ウラガワメッセージ

はじめアキラ

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ウラガワメッセージ

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 道徳の授業、というものが小学校にはあるわけだが。
 正直この授業というのが何を学ぶのかよくわからない、というのが遠藤駆えんどうかけるの本音だった。教科書だけ見ると、国語の授業によく似ている気もする。お手本のような童話とかを読んで、それについて思ったことや考えたことを話し合ったりなんたり。国語と違って必ずしも“読解力”というやつを求められるわけではないし、漢字を勉強する授業でもないというのが少し違うとは思うけれど。

――道徳。ネット辞書でなんて書いてあったっけ。えっと……“社会において、人々が善悪・正邪を判断し、正しく行為するための規範”だっけ?“法律と違い強制力はないが、個々人の内面的原理として働くものであり、人間相互の関係を規定するもの。”とかなんとか……。

 ようするに、人間として大事な“常識”とか“倫理観”というやつを勉強する教科らしい。そんなの、授業でやってどうにかなるものなんの、と思う自分はひねくれているだろうか。いじめはいけません!なんて学校で先生が教えて、それがきちんと理解できるような人間はそんな馬鹿な行為に走ったりしないものだと思うのだけれど。

「……はい、鈴木君ありがとうねー」

 駆の担任教師である桐生真矢きりゅうしんや先生は、にこにこ笑いながらパン!と手を叩いた。たった今、教科書に載っていた短いお話の音読が終わったところである。国語や道徳ではよくやるアレ、“○読み”といやつだ。句読点ごとに一人ずつ、教科書の物語などを読んでいくのである。
 コレは得意な人と苦手な人がいる。音読をものすごく恥ずかしがってしまう子もいるし、漢字を読むのが極端に苦手な子もいるからだ。苦手な子はきっと心の中で、“俺の番は回ってきませんように!”と必死でお願いしていることだろう。逆に得意な子は、それはもう感情移入して読んでくれるものである。少しでも長い“文”が自分に巡ってきますように、と祈っている子も中にはいるのかもしれない。
 で、当の駆といえば、どっちでもなかったりする。勉強は得意だし、クラスのテストでほとんど百点以外を取ったことがないほどであるが。音読は、取り立てて得意でなければ苦手というほどでもない。今日最後に音読した鈴木少年はむしろ得意な方であったので、短い文で終わったことに少々不満があったのだろう。ややむすっとして、そのまま席についていた。
 今日音読された話は“君に送る花束”という児童文学だ。
 クラスにうまく馴染めない少年が、花屋で花を買って、一番仲良くしたいクラスメートに花を贈ることを決意するという話である。恐らく、原作はもっと長いのだろう。教科書の上では、少年が“これにする”と花を選んだところで話が終わってしまっている。どんな花を主人公が選んだのか、わからないままになっているというわけだ。

「今回みんなに読んで貰ったお話では、主人公のみさき君が誰にお花を送ろうとしているのかもわかっていないし、どんなお花を選んだのかも描かれていません」

 まだ二十代の桐生先生の声は、はきはきとしてよく通る。成人男性にしては少し高い声だ。子供の頃よく見た子供向け番組の“歌のお兄さん”の声に、なんだかよく似ている気がする、と思う。実際、彼はピアノも上手に弾けるし歌も上手い。音楽の授業で聞いたことがあるのでよく知っているのだ。

「そこで、今からみんなに画用紙を配ります。そこでみんなには、架空の……つまり、君たちが考えたオリジナルのお花を描いてもらいます。色鉛筆はちゃんと持ってきてるよね?持ってきてってお願いしたもんね?」
「先生ー、俺忘れましたー!」
「はい田中君、次は持って来るように言いましたよねー?今日は先生のを貸しますけど次持って来なかったら……」
「せ、先生に何されちゃうんですか!?ナニされちゃうんですかー!?」
「そこ、誤解招くようなこと言わなよーに!」

 あはは、と笑い声が響く。これはいつものパターンだった。田中少年はしょっちゅう忘れ物をしてくる、がその理由がみんなの笑いを取る為だったりすると先生も駆達も知っている。そして、ガチギレしたりしない先生の前でいかやらかさないし、代替のきかない本当に大事なものは忘れない。それだけ桐生先生がフレンドリーで、みんなに慕われているからこそだった。

「お花を描いたら、それを渡したい相手と花言葉も考えてくださいね。クラスの友達でも、家族でも、なんなら先生でもいいですよー!あ、でも人を傷つけるような花言葉ではいけません。岬君になったつもりで、“大切な人に贈りたい花と花言葉”を考えてくださいね」

