだサイ。可能デス』
その質問は想定内だったのだろう。スピーカーの声はすぐに返事を返してきた。
『ゲームの勝者を、女王様は祝福いたしマス。女王様は、頭脳明晰で、勇敢な人間を大層好まれマス。ゲームに勝利する人間の望みであるならば、大切な存在と一緒の帰還も許してくださることでショウ』
「そ、そうか!良かった……!」
『ただし、一つ忘れてはなりまセン。ゲームには、罰ゲームが付き物デス。女王陛下は聡明で勇気ある者が大好きデスガ……同じだけ、無謀で愚鈍な者を嫌っていらっしゃるのデス。己の力量も理解せず、ゲームに挑んで敗北した者は……地獄に堕ちて頂くことになりマス』
「じ、地獄……」
そうだ、一番最初にこの声の主は言っていた。げーむに敗北した者は地獄行きであると。
女王が求めるものはあくまで、ゲームの勝者たる“勇者”のみであると――。
『地獄は、愚かな者が生まれ変わる場所。敗者には、敗者に相応しい奈落の底があると陛下は仰せデス。どのような場所なのかは私にもわかりまセンガ、ゲームをクリアする自信がない者は辞退した方が良いとだけ申し上げておきマス。ご安心くだサイ。この世界は、女王様が統治する“絶対安全”な楽園デス。辛い仕事も苦痛もない、毎日幸福を享受して暮らすことのできる世界……賢明な辞退をした者を、女王様は歓迎いたしマス。この世界を受け入れ、生きていくのも一つの選択でショウ……』
さあ、どうしまスカ、と。声の主は告げる。
『既にゲームは始まっていると言ってもいいでショウ。どうか、賢明な判断ヲ。地獄に堕ちるよりは、この幸福な世界でずっと生き続けた方が良いのは間違いないことですカラ……』
「…………」
ホログラムは、どんどん切り替わっている。花畑の次は、どこかの西洋風なお洒落な町並みだった。どこもかしこも薔薇で飾られたその空間は、どことなく不思議の国のアリスを想像させるだろう。通りすがる人々は皆貴族のような華やかな服装を身にまとい、穏やかに談笑している。皆、幸せそうに見えるのは間違いなかった。海外にありそうな町だと思えば、異世界というよりも外国を旅している気分になりそうである。
絆と二人、こういう場所を観光できたらきっと楽しかっただろうな、とカンナは思った。けれどそれは、あくまで彼と一緒に遠方に遊びに行けたなら、という話。この世界で、本来の自分も捨てて、転生者として生きていくことが本当にできるだろうか。
自分には、大地カンナとしての意思がある。意識があり、記憶がある。そして大地カンナとして、大切に思っている家族があり――想い人が存在している。
その全てを、なかったことになどできない。あの怪物に襲われたという恐ろしい結末があったとしても、自分はどこまでいっても自分以外の何者でもないのだ。どこぞのアニメのように、異世界転生して元の世界をあっさり諦めて生きるなんてこと、できるはずもないのである。
自分は地球の、日本人の大地カンナだ。
その己と、愛する人を取り戻せるというのなら。そしてそれが、自分にも勝目のある勝負であるというのなら――。
「……私は、ゲームに参加する」
皆が沈黙する中、カンナは真っ先に宣言したのである。
「ゲームに勝利して……元の自分と、大切な人を取り戻す!」
どれほど恐ろしくても、前に進む以外に路はないのだ。
全ては絆と一緒に、元の世界に帰るために。
追憶から戻ってきたカンナは、混乱したまま顔を上げた。死んだはずの自分が何故、こんな場所にるのだろう。しかも、緑色の髪に赤いドレスを着た、まるでお姫様のような姿になって。
あの怪物の正体も何もかもわからないことだらけだったが、何よりこんな空間に閉じ込められていきなり“ゲームに参加するかどうか選べ”というのも謎でしかないのである。しかもそのゲームが、カンナが慣れ親しんできた“汝は人狼なりや?”であるということも。
「い、意味わかんないわ!」
この空間には、カンナ以外に五人の男女がいた。カンナを含めると女性四人、男性一人なのであまりバランスはよくない。そのうちの一人、黄色のドレスを着た女性が顔を真っ赤にして怒鳴る。
よく見ると、全員の座っている席にはプレートがついていた。黄色のドレスの女性の前には、黄色のプレートで“ミラ”と書かれていた。どうやらこれが、自分達のこの世界における名前、あるいはハンドルネームのようなものであるらしい。カンナの目の前にも、赤いプレートで“カロリーヌ”と書かれていた。カンナだからカロリーヌなんだろうか、と思わず首をひねってしまう。まるでどこぞのご令嬢のような名前ではないか。
