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<2・平穏が崩れる音>
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11A配役は初心者向けと言われているが、人数が少なくて戦略が限定される分難しい面もある。
例えば、縄の数。11A配役では人狼は二人いるため、三回の処刑を行う間に最低一匹は狼を倒しておかなければ村は負けてしまう(処刑回数はあと一回余裕があるので、縄としてはこれも数に数えるが)。ただし、これはあくまで“狂人が残っていなければ”の話。狂人が残っていると正体を明かしてのパワープレイで強引に村を吊ることが可能になってくるため、もっと早く村の負けが確定してしまう事態になりかねないのだ(ちなみに、カンナ達がやっているサーバーでは、11人村といった時に初日犠牲者も村の人数に含んでいる、ということを明記しておく。世の中には初日犠牲者を入れないで計算する村もあるからだ)。
処刑可能な回数を吊り、あるいは縄と呼んだりする。人狼ゲームで昼に誰かを処刑するときのイメージが首吊りであるからだろう。
11A村では縄の回数が四縄、しかし狂人を入れると人外の数は三人。四縄三人外なので、実は余裕というものが殆どない。村にとっては、ギリギリの戦いを強いられることになるのである。勿論、これは他の村であってもさほど変わらないバランスではあるのだが。
では人外が有利か?と言われると実はそんなこともない。
11A配役では、人狼はたったの二匹しかいない。二匹の狼だけでやれる戦略には限りがあり、加えて狂人がどのように動いてくるかは戦いが始まらなければ全く狼にもわからないのである。狂人は、それとなく自分が存在することを狼にアピールしなければならない。そのアピールが狼に届かなければ、狂人は狼に村人と間違えられて噛まれてしまうこともありえるだろう。もっと言うと、狂人は狼に心酔しているだけの村人なので、初日の犠牲者になってしまう可能性もないわけではないのである。
『11Aって、むしろ人狼側の方が難しいんだよね』
はああ、カンナはため息をついた。
『自分が人狼になったとき、どうすればいいのかいっつも悩むんだよ。だって、狂人が初日で欠けてない保証はないし、占い騙りに出てくれるかどうかもわからないでしょ?』
人狼が自分達が狼であるとバレることなく戦いに勝利するためには、どうしても占い師の存在が最大の障害となってくる。例えば、本物の占い師一人しか名乗り出ていない状況で、その占い師に潜伏している狼が見つかってしまったら。当然、村人達からの吊りは、よっぽどのことがない限り回避することができない。そして一匹見つかれば、二匹目以降の負担が大きくなるのは必至である。
ゆえに、11Aの配役で、二日目の占いと霊能のCO数が1-1になってしまったときは、狼にとってかなりの絶望展開になってしまうのだ。その場合は狩人欠けに賭けて、一刻も早く占い噛みを実行するしかなくなってしまう。だが、大抵狩人を探さず占いを噛みに言っても阻まれる。11Aで1-1展開であった場合、よほど占い師の信頼が落ちている状況でもなければ、狩人は占い師護衛を鉄板にするのが見えているからだ。
狩人は、村側の味方。自分自身以外の誰かを毎晩護衛し、狼の襲撃を防ぐことができる力を持つ。狼としては、狩人を噛めたと判断するまで役職噛みは本来避けたいのが本心であろう。ましてや狂人欠けが濃厚なら、ほぼ100パーセント狩人は生存しているに違いないのだから。
『狼二匹とも潜伏決めてみて、二日目の朝になったら1-1展開でした!っていうのが最大の絶望だよ。狂人欠けの可能性濃厚だし、狂人も本人の好み次第では潜伏選んじゃうかもしれないからさ……って個人的には11Aで狂人の潜伏は、きっついからぜひともやめてほしいんだけども。狂人と狼は、作戦を相談できないからねえ』
『そうだな。1-1の絶望展開を本気で防ぎたいなら、多少ギャンブルでも狼も騙りに出た方が無難だろう』
『そうそう。それはそれで大変なんだけどね……』
狼だけが騙りにでれば、占い師は真を含めて二人名乗り出ることになる(この場合、占い師が欠けていたケースは除く)。占い師二人、霊能者一人。これならば、霊能次第で占い師の信用勝負が可能だろう。問題は、狼と一緒に狂人も騙りに出てきてしまった場合だ。
