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<3・罪喰い、襲来>
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その日は、とてもよく晴れていたのだ。夏の入道雲が、住宅街の後ろに沸き立つように盛り上がっていて、青く透けるような青空がどこまでも色鮮やかで。
煩いくらい蝉の声が鳴いていた。窓を締めて、エアコンをかけていてもわかるくらいに。
どうしておかしいと思うことができなかったのだろう。その瞬間は、異様なほど静かであったというのに。まるで、日常に存在する音を、あの怪物が全て飲み込んでいってしまったかのように。
『な、に……あれ……』
人間、予想もしていなかったものに突然出くわすとフリーズする生き物だろう。現代日本に存在するはずがないもの、であるなら尚更だ。何か絵でも張り付いているのか、あるいは何かを見間違えているのか。そんな風に現実逃避してしまうことを、一体誰が責められるというのか。
そして、本能が危険を察知することができず、むしろ興味を持ってそろりそろりとその方向へ近づいていってしまうことも、また。
『カンナ!』
窓に近づこうとするカンナに、鋭い声が飛んだ。絆の方を振り返ろうとした時、ぴしり、と嫌な音が響き渡る。
目の前の窓から、だった。窓際に張り付いた灰色の、ぶよぶよした肉。それがぎりぎりと音を立ててガラスに指を食い込ませようとしているのである。
ぴしり、ぴしり、ぴしり――嫌な音とともに、蜘蛛の巣状にひび割れていく脆いガラス。そして。
ガシャアアアアアアアアアアアアアン!
思い切り絆に腕を引っ張られるのと、その怪物が窓を破って中に入ってくるのは同時だった。
『ひっ!』
思わず尻餅をつくカンナ。肝は座っている方だと思っていたが、まさかこの現実の日本で突然灰色の巨人のような化物に襲われるだなんて、一体誰が想像できるだろう。
そいつは、2mをゆうに超える巨体を持っていた。バラバラとガラスの破片が降り注ぎ、顔や庇った腕に細かな傷がついて痛みが伴ったはずだった。にもかかわらず、今はそんな小さな傷さえも気にならないほど、目の前の圧倒的な恐怖に釘付けになっている。そいつは人間に似た体を持っているにも関わらず、明らかに人間とは異なる種族に違いなかった。ぶよぶよとした灰色の肉は、人肉よりもゴムでできているかのよう。筋骨隆々な体は上半身ばかりが妙に大きく、やや細い下半身とはどう見てもバランスが取れていなかった。
何より特徴的なのは、その全裸の筋肉質な体の上に乗っかっている頭だろう。人類がおおよそ想像する“宇宙人”の顔に近いものがあるかもしれない。頭髪がなく、鼻はぺたんこで、それでいてアンバランスなほど大きく避けた口からはずらりと細かい歯が覗いているのだ。
何より気持ち悪いのは、その真っ黒な目。まるで、闇の底を覗いているかのように感情というものが欠落している。にもかかわらず、全身からはビンビンに殺気が溢れ出し、獲物を睨めつくように見下ろしているのだ。無感動に、それでいてどのように残酷に殺してやろうかと考えているかのように。
『な、な、なん……』
何なのこいつ。何でうちに、ガラス破って入ってきてんの。
いろいろ言おうとした言葉があったはずだが、どれも情けないほど引きつった音にしかならなかった。とにかく立ち上がって、逃げなければいけないことはわかっている。それなのに、完全に足から力が抜けてしまって動けない。このままでは、ほぼ確実に殺されることは明白であるというのに。
――逃げなきゃ。
ずるずると、尻餅をついたまま後退するだけで、精一杯。狭い部屋の中で、逃げられる場所など限られているというのに。
――に、逃げなきゃ……逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ!!
わかっている。
わかっているのに、動けない。
――怖い……!
