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<14・はなす。>
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爆発の威力は、大したものではなかった。ジムが擦り傷程度で生き残っているのだからそういうことになるだろう。他のビルの被害なども外壁が焦げて一部硝子が割れたのみ。ジム以外には一人の怪我人も出ていなかったというのだから、どれほどチェルクが手加減したかもわかるというものだ。
彼の本当の心は、彼自身にしかわからない。
しかし少なくとも彼はジムを殺さなかったし、他の住人にも危害を加えていない。そして、すぐに逃げることもできただろうにそうせず、あっさりと留置所に捕まっている。そこにきっと、真実はあるのだろう。
「ジムさん」
留置所を見張っている警察官の男は。憐れみ混じりの視線をジムに向けて言った。
「貴方が、チェルク、というあのスライムに肩入れしていたことはわかります。カズマの大樹がこの町に受け入れたスライムですし、本質的に悪だとは私も思っておりません」
「そうだろうな」
「しかしそれはそれとして、彼が事件を起こしてしまったことは事実。結果として、世話になったはずの貴方を殺そうとしたことは確かです」
「わかってる」
実際死ぬことはなかったが、それは結果論だろう。きっとチェルクもそう思っているからこそ、大人しく捕まって処分の時を待っているのだ。
恐らく、死刑宣告を受けても素直に受け入れるつもりだろう。カズマの大樹が受け入れた住人達で構成された町とはいえ、犯罪発生率がゼロというわけではない(多分アウトサイドの町よりは低いのだろうが)。凶悪犯罪を起こす人間も稀にいるし、裁判の結果死刑宣告を受けた人間もいる。
通常この町の法律では、人を一人殺しただけで極刑に処されることは稀だ。もっと言うと今回の場合ジムは死んでいないので、あって殺人未遂罪。本来ならば、殺されるほどの罪ではない。が、これが“国家転覆”や“テロ未遂”と見なされた場合は話が別である。
大量殺人を目論見、この町の住人に深刻な被害を齎そうとした者を放置することはできない。見せしめの意味でも、法の威力を知らしめる意味でも重罰に処するべきだろう。チェルクはそこまで知っているわけではないだろうが――もしテロを画策した人間は処刑される可能性が高いと知れば、嬉々としてテロ行為を目論んだことを認めそうだ。
そうなったらもう、ジムがいくら証言台に立ったところで、もっというとこっちが被害届を出さなかったところでなんら意味をなさなくなってしまう。
その前に、ジム自身の手で真実が知りたかった。チェルクの正体を、そして彼が今何を想っているのかを。
「貴方にも、チェルクさんにも同情しないわけではありません。しかし、我々は警察官として平等な目を持ち続けなければならないのです。例えそれが、貴方にとって不利益になることであっても。……そこはご了承ください。話をする時間は十五分まで、警官二名が立ち会います。よろしいですね?」
「ああ」
ここまで丁寧に説明するあたり、この警官の本音が滲んでいるというものだ。
「あんた、イイヤツだな。……ありがとよ」
今まで警察にお世話になったことはほとんどない。精々、落とし物をしたとか、逆に落とし物を見つけた時に立ち寄ったことがあるくらいだ。本来ならチェルクも一生関わらなくても良かった場所だろうに、と思う。交番ならともかく、留置所なんて経験しなくても良かっただろうに、と。
警察官に案内されながら、無機質な灰色の廊下を通る。比較的治安の良い町とはいえ、時々犯罪者が放り込まれることもある留置所だったが、今日は一番手前の部屋で一人の女がいびきを掻いて寝ているだけだった。前を通っただけで酷く酒臭い。多分、酔っぱらって居酒屋で暴れたとか、タクシーの代金を踏み倒そうとしたとか精々そのへんだろう。犯罪率は低いが、一部のエリアでは頻繁に酔っ払いが道路で寝ている光景を目にすることは確かだ。
チェルクは一番奥の部屋にいるようだった。檻の向こうに、さら小さな檻を作ってある。小さな檻は、緑色の魔方陣を下敷きにしていた。重犯罪者用の魔法結界だとすぐにわかった。この魔法陣は魔法による攻撃も、科学的な電波も何もかもを遮断するのだ。当然、本人が暴れようとしても結界に阻まれて脱出できないという寸法である。
