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<4・みつめる。>
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一度つけたマーカーは、奴が死なない限り解除されることはない。
液晶画面に表示された座標を確認し、男はほくそ笑んだのだった。
座標が示すのは捨てられの森の中心地。インサイドの町のど真ん中であったからである。
「作戦の前段階は完了したのね?」
「……ああ」
かつん、と女の手によって目の前にコップが置かれた。そこに並々と注がれているのはインスタントコーヒー。格安の品ということもあり、お世辞にも良い味とは言えない。胸焼けしそうな苦味にも、既に慣れてはしまっているが。
この作戦が終わったらもっとちゃんとした豆とコーヒーメーカーを買うことが出来るだろう。貧乏なこの生活にもおさらばできるはずたと思えば、気分が高揚するのも当然だった。
「ひとまず、スライムはカズマの木に排除されることはなかったようだ。スライムそのものに害はないと見なされたのか、それとも何か他の思惑がるのかは定かではないがな。……あの意味不明な大樹が考えることなど、我々のような一般人にわかるはずもないのだから」
そう、理解する必要もないこと。どうせ、あの森の終わりは近いのだから。
「何にせよ一番の綱渡りにはこれで成功したわけだ。スライムがカズマの木に喰われてしまうかどうかに関しては完全に賭けだったしな」
「そうね。そして、賭けに勝っただけじゃない。思いがけない成果を挙げたと言っても過言ではないわ。座標から見るに森に捨て置かれたわけでもなく、町の中にまでスライムを連れ込んで貰えたみたいだもの」
「ああ、その通りだとも」
女の言葉は正しい。森の中心地、インサイドの町の中であるのは自分達にとって極めて幸運なことだ。大樹の近くであればあるほど、あれは高い効果を発揮するのだから。
「全ては、我らの未来のために」
男は笑顔で、女の手の甲に口付けを落とす。
「我々もまた、生きるために必死なのだからな」
***
幸いなことに、スライムの色は一時間も経てばもとに戻った。また、やや暴走状態だったのも色が水色に戻ると同時に落ち着いたらしい。暴れていた自覚があったのか、やや申し訳無さそうに今はジムの膝の上に落ち着いている。
正直こればっかりはお前は悪くないだろ、とジムも呆れるしかない。リーアが食わせたのはピンクのしましまのカサに、白い柄の細長いキノコだという。十中八九、カトチャダケだ。別名ワライダケ。食べても死ぬことはないが、毒キノコであるのは間違いない。人間の場合は一度食べると笑いが止まらなくなるのだ。この効果を応用して、筋肉が硬直してしまうタイプの病気や毒の解毒剤として用いられることもある。
――毒が強くないキノコだったからまだいいものの。スライムが食べて即死するタイプのキノコだったらどうするつもりだったんだ?いや、スライムが食べて死ぬようなキノコがあるのかどうかもわかんねぇけどよ。
とりあえず、リーアの頭にはもう一発ゲンコツを落としておいた。彼は銀髪のてっぺんに巨大なタンコブを作って、現在机に突っ伏して呻いている状態である。自業自得だ。ゴラルはそれをどこか憐れみの目で見ている。あまりにもいつもどおりの光景に呆れるしかないのだろう。
ひとまず、スライムには名前をつけることにした。この町の初代長老のミドルネームをいじって、チェルク、である。彼(?)も今日からこの町の仲間なのだから、少しでも縁起の良い名前がいいだろうと考えてのことだった。本人もきゅうきゅう鳴きながら跳ねてたから、多分気に入ってくれたのだと思っている。
さて、問題は。
「……ゴラルも考えた。大樹の予言は、確かに気になる」
肌より少し濃い色のグレーの短髪を掻きながら、ゴラルが言った。