その場合は占い師三人、霊能者一人。3-1展開ともなれば、多くの場合村は占い師ローラーを選択するだろう。一人本物の占い師を巻き込むことにはなるが、三人処刑して二人人外ならば村にとっては非常にお得であるからである。つまり、潜伏している最後の一匹は、死ぬ気で真占い師からの黒を回避し続けなければならず、なかなかしんどい勝負を強いられることになるのだ。なんせ、自分が真占い師に見つかって黒を打たれた時点で、ほぼ敗北が確定するのだから(霊能者を噛んで完全な信用勝負になり、本物の占い師の信用が極端に低かったりしたならば話は別であるが)。
結論から言うと、11Aは初心者向きと言っておきながら、村も狼も生き残ることにとても頭を使うのである。そう考えるのならば、まだ狼より動きが自由な“狂人”という役目を貰えたカンナは楽な方であったのかもしれなかった。
カンナはオーソドックスに、占い騙りに出て自分の存在をご主人様にアピールした。まあそこまではいい。しかもご主人様二人は潜伏を選んでくれたため、占い師二人の霊能者一人、占いローラーにもならず信用で勝負できる土台が整ったのだから。
問題は、カンナがうっかり潜伏していたご主人様に黒を出してしまったことである。人数が減っていけば減っていくほど誤爆の確率も高くなる。信用を散々取った上で村人などに黒を出し、無駄釣りさせるのが狂人としては理想であったはずなのだが。
『今回の反省点は、カンナが潜伏しているご主人様を見抜けなかったってことだな』
パソコン画面に表示されたログをカチカチと流しながら、絆が言った。
『確かに、狂人はご主人様が誰であるかをシステム上で教えて貰うことができない。でも、昼の会話からそれを察することは充分可能だ。例えば、昨日の試合なら、二日目の昼の時点で生き残っていたのはカンナを含めて十人だったわけだよな。で、カンナは占い師騙りの狂人。対抗には真占い師と思しき“白米”が出てきて、霊能者には“あすか”が出てきた。これはいいな?』
『うん。状況から見て、白米とあすかは狼でない可能性が高いよね』
『その通り。どっちかが乗っ取りであるのは、本物の役職が初日犠牲者で欠けていた場合のみだが……確率からいえばその可能性はそう高いものじゃないからな』
『ああ』
ちなみに、白米やあすか、というのは参加者のハンドルネームのことである。オンライン人狼では、みんな適当な偽名を使って人狼ゲームを楽しむことになるのだ。
なお、対抗占い師の白米が二日目朝の時点で、占い結果で“カンナは黒です”と言っていた場合に限り、白米がご主人様であることがはっきりするわけである。何故なら、自分以外に偽の占い師が出るとしたら、まずそれは狼以外にありえないからだ(狩人や霊能が占い騙りするケースもあるが、レアケなので基本的には考えなくても問題ない)。今回はそうではなかったため、白米は本物の占い師の可能性が高く、人狼である可能性は低いということになってくるわけだ。
占い候補のカンナ、白米。霊能者候補のあすか。
カンナは参加者のうちの一人である“青汁”に白――村人判定を出した。白米は同じく参加者の一人である“ウイスキー”に白判定を出している。カンナの占い結果はいい加減なので、青汁は狼の可能性がないわけではない。いずれにせよ、白判定がどっちからも出されていないメンバーの中に、一匹か二匹の狼が隠れているということになるわけだ。
役職にも出ておらず、白判定も貰っていない生存者は、残り五人。
“ちょめちょめ”、“猫に小判”、“わらび”、“ENA”、“13号”である。この二日目は、グレーランダムで投票を決めることになった。暫定グレー、つまりまだ全く色が見えないこの五人の中から一人、一番怪しいと思う者を処刑しようというのである。
このグレーランダムが決まる前での流れと台詞で、カンナは狂人として誰がご主人様であるのかを見定めないといけないのだ。
『二日目のグレーランダムで吊られて困るのは役職だ。この五人の中に狼と狩人がいたら、全力で吊り回避しに行くだろう。グレーランダムでつられやすいのは、基本的に“こいつを残しておくと村の邪魔になりそうな奴”だ。寡黙な人間、あるいは妙にノイズっぽいことばっかり言いそうな人間であることが多いな。人狼が吊れるのが理想だが、二日目の会話だけで“こいつは人狼っぽいな”というところまで見定めるのは難しい。しかし“吊られたくなさそうだな”ということまではなんとなく察することも不可能ではないんだ』
