レネと天使とマシンガン

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<33・カードを切る者達。>

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 障害物を避けながら、ガブリエルのメンバーを一人ずつ仕留めていく。この手の訓練はミカエルでも何度も行っているし、今までのデータから推測するならばミカエルの方が総合力は上。
 つまり、この試合は向こうのホームグラウンドであることを鑑みるのであれば、かなり互角の勝負になるのではと思われていたのだ。ところが。

「まあ、何もしてこないわけがなかったか」

 レネはため息まじりに言った。

「ペイント弾に毒針を仕込んできたか、もしくはペイント弾を撃つと同時に毒針を撃ってきたか。あのメンバーの様子からして致死性のものじゃなく、体を言って時間麻痺させるタイプのものなんだろうな。ていうか、あんまり強烈な毒を使うと不正がバレるから向こうにとってもまずいってことだろ」
「でしょうね」

 こちらのペイント弾も一発当たったので、現在双方の残り人数は六人である。そこにレネと隊長のルーイ、副隊長のオウルが含まれる。隊長のルーイは総合力で全隊員の頂点に立つ実力者なので此処にいるのは当然であるし、副隊長のオウルは格闘術と接近戦で右に出る者はなし。レネは分析力と機動力を買われて参戦となった。なお、オーガストがお酒の毒見役となったのは、彼が参戦するメンバーから外れたためである。本人は相当不服そうにしていたが。
 現在、他三人のメンバーが交互にペイント弾で弾幕を作り、時間を稼いでくれている。この隙に、なんとか作戦を立てなければいけない。

「さっきの隊員さね。おれの視点からだとなんていうか、最初のペイント弾を避けたところで動きがおかしくなった印象だったなぁ」

 相変わらず緊張感のない口調でオウルが言う。

「恐らく、ペイント弾と一緒に毒針が発射されたのだと思うかねぇ。問題はペイント弾を撃った人間と別の人間が毒針を放ったか、もしくは同じ人間がペイント弾と一緒に放ったか、だ。さっきのやつがヤラレた時、敵の動きはお前らどれくらい見えてたかねぇ?」
「彼の影になって、私にはよく」
「俺にも。ただ、多分毒針はあの人の足に刺さっていたと思う」

 角度が悪かった。自分達はやられた隊員の後方にいて、その背中側からしか状況を確認できなかったからだ。障害物もあるので、視認性も良くはないのである。無論それは、あちらも同じだっただろうが。

「毒針の刺さった角度からして、飛んできたのはペイント弾を撃った人と同じ方向だった。恐らく、別の人が奇襲を仕掛けたんじゃなく、同じ人がペイント弾と同時に毒針を放ったんだと俺は予想するよ。ひょっとしたらペイント銃に、時間差でペイント弾と針が出るような仕掛けでも作ってるのかも。ペイント弾を避けたところに丁度刺さるようにできているんだとしたら」
「なるほど。その銃を抑えることができれば証拠になりますが……」

 三人はしばし沈黙をする。
 イカサマをするというのはデメリットも大きい行為だ。なんせバレた時、問答無用で敗北の判定を下されかねないからである。
 それをやったのはガブリエラが自分の部隊よりこちらの方が上だと認めていたからか、もしくは念には念を入れたかったかのどちらかだろう。
 同時に、イカサマをなんとか隠す方法を用意しているはず。例えばさっきの隊員。本人が土壇場で“針が飛んできた”ことを教えてくれたからいいものの、見たところ彼の足に針は刺さっていなかった。彼が倒れた直後に、素早く毒針を回収して証拠隠滅を図ったと考えるべきか。
 ならば自分達がするべきことは二つに一つ。
 奴らのイカサマを暴いて白日の下に晒すか――イカサマがあってもなお力で相手をねじ伏せて正々堂々勝つか。

「……間のプランを取りますか」

 考えた末、ルーイが口を開いた。

「敵が毒針を使ってくることが分かっているならば対処のしようもあります。敵の数を一体ずつ確実に削りながら、可能なら相手の銃を奪って証拠を押さえる」
「言うのは簡単だけど、やるのは簡単じゃないんだぜえ?隊長」
「わかっていますよ、オウル。ですので……大きな隙を作って、そこを突くのです」

 大きな隙。一体何をするつもりなのか、と目を見開くレネの目の前で――ルーイは小悪魔じみた笑みを浮かべる。
 そんな笑い方さえ、彼の美貌だと洒落にならないくらい綺麗なのが何とも言えない。