確かにスライムは不定形で、檻に閉じ込めてもすり抜けて出てきてしまいかねない。そう考えれば、檻だけでは意味がないかもしれないが。
「まだ裁判もしてないのに、テロリスト並の対応じゃねえか」
思わずジムが呟くと、警察官はため息混じりに言った。
「本人が自らこうしてくれと望んだのです」
「チェルクが?」
「ええ。恐らく事情があるのでしょう。ただ彼は言葉をしゃべることができないようなので……ほとんどイエスとかノーくらいの意思の疎通しか測れていないのですが。それに、相当気落ちしているようで、話す気力もないようでした。貴方なら、彼から本心を聴き出せるかもしれません」
「……そうだな」
そのために自分は此処に来たのだ。持っていたスケッチブックと色鉛筆を警察官に刺し出し、チェルクに渡してくれるように頼む。普通の犯罪者ならば尖った色鉛筆は駄目と言われそうなところだが(これは攻撃してくるという意味にみならず、本人が自殺するかもしれないという意味もある)、チェルクがスライムであることから許可が下りた。そもそも道具を制限することに意味がないという考えもあるだろう。
警察官が魔法結界の一部を解いて、スケッチブックと色鉛筆を小さな檻の中に差し入れる。しかし、チェルクは奥の方に縮こまったまま、すぐにはスケッチブックに近寄ろうともしなかった。
「チェルク。ジムさんが来てくれたぞ。話をしたいんじゃないのか?」
「…………」
饅頭型で固まっているので、今のチェルクに手足はない。ただ、顔の向きだけはわかる。チェルクは警察官の呼びかけにも答えず、こちらに背を向けてじっとしているようだった。
明確な拒絶。警察官と話したくないのか――それとも話したくないのはジムなのか。
あるいは、余計なことを喋ってしまいそうな自分が怖いのか。
「チェルク。俺と話をしねえか」
ジムが魔方陣のギリギリまで近づいて呼びかけるも、チェルクはまったく反応しない。鳴き声も上げない。時折もぞりと動くので、生きていることだけは確かなようだが。
「ありがとな。俺の命を助けてくれたんだろう」
だから、彼が話したくなるまで一方的に喋ることにした。その場にどっかりとあぐらを掻き、ジムはチェルクに呼びかける。座った表紙に擦りむいたふくらはぎと尻が少しだけ痛くなったが、今は気にしないことにした。
「俺は確かに、お前がダイナマイトに変身するところを見た。激しい閃光もだ。それなのに俺はバラバラに吹き飛ぶどころか、ほれ、この通りぴんぴんしてる。ちょっとあっちこっち擦り傷と打ち身が増えただけだ。死ぬには程遠い怪我だ。周囲のビルもちょっと焼け焦げた程度だってよ。お前が頑張って手加減してくれたんだろ」
「…………」
「そもそも、あの狭い通路に入ってから爆発したのだってよ。他の人に被害が及ばないようにしたかったからじゃないのか?お前、それまで頑張ったんだろ?やるじゃねえか」
「……うきゅ」
奥で、チェルクがふるふると首を横に振るのが見えた。本当は喋りたくないのではない、むしろジムに話したいことがたくさんあるのではないか。そんな気がした。
「お前のことを診た医者に、俺も手当してもらったんだけどな。その時ちょっと妙なことを聴いたんだ。何でも前にスライムの患者を診たことがあって……そいつの体に異物が埋め込まれてるのを、外科手術で除去したらしい。なあチェルク、お前もそうなんじゃないのか?」
あと少し。やや前のめりになってジムは尋ねる。
「この町に危害を成そうとする奴らがいて、お前はそいつらに酷い目に遭わされた。で、チップか何かを埋め込まれて、そこに電波が流し込まれるとお前の意思とは関係なく爆弾に変身して爆発しちまう……っていうのはどうだ?今魔方陣の中に閉じ込めてもらってるのは、その電波を防ぎたいから。違うか?」
「う、うきゅう……」
そこまで言ったところで、もぞもぞとチェルクが動いた。そして、むにーんと青い触手を伸ばして躊躇いがちにスケッチブックを拾うと、黒い色鉛筆を拾って文字を書いてくる。
平仮名だらけの、チェルク特有の大きな文字だ。
『ぼくはジムをころそうとした』
ぱらり、とさらにページが捲られる。
