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<18・たかぶる。>
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エンドラゴン盗賊団。
現状その組織について分かることはそう多くはない。何故なら、チェルクからの情報提供がなければ自分達は組織の名前さえわからなかったのだから。
頭領とされているのは、“漆黒のドク”。名前の通り、ツンツンした黒髪が特徴の痩身の男。副頭領は“紅蓮のベティ”。名前の通り、長い赤髪が特徴的なグラマラスな女性だという。一応ドクの方がリーダーということにはなっているが、全体的に牛耳っているのはベティの方ではないか?とチェルクは言った。彼女の方が、色々と指示を飛ばすことが少なくなく、またスライムによる特攻の考案をしたのも彼女であるからだという。
彼らは貧しい国の生まれで、人生を逆転させるため恋人二人で盗賊団を作り、荒くれ者たちを率いてあちこち暴れ回っていたようだ。チェルクが見たところ実験施設には他に数人の手下がいたが、正確な規模はわからないという。
彼らが荒くれ者の手下たちに認められる理由は、彼ら自身が自ら危険な場所に乗り込んでいくのを恐れないからだ――というのは、手下の一人がぼやいていたことだ。
『チェルクの話をかいつまんで説明すると。実験施設は、多分北の町から少し外れたところにあるんじゃないかってことだ。で、どこか遠く離れた場所のアジトの手下たちと頻繁に連絡を取り合ってたという。離れたアジトの奴らがメインになって、インサイドの町を見張ってたっぽいって』
――チェルクのやつ、凄いな。
胸元が大きく開いたドレス。
太腿までざっくり割れたスリットのあるスカート。
光沢のある布紙をひらひらと揺らしながら、美女の姿に変身したリーアは歩く。
通行人たちがそんなリーアの姿を見て、頬を染めて振り返るのは爽快だった。無論、わざとこんな色気たっぷりな姿で出歩いているわけだったが。
――自分がどこまでも大変な状況だったってのに。仲間のことを心配して、そこまで聞き耳立ててたんだ。……あの子の話がなかったら、何もかも手探りで調査しなくちゃいけなかったところだ。
今、リーアが来ているのはクオンタウンである。捨てられの森から一番近い、北にある町だ。
この町の北は広い広い海になっており、大きな港もある。町としての規模はけして大きくないのだが、新鮮な海産物や海藻類が取れることから外国の大型船が立ち寄ることも少なくない。町の中心地には、テトミア共和国の領事館もあることで知られており、テトミアの首都とは姉妹都市となっている。
インサイドの町も、この町の者達と取引をすることは少なくなかった。特に捨てられの森は、新鮮な海の幸に巡り合うのが困難であるからである。理由は、捨てられの森では安全に漁をすることか難しいこと。森の南西部は海に面しているのだが、そこがほぼ切り立った崖になっているのだ。
森の中を大きな川が通っており、湖もあることもあって、水資源そのものは乏しくない。が、どうしても海の幸を得るためにはクオンタウンの住人達との取引が必要不可欠なのだった。残念ながらインサイドの町の住人は見下されているので、取引してくれる企業や商人はそう多くはないのだが。
――繁華街は、こっち、だな。
さて、このクオンタウンはリーアにとっても馴染み深い町である。傍目から見ると人間と見分けがつかないので、取引をしたり情報を得るためのハードルが大きく下がるからだ。まあ、リーアが変身できるのは美男美女だけなので、別のトラブルに見舞われることはままあるわけだったが。
大体の地理、地形は把握している。エンドラゴン盗賊団の一味が潜んでいるとしたら、この町のどこかだろうと踏んでいた。単純に、食料調達の意味でも距離的にも便利だからだ。ならばこの町を詳しく調べれば、あの盗賊団について詳細な情報が得られると踏んだのである。
リーアは自分が適任だと、真っ先に手を挙げた一人だった。理由は単純明快。――チェルクとジムをあんな目に遭わされて黙っていられるほど、お人好しではないからである。
『あのさ……ルール上、チェルクの身元引受人じゃない俺は、留置所に会いに行けないから、訊きたいんだけど』
昼の“会議”のあと。リーアはジムに恐る恐る尋ねたを
『チェルク、爆発したわけだろ。怪我してない?留置所の生活、辛そうじゃなかった?』
