はぐれ者ラプソディー

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<5・たたかう。>

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 ジャックドム、という名前はこのモンスターの発見者から来ているという。単純に“ジャック・ドム”という人間が見つけたからそのままモンスターの名前になっちゃいました、というやつだ。
 とはいえ、発見されているモンスター=生態がはっきりしているというわけではない。新種として見つかっていても、捕獲してある程度生態を明らかにし、ある程度研究して初めてわかることがたくさんあるからだ。ゆえに、図鑑に載っているモンスターでも“生態不明”の欄が大量にあることは珍しくないのである。ジャックドムもまた、そういうモンスターの一種なのだった。
 ぬっと繁みの奥から姿を現したのは、巨大な石像型のモンスターである。まるで四角い灰色の石をつぎはぎにしして積み上げたような体に、まるで赤いインクを塗りたくったような四角い頭が乗っかっている。最初はモンスターではなく、何かのロボットではないかと誤解されていたらしい。目には何やら光るライトのような石がはめ込まれ、暗闇の中でも遠くまで照らせるようになっているそうだ。まるで錆びた機械のようにぎこちない動きも、生き物というよりロボット感を強く出しているのだろう。
 しかし、このモンスターはまごう事なき生体なのである。硬い装甲を傷つけると、その下には柔い皮膚や内臓があるのかちゃんと出血するからだ。
 そして、本体の動きは鈍いものの――面倒なことに、こいつには使い魔がいるのである。胸部分には鳥籠のようなものが収納されており、これがぱっかり開くと中から別のモンスターが出現するのだ。

「ゴラル、対ジャックドムの作戦は覚えてるよな?」

 ジムが尋ねると、無論、とゴラルは頷いた。

「ゴラルは守る。ただそれだけ」
「そうだ、守備は任せた!」

 ぎぎぎぎぎ、と音を立ててジャックドムの胸元の鳥籠が開いていく。怯えたようにチェルクが鳴き声を上げてジムの後ろに隠れた。

「きゅ、きゅう……」
「大丈夫だ、お前は俺らが守ってやるからな!」
「きゅう?」
「おう、心配いらねえ」

 彼の水色の頭を撫でたところで、鳥籠の中から無数の黒い影が飛び出してきたのだった。ジャックドムの使い魔である、クロコウモリ達だ。ジャックドム本体は防御力が高いだけで動きも鈍いし、のろのろパンチを繰り出してくるだけでさほど脅威ではないのだが。このクロコウモリ達が厄介なのである。一匹一匹は強くないのに、複数で一気に襲い掛かって吸血してくるのだ。
 大量のクロコウモリに群がられた獲物は、一滴残らず血を吸いだされて死ぬことになる。統率された完璧な動きで一体の獲物に集中し、あっという間に敵を無惨なミイラにしてしまうのだ。
 だが。

「そりゃっ!」

 ジムはチェルクを抱えて、大柄なゴラルの後ろに隠れた。彼の体は2メートルをゆうに超えるし、横幅も大きい。ジムもけして小柄な方ではなかったが、それでもチェルクを抱えて完璧に隠れるには充分だ。それに加えてゴラルは特性を生かすため、がっしりとした甲冑と分厚いブーツ、ひらひらしたマントなどでさらに表面積を増やしている。

「キ、キキキキキキキ!」

 クロコウモリ達が一気にゴラルに襲いかかった。大丈夫なの?と言うようにチェルクが不安げにこちらを見てくる。安心しろよ、とジムは少年姿のモンスターに微笑みかけた。

「守りだったら、ゴラルは誰にも負けねえんだ」

 ゴラルたちゴーレムは、鉄壁の防御力を誇ることで知られた種族だ。それは単に、体が岩のように硬いだけではない。魔力の壁を作り、さらにその強靭な防御力を上げること事に優れているからである。
 ゴラルの灰色の体が、虹色のキラキラとした光を纏った。ゴラルが両手を広げて立ち塞がると、展開された光が次々と突撃してきたコウモリ達を弾き飛ばしていく。
 彼等の素早さがアダとなった形だった。軽いピンポン玉でも、凄いスピードで射出されればそこそこの衝撃が来る。ただし、この場合砕けるのは体重が軽い方なのは道理だ。コウモリ達は自分達のスピードのせいで硬いゴーラムの壁に激突し、次々自滅して地面に落下していく。ゴーラムの肌に噛みつくどころか、体当たりで傷一つ負わせることさえ叶わない。

「よっしゃ」

 クロコウモリの殆どが目を回して墜落したところで、ジムは飛び出した。ナイフを取り出して、数匹残ったクロコウモリを切りつける。

「とりゃ、とりゃ、とりゃっ!」
「キキキキ、キキキキキキキキキキキキキィ!」

 多数になれば脅威のクロコウモリも、数匹程度ならばまったく問題にならない。仮に一匹に噛みつかれて吸血されてもたかが知れている。牙に毒を持っているモンスターではないからだ。
 だが、ジムのナイフにはカクレダケとマフマキソウを調合して作った毒が塗り込んである。クロコウモリは素早いので決定打を与えるには至らないが、掠り傷くらいならジムの身体能力でも充分与えられるのだ。
 毒を受けたクロコウモリ達もまた、体がマヒして飛行不能になり落下していく。地面に、大量に動けなくなったクロコウモリが積み上がった。

