はぐれ者ラプソディー

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<23・うごきだす。>

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「姐さん!姐さん!動きがありましたよ、起きてください!」
「……ああもう、やかましいわよ。そんなに叫ばなくても聞こえてるってば」

 欠伸を死ながら、紅蓮のベティは寝床から起きた。クオンタウン、八番街のアジトにて。一番いいベッドを占領して眠っていたとはいえ、昨日は結構準備で動き回っていたこともあって体のふしぶしが痛いのが本音だ。
 筋肉痛なんて、ちょっと体がなまってきてるのかしら――なんてことを思いつつ。部下に連れられて通信室へと向かう。そこにはテンガンオルト山の基地から送られてきた映像が映し出されていた。今日は森の上空に低い雲が垂れ込めていることもあって、いつも以上に映像が荒い。霧に隠れていて、町の正確な状況まで窺い知ることは叶わなかった。ただ、それでも町のあちこちから煙が上がっていることと、いくつも建物が損壊していることは見て取れる。

「あのスライムに電波は?」
「今は送信していません」
「まあ、そうよね。最初は電波を送って合図するけど、二回目以降のタイミングは任せるって話になってたはずだもの」

 こちらから二回目以降の電波を送らなかった理由は、ひとえに“様々な状況に対応できないから”だ。電波を送ることでこちらから爆発のタイミングを教えることはできるが、あれはスライムの脳に大きな負担をかけることになる。かなりの痛みを伴うので、本人が叫びだすのを防ぐのが難しい。ようは、スライムが隠密行動中なら、叫び声で位置をバラしてしまいかねないということだ。これは様々な種類のスライムで試したがどれほど訓練しても全員駄目だったので、諦めるしかない要素の一つだった。
 つまり、最初のタイミング以外は本人の自主性と状況に応じた対応に任せた方が無難なのである。最初の爆発をした後、回復次第二度目、三度目と爆発して町を大混乱に陥れて貰わなければいけない。場合によっては最初の爆発のあと、少し長く身を潜めなければいけないケースもあるだろう。そんな時、こちらから電波を送って居場所を知らせてしまったら本末転倒である。
 無論、この方法だとスライムが自分の意思で裏切ることを完全に防止できない。が、ベティはその危険性は極めて低いと考えていた。何故なら裏切ったところでスライムに仲間などいない。一人で謀反など起こしても、自分達に勝てるはずがないことくらい嫌というほど知っているはずだ。
 加えて、こちらには彼等の仲間という人質がいる。あの気弱なスライムはいつも仲間や家族の絆とやらに依存しているようだった。仲間を見捨てて一人で逃げるなんて度胸もないだろう。

――最初の爆発をしてから三日以内に次の爆発をしなさいとは言ってあったわ。まだ二日と経ってないし、このタイミングでテロを起こすのは全然おかしくはないんだけど。

 もうすこし時間を考えてくれてもいいんじゃないの。ベティは思わず大口を開けてあくびをしていた。眠い。眠いったら眠い。時計を見たらまだ午前四時。よりにもよってこんな時間に作戦を開始してくれなくても、と思う。頭が回らないではないか。

「思ったよりも、活発に動いているようね。……働かないと仲間を殺すと脅したのがよほど効いたのかしら」

 霞に隠れてざっくりとしかわからないが、火の手が上がる建物から怪我人が運び出されていくのが見える。担架に乗せられて運び出されていく何人もの怪我人たち、慌てふためく住人達の間を、ボロボロ状態のスライムが逃げていくのが見えた。
 見えている限り、煙が出ているのは町の中心付近の三か所。三回連続で爆発して、うまい具合に建物に被害を広げてくれたようだ。カズマの御神木にほど近い場所ということもあって、住人達も相当焦っていると見える。逃げるスライムを追いかけることもままならないようだ。
 一か所はかなり火が大きい。何かの小さな倉庫のようだが、煙も相当充満しているようだ。可燃物でも取り扱っている場所だったのかもしれない。

「作戦通り行くわ。カズマの森が消火活動を始めたタイミングで森に突撃、一気に攻め込むわよ」
「ね、姐さん大丈夫ですかね?あの化物の森に入って、一体何人が死んだか……」
「それは平時の場合でしょ?消火活動に余力を使い切っている捨てられの森なら、侵入してもすぐに森に攻撃されることなんかない。その間に町まで突破しちゃえばいいわ。なんのために今日まで訓練してきたの?」
「そ、そうですけど……」

 下っ端の男は随分気弱になっているらしい。確かに、以前雇い入れた兵士達を突撃させてみたところ、片っ端から蔓に絡め取られて葉で切り刻まれてと大変なことになっていたのは事実だ。生きたまま内臓を毒液で溶かされたり、食べやすいように両手両足を引きちぎられたり――そんなのを間近で見てしまったら、怖気づくのもわからないではない。ベティだって、お宝がなければこんなリスクになど挑戦したいはずがなかったのだから。
 しかし、カズマの御神木は国がものすごい値段をつけているし、言い値で買い取ってくれそうな組織は何も国ばかりではない。ここまでお金をかけて準備したのだ、今更おめおめと退くことなどできるはずがなかった。