『カンナぁ!』
そんなカンナの鼓膜をびりびりと揺さぶったのは、絆の声だった。彼は細腕で、その場にあった椅子を持ち上げると――あろうことか化物に向かって、振りかぶったのである。
『立て、訳がわからないが、立つしかないだろ!逃げろっ!』
『きっ』
きずな、と。名前を呼ぼうとするのと。彼が化物に向かって投げつけた椅子が、真っ二つに引き裂かれるのは同時だった。
化物がその丸太のように太い腕で、軽く投げつけられた椅子を振り払った、それだけなのに。自分達がさっきまで使っていた木製の椅子は、バラバラと木屑を散らせて無残な有様となっていたのである。
きらり、と覗いたのは。その化物の振るった腕の先、指から生える鋭い爪だ。椅子を一撃で真っ二つにするほどの、威力。
『逃げっ……』
きっと、逃げろ、と言おうとしたのだろう。しかし絆の言葉は、最後まで響くことはなかった。化物は動けない臆病な獲物より、積極的に歯向かってくる存在の方を先に片付けるべきと判断したらしい。
絆の華奢な体が、思い切り壁に吹き飛ばされていた。べしゃり、と真っ赤な色がカンナの方まで飛び散る。何が起きたのか、理解することを頭が拒否していた。絆はまだ生きている。生きているが――その右肩から先が、すっぱりとなくなっていた。
ほんのついさっき、カンナの額に優しく触れてくれた、絆の手が。
『き、絆――っ!いや、いやだああ!』
『来るなっ!』
『!』
激痛と出血で、意識が朦朧としていたはずだ。それでも、初めて見るような険しい顔をした絆は。こちらを音がしそうなほど強く睨んで叫んだのである。
『逃げろ、こいつが俺に構っているうちに、早くっ……頼むから!』
どうしてそんなに勇敢になれたのか。怖くて、痛くて、逃げ出したいのはただの高校生でしかない絆も同じであったはずだというのに。
彼は腕を失ってなお、よろよろと立ち上がると――そのまま雄叫びを上げて化物に体当たりをした。絶叫し、血まみれになりながら、必死で化物を押し止めようと奮闘する。
――き、絆……絆、絆、絆!
自分では、助けられない。誰か助けを呼ばなければ、どうにもならない。
恐らくその思考は正しい。だが、それは同時に、今この場から逃げるためのあまりにも卑怯な言い訳でもあった。自分は絆を見捨てていない、助けを呼びに行くだけだ、という。
『あ、あああああ!』
最後に見たのは、化物の爪が絆の胸を貫く光景。噴水のようにその心臓から血が噴き上がる有様だった。泣き叫びながらカンナはその場を逃げ出したのである。自分を命がけて助けてくれた、大好きな人を置き去りにして。
――何で、何で何で何でこんなことになってるんだよ!私が、私が、絆が、一体何をしたっていうんだ!!
自分は悪い夢か何かを見ているのだろうか。そうであってほしかった。きっと絆と一緒に人狼談義をして、そのまま疲れて眠ってしまって。本当の自分はベッドの上で、ヨダレを垂らしてみっともなく眠っているのである。風呂にも入らず、ごはんも食べないで寝てしまったせいでしょうもない夢を見ているに違いない。だって有り得ないではないか、突然自分の家の窓を破って、化物が襲ってくるだなんて。それで絆が、腕をちぎられて、胸を裂かれて殺されるだなんて。
こんな現実など、あっていいはずがない。
早く醒めなければ。助けを呼ぶことができれば、悪夢はどうにか終わるのだろうか。
――助けて……誰か、誰かあ!
階段を転がるように駆け下り、靴も履かずに玄関を飛び出した、まさにその時だった。
「へ」
何かにぶつかり、再度尻餅をついたカンナの目に映ったのは――先ほどとそっくりな、灰色の巨体。
「なん、で」
化物は、あの部屋にいたはずでは。何故玄関の外に出現するのか。まさか、もう一匹いたとでも?