「この森を焼き尽くす兵器、アウトサイドの街にないとは言い切れない。しかし、兵器というものは金がかかる。人食いさえもできるカズマの強靭な森を焼き尽くすほどだとすると、相当な火力が必要になる。それはつまり、兵器にもそれだけの予算を割く必要があるということ。……普通の盗賊が、そこまでの金と流通ルートを持っているとは考えにくい」
「だよな?俺もそれは思ったわけ。もしそうなら国そのものが攻めてくることになるけど、今のところアウトサイドにそこまで大きな動きはねぇよな?国が動いてたら近隣の町ももうちょいそれっぽい気配があると思うんだけどよ」
自分は人間として、森の中と外を行き来することが多い。ゴラルのように露骨な人外じゃなければ、アウトサイドの町を彷徨いていてもさほど浮く心配はないからだ。まあ、ちょっと彼らの町に合わせて身綺麗にしておく必要はあるが。
国そのものが動いて捨てられの森を襲撃しようとしているのなら、その準備のために近隣の町に軍が配備されていないとおかしい。が、今のところそんな気配はまったくない。どこもかしこもいつも通り、のんびりしたものである。
しかし、小規模な盗賊やら企業やらが単体で襲撃するには、この森の規模は大きすぎると思うのだが。
「……それに、森を焼くって別の意味でも面倒があるよね?」
タンコブができた頭を擦りながら、リーアが言う。
「だって焼いちゃったら、貴重な木の実もキノコも全部一緒にパァだよ?お金儲けしたい奴らからすると本末転倒でしょ。ていうか、洞窟で取れる高価な鉱石も、熱に弱いやつがいっぱいあるじゃん。そのへん全部焼いちゃってさ、森をスカスカにして、襲撃者は一体何を得るんだよ?」
「うーん。てことは、森の資源が狙いではないのか?捨てられの森の誰かを死ぬほど恨んでる、とか?」
「少なくとも俺が把握する限りでは、ここ十年くらいアウトサイドの街と大きな揉め事なんか起きてないぜ?入口付近でたまーに小競り合いがある程度だ」
「……うーん?」
こんな話をするのは、自分達の誰もが“長老がカズマの大樹から受け取った予言は本物のはずだ”と認識しているからに他ならない。
過去に何度も、歴代の長老はカズマの大樹から予言を受け取ってきている。それが外れたことは過去に一度もない(回避しようと動いた結果、予言通りの悲劇にならなかったことはあるが)。予言は確実に当たる。だからこそ、その原因を突き止めて、全員で町を守りために戦わなければいけないのだ。
捨てられの森にいる者達はみんな、世界から爪弾きにされていらないと見なされた雑草のようなもの。しかし、雑草には雑草なりの矜持があり、絆があるのだ。自分たちを捨てたような身勝手な連中に、ほいほいと負けてやるつもりは微塵もないのだった。
「今は考えても仕方ない。情報不足」
やがて、ゴラルが首を横に振った。
「それよりもスライムについて調べるべきとゴラルは考える。生体も何もわからない。何処から来たのかも不明。まず餌が何かもわからない限り、世話のしようもない」
「おっといけね。そうだったそうだった。リーア、本買って来い。俺はモンスターハウスの人に話聞いてくっから」
「ふぁーい」
リーアは欠伸を一つすると、うーんと体を伸ばした。瞬間、彼の体がキラキラと光り輝き、長い銀髪の絶世の美青年に変化する。本屋の店主が女性だからだろう。あわよくば色仕掛けで値引きも狙おうという魂胆に違いない。
リーアはその性質から、性的にかなり奔放なのだった。言ってしまえば男にも女にもせフレがたくさんいる。本屋の店主は人妻だから手を出すなよ、と一応釘は刺しておいたが。
「ひとまず、お前についていろいろ調べないとな。お前は何が好物なんだ?」
「うきゅ?」
俺がぷるぷるの頭を撫でると、スライムはキョトン顔でこちらを見上げた。平たく言って可愛い。めっちゃ可愛い。そして思うのだ。
――くっそ、こんな可愛い生き物を捨てるやつの気がしれねぇ!