『だから、あなたにしんぱいしてもらうのは、おかしなこと。なんで、ぼくにあいにきたの。ぼくは、このまま、まちでしけいになったほうがいい。みんなにめいわくがかかる』
「みんなに迷惑をかけるのが嫌なら、お前は俺の傍にいないといけねえなあ」
ジムはにやりと笑って言った。
「リーアに聴いたぜ。お前、決闘王のカードゲーム覚えたんだって?あれ、俺はルールがぐっちゃぐちゃで全然わかんなかったんだよ。リーアがさ、お前はすっげーカード捌きがすごいって褒めてた。覚えたばっかりのゲームなのにボッコボコにされたって。なあ、俺も一緒に遊びてえから教えてくれよ。お前がいなくなったら教わる相手がいなくなる。リーアはまだまだヘタクソみてーだしよお」
『でも』
「それから、お前がいると家が明るくなる。お前がいなくなったら、また男三人でムサい生活に逆戻りだ、そりゃ困るってなもんだ。可愛い可愛いマスコット的なポジションのお前がいてくれるとな、それだけで毎日楽しいんだぜ?というわけで、お前がいなくなった方が俺は迷惑だ」
『なんで』
ぽろり、と黒い瞳から雫が零れ落ちた。
『ぼくがこわくないの。きらいにならないの』
この子はまだ小さな子供のようなもの。きっと今までたくさん怖い思いをして、人の顔色を窺って、怯えて暮らしていたのだろう。だから、とにかく気にしてしまうのはそこで。自分が傷ついたことよりも、誰かに迷惑をかけることばかり心配してしまって。――本来小さな子供は、そんなこと気にする必要なんてないはずなのに。
「嫌いになんかなるもんか。お前はもう町の仲間で、家族なんだから」
な、とジムは可愛い“弟”に笑いかけるのだ。
「もし、それでもお前が納得できないなら。恩返しとやらがしたいとか思うなら。それはいつか、お前が大人になった時、町の仲間を助けることで返してくれりゃあいい。俺はこの町の仲間に救われて、育てられて此処にいる。だから、町の奴らにそれを少しでも返していきたいんだ。それが俺の報恩で、幸福だからだ。この町はそうやって想いを繋いで、みんなの笑顔を繋いでここまで大きくなったんだぜ」
『……ぼくにも、それ、できる?』
「おう、できるできる。だから、俺は……お前をこんな目に遭わせた奴らに関しては結構怒ってるんだ」
そう。怒りをぶつけるべき相手は、チェルクではない。
「教えてくれ、チェルク。……俺は、俺達の大事な家族を傷つけた連中に、一発お見舞いしてやらなくちゃ気がすまねえよ」
彼の本当の心は、彼自身にしかわからない。
しかし少なくとも彼はジムを殺さなかったし、他の住人にも危害を加えていない。そして、すぐに逃げることもできただろうにそうせず、あっさりと留置所に捕まっている。そこにきっと、真実はあるのだろう。
「ジムさん」
留置所を見張っている警察官の男は。憐れみ混じりの視線をジムに向けて言った。
「貴方が、チェルク、というあのスライムに肩入れしていたことはわかります。カズマの大樹がこの町に受け入れたスライムですし、本質的に悪だとは私も思っておりません」
「そうだろうな」
「しかしそれはそれとして、彼が事件を起こしてしまったことは事実。結果として、世話になったはずの貴方を殺そうとしたことは確かです」
「わかってる」
実際死ぬことはなかったが、それは結果論だろう。きっとチェルクもそう思っているからこそ、大人しく捕まって処分の時を待っているのだ。
恐らく、死刑宣告を受けても素直に受け入れるつもりだろう。カズマの大樹が受け入れた住人達で構成された町とはいえ、犯罪発生率がゼロというわけではない(多分アウトサイドの町よりは低いのだろうが)。凶悪犯罪を起こす人間も稀にいるし、裁判の結果死刑宣告を受けた人間もいる。
通常この町の法律では、人を一人殺しただけで極刑に処されることは稀だ。もっと言うと今回の場合ジムは死んでいないので、あって殺人未遂罪。本来ならば、殺されるほどの罪ではない。が、これが“国家転覆”や“テロ未遂”と見なされた場合は話が別である。
大量殺人を目論見、この町の住人に深刻な被害を齎そうとした者を放置することはできない。見せしめの意味でも、法の威力を知らしめる意味でも重罰に処するべきだろう。チェルクはそこまで知っているわけではないだろうが――もしテロを画策した人間は処刑される可能性が高いと知れば、嬉々としてテロ行為を目論んだことを認めそうだ。
