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<11・しらべる。>

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 ひょっとして、チェルクを捨てた連中がチェルクに何かをしたのではないか。リーアは早い段階でそれを疑った。ついさっきまであんなに元気にカードゲームをしていたのに、急に具合が悪くなんておかしいと思ったのが最大の理由である。
 というわけでジムがチェルクを病院に連れていっている間に、警備兵の者達や、村の外に行くこともある商人たちに話を訊くことにしたのだが。

「それ、知らないんだけど?」

 リーアは眉を顰める。住人の男から一つ、とんでもない情報が出てきたからだ。
 長いぼうぼうの髭を生やしたその男の名前はジャミル・ロ・モドクローム。髭のせいで老人のような容貌にも見えるが、これでもまだ二十八歳だ。しかも元侯爵階級で戦争の英雄、というとんでもない経歴の持ち主である。――戦争で散々活躍したはずなのに、戦争が終わった途端大量殺人を犯したと扱われて王国を追放され、この森に逃げてきたというある意味非常に不憫な生い立ちの人物ではあるのだが。
 このインサイドの町でも数少ない、純血の人間の一人でもある。

「そういうやばそうなの見かけたら、何で警備に報告しないの。君、この町に来てから日が浅いとはいえ、世話になってるんでしょうが」
「うるせえな。無償で奉仕するってのが大嫌いなんだよ俺は。散々国のためにこき使われてポイされたんだからよ」

 彼はまだこの町に来て短いこともあり、まだあまり森の仲間達と馴染めてはいないようだった。つっけんどんな物言いだが、これでもまだ最初に来た頃よりはマシだったのである。
 髭も髪も伸びっぱなし、やさぐれてアルコール中毒になり何度もぶっ倒れる始末だったのだ。それでも最近は一日の酒量も制限しているし、午前中は工場でも仕事をしている。ここまで回復したのはひとえに、彼の世話を任されてくれた工場長とその家族のおかげに他ならなかった。

「工場長には世話になってるが、警備兵の奴らにはそういうわけじゃねえからな。尋ねられれば話すが、何も尋ねられてねえうちに話すつもりにはならねえよ」
「報酬が必要ってわけ?」
「お前が美女に変身してパ●ズリしてくれたらもっといろいろ話してやるかもな?」
「殴るよ?」

 まあ、本番を要求してこないだけマシか。やや頭痛を覚えながらもそう思ってしまう時点で、自分もかなり倫理観が飛んでいるなと思う。子供の頃はともかく、今なら別にセックスそのものが大きな負担になることはないと知っているからだ。むしろ、リーア自身は気持ちの良いことも大好きである。
 ただ、乱暴な奴は好きじゃないし、今は心の問題もあって出来る限り好きな奴以外に体を許したくないというだけで。

――しかし、この森の資源を狙ってる連中がちらほら現れるのは知ってたけど。……最近そんな動きがあったとはね。

 ジャミルから聞いた話はこうだ。
 彼は人間ながら、あまり外の世界に行くことは多くはない。アウトサイドの町に不信感があり、外に行きたい理由がないからということ。また、荒れ果てた風貌で外に行ったら目立つからである。彼を元英雄だと知っている人間たちは、外の町にはまだまだ少なくないからだ。
 それでも、まったく森の外を散歩することがないわけではない。町までは行かずとも、周辺の湿地帯や草原、川へ足を運ぶことはちょいちょいあるのだそうだ。森のすぐ目の前にある川からは美味しい川魚も豊富に取れるし、ミチキノコも群生している。このミチキノコは食用キノコの一種で、普通にバターで焼いて食べるだけで美味しい春秋の味覚の一つなのだった。
 ジャミルも元英雄というだけあって、今でもある程度の戦闘能力は持ち合わせている。現役の頃と比べると腕力も体力も落ちたが、森の入口付近にいる程度のモンスターを倒すくらいはわけないのだった。
 で、春先のある日、ミチキノコを収穫して森に戻ろうとしたその時。
 一台のトラックが入り口前に停車し、わらわらと武装した兵が降りてきたというのである。黒い大きな機械を手前に用意していたが、あれは防犯カメラの映像を切り替えたり妨害したりする機材ではないか、とジャミルは語る。