 はーい、とクラスのみんなから良い子の返事が響く。今日も五年三組の仲間は明るく元気だ。少なくとも、駆が知る限りではいじめがあったという話も聞かないし、露骨な悪口が耳に入ってくるということもない。まあ、女子のいじめは男子より遥かに陰湿と聞いているので、自分が知らないだけで女の子の間では実は、なんてことも無いとは言い切れないけど。

――しっかし、花に花言葉、なあ。

 駆はまじまじと、配られた真っ白な画用紙を眺めた。人にあげたい花と、その意味を考える。問われているのは画力ではなく、思いやりの心という奴なのだろう。オリジナルの花とは言われたが、一般的に存在する花を真似て描いても叱られるということはないと思われる。絵が得意な生徒と苦手な生徒がいるから尚更だ。
 あまり画力に自信はないし、とりあえず五枚花びらがある普通の“花っぽい花”でも描いておけばなんとかなるだろう。駆は早々に“独創性を出す”ということを諦めた。丁寧に描いたって、それが成績に反映されないならあまり意味はないだろうという、打算的な理由もある。私立を受験するつもりである駆は(殆ど親の意向ではあったが)、学校で成績と授業態度以外はそれほど重視するべきではない、というドライな考え方の持ち主だった。何も、クラスに馴染めていなくて、いつも一人ぼっちでいるというわけでもないのだから。

「うううう……!」

 適当に色鉛筆でガリガリやっていると、通路挟んで隣の席からうめき声に近いものが聞こえてきた。見れば、クラスメートの吾妻風汰あづまふうたが顔を真っ赤にして唸っている。まるでお腹が痛いような顔色だが――多分、理由は別のところだろう。彼は画用紙をまっすぐ掲げたまま、真っ白な色をじーっと睨んで呻いているのだから。
 多分、アイデアが浮かばなくて困っている、と思われる。正直意外だった。駆は知っていたからだ、風汰が花屋の息子であるということを。花に関しても花言葉に関してもそれなりに詳しいのを知っているし、ちょいちょいっと現実の花からアイデアを盗んでくれば問題ないはずだというのに。

――いっつも悩みなんかなさそうな顔してるくせに。こいつも、こうやって考え込むことあるんだなあ。

 少し意外だった。なんせ彼は、いつも駆につっかかってくる面倒な奴第一号であったからである。とにかく負けず嫌いで、自分が一番でないと気がすまない質であるらしい。結果、いつもクラスで一番の成績であり、ついでにスポーツも得意な駆に張り合ってきてばかりなのである。駆が百点で自分がそうではなかった時は地団駄を踏んで悔しがるし、徒競走では駆より良いタイムを出すと毎度のように息巻いている。
 というか、走る前に必ずといっていいほど宣言してくるのだ。

『いいか遠藤!今日こそは絶対に、俺がお前に勝つ!絶対勝ってみせるからなあ!』

 なお。そう宣言して、彼が今まで駆に勝ったことは数えるほどしかなかったりする。駆の勝率は、多分八割は超えていることだろう。負けたのは駆が体調不良を押して体育に参加した時と、漢字テストでケアレスミスをして一問間違えてしまった時くらいなものだ。本人は、そんな駆に勝ったことが心底不本意であったらしく、“次は万全の状態で来ーい!”などと言って駆を保健室に即座に引っ張ってくれたものであるが。
 まあ、つまり。暑苦しいが悪い奴ではない、のである。多分。
 ガキ大将と呼ばれるものから、いじめや悪意というものをとっぱらうとああなるのかもしれない。彼は喧嘩は強いが、その多くは“いじめられっ子を助けるために行う”という正義漢ぶりである。

――そういや、俺も助けて貰ったことあったっけか。

 小学一年生の時、上級生に絡まれてお小遣いを取られそうになったことがある。体は大きいのにおつむは空っぽかよ、と幼い頃から達観していた駆は思ったのだが――そんな時突撃してきたのが、同じクラスだった風汰であった。彼との因縁?はその時から始まっているように思う。そもそも妙に同じクラスになる確率も高いのだ。五年生までの間に、クラスが別れたのが二年生の時しかないというのだから恐ろしいことだ。