そうなったらもう、ジムがいくら証言台に立ったところで、もっというとこっちが被害届を出さなかったところでなんら意味をなさなくなってしまう。
その前に、ジム自身の手で真実が知りたかった。チェルクの正体を、そして彼が今何を想っているのかを。
「貴方にも、チェルクさんにも同情しないわけではありません。しかし、我々は警察官として平等な目を持ち続けなければならないのです。例えそれが、貴方にとって不利益になることであっても。……そこはご了承ください。話をする時間は十五分まで、警官二名が立ち会います。よろしいですね?」
「ああ」
ここまで丁寧に説明するあたり、この警官の本音が滲んでいるというものだ。
「あんた、イイヤツだな。……ありがとよ」
今まで警察にお世話になったことはほとんどない。精々、落とし物をしたとか、逆に落とし物を見つけた時に立ち寄ったことがあるくらいだ。本来ならチェルクも一生関わらなくても良かった場所だろうに、と思う。交番ならともかく、留置所なんて経験しなくても良かっただろうに、と。
警察官に案内されながら、無機質な灰色の廊下を通る。比較的治安の良い町とはいえ、時々犯罪者が放り込まれることもある留置所だったが、今日は一番手前の部屋で一人の女がいびきを掻いて寝ているだけだった。前を通っただけで酷く酒臭い。多分、酔っぱらって居酒屋で暴れたとか、タクシーの代金を踏み倒そうとしたとか精々そのへんだろう。犯罪率は低いが、一部のエリアでは頻繁に酔っ払いが道路で寝ている光景を目にすることは確かだ。
チェルクは一番奥の部屋にいるようだった。檻の向こうに、さら小さな檻を作ってある。小さな檻は、緑色の魔方陣を下敷きにしていた。重犯罪者用の魔法結界だとすぐにわかった。この魔法陣は魔法による攻撃も、科学的な電波も何もかもを遮断するのだ。当然、本人が暴れようとしても結界に阻まれて脱出できないという寸法である。
確かにスライムは不定形で、檻に閉じ込めてもすり抜けて出てきてしまいかねない。そう考えれば、檻だけでは意味がないかもしれないが。
「まだ裁判もしてないのに、テロリスト並の対応じゃねえか」
思わずジムが呟くと、警察官はため息混じりに言った。
「本人が自らこうしてくれと望んだのです」
「チェルクが?」
「ええ。恐らく事情があるのでしょう。ただ彼は言葉をしゃべることができないようなので……ほとんどイエスとかノーくらいの意思の疎通しか測れていないのですが。それに、相当気落ちしているようで、話す気力もないようでした。貴方なら、彼から本心を聴き出せるかもしれません」
「……そうだな」
そのために自分は此処に来たのだ。持っていたスケッチブックと色鉛筆を警察官に刺し出し、チェルクに渡してくれるように頼む。普通の犯罪者ならば尖った色鉛筆は駄目と言われそうなところだが(これは攻撃してくるという意味にみならず、本人が自殺するかもしれないという意味もある)、チェルクがスライムであることから許可が下りた。そもそも道具を制限することに意味がないという考えもあるだろう。
警察官が魔法結界の一部を解いて、スケッチブックと色鉛筆を小さな檻の中に差し入れる。しかし、チェルクは奥の方に縮こまったまま、すぐにはスケッチブックに近寄ろうともしなかった。
「チェルク。ジムさんが来てくれたぞ。話をしたいんじゃないのか?」
「…………」
饅頭型で固まっているので、今のチェルクに手足はない。ただ、顔の向きだけはわかる。チェルクは警察官の呼びかけにも答えず、こちらに背を向けてじっとしているようだった。
明確な拒絶。警察官と話したくないのか――それとも話したくないのはジムなのか。
あるいは、余計なことを喋ってしまいそうな自分が怖いのか。
「チェルク。俺と話をしねえか」
ジムが魔方陣のギリギリまで近づいて呼びかけるも、チェルクはまったく反応しない。鳴き声も上げない。時折もぞりと動くので、生きていることだけは確かなようだが。
「ありがとな。俺の命を助けてくれたんだろう」
だから、彼が話したくなるまで一方的に喋ることにした。その場にどっかりとあぐらを掻き、ジムはチェルクに呼びかける。座った表紙に擦りむいたふくらはぎと尻が少しだけ痛くなったが、今は気にしないことにした。