「前にこんなことを言っていた人がいるんですよね。……敵に“そんなカードを出すわけがない”と思わせたら、どんな勝負にも勝てるのだと」



 ***



「仕留めた!」

 “ガブリエル”のメンバーの一人が歓声を上げる。“ミカエル”の隊員の一人がもんどりをうって倒れるのが見えた。毒針が命中したらしい。そこにペイント弾を撃ち込む。一気に、その男の髪がピンク色に染まった。
 これで、彼は“戦死”扱い。退場。ガブリエルの方が一人分リードしたわけだ。
 弾幕を張っていた隊員の一人が倒れたとあれば、向こうも相応に動揺するはず。これで時間稼ぎがしにくくなったわけだから。

「油断しては駄目よ」

 ドリゼラは鋭くメンバーに声をかける。

「相手はあの“ミカエル”なのだから。それに、一番厄介そうなルーイ、オウル、レネの三人がまだ無事。あの三人が残っていたら、三人だけで戦況を覆しかねないのが面倒くさいのよ」
「ルーイはともかく、あとの二人も?特にレネなんてチビなガキじゃないですか、隊長」
「見くびってはいけないわ。彼は情報の鬼。私たちのことについても、どこまで調べているかわかったもんじゃない。毒針の件も、既にバレているかもしれないし……」

 そこまで言いかけて、ドリゼラは固まることになる。
 両者の陣地には不均等に岩が配置され、障害物となっている。その岩の影に隠れながら敵を撃つのが基本的な先述だ。間の障害物のない“荒野ゾーン”に踏み込むのはあまりにも危険。どうぞハチの巣にしてください、と言わんばかり。無論、それでも突破に成功すれば敵意の陣地に踏み込めるので、大きく有利になるのは間違いないが。
 それはあくまで、“捨て駒にしてもいい隊員”がやるべき仕事だ。
 間違っても――倒れたら即敗北が決まる、“隊長”がやるべきことではないというのに。

――ど、どういうつもり……!?

 岩陰から堂々と姿を現し、真ん中の荒野ゾーンに歩いてきた人物がいるのだ。
 ピンクにも見える、明るく長い茶髪。美しいエメラルドの瞳に目が覚めるような美貌の青年――隊長の、ルーイ・クライマーが。
 そう、まるで撃ってくださいと言わんばかりに、たった一人で歩いてきたのである。こちらからすればハチの巣にする絶好のチャンスだ。なんせ、ルール上隊長を倒せば即ゲームは終了なのだから。なのに。

――ありえない!一体何を狙っているっていうの!?

 隊長が囮になるなど戦術としてありえない。リスクが大きすぎる。明らかに、何か別の狙いがあるとしか思えない。
 そう思うからこそ、ドリゼラはすぐに指示を出せなかった。人は、あまりにも予想外すぎる出来事や、自分に有利すぎる現象が起きるとそれだけで身動きが取れなくなるものなのである。思考がフリーズするとでも言えばいいのだろうか。

「ど、ドリゼラ隊長!指示をお願いします、指示を!」
「あっ」

 ドリゼラははっとした。そうだ、ぼーっとしているわけにはいかない。あれは紛れもなくルーイだ。他の隊員の変装ではない(というかあの容姿に変装するのが無理ゲーだろう)。だったら、どんな狙いがあったところで――こちらのチャンスであるのも間違いないのだ。

「う、撃て!撃ちなさい!総攻撃よ、あいつを仕留めるのよ!!」

 ドリゼラは慌てて指示を出す。その直後、ルーイが一気に加速した。凄いスピードでこちらに走ってくる。このまま陣地に突撃されてはまずい――ガブリエルのメンバーたちは一斉射撃を行った。
 そう、荒野にいるうちに彼を仕留めなければ。ペイント弾がすぐに当たらなくてもいい。毒針さえ刺せれば、それだけで相手の足は止められるのだから。

「よしっ!」

 ペイント弾の最初の数発は避けられた。しかし、毒針のうち一本が彼の脇腹に命中する。針は細いしさほど深くに刺さるものでもないが、刺されば十分痛いはずだ。何より、たっぷり塗られた麻痺毒で体が動かなくなる。さっきの隊員たちもそれで仕留めたのだ。
 しかし。

――ば、馬鹿な……なんで動きが止まらないの!?

 ヒットしたはずなのに、ルーイは動きを止めない。ペイント弾の波状攻撃を見事に避け続けている。
 焦りが手元を狂わせる。インクが彼の足元で跳ねて飛び散る。おかしい、何故効かない?二発目、三発目と針を打ち込んだがそれも同じ。何故だ、何故彼は止まらないのか。
 そう、焦っていたからこそ、ドリゼラたちは失念していたのである。――ミカエルの、ルーイ以外のメンバーがどこにいるのか、ということを。

「うわああああああっ!」
「!!」

 近くで悲鳴が上がった。ドリゼラは振り向いてぎょっとすることになる。
 一気に二人。ガブリエルのメンバーがペイントにまみれて倒れるのが見えたせいで。
 こちらの陣地に侵入した、小柄な黒髪の少年がにやりと笑った。

「さあ、パーティを続けようじゃねえか!」

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