――張り合う必要なんかないと思うんだけどな。……お前、俺にない良いとこあるんだし。俺よりずっと友達多いんだし。

 もしかしたら今日、花の絵一枚で唸っているのも同じ理由なのかもしれない。つまり、“遠藤より良いものを描いてやるぞ!”と肩に力が入りすぎて描けなくなってるパターンだ。そんな深く考えなくても、自分の画力なんて成績に比べたら残念なものであるし、頑張る必要もなく勝てそうな勝負であるというのに。
 とりあえず、人のことばかり気にしていないで、自分も描かないといけない。小学校の授業の時間は短いのだ。あまり一つの課題に時間を取っては貰えない。駆は彼はら視線をそらし、自分の作品に集中することにした。
 とりあえず、みんなに見られてもそんなにからかわれなさそうなものでも描いておけばいいだろう。先生あてに、“尊敬”とかの花言葉でいいはずだ。同じ事を考える人間は、クラスに何人もいそうであるけども。
 そう、実際発表の時間になり。みんなの作品をひとしきり見ていたら、駆と同じことを考えた人間はやたらと多かったのだ。母親宛にするとマザコンと思われる、友達相手は恥ずかしい。結果、先生宛に走る生徒がやたらと多かったのである。うっかり大人気になってしまった先生はやや苦笑気味に笑っていた。
 そんな中、異質とも言える絵を描いた者が一人いる。時間切りギリギリのギリギリに絵を仕上げた――風汰だ。

「おい、遠藤!これは、お前にやる!」

 彼は何故だか、顔を真っ赤にして絵を駆に対して差し出して来たのである。

「これ、お前にやる花だからな!花言葉は……“いつかお前をぶっ飛ばす!”だ」
「な、なんじゃそりゃ」
「ら、ライバルだからだ!いいだろ!!悪い意味じゃないぞ!!」

 それを見て、みんなから笑い声が上がったのは言うまでもない。駆はあっけにとられて、風汰が突き出して来た絵を見つめたのだった。
 黄色一色の、どこかトゲトゲした花に、トゲトゲの緑色の葉っぱがついている。オリジナルの絵を描こうと頑張っているのかと思いきや、なんだかどこかで見たことのあるような花だ。その下には、鉛筆で何回も書き直した後に“いつかお前をぶっ飛ばす!”と書いてある。はっきり言って、お世辞にも綺麗とは言えない字だ。

「なんだよそれー!吾妻らしーなあ!」

 確かに、らしいと言えばらしいのかもしれない。ライバル――まあ、そう言ってくれる友達がいるというのも、悪いことではないだろう。嫌いだったらこんな宣言はしないはずだ、多分。

「あ、ありがとう……」

 とりあえず、お礼は言っておくことにする。
 しかし、この風汰が描いた花。一体何の花をモデルにしたのだろうか、と駆は首を傾げた。タンポポかと思ったのだが、それにしては少しはっぱが小さいような気がしている。あと、花びらがどこか上にくいっと跳ねているのは、あまりタンポポらしくないような。

――なんだったかなあ、これ。

 どうしても思い出せない。後でネットでも調べてみようか。そんなことを思った駆であった。



 ***



――ライバルだから、ねえ。

 完全に照れ隠しなのか、風汰の顔は真っ赤になっているし、さっきから随分と挙動不審になっている。その様を、桐生は微笑ましい気持ちで見つめていた。
 描けなくてずっと困っている様子だったので、どうしたのかと思っていたが。どうやら、駆宛の花を考えるのに苦心していたらしい。結局、オリジナルらしいオリジナルの花は思いつかなかったのだろう。
 なんせ風汰が描いた花は、どう見ても――菊の花、そのものであるからだ。
 彼は小学生だが頭もいいし、特に家が花屋なだけあって花言葉には非常に明るい。菊を選んだのは当然、意図があってのことだろう。残念ながらそれを素直に明かすことはできなかったようだけれど。

――“あなたはとても素晴らしい友達”。……いい花言葉じゃないか。

 一生モノの友達というものに出会うのは、何も大きくなってからのこととは限らない。
 彼らの関係は、案外中学になっても、高校になっても、その先もずっと続いていくものになるのかもしれなかった。なんとも想像するだけで、温かい気持ちにさせてくれるではないか。

――次は言えるといいなあ、風汰。“友情の告白”ってやつがさ。

 とりあえず、今はこの事実は自分の胸だけにしまっておこうと決める桐生である。
 これだから教師という仕事はやめられない。毎日、子供達から幸せな気持ちをたくさん貰うことができるのだから。
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