「う」
嘘でしょ、という言葉は声にならなかった。怪物が振り抜いてきた手刀が、もろにカンナの腹にヒットしたからである。
「ぐぼっ」
開いたままの玄関、家の中まで思い切り吹っ飛ばされ、舞い戻る結果となった。頭と背中を、おもろにタタキに打ち付けることになる。痛い、と漏らそうとした口からはもはや声もでなかった。ごぼり、という濁った音と共に、どろどろとしたものが口から大量に溢れ出してくる。それは赤黒い色をしていた。何でこんなもの、と思って体を見下ろしたカンナは気づく。
自分の体が真っ赤であるということに。
ぶちゅり、と音を立てて――引き裂かれた腹部から、蜷局を巻いたヘビのようなものが溢れ出してきているということに。それは真っ赤な体液を纏った、ぬめぬめとしたピンク色の物体。さっきの攻撃で、腹を割かれたのだ。気づいた瞬間、再び嘔吐していた。同時に、麻痺していた激痛が腹から湧き上がり、のたうちまわって苦しむことになる。
――痛い、痛い痛い痛い痛い!
何で自分が、こんな目に。
内臓のかけらが混じった血反吐を吐きつつ、腹から溢れ出してこようとする腸を引きずりながら、どうにか顔だけ起こしたカンナは見てしまった。
玄関の中に、どかどかと足音を鳴らして踏み込んでくる影を。
――お腹痛い、痛いよ。
にたぁ、と大きく引き裂けた口で嗤う怪物。あるいは、本人は笑っているつもりもないのかもしれない。ただ怪物は獲物を食べようという本能に従っているだけなのかもしれなかった。
確かなことは、一つ。
自分はこのまま、ここで殺される。化物に生きたままズタズタにされて殺されるのだ――絆と同じように。
――た、すけて。死にたくない。死にたくないよおっ……!
記憶にあるのは、そこまでだ。
化物が再び拳を振り下ろした次の瞬間、ぐきり、という音と共にカンナの視界は不自然に曲がり――ぶつん、とスイッチを切るかのように、真っ暗な闇に閉ざされたのだから。
煩いくらい蝉の声が鳴いていた。窓を締めて、エアコンをかけていてもわかるくらいに。
どうしておかしいと思うことができなかったのだろう。その瞬間は、異様なほど静かであったというのに。まるで、日常に存在する音を、あの怪物が全て飲み込んでいってしまったかのように。
『な、に……あれ……』
人間、予想もしていなかったものに突然出くわすとフリーズする生き物だろう。現代日本に存在するはずがないもの、であるなら尚更だ。何か絵でも張り付いているのか、あるいは何かを見間違えているのか。そんな風に現実逃避してしまうことを、一体誰が責められるというのか。
そして、本能が危険を察知することができず、むしろ興味を持ってそろりそろりとその方向へ近づいていってしまうことも、また。
『カンナ!』
窓に近づこうとするカンナに、鋭い声が飛んだ。絆の方を振り返ろうとした時、ぴしり、と嫌な音が響き渡る。
目の前の窓から、だった。窓際に張り付いた灰色の、ぶよぶよした肉。それがぎりぎりと音を立ててガラスに指を食い込ませようとしているのである。
ぴしり、ぴしり、ぴしり――嫌な音とともに、蜘蛛の巣状にひび割れていく脆いガラス。そして。
ガシャアアアアアアアアアアアアアン!