「説明が足らなすぎよ!と、突然よくわかんない怪物に喰い殺されたと思ったら、気がついたらこんなところにいて……。しかも、姿が元の自分と全然違うし!いきなり人狼やれとか言われるのも意味不明だし!」
「ちょっと待って」
思わずカンナは口を挟んでいた。ミラ、という名前がつけられているらしい彼女の言葉には、あちこち気になる点があったからだ。
「えっと。……とりあえずそこのプレートの名前で呼ばせてもらうけど。ミラさん、貴女も怪物に襲われたんだね?しかも……その様子だと人狼を知ってるみたいだ。……元いた世界は私と同じ、地球の日本であってる?」
「!あなたも、なの?」
「うん」
カンナの言葉に、ミラは目を見開く。すると、ミラの隣に座っていた青いドレスに黒髪の女性が口を開いた。小柄で華奢、しかしきりっとした眼光鋭い美人である。ミラよりだいぶ年が若く見えるが、中高生くらいだろうか。プレートには“キャサリン”とある。
「お……私もだ。私も元々は現代の日本にいた。二十一世紀のな。そして怪物に襲われて死んだと思ったらここにいた。その世界には人狼ゲームもあった。……もしや、全員同じ状況で集められたのか?」
「わ、私もです!」
「俺もだ。もしや全員同じ境遇か?」
小学生くらいに見える、桃色のドレスを着た女の子。それから、髭を蓄えた黒服の紳士も口々に告げた。女の子はプレートに“マリー”、髭の男性はプレートに“ジャック”と書かれている。
どういうことだ、とカンナは思った。あの怪物は、自分達のところにだけ現れたわけではなかったのか、と。しかも全員ファンタジーの住人のような姿をしているが、この様子だと全員がもともとは自分と同じ日本人であるようではないか。そもそも、よくよく考えたら普通に日本語が通じるのだから、中身は日本人だと考えた方が自然なのは間違いない。
『静粛に。そうですね、ご説明しまショウ』
ざわつきだした自分達をどこかで見ているのか、スピーカーの主は告げる。
『まず、皆様が此処に居る経緯カラ。皆様は、ある災厄に巻き込まれて、全員命を落とし……この世界に転生しまシタ』
「災厄?」
『皆様が目撃した、灰色の巨人。あれは“罪喰い”というものデス。その生態には謎が多く、我々もまだ研究している最中なのデスガ……本来皆様が生きていた二十一世紀の地球、日本に罪喰いは存在するはずのないものデシタ。あれは、本来どこにも生息するはずがないモノ。にもかかわらず、時折多くの異世界に現れては、一定の生物を喰い殺すという事件を起こすのデス。その発生メカニズムは全く予測できないのでスガ、怪物が殺した死体には痕跡が残るので……怪物が事件を起こした後に事件の発生を知ることはできマス』
罪喰い。一体どういう意図で、そのような名前がつけられたのだろう。カンナはあの巨人を思い出し、ぶるると体を震わせた。
絆を殺された絶望。そして、生きたまま腹を裂かれた激痛と恐怖が蘇る。自分の人生が、あのような形で絶たれるなど思ってもみなかったことだ。まさかそれが、世界単位で予測不能な天災の類であったなど誰が思うだろうか。
『皆様が転生したこの世界は、“クイーン・ガーデン”と呼ばれておりマス。我らが女王陛下が統治する、秩序ある紳士淑女の庭でございマス。女王陛下は数々の異世界の存在を認知し、時折干渉を行う力をお持ちデス。多くの異世界を観察する中で、罪喰いの存在を知り、その行方を追っていらっしゃいまシタ。女王陛下は、罪喰いの犠牲者をなんとしてでもなくしたい、救済したいとお考えデス。それゆえに、事件の発生を知り、罪喰いに殺された人々の魂を呼び寄せてこの世界に転生させたのデス。皆さんに救済、あるいは祝福を齎すために』
ぽう、と花瓶型のスピーカーから光が照射された。スピーカーの上に浮かぶようにして、ホログラムが投影される。そこには、ひらひらと蝶が舞い踊り、子供達が遊ぶ花畑の様子が映し出されていた。その向こうには、大きな城のようなものが見える。もしやこれが、この建物の外の光景だというのだろうか。
世界一つ、まるごと統治する女王。一体どのような存在なのだろう。
『女王陛下は、絶大な魔力をお持ちなのデス。……ゆえに、皆様の願いを叶えることができマス。皆様は、それぞれが新しい姿と名前を持って、この世界に転生しまシタ。その姿で、この楽園のような世界で生きるのも良し。ゲームに勝利し、女王陛下のお力を借りて元の世界に帰ることも良し。どちらでも、好きな方を選んでいいと陛下は仰せデス』
「!私達は、元の世界に戻れるの!?」