だからお前は、この五人の台詞をきちんと見定めておくべきだったんだよ、と絆は言う。実にごもっともである。自分は占い師のフリをしているから尚更だ。その日の投票でご主人様を吊ってはいけないと同時に、翌日誰に占い判定を出すのかを慎重に決めなければいけない。ご主人様ではないところに狼判定を出したい気持ちがあるならなおさらである。
『……言いたいことはわかったよ、絆』
観察力不足で、ご主人様のサインを見落としたと絆は言いたいのだ。カンナとしては、ぐうの音も出ない。
『2-1展開が決まって、霊能がグレランを指示した途端発言が増えた人間は、吊られたくない可能性が高い。しかも、発言が増えているのに自分から積極的に殴りにいかない、敵を作ろうとしないように立ち回る人間は怪しいよね。……なんで気づかなかったかな。こうして見ると、わらびはダントツに怪しかったのに』
グレランになると決まった途端、発言が増えた“わらび”。彼ないし彼女は、占い師のためにいっぱい話しましょうと言うものの、本人は全く実のある発言をしていなかった。
それこそ、“占い師が二人いるなら、どっちが本物なのかよく考えないといけませんね”とか。“霊能者さん、進行お願いします”とか。“二日目では何を喋ればいいのかわかりません”みたいなことばかり繰り返し発言しているのである。自分が“どっちの占い師を本物だと思っているか”さえ言い出そうとはしない。敵を作らず、占われないように頑張っているのが明白である。噛みを避けたいのは狩人も当てはまるが、ここまで露骨に占いを避けたいのは人狼である可能性が高いだろう。
にもかかわらず、カンナは“わらび”を村人と思って、三日目の朝に狼判定を出してしまったのである。結果、ご主人様である“わらび”が吊られてしまう結果になったのだ。
『……誤爆した結果、黒判定が霊能からも出て霊能とラインが繋がって、私の占い師としての信用が爆上がり。結果勝てたのはいいけれど。本来なら、二人しかいないご主人様を切るようなのは論外だよね』
反省するしかない。カンナはぐったりと椅子にもたれかかった。
『そもそも、四日目に対抗占い師がもうひとりのご主人様を見つけちゃって、そこの黒先釣られてたらもう終わりだったんだから。……もっと騙り練習します、ごめんなさーい』
『お前がご主人様がご主人様だとわかっていて黒を出すのならそれも作戦だ。今回問題だったのは、“身内切り”ではなく“誤爆”になってしまったことだな。もう少し、昼の議論に気を配った方がいい。占い騙りの狂人は、昼も夜もたくさんやることがあるのはわかっているが』
『はーい』
頭をぐるぐると回しすぎて、なんだかひどく疲れてしまった。ぐったりと椅子によりかかるカンナの額に、そっとやや冷たい手が押し当てられる。
『ちょ、絆!?』
絆だった。子供の頃と同じように、カンナの額と自分の額に手を当てて、熱を図るような仕草をしてくるのだからたまらない。少女のように愛らしく幼い顔をこてんと傾けて、“熱はないな”と呟いた。
『良かった、知恵熱は出していないようだ』
『ちょっと、きーずーなー?』
『冗談だ』
『真顔で言うことかーい!』
きっと、彼なりにカンナを慰めてくれようとしたのだろう。カンナは赤くなった顔を隠すように騒いだ。学校でも、成績優秀運動神経抜群なイケメンとして人気の高い絆。噂によれば、男からも告白されたことがあるのだとかないのだとか。そんな彼と、こんな近い距離を許されていることの、なんと幸福なことであるか。
指がほんの少し触れるだけで、じわじわと胸の奥から甘い気持ちがせり上がる。一緒にいる時間がもっと続けばいいのに、なんてことを当たり前のように思ってしまう。
自分のように背ばっかり高くて、運動も成績も平均以下で。ただ小学校からずっと同じ学校であるというだけ。人狼ゲームという趣味が合致しているだけの自分なんて、彼に釣り合うとは到底思えないというのに。
『少し休憩しよう。お茶持ってくる』
勝手知ったる私の家だ。許されるのがわかっていて、絆は進んで席を立つ。
『い、いいのに!……あ、ありがと』
本当は自分の方が、客人をちゃんともてなさなければいけないというのに。なんだか申し訳なくなって、椅子に座り直したその時であったのだ。
バン、と。窓ガラスが派手に叩かれる音がしたのである。
何かぶつかったのかな、と。そう思ったカンナは見てしまったのだった。
『……え?』