思い切り絆に腕を引っ張られるのと、その怪物が窓を破って中に入ってくるのは同時だった。
『ひっ!』
思わず尻餅をつくカンナ。肝は座っている方だと思っていたが、まさかこの現実の日本で突然灰色の巨人のような化物に襲われるだなんて、一体誰が想像できるだろう。
そいつは、2mをゆうに超える巨体を持っていた。バラバラとガラスの破片が降り注ぎ、顔や庇った腕に細かな傷がついて痛みが伴ったはずだった。にもかかわらず、今はそんな小さな傷さえも気にならないほど、目の前の圧倒的な恐怖に釘付けになっている。そいつは人間に似た体を持っているにも関わらず、明らかに人間とは異なる種族に違いなかった。ぶよぶよとした灰色の肉は、人肉よりもゴムでできているかのよう。筋骨隆々な体は上半身ばかりが妙に大きく、やや細い下半身とはどう見てもバランスが取れていなかった。
何より特徴的なのは、その全裸の筋肉質な体の上に乗っかっている頭だろう。人類がおおよそ想像する“宇宙人”の顔に近いものがあるかもしれない。頭髪がなく、鼻はぺたんこで、それでいてアンバランスなほど大きく避けた口からはずらりと細かい歯が覗いているのだ。
何より気持ち悪いのは、その真っ黒な目。まるで、闇の底を覗いているかのように感情というものが欠落している。にもかかわらず、全身からはビンビンに殺気が溢れ出し、獲物を睨めつくように見下ろしているのだ。無感動に、それでいてどのように残酷に殺してやろうかと考えているかのように。
『な、な、なん……』
何なのこいつ。何でうちに、ガラス破って入ってきてんの。
いろいろ言おうとした言葉があったはずだが、どれも情けないほど引きつった音にしかならなかった。とにかく立ち上がって、逃げなければいけないことはわかっている。それなのに、完全に足から力が抜けてしまって動けない。このままでは、ほぼ確実に殺されることは明白であるというのに。
――逃げなきゃ。
ずるずると、尻餅をついたまま後退するだけで、精一杯。狭い部屋の中で、逃げられる場所など限られているというのに。
――に、逃げなきゃ……逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ!!
わかっている。
わかっているのに、動けない。
――怖い……!
『カンナぁ!』
そんなカンナの鼓膜をびりびりと揺さぶったのは、絆の声だった。彼は細腕で、その場にあった椅子を持ち上げると――あろうことか化物に向かって、振りかぶったのである。
『立て、訳がわからないが、立つしかないだろ!逃げろっ!』
『きっ』
きずな、と。名前を呼ぼうとするのと。彼が化物に向かって投げつけた椅子が、真っ二つに引き裂かれるのは同時だった。
化物がその丸太のように太い腕で、軽く投げつけられた椅子を振り払った、それだけなのに。自分達がさっきまで使っていた木製の椅子は、バラバラと木屑を散らせて無残な有様となっていたのである。
きらり、と覗いたのは。その化物の振るった腕の先、指から生える鋭い爪だ。椅子を一撃で真っ二つにするほどの、威力。
『逃げっ……』
きっと、逃げろ、と言おうとしたのだろう。しかし絆の言葉は、最後まで響くことはなかった。化物は動けない臆病な獲物より、積極的に歯向かってくる存在の方を先に片付けるべきと判断したらしい。
絆の華奢な体が、思い切り壁に吹き飛ばされていた。べしゃり、と真っ赤な色がカンナの方まで飛び散る。何が起きたのか、理解することを頭が拒否していた。絆はまだ生きている。生きているが――その右肩から先が、すっぱりとなくなっていた。
ほんのついさっき、カンナの額に優しく触れてくれた、絆の手が。
『き、絆――っ!いや、いやだああ!』
『来るなっ!』
『!』
激痛と出血で、意識が朦朧としていたはずだ。それでも、初めて見るような険しい顔をした絆は。こちらを音がしそうなほど強く睨んで叫んだのである。
『逃げろ、こいつが俺に構っているうちに、早くっ……頼むから!』
どうしてそんなに勇敢になれたのか。怖くて、痛くて、逃げ出したいのはただの高校生でしかない絆も同じであったはずだというのに。
彼は腕を失ってなお、よろよろと立ち上がると――そのまま雄叫びを上げて化物に体当たりをした。絶叫し、血まみれになりながら、必死で化物を押し止めようと奮闘する。
――き、絆……絆、絆、絆!