***
本によると。スライムという奴は、極めて新陳代謝に優れているらしい。
草食性。甘い木の実が大好物。それでいて排泄行為が必要ない。食べたものは余さずエネルギーに変換されることになるからだ。
また日光浴が好き。よく晴れた日には外で天日干しをしてやると喜ぶらしい。また雨も好きだが、雨は打たせすぎると水を吸ってどこまでも膨張してしまうことがあるので注意が必要である。
極めて丈夫な体で、かつ何にでも変身できる能力を持っているものの、炎だけはどうしても苦手。炎や爆発にまつわるものに変身させて能力を使わせると、最悪自滅して死ぬ危険性があるとのこと。この点のみ注意すれば、一週間飲まず食わずでも生きていけるし、そうそう死ぬ心配もないと書かれていた。キノコ類の毒を体の中で独自変換させてしまうので、何が起こるかわからないためキノコだけは食べさせない方がいいそうだが(リーアはこれを読んで平謝りだった)。
で、自分達がチェルクの名付けたこのスライムなのだが。
「うーん」
人間の言葉は通じるらしいが、喋れない。また、変身すると必ず体が青色になってしまう。つまり、人間に変身しても体表の色で一発バレしてしまうということだ。
そもそも喋ることができないので(一般的なスライムは変身すると人間の言葉も喋れるようになるはずなのだが)そういう意味でも擬態は無理であるらしい。
「お前ひょっとして、スライムなのに変身が苦手か?」
「うきゅ……」
「あ、いや。責めてるわけじゃねえから気にするな」
青い肌に青い髪の少年(七歳くらい)に化けたチェルクは、しょんぼりと肩を落とした。自分も気にしてるのだろう。なるほど、変身能力が残念すぎるから捨てられた、というのはありそうである。
「虐待されてたのかもね、その子」
本を見ながら歩くリーアが、眉間にしわを寄せた。
「ここに書いてあるよ。スライムはすごく繊細なんだって。本人が変身したくないものへの変身を強制したり、頻繁に叩いたり罵倒したりすると……ストレスで変身能力に異常を来すことがあるらしい。その子もそうかもしれないよ」
「そうなのか、チェルク?」
「うきゅう……」
イエスなのかノーなのか。チェルクは俯いたまま押し黙るばかりだった。嫌なことを無理に思い出させる必要もないだろう――どうせ、この森にはもう飼い主は現れないだろうし、彼が元の飼い主のところに戻ることもないのだろうから。
捨てられた者達の小さな楽園。この場所こそが、彼にとっても故郷となるはずだ。心に傷を負っているなら、自分達が癒やしていけばいい。時間はいくらでもあるはずなのだから。
「……安心しろよ。変身が苦手だって何も問題はねえ。この町では、誰もに自分ができる役割を与えてもらえる。お前も必ずそうなるはずだ。少なくとも俺はお前がいるだけで朝から癒やされてるしな。気にすんな気にすんな」
「きゅう?」
「そうだ、心配いらねえ。お前を元の飼い主につっかえしたりするもんかよ」
「うきゅっきゅー!」
水色の肌にくりくりとした黒目が可愛らしい少年は。嬉しそうにジムの腰に抱きついてみせたのだった。
ちなみに今は、チェルクの好物であるといつシアの実の採集をするべく、東の森に来ていたりする。シアの実は狭い洞窟の奥、日の当たらない湿地で育つシアの木から取れる。自分達がその洞窟の前に到着した時には、既に日が傾きかかっていた。
「あ」
洞窟を目にして、ゴラルが声を上げる。
「……前に見た時には、大きな入り口があったのに」
「あー、一昨日の大雨のせいか」
洞窟は、土砂崩れで埋まってしまっていた。僅かに隙間が空いてはいるが、この小さな隙間では体格の大きい男は入れそうにない。
「仕方ない。俺が一人で入って、木の実取ってくるよ。ここでお前ら待っててくれないかな」
リーアの決断は早かった。彼は女性の姿に変身すると、隙間にするりと体を滑り込ませて洞窟の中に入っていく。
「頼んだ、リーア。気をつけてな」
「きゅうきゅ、きゅう……」
「大丈夫大丈夫。あれでもリーアはちゃんと戦闘訓練積んでるし、頭もいいからな。普段の行動がちょっとドジなだけで。心配すんな」
「きゅ?」
「ああ、俺は仲間を信じてる。長い付き合いだしなぁ」