『安心しろ。俺が思っていたより、お巡りさんたちは親切だったし、チェルクへの対応も丁寧だったぜ』
ジムは笑顔で、リーアに教えてくれた。
『それでさ。リーアに伝言』
『なに?』
『……全部終わったら、決闘王のリベンジマッチ待ってるって。あと、あんたのデッキ、カウンタートラップ入れたらもっとよくなるんじゃないかって』
『……まったくもう』
思っていた以上に、チェルクはちゃんと未来を見ている。リーアは泣きそうになりながら返したのだった。
『余計なお世話!そんなアドバイスなくても、次はボコボコにしてやるんだから覚悟しておいてって伝えて!』
そんなチェルクのためにも、チェルクのために戦おうと決めたジムのためにも。そして、愛すべきここの町のためにも。
自分もできることをすると、リーアは誓ったのだ。何よりも、己が己であるために。
「よお、そこの美人な姉ちゃん!」
繁華街に入ってすぐ、声がかかった。見れば居酒屋の錆びた赤い柱にもたれかかって、ひらひら手を振っている大柄な男の姿がある。顔は赤く、反対の手には酒らしき液体が入ったグラスがあった。まったく、居酒屋のグラスを外に持ち出したら駄目でしょーに――とこころの中でツッコミを入れるリーアである。
ちなみに時刻は、日が翳り始めたタイミング。飲み歩くには少々早い時間であるような気がするのだが、この手の輩には関係ないのかもしれない。
「何だ何だ、誰か人探しでもしてるのかぁ?」
「あら、何でそう思うの?」
リーアは色っぽい声を作って男に話しかける。自分の所作からそれを見抜いたなら、こいつはただの酔っぱらいではない。
「長いことこの町で飲んでるからよぉ、俺は。そういうこと見抜くの得意なんだ。なんなら、俺がいろいろ教えてやってもいいぜ。手取り足取り腰取りってな」
「おいおいザンテ!こんな時間からナンパかよー!」
「うっせえ!据え膳食わぬは男の恥って言うだろうがよ!」
どうやら店の中に仲間がいたらしい。ガラス戸の向こうから野次が飛んだ。全員ツナギ姿の中年男だ。ということは、近くの工場勤務だろうか。この通りを少し奥に行くと、工場が立ち並ぶエリアがある。ゴミの集積場も近かったはず。そんなところにこの繁華街がある理由は――まあ単純に土地が安かったからだろう。
なんといっても、年季が入ったボロボロの看板の店が多すぎる。一部はシャッターも閉まっているので、居酒屋以外はあまり栄えてもいないのかもしれない。
「……なかなかの洞察力ね。私、頭のイイ男は好きよ?」
そもそもリーアが居酒屋付近を歩いたのは、この手の輩を引っ掛けるために他ならない。
盗賊団について調べるには、この町で最近起きている異変を知るのが早いだろう。ああいう連中が入り浸るようになると、なんらかの犯罪発生率が上がったり、おかしな奴らの目撃情報が増えたりするものだ。
居酒屋で飲み歩くこの手の男はロクデナシも多いが、この男のように仲間が多くて近隣の情報に詳しそうな連中も多い。情報収集にはうってつけだ。
「それに、お酒に強そうな男も好き。私ね、この町に詳しい人を探していたのよ。それはアナタ、かしら?」
酒臭い息に辟易しつつ、そんな感情はおくびにも出さず。リーアは男に近づいて、胸の谷間を見せつけながら上目遣いのおねだりポーズを炸裂させる。
伊達に長年娼館で働いていたわけではない。この手の連中の扱いは得意中の得意だ。自分は戦闘能力こそ低いが――それでも出来ることがないわけではないのである。
そう、大切な人達を守るため。忌むべきスキルも役に立つのなら、それは立派に誇るべき武器となるのだ。
「お、おう。俺でいいなら何でも教えてやるよ」
案の定、男の喉がぐびりと鳴った。そればかりか股間が見事にテントを張っている。早すぎでしょ、と呆れたがそれならそれ相応に扱ってやるまでのこと。
性欲を人質に取られた男は脆いものだ。焦らして焦らして、切羽詰まった男からありったけ情報を搾り取ってやろうと決める。
「一杯ご馳走してくださる?素敵な紳士さん」
心にもないことを言って、リーアは男にしなだれかかる。店の中から、男の仲間達がひゅーひゅーと口笛を吹いた。
「私、知りたいことがたくさんあるの。この町のことも……アナタのことも、ね?」
***
町で断続的にテロが起きている、それによってカズマの木々が消火活動に勤しんでいる――と、見せかけるにはどうしたらいいか。