「びびってんじゃないわよ!」

 己の眠気を弾き飛ばす意味もこめて、ベティは男に喝を入れた。

「いい?入口にトラックを置いて、全速力で走るのよ。町までの距離は最短五百メートルもないわ。そして町に入ればもう、カズマの森が直接襲ってくることはない。警戒するべきは町の住人だけになる」

 この世界から弾きだされ、捨てられた者達が集うインサイドの町。ようは、どいつもこいつも無能だの出来損ないだのレッテルを貼られた奴らばかりだ。いくらモンスターがいても、大した戦闘能力なんてないだろう。平和ボケした無能な町の住人達に対して、こっちは荒くれ者が集まった生粋の武装集団だ。人数だって百人ほどはいる。奴らが束になって向かってきたところで力の差は歴然だ。
 ましてや、こちらは改造したレーザーガン、レーザブレードなど各種武装も完璧に揃えている。負けることなど万に一つもあり得ない。

「大樹を手に入れるためだけに、こんなにも時間と金をかけたのよ。何がなんでも成功させるわ」

 ああ、思い出すだけでも忌々しい。
 ドブネズミのような地下で生まれた自分。最下層の階級の両親は、貧しい生活に耐えきれずに愚かなカルト宗教にハマった。そして、あろうことか幼女だった頃のベティに、まともな医療設備もないまま割礼を施したのだ。
 今でも思い出すだけで震えが止まらない。生きたまま陰核と陰唇を切り取って縫い合わせる、そうすることで悪魔と交わらないようにする――なんて。そのような恐ろしい真似を、まともな消毒もできない環境でされてよく生き延びられたものである。否、むしろ痛みでショック死しなかったのが奇跡のようなものだ。
 そんなベティの唯一の心の支えは、同じ地下で出会ったドクだだった。
 彼は性器を縫い合わされ、セックスもできないような醜い身体のベティを蔑むことさえしなかった。どんな君も美しいから、と自分を心から愛してくれた。
 彼が万が一にでも、離れていくのが怖い。
 彼と幸せになるためにはドブネズミを脱却するしか道はない。とにかく、どんな汚い手段を使ってでも金を集める必要がある。金、金、金、とにかく金だ。今回の計画は、そんなケチなベティが珍しく準備に時間も金もかけたビックプロジェクトなのである。
 なんせカズマの大樹に国がつけた値段は数十億。恐らくはオークションで、さらに倍の倍の倍以上の値段に跳ね上がることだろう。文字通り金の生る木だ、絶対に逃すわけにはいかない。

「ドクと他の連中を起こしていらっしゃい。すぐに支度して出発するわ!」



 ***



 クオンタウンからこの森まで、車なら十分とかからないだろう。自分達が火の手を上げて“合図”をしたら、最短五分でトラックが入口に到着する予定になっていた。
 カズマの森が消火活動をはじめていて、侵入者への対応が疎かになっている――今なら踏み込んでも安全と思ったところで、奴らは一気に雪崩を打って突撃してくることになるはずだ。

「おいジム?もっと火を燃やした方がいいか?」
「ああ、薪を増やしてくれ。あと、勿体ないけどシガの実の追加投入」
「よしきた!」

 用意した倉庫、およびハリボテの建物に火を放つにあたりいくつか課題はあった。
 一つは、よその建物に延焼しないことを不審がられる可能性があること。
 もう一つは、火災が起きることによる一酸化炭素中毒の問題である。

――延焼に関しては、カズマの木々が消火活動で食いとめてくれてるように見せかけることである程度クリアできるはず。多少、周りの建物に派手に煤を塗って焦げてるように見せかける必要はあるがな。

 一酸化炭素中毒に関しては、ジムの知識が役に立った。カズマの森で取れるシガの実――この黄色くてぷっくりと膨らんだ大きな実は、非常に酸っぱいのでジャムにして砂糖を大量に混ぜて食べるのが一般的なのだが。思いがけない活用法があることを、ジムは以前から知っていたのである。
 この実に含まれる強い酸味は、アルゼコトブ酸というものである。この酸は、強い熱に反応してまったく別の成分へと生まれ変わるのだ。やや甘味が増すのと同時に、燃えて大量のアキド酸ケイ素を発生させる――この気体が、空気中に発生した一酸化炭素と強く結びつき、二酸化炭素と酸素に分解されるのだ。
 つまり、一酸化炭素を限りなくゼロにしてくれるのである。勿論、この効果を応用するためには常に火元で大量のシガの実を燃やし続けなければいけないという問題もあるにはあるが、一時的な火災を無毒化するならこれで充分なのだ。

――とはいえ、一酸化炭素中毒で倒れてる人がいるようにも見せかけないといけないんだけどな。

 さっきから煤塗れになって倒れる演技をする人たちも大変だ。彼等はみんな、病院の建物に救急車で運ばれていかなければならないのだから。――実際は、そこで装備を整えて迎撃の準備をすることになるのだが。

――とにかく、山から望遠鏡で覗いている以上……暫くは誤魔化し続けるしかねえ。

 ジョーやその友人達が、消火剤に偽装した大量のシガの実を投げ込むのを見ながら、ジムは思う。

――奴らがこの町に入ってきたら演技をやめてもいい。エンドラゴン盗賊団が侵入してくるまで、あと……。

「ジム!」

 工場長が、携帯から耳を離して叫んだ。

「見張りから連絡!来たぞ、連中のトラックだ!」
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