『ゲームに勝てば、可能デス。この世界の時間とあちらの世界の時間は進み方が極端に違いマス。こちらの世界で長く過ごしても、皆様の世界では殆ど時間が進まないのデス。よって、女王陛下の力で、罪喰いが獲物を食って満足して消滅した後……その世界に皆様を元の姿に戻して転送すれば。皆様は、そのまま何事もなかったように、元の世界で生きていくことができマス。罪喰いは獲物を喰うと消滅しますし、罪喰いに食われた獲物は罪喰いと一緒に骨も血も残さず消えマス。元の世界に、元の姿に戻って転移すれば、皆様は元通りの生活に戻ることができるでショウ……』
それじゃあ、とカンナは眼を輝かせた。あの化物がいなくなったとはいえ、あのまま家に戻るのは怖い気もするが――それでも、元の世界に戻ることができるかもしれないというのは大きな希望である。
問題は。
「……質問したいんだけど」
カンナはそっと手を挙げる。
「女王様のゲームに勝てば……願いを叶えて貰えるんだよね?なら、私と一緒に殺された人も、一緒に戻して貰うことはできるの?」
自分だけ戻っても、意味がない。戻るなら、絆も一緒でなければ。
そう、彼も怪物に殺された犠牲者であるはず。ならば、自分と同じようにこの世界のどこかに転生しているのだろうか。
『ご安心くだサイ。可能デス』
その質問は想定内だったのだろう。スピーカーの声はすぐに返事を返してきた。
『ゲームの勝者を、女王様は祝福いたしマス。女王様は、頭脳明晰で、勇敢な人間を大層好まれマス。ゲームに勝利する人間の望みであるならば、大切な存在と一緒の帰還も許してくださることでショウ』
「そ、そうか!良かった……!」
『ただし、一つ忘れてはなりまセン。ゲームには、罰ゲームが付き物デス。女王陛下は聡明で勇気ある者が大好きデスガ……同じだけ、無謀で愚鈍な者を嫌っていらっしゃるのデス。己の力量も理解せず、ゲームに挑んで敗北した者は……地獄に堕ちて頂くことになりマス』
「じ、地獄……」
そうだ、一番最初にこの声の主は言っていた。げーむに敗北した者は地獄行きであると。
女王が求めるものはあくまで、ゲームの勝者たる“勇者”のみであると――。
『地獄は、愚かな者が生まれ変わる場所。敗者には、敗者に相応しい奈落の底があると陛下は仰せデス。どのような場所なのかは私にもわかりまセンガ、ゲームをクリアする自信がない者は辞退した方が良いとだけ申し上げておきマス。ご安心くだサイ。この世界は、女王様が統治する“絶対安全”な楽園デス。辛い仕事も苦痛もない、毎日幸福を享受して暮らすことのできる世界……賢明な辞退をした者を、女王様は歓迎いたしマス。この世界を受け入れ、生きていくのも一つの選択でショウ……』
さあ、どうしまスカ、と。声の主は告げる。
『既にゲームは始まっていると言ってもいいでショウ。どうか、賢明な判断ヲ。地獄に堕ちるよりは、この幸福な世界でずっと生き続けた方が良いのは間違いないことですカラ……』
「…………」
ホログラムは、どんどん切り替わっている。花畑の次は、どこかの西洋風なお洒落な町並みだった。どこもかしこも薔薇で飾られたその空間は、どことなく不思議の国のアリスを想像させるだろう。通りすがる人々は皆貴族のような華やかな服装を身にまとい、穏やかに談笑している。皆、幸せそうに見えるのは間違いなかった。海外にありそうな町だと思えば、異世界というよりも外国を旅している気分になりそうである。
絆と二人、こういう場所を観光できたらきっと楽しかっただろうな、とカンナは思った。けれどそれは、あくまで彼と一緒に遠方に遊びに行けたなら、という話。この世界で、本来の自分も捨てて、転生者として生きていくことが本当にできるだろうか。
自分には、大地カンナとしての意思がある。意識があり、記憶がある。そして大地カンナとして、大切に思っている家族があり――想い人が存在している。
その全てを、なかったことになどできない。あの怪物に襲われたという恐ろしい結末があったとしても、自分はどこまでいっても自分以外の何者でもないのだ。どこぞのアニメのように、異世界転生して元の世界をあっさり諦めて生きるなんてこと、できるはずもないのである。
自分は地球の、日本人の大地カンナだ。
その己と、愛する人を取り戻せるというのなら。そしてそれが、自分にも勝目のある勝負であるというのなら――。
「……私は、ゲームに参加する」
皆が沈黙する中、カンナは真っ先に宣言したのである。
「ゲームに勝利して……元の自分と、大切な人を取り戻す!」
どれほど恐ろしくても、前に進む以外に路はないのだ。
全ては絆と一緒に、元の世界に帰るために。
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