やはり、火事を一切起こさないのは無理だろうと思われた。延焼しない火災に壊れた建物、出来れば怪我人が登場した方がいいだろう。誰が怪我人役をやるのか、壊れた建物はどうするのか――工場長とそんな会話をしていたら、ジムもなんだか笑えてきてしまった。まるで、これから自分達で映画でも取ろうとしているようだ、と。
「確かに、これから映画やドラマの撮影をやると言われても納得できちまうなあ」
建物のハリボテを作るべく、えっちらおっちらと木材を運ぶ仲間を見ながら工場長がぼやく。
「タイトルはなんだ?“インサイドの町、危機一髪!”ってか?」
「工場長、センスないのな。もう少し捻ったタイトル考えようぜ。えっとその……なんていうか横文字並べてなんかかっこよくするとか!」
「そう言いながらジムも思いついてないじゃねえか」
「俺は頭脳労働より肉体労働のが向いてるんだよ!センスなんてものは、顔も知らねえ母親の胎内に置いてきちまったんでな!」
「ブラックジョークでの開き直りやめろや」
ハリボテの建物と、それから使っていない倉庫などの前で爆発物を爆発させ、一部は発火させる。場合によっては爆発が大きいものと誤認させるため、ハリボテの一部はバラバラに消し飛ばす&壊れやすい木材で作ることになった。
また、作戦の結構は深夜よりも早朝の方が良い――とは、元軍人であるジャミルからの提言である。理由は、深夜より敵が寝ぼけてて動きが鈍くなるから、ということらしい。
『スライムちゃんは、最初の爆発のタイミングは指示されてても、以降に関しては任意で騒ぎを起こすように言われてたんだろ?それが、早朝になってもなんらおかしくねえ』
ただ、あまり作戦決行が遅くなると、チェルクの生き残っている仲間のスライムたちに危害が及ぶ可能性があるという。次のスライムが送り込まれるか、あるいは見せしめに殺されるか。いずれにせよまともな結果にはならない。
対応するならばなるべく早い方がいい。これは全員で意見が一致していた。残り半日を切っている。準備としてはギリギリだ。
そしてこの大掛かりな準備も、夕方頃になって天気が曇ってきたからこそでできることではある。この暗さ、低い雲ならば遠距離からの望遠鏡で街の様子を確かめることは難しいだろう。反面、雨が降ってくる可能性も懸念しなければならないが。
――天気も俺達に味方してる。
空を見上げ、ジムは拳を握った。
――あとは一つずつ、詰めていくだけのことだ。
現状その組織について分かることはそう多くはない。何故なら、チェルクからの情報提供がなければ自分達は組織の名前さえわからなかったのだから。
頭領とされているのは、“漆黒のドク”。名前の通り、ツンツンした黒髪が特徴の痩身の男。副頭領は“紅蓮のベティ”。名前の通り、長い赤髪が特徴的なグラマラスな女性だという。一応ドクの方がリーダーということにはなっているが、全体的に牛耳っているのはベティの方ではないか?とチェルクは言った。彼女の方が、色々と指示を飛ばすことが少なくなく、またスライムによる特攻の考案をしたのも彼女であるからだという。
彼らは貧しい国の生まれで、人生を逆転させるため恋人二人で盗賊団を作り、荒くれ者たちを率いてあちこち暴れ回っていたようだ。チェルクが見たところ実験施設には他に数人の手下がいたが、正確な規模はわからないという。
彼らが荒くれ者の手下たちに認められる理由は、彼ら自身が自ら危険な場所に乗り込んでいくのを恐れないからだ――というのは、手下の一人がぼやいていたことだ。
『チェルクの話をかいつまんで説明すると。実験施設は、多分北の町から少し外れたところにあるんじゃないかってことだ。で、どこか遠く離れた場所のアジトの手下たちと頻繁に連絡を取り合ってたという。離れたアジトの奴らがメインになって、インサイドの町を見張ってたっぽいって』
――チェルクのやつ、凄いな。
胸元が大きく開いたドレス。
太腿までざっくり割れたスリットのあるスカート。
光沢のある布紙をひらひらと揺らしながら、美女の姿に変身したリーアは歩く。
通行人たちがそんなリーアの姿を見て、頬を染めて振り返るのは爽快だった。無論、わざとこんな色気たっぷりな姿で出歩いているわけだったが。
――自分がどこまでも大変な状況だったってのに。仲間のことを心配して、そこまで聞き耳立ててたんだ。……あの子の話がなかったら、何もかも手探りで調査しなくちゃいけなかったところだ。
今、リーアが来ているのはクオンタウンである。捨てられの森から一番近い、北にある町だ。