チェルクの言葉はわからなかったが、なんとなく言いたいことが通じる時はあるのだ。今がまさにそれだった。この子はリーアの心配をしてくれたのだ。優しいやつだな、とジムが彼の頭を撫でた、まさにその時だった。
「ジム」
ゴラルが厳しい声を出して言った。
「ジャックドムの気配。どうやら、近くにいたらしい」
「マジか」
ジャックドム。それはとあるモンスターの名前だ。別名、縄張り荒らしのジャック。特定の領域を持たず、森中を気ままに徘徊しては他の生物のテリトリーを荒らす、ちょっと困ったタイプのモンスターである。一体だけで行動し、群れを作らないのが唯一の幸いだが。
「ほいさ、仕方ねぇな。リーアが戻ってくるまでに片付けますか」
ジムはナイフを取り出して身構えた。さてさて、戦闘開始である。
液晶画面に表示された座標を確認し、男はほくそ笑んだのだった。
座標が示すのは捨てられの森の中心地。インサイドの町のど真ん中であったからである。
「作戦の前段階は完了したのね?」
「……ああ」
かつん、と女の手によって目の前にコップが置かれた。そこに並々と注がれているのはインスタントコーヒー。格安の品ということもあり、お世辞にも良い味とは言えない。胸焼けしそうな苦味にも、既に慣れてはしまっているが。
この作戦が終わったらもっとちゃんとした豆とコーヒーメーカーを買うことが出来るだろう。貧乏なこの生活にもおさらばできるはずたと思えば、気分が高揚するのも当然だった。
「ひとまず、スライムはカズマの木に排除されることはなかったようだ。スライムそのものに害はないと見なされたのか、それとも何か他の思惑がるのかは定かではないがな。……あの意味不明な大樹が考えることなど、我々のような一般人にわかるはずもないのだから」
そう、理解する必要もないこと。どうせ、あの森の終わりは近いのだから。
「何にせよ一番の綱渡りにはこれで成功したわけだ。スライムがカズマの木に喰われてしまうかどうかに関しては完全に賭けだったしな」
「そうね。そして、賭けに勝っただけじゃない。思いがけない成果を挙げたと言っても過言ではないわ。座標から見るに森に捨て置かれたわけでもなく、町の中にまでスライムを連れ込んで貰えたみたいだもの」
「ああ、その通りだとも」
女の言葉は正しい。森の中心地、インサイドの町の中であるのは自分達にとって極めて幸運なことだ。大樹の近くであればあるほど、あれは高い効果を発揮するのだから。
「全ては、我らの未来のために」
男は笑顔で、女の手の甲に口付けを落とす。
「我々もまた、生きるために必死なのだからな」
***
幸いなことに、スライムの色は一時間も経てばもとに戻った。また、やや暴走状態だったのも色が水色に戻ると同時に落ち着いたらしい。暴れていた自覚があったのか、やや申し訳無さそうに今はジムの膝の上に落ち着いている。
正直こればっかりはお前は悪くないだろ、とジムも呆れるしかない。リーアが食わせたのはピンクのしましまのカサに、白い柄の細長いキノコだという。十中八九、カトチャダケだ。別名ワライダケ。食べても死ぬことはないが、毒キノコであるのは間違いない。人間の場合は一度食べると笑いが止まらなくなるのだ。この効果を応用して、筋肉が硬直してしまうタイプの病気や毒の解毒剤として用いられることもある。
――毒が強くないキノコだったからまだいいものの。スライムが食べて即死するタイプのキノコだったらどうするつもりだったんだ?いや、スライムが食べて死ぬようなキノコがあるのかどうかもわかんねぇけどよ。
とりあえず、リーアの頭にはもう一発ゲンコツを落としておいた。彼は銀髪のてっぺんに巨大なタンコブを作って、現在机に突っ伏して呻いている状態である。自業自得だ。ゴラルはそれをどこか憐れみの目で見ている。あまりにもいつもどおりの光景に呆れるしかないのだろう。
ひとまず、スライムには名前をつけることにした。この町の初代長老のミドルネームをいじって、チェルク、である。彼(?)も今日からこの町の仲間なのだから、少しでも縁起の良い名前がいいだろうと考えてのことだった。本人もきゅうきゅう鳴きながら跳ねてたから、多分気に入ってくれたのだと思っている。