そう、どうしてそんなものが、この現代日本に現れるなどと予想するだろう。
窓一面を覆い尽くすように貼り付く――灰色の巨人の姿など。
例えば、縄の数。11A配役では人狼は二人いるため、三回の処刑を行う間に最低一匹は狼を倒しておかなければ村は負けてしまう(処刑回数はあと一回余裕があるので、縄としてはこれも数に数えるが)。ただし、これはあくまで“狂人が残っていなければ”の話。狂人が残っていると正体を明かしてのパワープレイで強引に村を吊ることが可能になってくるため、もっと早く村の負けが確定してしまう事態になりかねないのだ(ちなみに、カンナ達がやっているサーバーでは、11人村といった時に初日犠牲者も村の人数に含んでいる、ということを明記しておく。世の中には初日犠牲者を入れないで計算する村もあるからだ)。
処刑可能な回数を吊り、あるいは縄と呼んだりする。人狼ゲームで昼に誰かを処刑するときのイメージが首吊りであるからだろう。
11A村では縄の回数が四縄、しかし狂人を入れると人外の数は三人。四縄三人外なので、実は余裕というものが殆どない。村にとっては、ギリギリの戦いを強いられることになるのである。勿論、これは他の村であってもさほど変わらないバランスではあるのだが。
では人外が有利か?と言われると実はそんなこともない。
11A配役では、人狼はたったの二匹しかいない。二匹の狼だけでやれる戦略には限りがあり、加えて狂人がどのように動いてくるかは戦いが始まらなければ全く狼にもわからないのである。狂人は、それとなく自分が存在することを狼にアピールしなければならない。そのアピールが狼に届かなければ、狂人は狼に村人と間違えられて噛まれてしまうこともありえるだろう。もっと言うと、狂人は狼に心酔しているだけの村人なので、初日の犠牲者になってしまう可能性もないわけではないのである。
『11Aって、むしろ人狼側の方が難しいんだよね』
はああ、カンナはため息をついた。
『自分が人狼になったとき、どうすればいいのかいっつも悩むんだよ。だって、狂人が初日で欠けてない保証はないし、占い騙りに出てくれるかどうかもわからないでしょ?』
人狼が自分達が狼であるとバレることなく戦いに勝利するためには、どうしても占い師の存在が最大の障害となってくる。例えば、本物の占い師一人しか名乗り出ていない状況で、その占い師に潜伏している狼が見つかってしまったら。当然、村人達からの吊りは、よっぽどのことがない限り回避することができない。そして一匹見つかれば、二匹目以降の負担が大きくなるのは必至である。
ゆえに、11Aの配役で、二日目の占いと霊能のCO数が1-1になってしまったときは、狼にとってかなりの絶望展開になってしまうのだ。その場合は狩人欠けに賭けて、一刻も早く占い噛みを実行するしかなくなってしまう。だが、大抵狩人を探さず占いを噛みに言っても阻まれる。11Aで1-1展開であった場合、よほど占い師の信頼が落ちている状況でもなければ、狩人は占い師護衛を鉄板にするのが見えているからだ。
狩人は、村側の味方。自分自身以外の誰かを毎晩護衛し、狼の襲撃を防ぐことができる力を持つ。狼としては、狩人を噛めたと判断するまで役職噛みは本来避けたいのが本心であろう。ましてや狂人欠けが濃厚なら、ほぼ100パーセント狩人は生存しているに違いないのだから。
『狼二匹とも潜伏決めてみて、二日目の朝になったら1-1展開でした!っていうのが最大の絶望だよ。狂人欠けの可能性濃厚だし、狂人も本人の好み次第では潜伏選んじゃうかもしれないからさ……って個人的には11Aで狂人の潜伏は、きっついからぜひともやめてほしいんだけども。狂人と狼は、作戦を相談できないからねえ』
『そうだな。1-1の絶望展開を本気で防ぎたいなら、多少ギャンブルでも狼も騙りに出た方が無難だろう』
『そうそう。それはそれで大変なんだけどね……』
狼だけが騙りにでれば、占い師は真を含めて二人名乗り出ることになる(この場合、占い師が欠けていたケースは除く)。占い師二人、霊能者一人。これならば、霊能次第で占い師の信用勝負が可能だろう。問題は、狼と一緒に狂人も騙りに出てきてしまった場合だ。