「悪いな」

 他のモンスターならば、このまま逃げればいいところなのだが。ジャックドムは、一度目をつけた相手はどこまでも追いかけてくるという面倒な性質がある。こいつを敵に回すのは面倒だ、と教えこんでやらねばならない。
 もっと言うと、今後ろの洞窟にはリーアが木の実を取りに入っている。このまま自分達が逃げたら、何も知らないで洞窟から出てきた彼が狙い撃ちにされる可能性が高いだろう。
 よって。

「ゴラル、一応三歩後ろに下がって」
「了解」

 少し後退したゴラルの背後に隠れると、念のためチェルクを庇いながらジムは手榴弾のピンを抜いた。そして、うずたかく積み上がったクロコウモリ達の上目がけて投げ込む。
 今まで多くのモンスターを相手に、ジムが生き残って来ることができた理由。それは、キノコや木の実の知識が豊富でその場で多種多様な薬を調合することができることと――それらを使った独自の武器を持っていること。この手榴弾も、森に持ちこまれたスクラップと森で取れた素材を調合して作った、ジムお手製のものだ。

「ぎ」

 ジャックドムが危険を感知したかのように体を震わせたが、時既に遅し。次の瞬間、手榴弾は轟音とともに爆発した。気絶していたクロコウモリ達がバラバラに吹き飛んでいく。可哀想だが、自分達が生き残るためだ。これも自然の節理というもの、カズマの大樹も認めている殺戮行為である。

「ぎぎぎ、ぎ」

 爆風が晴れていくと、その向こうにあちこち擦り傷を負ったジャックドムが見えた。岩のような体の随所に血が滲んでいるから、まったくの無傷ではないのだろう。それでもこの程度の爆弾で、ジャックドム本体が倒せるなんて期待していない。自分が狙ったのは別のことだ。

「ぎ、ぎぎ、ぎぎぎぎぎぎぎぎ、ぎぎ」

 心なしか、ジャックドムはかなり肩を落として落ち込んでいるように見えた。それもそうだろう、彼にとってほとんど唯一の攻撃手段は、胸の鳥籠で飼っているクロコウモリ達を襲撃させることであったのである。そのクロコウモリ達が壊滅してしまっては、もう彼にできることはほとんど残らない。目の前の獲物を諦める他ないのである。
 そして、彼はけして頭の悪いモンスターではない。自分達の顔はちゃんと覚えたはずだ。こいつらに関わると危険、と理解すればもう二度とこの個体のジャックドムは襲ってこなくなるだろう。

「ぎぎぎ……」

 彼はゆっくりと踵を返すと、そのまま森の奥へと消えていった。ずずん、ずずん、という足音が遠ざかっていくのを聴いて、ほっとジムは息を吐く。
 何度経験しても、戦闘は緊張する。やっぱり自分は本来戦うより、まったりキノコでも採集している方が性に合っているなと思う。

「お疲れ、ゴラル。いつもありがとな。お前のおかげで助かるぜ」
「ゴラルは仕事をこなすのみ。ジムもそうしたように」
「あはは、さんきゅーな」

 そのすぐ後に、ごそごそごそ、という音がして洞窟の岩の隙間からリーアが顔を出した。彼も彼で苦労があったようで、美しい顔が泥まみれになっている。

「取ってきたよう、籠いっぱいシアの実!」

 笑顔で彼はナップザックを見せてくれる。開いた中には、雫型の真っ赤な実がたくさん詰まっていた。これだけあれば備蓄にも回せるだろう。元々、シアの実は硬い殻に守られている分生の状態でも日持ちしやすく保存食になることでも有名なのである。まあ、ちょっと人間の味覚には辛いのだが。

「沼みたいなところ通らないといけなくて転んじゃった。雨漏りがしてたみたいでさ……。でもって、そっちもなんかいろいろあったっぽい?」
「ジャックドムが出た」
「うっわマジ?お疲れさん。チェルクは無事?」
「おう」

 ここでチェルクの心配を真っ先にしてくれるあたり、リーアの性格がよくわかる。チェルクがそろりそろりとジムの後ろから顔をのぞかせたのを見て、ほっと息をついたのだった。

「良かった良かった。いっぱい取れたから、ジャムにもパイにもできるよ。というわけで帰ろうか」
「そうだな」

 収穫は充分。日も落ちてきたし、急いで帰った方が良いだろう。元来た道を戻ろうとしたところで、チェルクがくいっとジムの服の裾を引っ張った。そして。

「きゅ、きゅう……?」

 ジムの右手の甲の傷を指さして、泣きそうな顔をする。それは、さっきの戦闘でクロコウモリの一匹に噛みつかれたものだった。すぐに振り払ったので、大した深さの傷でもない。それでも、チェルクにとっては心配なものに他ならないのだろう。

「大丈夫大丈夫。あいつら毒ないし、掠り傷だって」
「きゅ……」
「自分のために怪我したのが嫌だって顔だな?……安心しろ、俺達のためでもあるんだ。シアの実のピザが俺は大好物でな!一緒に食べるのが楽しみなんだよ。だから気にするな!」
「きゅっきゅ!」

 出会ったばかりの自分のことを気に掛けるなんて、このスライムはなんて心が綺麗なんだろう。こんな優しい奴を捨てる人間の気がしれない、と何度目になるかもわからないことを思う。
 少しだけ安堵したような顔をするチェルクの背中をぽんぽんと撫でて、ジムは笑ったのだった。

「よっし、俺らの家に戻るぞ!」
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