さて、問題は。
「……ゴラルも考えた。大樹の予言は、確かに気になる」
肌より少し濃い色のグレーの短髪を掻きながら、ゴラルが言った。
「この森を焼き尽くす兵器、アウトサイドの街にないとは言い切れない。しかし、兵器というものは金がかかる。人食いさえもできるカズマの強靭な森を焼き尽くすほどだとすると、相当な火力が必要になる。それはつまり、兵器にもそれだけの予算を割く必要があるということ。……普通の盗賊が、そこまでの金と流通ルートを持っているとは考えにくい」
「だよな?俺もそれは思ったわけ。もしそうなら国そのものが攻めてくることになるけど、今のところアウトサイドにそこまで大きな動きはねぇよな?国が動いてたら近隣の町ももうちょいそれっぽい気配があると思うんだけどよ」
自分は人間として、森の中と外を行き来することが多い。ゴラルのように露骨な人外じゃなければ、アウトサイドの町を彷徨いていてもさほど浮く心配はないからだ。まあ、ちょっと彼らの町に合わせて身綺麗にしておく必要はあるが。
国そのものが動いて捨てられの森を襲撃しようとしているのなら、その準備のために近隣の町に軍が配備されていないとおかしい。が、今のところそんな気配はまったくない。どこもかしこもいつも通り、のんびりしたものである。
しかし、小規模な盗賊やら企業やらが単体で襲撃するには、この森の規模は大きすぎると思うのだが。
「……それに、森を焼くって別の意味でも面倒があるよね?」
タンコブができた頭を擦りながら、リーアが言う。
「だって焼いちゃったら、貴重な木の実もキノコも全部一緒にパァだよ?お金儲けしたい奴らからすると本末転倒でしょ。ていうか、洞窟で取れる高価な鉱石も、熱に弱いやつがいっぱいあるじゃん。そのへん全部焼いちゃってさ、森をスカスカにして、襲撃者は一体何を得るんだよ?」
「うーん。てことは、森の資源が狙いではないのか?捨てられの森の誰かを死ぬほど恨んでる、とか?」
「少なくとも俺が把握する限りでは、ここ十年くらいアウトサイドの街と大きな揉め事なんか起きてないぜ?入口付近でたまーに小競り合いがある程度だ」
「……うーん?」
こんな話をするのは、自分達の誰もが“長老がカズマの大樹から受け取った予言は本物のはずだ”と認識しているからに他ならない。
過去に何度も、歴代の長老はカズマの大樹から予言を受け取ってきている。それが外れたことは過去に一度もない(回避しようと動いた結果、予言通りの悲劇にならなかったことはあるが)。予言は確実に当たる。だからこそ、その原因を突き止めて、全員で町を守りために戦わなければいけないのだ。
捨てられの森にいる者達はみんな、世界から爪弾きにされていらないと見なされた雑草のようなもの。しかし、雑草には雑草なりの矜持があり、絆があるのだ。自分たちを捨てたような身勝手な連中に、ほいほいと負けてやるつもりは微塵もないのだった。
「今は考えても仕方ない。情報不足」
やがて、ゴラルが首を横に振った。
「それよりもスライムについて調べるべきとゴラルは考える。生体も何もわからない。何処から来たのかも不明。まず餌が何かもわからない限り、世話のしようもない」
「おっといけね。そうだったそうだった。リーア、本買って来い。俺はモンスターハウスの人に話聞いてくっから」
「ふぁーい」
リーアは欠伸を一つすると、うーんと体を伸ばした。瞬間、彼の体がキラキラと光り輝き、長い銀髪の絶世の美青年に変化する。本屋の店主が女性だからだろう。あわよくば色仕掛けで値引きも狙おうという魂胆に違いない。
リーアはその性質から、性的にかなり奔放なのだった。言ってしまえば男にも女にもせフレがたくさんいる。本屋の店主は人妻だから手を出すなよ、と一応釘は刺しておいたが。
「ひとまず、お前についていろいろ調べないとな。お前は何が好物なんだ?」
「うきゅ?」
俺がぷるぷるの頭を撫でると、スライムはキョトン顔でこちらを見上げた。平たく言って可愛い。めっちゃ可愛い。そして思うのだ。
――くっそ、こんな可愛い生き物を捨てるやつの気がしれねぇ!