その場合は占い師三人、霊能者一人。3-1展開ともなれば、多くの場合村は占い師ローラーを選択するだろう。一人本物の占い師を巻き込むことにはなるが、三人処刑して二人人外ならば村にとっては非常にお得であるからである。つまり、潜伏している最後の一匹は、死ぬ気で真占い師からの黒を回避し続けなければならず、なかなかしんどい勝負を強いられることになるのだ。なんせ、自分が真占い師に見つかって黒を打たれた時点で、ほぼ敗北が確定するのだから(霊能者を噛んで完全な信用勝負になり、本物の占い師の信用が極端に低かったりしたならば話は別であるが)。
結論から言うと、11Aは初心者向きと言っておきながら、村も狼も生き残ることにとても頭を使うのである。そう考えるのならば、まだ狼より動きが自由な“狂人”という役目を貰えたカンナは楽な方であったのかもしれなかった。
カンナはオーソドックスに、占い騙りに出て自分の存在をご主人様にアピールした。まあそこまではいい。しかもご主人様二人は潜伏を選んでくれたため、占い師二人の霊能者一人、占いローラーにもならず信用で勝負できる土台が整ったのだから。
問題は、カンナがうっかり潜伏していたご主人様に黒を出してしまったことである。人数が減っていけば減っていくほど誤爆の確率も高くなる。信用を散々取った上で村人などに黒を出し、無駄釣りさせるのが狂人としては理想であったはずなのだが。
『今回の反省点は、カンナが潜伏しているご主人様を見抜けなかったってことだな』
パソコン画面に表示されたログをカチカチと流しながら、絆が言った。
『確かに、狂人はご主人様が誰であるかをシステム上で教えて貰うことができない。でも、昼の会話からそれを察することは充分可能だ。例えば、昨日の試合なら、二日目の昼の時点で生き残っていたのはカンナを含めて十人だったわけだよな。で、カンナは占い師騙りの狂人。対抗には真占い師と思しき“白米”が出てきて、霊能者には“あすか”が出てきた。これはいいな?』
『うん。状況から見て、白米とあすかは狼でない可能性が高いよね』
『その通り。どっちかが乗っ取りであるのは、本物の役職が初日犠牲者で欠けていた場合のみだが……確率からいえばその可能性はそう高いものじゃないからな』
『ああ』
ちなみに、白米やあすか、というのは参加者のハンドルネームのことである。オンライン人狼では、みんな適当な偽名を使って人狼ゲームを楽しむことになるのだ。
なお、対抗占い師の白米が二日目朝の時点で、占い結果で“カンナは黒です”と言っていた場合に限り、白米がご主人様であることがはっきりするわけである。何故なら、自分以外に偽の占い師が出るとしたら、まずそれは狼以外にありえないからだ(狩人や霊能が占い騙りするケースもあるが、レアケなので基本的には考えなくても問題ない)。今回はそうではなかったため、白米は本物の占い師の可能性が高く、人狼である可能性は低いということになってくるわけだ。
占い候補のカンナ、白米。霊能者候補のあすか。
カンナは参加者のうちの一人である“青汁”に白――村人判定を出した。白米は同じく参加者の一人である“ウイスキー”に白判定を出している。カンナの占い結果はいい加減なので、青汁は狼の可能性がないわけではない。いずれにせよ、白判定がどっちからも出されていないメンバーの中に、一匹か二匹の狼が隠れているということになるわけだ。
役職にも出ておらず、白判定も貰っていない生存者は、残り五人。
“ちょめちょめ”、“猫に小判”、“わらび”、“ENA”、“13号”である。この二日目は、グレーランダムで投票を決めることになった。暫定グレー、つまりまだ全く色が見えないこの五人の中から一人、一番怪しいと思う者を処刑しようというのである。
このグレーランダムが決まる前での流れと台詞で、カンナは狂人として誰がご主人様であるのかを見定めないといけないのだ。
『二日目のグレーランダムで吊られて困るのは役職だ。この五人の中に狼と狩人がいたら、全力で吊り回避しに行くだろう。グレーランダムでつられやすいのは、基本的に“こいつを残しておくと村の邪魔になりそうな奴”だ。寡黙な人間、あるいは妙にノイズっぽいことばっかり言いそうな人間であることが多いな。人狼が吊れるのが理想だが、二日目の会話だけで“こいつは人狼っぽいな”というところまで見定めるのは難しい。しかし“吊られたくなさそうだな”ということまではなんとなく察することも不可能ではないんだ』
だからお前は、この五人の台詞をきちんと見定めておくべきだったんだよ、と絆は言う。実にごもっともである。自分は占い師のフリをしているから尚更だ。その日の投票でご主人様を吊ってはいけないと同時に、翌日誰に占い判定を出すのかを慎重に決めなければいけない。ご主人様ではないところに狼判定を出したい気持ちがあるならなおさらである。