――で、兵士達は森に突撃しようとしていた。そして……殆どが、森の入口でカズマの木々に阻まれて死ぬ羽目になった、と。

 カズマの木々がどういう基準で“受け入れる人間とそうではない人間”を判別するのか、正確な基準はわかっていない。ただ、基本的に森に害意のある人間を通すことはないとされている。
 木に“外敵だ”と見なされた生き物の末路は悲惨なものだ。まず蔓で全身を絡め取られて固定される。獲物は貴重な養分として、少しでも多くの木々に行き渡らせる必要があるため、まず生きたまま細かくちぎられることが多いのだ。
 首を真っ先に引きちぎって貰えた者は幸運だろう。が、基本的には少しでも鮮度を高く保つため、可能な限り長く生き延びさせられることが多いのが実情だそうだ。ようは、生きたまま両手足をちょっとずつ引きちぎって、内臓を引きずり出して小分けにして、獲物を別の木に分け与えるというのである。
 また、そこまでの力のない若い木に捕まった時はそれはそれで悲惨なのだという。そういう木は、どろどろのジュースにしてから養分を他の木に渡す。そのために、獲物の口と肛門にチューブ状の蔓を刺しこんで、強酸性の樹液を送り込み、内臓からどろどろに溶かしてしまうのだ。
 胃と腸からじりじりと焼かれる羽目になる獲物は、文字通り七転八倒して苦しむことになる。そして最後はどろどろにとけた内臓を口と肛門から排出し、目玉も溶け落ちながら絶命するそうだ。想像するだけでぞっとするような話である。
 まあようするに。大量に送り込まれた兵士達はみんな、揃いも揃ってそんなグログロな死に方をする羽目になったというわけだ。ジャミルはそれを“馬鹿な奴らだなあ”と思いながらぼんやり見ていたという。
 一度森に足を踏み入れてしまえば、外敵と見なされた人間が逃げるのは難しい。命乞いをしながら外に這い出して、それでも蔓に絡まれて内側に引きずり込まれた奴らを何人も目撃したという。
 で。
 そういうとんでもない事件を目撃したというのに、ジャミルはきちんと上に報告していなかったというわけだ。インサイドの町とはいえ、どれだけ“軍”というものに不信感があるんだろうか。

「その兵士達、エドモンド王国の兵だったの?あとトラックってどんな雰囲気の?」

 リーアが尋ねると、ほれほれ、とジャミルは手を動かした。両手をいやらしくにぎにぎ、というのがもう完全に何を指しているのが丸わかりである。仕方なくリーアは美女の姿に変身すると、ほれ、と胸を差し出してやった。
 こんなこと、可愛い可愛いチェルクのためでなければ絶対御免だというのに。

「あーあったけー」

 変態な元英雄は、服ごしにリーアの胸を揉みながら悦に浸っている。そのテント張ってる股間を蹴り上げてやりたい、と心の底から思うリーアである。

「あー、それでトラックだっけ?えっと灰色の、運送業者っぽい普通のトラックだったぜ。文字は書いてなかったけどな」
「てことは軍のトラックじゃないっぽいね。しかも、チェミルを捨てたっぽい連中が乗ってたのと同じトラックみたいじゃん」
「ナンバープレートはクオンタウンのやつだったぜ。下二桁だけ見えた、56だ」
「……マジで同じっぽいね」

 防犯カメラ映像は荒かったが、それでもクオンタウンナンバーなことと下二桁の数字は見えていた。ビンゴ、と口の中で呟くリーア。

「降りてきた連中も、エドモンド王国の兵じゃなかったな。どっちかというと、雇われっぽい雰囲気だった。運転席と助手席に座ってた奴の顔は見えなかったんだが、そいつらと話してたかんじでな。情報持ち帰ったら金がどうこうとか言ってたから。でもって、声からするに助手席に座ってたのは女だったみたいだぜ」
「女……」

 己の顔がこわばるのを感じた。チェルクを虐待して捨てたのは男女。春頃に、ジャミルが大量の兵隊が送り込まれる時トラックを運転していたのも男女。そしてトラックの形状とナンバー。やはり、同じ連中だと思って間違いないだろう。
 奇妙なのは、何で今になってそんな無謀な真似をしたのかということだ。害意がある人間が森に近づくと、森に獲物と見なされて食われて分解される――なんてのは何百年も前から知られた話である。近隣住民ならみんな知っている。だから、この森に外から迂闊に踏み込む人間はほとんどいないのだ。入口付近だけは辛うじて見逃されているので、そこにのみゴミや生き物を捨てていく奴らがいるくらいである。
 排除されたということは、兵士たちはそれより奥に行こうとしたということ。一体何のために?普通に考えれば、町を襲おうとしたとか、森の資源を奪おうとしたというところだろうが。

――森の脅威をいまいち理解していなかった、ということ?だとしたら、もっと遠くの町からやってきた奴らなのかも。それで人を雇って、森の攻撃力を確かめたってことなんだろうか。

 一応、それならば辻褄も合う。いずれにせよ、国が森を責めようと動いたというわけではなさそうだ。

「何十人もの人間が肉塊になったからな、運転手どもも危機感を感じたんだろう。俺が知っている限りじゃあ、大量の兵士が突撃してきたのはその一回だけだったと思うぜ」

 ただし、とジャミルはさらに続けた。

「その後、何度かドローンの残骸ぽいのが森に落ちてるのは見かけたかな。同じ奴らが、今度は機械で偵察かけようとしたのかもしれねえ。もしそうなら、ものすごい金かけた作戦だっつーことになる。連中、本気でこの森で何かを探してるみたいだぜ。それも、春の頃からずっとだ」
「だから、何でそういう大事な話を長老に報告しないの!」
「俺は警備兵じゃねえから報告の義務なんかないだろうがよ」
「そうだとしても、町の危機に関わるかもしれないんだから!あと、いつまで俺の胸揉んでる気!?いい加減離せっての!」
「あ」

 名残惜しそうに手が離れていく男。まったく、変態はどこまで行っても変態である。さっさと一人で自家発電でもしとけ、と彼を睨みつつ、リーアはさっさと聖域の方へ歩き出したのだった。
 そして、長老に自分が調べたことを報告したその直後、ニュースが飛び込んでくるのである。つまり――チェルクの力によって、ジムが怪我をしたというニュースが。
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