自分では、助けられない。誰か助けを呼ばなければ、どうにもならない。
恐らくその思考は正しい。だが、それは同時に、今この場から逃げるためのあまりにも卑怯な言い訳でもあった。自分は絆を見捨てていない、助けを呼びに行くだけだ、という。
『あ、あああああ!』
最後に見たのは、化物の爪が絆の胸を貫く光景。噴水のようにその心臓から血が噴き上がる有様だった。泣き叫びながらカンナはその場を逃げ出したのである。自分を命がけて助けてくれた、大好きな人を置き去りにして。
――何で、何で何で何でこんなことになってるんだよ!私が、私が、絆が、一体何をしたっていうんだ!!
自分は悪い夢か何かを見ているのだろうか。そうであってほしかった。きっと絆と一緒に人狼談義をして、そのまま疲れて眠ってしまって。本当の自分はベッドの上で、ヨダレを垂らしてみっともなく眠っているのである。風呂にも入らず、ごはんも食べないで寝てしまったせいでしょうもない夢を見ているに違いない。だって有り得ないではないか、突然自分の家の窓を破って、化物が襲ってくるだなんて。それで絆が、腕をちぎられて、胸を裂かれて殺されるだなんて。
こんな現実など、あっていいはずがない。
早く醒めなければ。助けを呼ぶことができれば、悪夢はどうにか終わるのだろうか。
――助けて……誰か、誰かあ!
階段を転がるように駆け下り、靴も履かずに玄関を飛び出した、まさにその時だった。
「へ」
何かにぶつかり、再度尻餅をついたカンナの目に映ったのは――先ほどとそっくりな、灰色の巨体。
「なん、で」
化物は、あの部屋にいたはずでは。何故玄関の外に出現するのか。まさか、もう一匹いたとでも?
「う」
嘘でしょ、という言葉は声にならなかった。怪物が振り抜いてきた手刀が、もろにカンナの腹にヒットしたからである。
「ぐぼっ」
開いたままの玄関、家の中まで思い切り吹っ飛ばされ、舞い戻る結果となった。頭と背中を、おもろにタタキに打ち付けることになる。痛い、と漏らそうとした口からはもはや声もでなかった。ごぼり、という濁った音と共に、どろどろとしたものが口から大量に溢れ出してくる。それは赤黒い色をしていた。何でこんなもの、と思って体を見下ろしたカンナは気づく。
自分の体が真っ赤であるということに。
ぶちゅり、と音を立てて――引き裂かれた腹部から、蜷局を巻いたヘビのようなものが溢れ出してきているということに。それは真っ赤な体液を纏った、ぬめぬめとしたピンク色の物体。さっきの攻撃で、腹を割かれたのだ。気づいた瞬間、再び嘔吐していた。同時に、麻痺していた激痛が腹から湧き上がり、のたうちまわって苦しむことになる。
――痛い、痛い痛い痛い痛い!
何で自分が、こんな目に。
内臓のかけらが混じった血反吐を吐きつつ、腹から溢れ出してこようとする腸を引きずりながら、どうにか顔だけ起こしたカンナは見てしまった。
玄関の中に、どかどかと足音を鳴らして踏み込んでくる影を。
――お腹痛い、痛いよ。
にたぁ、と大きく引き裂けた口で嗤う怪物。あるいは、本人は笑っているつもりもないのかもしれない。ただ怪物は獲物を食べようという本能に従っているだけなのかもしれなかった。
確かなことは、一つ。
自分はこのまま、ここで殺される。化物に生きたままズタズタにされて殺されるのだ――絆と同じように。
――た、すけて。死にたくない。死にたくないよおっ……!
記憶にあるのは、そこまでだ。
化物が再び拳を振り下ろした次の瞬間、ぐきり、という音と共にカンナの視界は不自然に曲がり――ぶつん、とスイッチを切るかのように、真っ暗な闇に閉ざされたのだから。
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