***
本によると。スライムという奴は、極めて新陳代謝に優れているらしい。
草食性。甘い木の実が大好物。それでいて排泄行為が必要ない。食べたものは余さずエネルギーに変換されることになるからだ。
また日光浴が好き。よく晴れた日には外で天日干しをしてやると喜ぶらしい。また雨も好きだが、雨は打たせすぎると水を吸ってどこまでも膨張してしまうことがあるので注意が必要である。
極めて丈夫な体で、かつ何にでも変身できる能力を持っているものの、炎だけはどうしても苦手。炎や爆発にまつわるものに変身させて能力を使わせると、最悪自滅して死ぬ危険性があるとのこと。この点のみ注意すれば、一週間飲まず食わずでも生きていけるし、そうそう死ぬ心配もないと書かれていた。キノコ類の毒を体の中で独自変換させてしまうので、何が起こるかわからないためキノコだけは食べさせない方がいいそうだが(リーアはこれを読んで平謝りだった)。
で、自分達がチェルクの名付けたこのスライムなのだが。
「うーん」
人間の言葉は通じるらしいが、喋れない。また、変身すると必ず体が青色になってしまう。つまり、人間に変身しても体表の色で一発バレしてしまうということだ。
そもそも喋ることができないので(一般的なスライムは変身すると人間の言葉も喋れるようになるはずなのだが)そういう意味でも擬態は無理であるらしい。
「お前ひょっとして、スライムなのに変身が苦手か?」
「うきゅ……」
「あ、いや。責めてるわけじゃねえから気にするな」
青い肌に青い髪の少年(七歳くらい)に化けたチェルクは、しょんぼりと肩を落とした。自分も気にしてるのだろう。なるほど、変身能力が残念すぎるから捨てられた、というのはありそうである。
「虐待されてたのかもね、その子」
本を見ながら歩くリーアが、眉間にしわを寄せた。
「ここに書いてあるよ。スライムはすごく繊細なんだって。本人が変身したくないものへの変身を強制したり、頻繁に叩いたり罵倒したりすると……ストレスで変身能力に異常を来すことがあるらしい。その子もそうかもしれないよ」
「そうなのか、チェルク?」
「うきゅう……」
イエスなのかノーなのか。チェルクは俯いたまま押し黙るばかりだった。嫌なことを無理に思い出させる必要もないだろう――どうせ、この森にはもう飼い主は現れないだろうし、彼が元の飼い主のところに戻ることもないのだろうから。
捨てられた者達の小さな楽園。この場所こそが、彼にとっても故郷となるはずだ。心に傷を負っているなら、自分達が癒やしていけばいい。時間はいくらでもあるはずなのだから。
「……安心しろよ。変身が苦手だって何も問題はねえ。この町では、誰もに自分ができる役割を与えてもらえる。お前も必ずそうなるはずだ。少なくとも俺はお前がいるだけで朝から癒やされてるしな。気にすんな気にすんな」
「きゅう?」
「そうだ、心配いらねえ。お前を元の飼い主につっかえしたりするもんかよ」
「うきゅっきゅー!」
水色の肌にくりくりとした黒目が可愛らしい少年は。嬉しそうにジムの腰に抱きついてみせたのだった。
ちなみに今は、チェルクの好物であるといつシアの実の採集をするべく、東の森に来ていたりする。シアの実は狭い洞窟の奥、日の当たらない湿地で育つシアの木から取れる。自分達がその洞窟の前に到着した時には、既に日が傾きかかっていた。
「あ」
洞窟を目にして、ゴラルが声を上げる。
「……前に見た時には、大きな入り口があったのに」
「あー、一昨日の大雨のせいか」
洞窟は、土砂崩れで埋まってしまっていた。僅かに隙間が空いてはいるが、この小さな隙間では体格の大きい男は入れそうにない。
「仕方ない。俺が一人で入って、木の実取ってくるよ。ここでお前ら待っててくれないかな」
リーアの決断は早かった。彼は女性の姿に変身すると、隙間にするりと体を滑り込ませて洞窟の中に入っていく。
「頼んだ、リーア。気をつけてな」
「きゅうきゅ、きゅう……」
「大丈夫大丈夫。あれでもリーアはちゃんと戦闘訓練積んでるし、頭もいいからな。普段の行動がちょっとドジなだけで。心配すんな」
「きゅ?」
「ああ、俺は仲間を信じてる。長い付き合いだしなぁ」
チェルクの言葉はわからなかったが、なんとなく言いたいことが通じる時はあるのだ。今がまさにそれだった。この子はリーアの心配をしてくれたのだ。優しいやつだな、とジムが彼の頭を撫でた、まさにその時だった。
「ジム」
ゴラルが厳しい声を出して言った。
「ジャックドムの気配。どうやら、近くにいたらしい」
「マジか」
ジャックドム。それはとあるモンスターの名前だ。別名、縄張り荒らしのジャック。特定の領域を持たず、森中を気ままに徘徊しては他の生物のテリトリーを荒らす、ちょっと困ったタイプのモンスターである。一体だけで行動し、群れを作らないのが唯一の幸いだが。
「ほいさ、仕方ねぇな。リーアが戻ってくるまでに片付けますか」
ジムはナイフを取り出して身構えた。さてさて、戦闘開始である。
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