この町の北は広い広い海になっており、大きな港もある。町としての規模はけして大きくないのだが、新鮮な海産物や海藻類が取れることから外国の大型船が立ち寄ることも少なくない。町の中心地には、テトミア共和国の領事館もあることで知られており、テトミアの首都とは姉妹都市となっている。
インサイドの町も、この町の者達と取引をすることは少なくなかった。特に捨てられの森は、新鮮な海の幸に巡り合うのが困難であるからである。理由は、捨てられの森では安全に漁をすることか難しいこと。森の南西部は海に面しているのだが、そこがほぼ切り立った崖になっているのだ。
森の中を大きな川が通っており、湖もあることもあって、水資源そのものは乏しくない。が、どうしても海の幸を得るためにはクオンタウンの住人達との取引が必要不可欠なのだった。残念ながらインサイドの町の住人は見下されているので、取引してくれる企業や商人はそう多くはないのだが。
――繁華街は、こっち、だな。
さて、このクオンタウンはリーアにとっても馴染み深い町である。傍目から見ると人間と見分けがつかないので、取引をしたり情報を得るためのハードルが大きく下がるからだ。まあ、リーアが変身できるのは美男美女だけなので、別のトラブルに見舞われることはままあるわけだったが。
大体の地理、地形は把握している。エンドラゴン盗賊団の一味が潜んでいるとしたら、この町のどこかだろうと踏んでいた。単純に、食料調達の意味でも距離的にも便利だからだ。ならばこの町を詳しく調べれば、あの盗賊団について詳細な情報が得られると踏んだのである。
リーアは自分が適任だと、真っ先に手を挙げた一人だった。理由は単純明快。――チェルクとジムをあんな目に遭わされて黙っていられるほど、お人好しではないからである。
『あのさ……ルール上、チェルクの身元引受人じゃない俺は、留置所に会いに行けないから、訊きたいんだけど』
昼の“会議”のあと。リーアはジムに恐る恐る尋ねたを
『チェルク、爆発したわけだろ。怪我してない?留置所の生活、辛そうじゃなかった?』
『安心しろ。俺が思っていたより、お巡りさんたちは親切だったし、チェルクへの対応も丁寧だったぜ』
ジムは笑顔で、リーアに教えてくれた。
『それでさ。リーアに伝言』
『なに?』
『……全部終わったら、決闘王のリベンジマッチ待ってるって。あと、あんたのデッキ、カウンタートラップ入れたらもっとよくなるんじゃないかって』
『……まったくもう』
思っていた以上に、チェルクはちゃんと未来を見ている。リーアは泣きそうになりながら返したのだった。
『余計なお世話!そんなアドバイスなくても、次はボコボコにしてやるんだから覚悟しておいてって伝えて!』
そんなチェルクのためにも、チェルクのために戦おうと決めたジムのためにも。そして、愛すべきここの町のためにも。
自分もできることをすると、リーアは誓ったのだ。何よりも、己が己であるために。
「よお、そこの美人な姉ちゃん!」
繁華街に入ってすぐ、声がかかった。見れば居酒屋の錆びた赤い柱にもたれかかって、ひらひら手を振っている大柄な男の姿がある。顔は赤く、反対の手には酒らしき液体が入ったグラスがあった。まったく、居酒屋のグラスを外に持ち出したら駄目でしょーに――とこころの中でツッコミを入れるリーアである。
ちなみに時刻は、日が翳り始めたタイミング。飲み歩くには少々早い時間であるような気がするのだが、この手の輩には関係ないのかもしれない。
「何だ何だ、誰か人探しでもしてるのかぁ?」
「あら、何でそう思うの?」
リーアは色っぽい声を作って男に話しかける。自分の所作からそれを見抜いたなら、こいつはただの酔っぱらいではない。
「長いことこの町で飲んでるからよぉ、俺は。そういうこと見抜くの得意なんだ。なんなら、俺がいろいろ教えてやってもいいぜ。手取り足取り腰取りってな」
「おいおいザンテ!こんな時間からナンパかよー!」
「うっせえ!据え膳食わぬは男の恥って言うだろうがよ!」
どうやら店の中に仲間がいたらしい。ガラス戸の向こうから野次が飛んだ。全員ツナギ姿の中年男だ。ということは、近くの工場勤務だろうか。この通りを少し奥に行くと、工場が立ち並ぶエリアがある。ゴミの集積場も近かったはず。そんなところにこの繁華街がある理由は――まあ単純に土地が安かったからだろう。
なんといっても、年季が入ったボロボロの看板の店が多すぎる。一部はシャッターも閉まっているので、居酒屋以外はあまり栄えてもいないのかもしれない。