『……言いたいことはわかったよ、絆』
観察力不足で、ご主人様のサインを見落としたと絆は言いたいのだ。カンナとしては、ぐうの音も出ない。
『2-1展開が決まって、霊能がグレランを指示した途端発言が増えた人間は、吊られたくない可能性が高い。しかも、発言が増えているのに自分から積極的に殴りにいかない、敵を作ろうとしないように立ち回る人間は怪しいよね。……なんで気づかなかったかな。こうして見ると、わらびはダントツに怪しかったのに』
グレランになると決まった途端、発言が増えた“わらび”。彼ないし彼女は、占い師のためにいっぱい話しましょうと言うものの、本人は全く実のある発言をしていなかった。
それこそ、“占い師が二人いるなら、どっちが本物なのかよく考えないといけませんね”とか。“霊能者さん、進行お願いします”とか。“二日目では何を喋ればいいのかわかりません”みたいなことばかり繰り返し発言しているのである。自分が“どっちの占い師を本物だと思っているか”さえ言い出そうとはしない。敵を作らず、占われないように頑張っているのが明白である。噛みを避けたいのは狩人も当てはまるが、ここまで露骨に占いを避けたいのは人狼である可能性が高いだろう。
にもかかわらず、カンナは“わらび”を村人と思って、三日目の朝に狼判定を出してしまったのである。結果、ご主人様である“わらび”が吊られてしまう結果になったのだ。
『……誤爆した結果、黒判定が霊能からも出て霊能とラインが繋がって、私の占い師としての信用が爆上がり。結果勝てたのはいいけれど。本来なら、二人しかいないご主人様を切るようなのは論外だよね』
反省するしかない。カンナはぐったりと椅子にもたれかかった。
『そもそも、四日目に対抗占い師がもうひとりのご主人様を見つけちゃって、そこの黒先釣られてたらもう終わりだったんだから。……もっと騙り練習します、ごめんなさーい』
『お前がご主人様がご主人様だとわかっていて黒を出すのならそれも作戦だ。今回問題だったのは、“身内切り”ではなく“誤爆”になってしまったことだな。もう少し、昼の議論に気を配った方がいい。占い騙りの狂人は、昼も夜もたくさんやることがあるのはわかっているが』
『はーい』
頭をぐるぐると回しすぎて、なんだかひどく疲れてしまった。ぐったりと椅子によりかかるカンナの額に、そっとやや冷たい手が押し当てられる。
『ちょ、絆!?』
絆だった。子供の頃と同じように、カンナの額と自分の額に手を当てて、熱を図るような仕草をしてくるのだからたまらない。少女のように愛らしく幼い顔をこてんと傾けて、“熱はないな”と呟いた。
『良かった、知恵熱は出していないようだ』
『ちょっと、きーずーなー?』
『冗談だ』
『真顔で言うことかーい!』
きっと、彼なりにカンナを慰めてくれようとしたのだろう。カンナは赤くなった顔を隠すように騒いだ。学校でも、成績優秀運動神経抜群なイケメンとして人気の高い絆。噂によれば、男からも告白されたことがあるのだとかないのだとか。そんな彼と、こんな近い距離を許されていることの、なんと幸福なことであるか。
指がほんの少し触れるだけで、じわじわと胸の奥から甘い気持ちがせり上がる。一緒にいる時間がもっと続けばいいのに、なんてことを当たり前のように思ってしまう。
自分のように背ばっかり高くて、運動も成績も平均以下で。ただ小学校からずっと同じ学校であるというだけ。人狼ゲームという趣味が合致しているだけの自分なんて、彼に釣り合うとは到底思えないというのに。
『少し休憩しよう。お茶持ってくる』
勝手知ったる私の家だ。許されるのがわかっていて、絆は進んで席を立つ。
『い、いいのに!……あ、ありがと』
本当は自分の方が、客人をちゃんともてなさなければいけないというのに。なんだか申し訳なくなって、椅子に座り直したその時であったのだ。
バン、と。窓ガラスが派手に叩かれる音がしたのである。
何かぶつかったのかな、と。そう思ったカンナは見てしまったのだった。
『……え?』
そう、どうしてそんなものが、この現代日本に現れるなどと予想するだろう。
窓一面を覆い尽くすように貼り付く――灰色の巨人の姿など。
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