「俺は確かに、お前がダイナマイトに変身するところを見た。激しい閃光もだ。それなのに俺はバラバラに吹き飛ぶどころか、ほれ、この通りぴんぴんしてる。ちょっとあっちこっち擦り傷と打ち身が増えただけだ。死ぬには程遠い怪我だ。周囲のビルもちょっと焼け焦げた程度だってよ。お前が頑張って手加減してくれたんだろ」
「…………」
「そもそも、あの狭い通路に入ってから爆発したのだってよ。他の人に被害が及ばないようにしたかったからじゃないのか?お前、それまで頑張ったんだろ?やるじゃねえか」
「……うきゅ」
奥で、チェルクがふるふると首を横に振るのが見えた。本当は喋りたくないのではない、むしろジムに話したいことがたくさんあるのではないか。そんな気がした。
「お前のことを診た医者に、俺も手当してもらったんだけどな。その時ちょっと妙なことを聴いたんだ。何でも前にスライムの患者を診たことがあって……そいつの体に異物が埋め込まれてるのを、外科手術で除去したらしい。なあチェルク、お前もそうなんじゃないのか?」
あと少し。やや前のめりになってジムは尋ねる。
「この町に危害を成そうとする奴らがいて、お前はそいつらに酷い目に遭わされた。で、チップか何かを埋め込まれて、そこに電波が流し込まれるとお前の意思とは関係なく爆弾に変身して爆発しちまう……っていうのはどうだ?今魔方陣の中に閉じ込めてもらってるのは、その電波を防ぎたいから。違うか?」
「う、うきゅう……」
そこまで言ったところで、もぞもぞとチェルクが動いた。そして、むにーんと青い触手を伸ばして躊躇いがちにスケッチブックを拾うと、黒い色鉛筆を拾って文字を書いてくる。
平仮名だらけの、チェルク特有の大きな文字だ。
『ぼくはジムをころそうとした』
ぱらり、とさらにページが捲られる。
『だから、あなたにしんぱいしてもらうのは、おかしなこと。なんで、ぼくにあいにきたの。ぼくは、このまま、まちでしけいになったほうがいい。みんなにめいわくがかかる』
「みんなに迷惑をかけるのが嫌なら、お前は俺の傍にいないといけねえなあ」
ジムはにやりと笑って言った。
「リーアに聴いたぜ。お前、決闘王のカードゲーム覚えたんだって?あれ、俺はルールがぐっちゃぐちゃで全然わかんなかったんだよ。リーアがさ、お前はすっげーカード捌きがすごいって褒めてた。覚えたばっかりのゲームなのにボッコボコにされたって。なあ、俺も一緒に遊びてえから教えてくれよ。お前がいなくなったら教わる相手がいなくなる。リーアはまだまだヘタクソみてーだしよお」
『でも』
「それから、お前がいると家が明るくなる。お前がいなくなったら、また男三人でムサい生活に逆戻りだ、そりゃ困るってなもんだ。可愛い可愛いマスコット的なポジションのお前がいてくれるとな、それだけで毎日楽しいんだぜ?というわけで、お前がいなくなった方が俺は迷惑だ」
『なんで』
ぽろり、と黒い瞳から雫が零れ落ちた。
『ぼくがこわくないの。きらいにならないの』
この子はまだ小さな子供のようなもの。きっと今までたくさん怖い思いをして、人の顔色を窺って、怯えて暮らしていたのだろう。だから、とにかく気にしてしまうのはそこで。自分が傷ついたことよりも、誰かに迷惑をかけることばかり心配してしまって。――本来小さな子供は、そんなこと気にする必要なんてないはずなのに。
「嫌いになんかなるもんか。お前はもう町の仲間で、家族なんだから」
な、とジムは可愛い“弟”に笑いかけるのだ。
「もし、それでもお前が納得できないなら。恩返しとやらがしたいとか思うなら。それはいつか、お前が大人になった時、町の仲間を助けることで返してくれりゃあいい。俺はこの町の仲間に救われて、育てられて此処にいる。だから、町の奴らにそれを少しでも返していきたいんだ。それが俺の報恩で、幸福だからだ。この町はそうやって想いを繋いで、みんなの笑顔を繋いでここまで大きくなったんだぜ」
『……ぼくにも、それ、できる?』
「おう、できるできる。だから、俺は……お前をこんな目に遭わせた奴らに関しては結構怒ってるんだ」
そう。怒りをぶつけるべき相手は、チェルクではない。
「教えてくれ、チェルク。……俺は、俺達の大事な家族を傷つけた連中に、一発お見舞いしてやらなくちゃ気がすまねえよ」
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