「……なかなかの洞察力ね。私、頭のイイ男は好きよ?」
そもそもリーアが居酒屋付近を歩いたのは、この手の輩を引っ掛けるために他ならない。
盗賊団について調べるには、この町で最近起きている異変を知るのが早いだろう。ああいう連中が入り浸るようになると、なんらかの犯罪発生率が上がったり、おかしな奴らの目撃情報が増えたりするものだ。
居酒屋で飲み歩くこの手の男はロクデナシも多いが、この男のように仲間が多くて近隣の情報に詳しそうな連中も多い。情報収集にはうってつけだ。
「それに、お酒に強そうな男も好き。私ね、この町に詳しい人を探していたのよ。それはアナタ、かしら?」
酒臭い息に辟易しつつ、そんな感情はおくびにも出さず。リーアは男に近づいて、胸の谷間を見せつけながら上目遣いのおねだりポーズを炸裂させる。
伊達に長年娼館で働いていたわけではない。この手の連中の扱いは得意中の得意だ。自分は戦闘能力こそ低いが――それでも出来ることがないわけではないのである。
そう、大切な人達を守るため。忌むべきスキルも役に立つのなら、それは立派に誇るべき武器となるのだ。
「お、おう。俺でいいなら何でも教えてやるよ」
案の定、男の喉がぐびりと鳴った。そればかりか股間が見事にテントを張っている。早すぎでしょ、と呆れたがそれならそれ相応に扱ってやるまでのこと。
性欲を人質に取られた男は脆いものだ。焦らして焦らして、切羽詰まった男からありったけ情報を搾り取ってやろうと決める。
「一杯ご馳走してくださる?素敵な紳士さん」
心にもないことを言って、リーアは男にしなだれかかる。店の中から、男の仲間達がひゅーひゅーと口笛を吹いた。
「私、知りたいことがたくさんあるの。この町のことも……アナタのことも、ね?」
***
町で断続的にテロが起きている、それによってカズマの木々が消火活動に勤しんでいる――と、見せかけるにはどうしたらいいか。
やはり、火事を一切起こさないのは無理だろうと思われた。延焼しない火災に壊れた建物、出来れば怪我人が登場した方がいいだろう。誰が怪我人役をやるのか、壊れた建物はどうするのか――工場長とそんな会話をしていたら、ジムもなんだか笑えてきてしまった。まるで、これから自分達で映画でも取ろうとしているようだ、と。
「確かに、これから映画やドラマの撮影をやると言われても納得できちまうなあ」
建物のハリボテを作るべく、えっちらおっちらと木材を運ぶ仲間を見ながら工場長がぼやく。
「タイトルはなんだ?“インサイドの町、危機一髪!”ってか?」
「工場長、センスないのな。もう少し捻ったタイトル考えようぜ。えっとその……なんていうか横文字並べてなんかかっこよくするとか!」
「そう言いながらジムも思いついてないじゃねえか」
「俺は頭脳労働より肉体労働のが向いてるんだよ!センスなんてものは、顔も知らねえ母親の胎内に置いてきちまったんでな!」
「ブラックジョークでの開き直りやめろや」
ハリボテの建物と、それから使っていない倉庫などの前で爆発物を爆発させ、一部は発火させる。場合によっては爆発が大きいものと誤認させるため、ハリボテの一部はバラバラに消し飛ばす&壊れやすい木材で作ることになった。
また、作戦の結構は深夜よりも早朝の方が良い――とは、元軍人であるジャミルからの提言である。理由は、深夜より敵が寝ぼけてて動きが鈍くなるから、ということらしい。
『スライムちゃんは、最初の爆発のタイミングは指示されてても、以降に関しては任意で騒ぎを起こすように言われてたんだろ?それが、早朝になってもなんらおかしくねえ』
ただ、あまり作戦決行が遅くなると、チェルクの生き残っている仲間のスライムたちに危害が及ぶ可能性があるという。次のスライムが送り込まれるか、あるいは見せしめに殺されるか。いずれにせよまともな結果にはならない。
対応するならばなるべく早い方がいい。これは全員で意見が一致していた。残り半日を切っている。準備としてはギリギリだ。
そしてこの大掛かりな準備も、夕方頃になって天気が曇ってきたからこそでできることではある。この暗さ、低い雲ならば遠距離からの望遠鏡で街の様子を確かめることは難しいだろう。反面、雨が降ってくる可能性も懸念しなければならないが。
――天気も俺達に味方してる。
空を見上げ、ジムは拳を握った。
――あとは一つずつ、詰めていくだけのことだ。
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