レネと天使とマシンガン

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<32・罠の戦場。>

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 合同演習という名の、二つの部隊の対決。
 しかもこれには次期皇帝がかかっているとあれば、注目度が高まるのも道理と言えよう。
 “ガブリエル”が用意した演習場には、観覧席が設けられ、名だたる貴族や皇族らが観覧を許されることになった。席に限りがあることと安全上の問題もあって、席に座ることができる者は希望者のうちのほんの一握りではあったが。

「ルーイ」

 アイザックの傍についていたルーイのところに、ぱたぱたと駆け寄っていくレネ。傍にはオーガストもいて、何故かワインを飲んでいる。ルーイの前と考えるならば、遊びでそんなことをしているわけではないのだろうが。

「とりあえず、席に座ることになった貴族サマ方の身分確認は終わった。怪しい人はいない、と思う。さすがに、観覧席にヒットマンが紛れ込んでるなんてことになったら洒落にならねーからな」
「それはない、と。ありがとうございます」
「で、オーガストは朝からなんでお酒飲んでるわけ?」

 レネが水を向けると、オーガストは目を丸くして“これは任務だから!”と叫んだ。

「断じてオレが!趣味で!飲んでるわけでは!ない!超高級酒だし超美味くてラッキーとは思ってるけども!!」
「毒見ですよ、毒見」

 そんな彼に苦笑いしつつ、ルーイが答える。

「観覧しながらワインが振る舞われることになってるんですが……そこに毒を仕込まれても困りますからね。予め、うちのホストに配るお酒は毒見をしておこうということになったのです。ワイングラスなどはこちらで用意しますし、そちらに毒が混入する恐れはないはずなので」
「あんたが毒見しないのは意外」
「私は不適任なのですよ。元々体質上毒に強いんです。だから私が毒を飲んでもあまり意味がないのですよね。まあ……かつて散々いろんな薬を盛られたせいで、体が耐性を持ってしまったというのもあるでしょうが」

 それは、男娼時代のことか。それとも、貴族の養子になったあとのことなのか。後者であるとしたら、相当闇が深いとしか言いようがない。あくまで“息子”として引き取っておきながら、実際は怪しい薬を使って“妻として”調教していたのだとすれば。

――まだ、俺が知らないことは結構あるんだろうな。

 出会ってからそこまで長い年月が過ぎているわけではないし、まだまだルーイが語りたがらないことはたくさんある。それは仕方ないことだ。レネだって今となっては、男娼時代に自分を抱いた男達がどんなプレイをしたとか、どんな愛の言葉をささやいたかなんてレネには話したくもない。きっと、ルーイも同じような記憶がたくさんあることだろう。
 そう、仕方ない、とはわかっているのである。
 それはそれとして、割り切れることばかりではないというだけで。知らないことを、知りたいと願ってしまうようになったというだけで。

――はあ。俺、女々しいな。……もう、言い訳のしようもないじゃん。

 恋じゃない、なんて。自分に繰り返し言い聞かせていたくせに、なんてザマだろう。
 デートしたいとか言い出してしまった時点でもう誤魔化す余地もないのは明白である。おかげさまで、余計なフラグを建ててしまった気がしないでもない。

「わたしは皇族だからな、専属のSPもついているし、演習に参加しないミカエルのメンバーも傍にいるから心配しなくていいとも」

 はっはっは、とオーガストの隣で嗤うアイザック。

「むしろ君達の方が心配だ。いかんせん、向こうのホームグラウンドで勝負することになってしまったのだからね。……きちんと交渉できなかったことは、申し訳ないと思っている。すまなかった」
「いえ、殿下が気にされるようなことではありません。どっちみち、ガブリエラ皇女とはどこかで決着をつけなければいけなかったのですから」

 話しながら、ちらり、と反対側の観覧席を見るレネ。何か打ち合わせをしているのか、ガブリエラはさっきから“ガブリエル”の隊長の女性とずっと何かを話し込んでいる様子だった。
 ガブリエルの隊長は、名前をドリゼラ・ウィンドという。
 女性だと侮るなかれ。隊長を任せられた理由は単純明快“ガブリエルの誰よりも強かったから”だというのだから驚きである。実際、長身でかなり筋肉質な体型をしている。男性にまったく引けを取らない腕力と脚力、何より冷静な判断力を持ち合わせた人物だそうな。
 同時にレネが調べた通りならば、非情に熱心な“ガブリエラ皇女の信者”であるとのこと。それこそ、宗教の教祖を崇めるような崇拝ぶりであるという。それは二人の出会いににも起因するらしいが。

「今回の演習は、サバイバルゲームのようなものだと聞いている」

 アイザックもガブリエラの方に視線を投げて言った。

「詳しいルールは後程説明するのだろうが。……ペイント弾とゴムナイフ以外は使われない、そういうことだったな?」
「はい。本物の戦争ではなく、あくまで訓練ですから。ペイント弾はもちろん、ナイフも塗料が塗られているので、攻撃を受けるとピンク色の塗料が肌や服につくことになります。塗料がつけられた者は敗北ということで、演習場の外に出なければいけません」

 最初はアイザックとガブリエラでルールを決めようとしていたのだが、さすがにそれは承服できないとルーイが止めたのだった。理由は“二人がどちらも現場を知らないから”に他ならない。ようは、おかしなルールを作られたら準備に手間も時間もかかるためである。最初は渋い顔をしていたガブリエラも、そう言われては退くしかなかったのだろう。
 最終的にルールは、ルーイと向こうの隊長であるドリゼラの二人で決めることになったようだ。実戦経験のある者たちで決めた方が、予算の意味でも実現性の意味でも合理的であるのは間違いあるまい。
 アイザック直属部隊のミカエルから七人。
 ガブリエラの直属部隊ガブリエルから七人。勝負は、七対七で行われることになった。
 双方の陣地にはいくつか障害物となる岩や壁が設置され、それに隠れながら敵を銃とナイフで仕留めていくことになる。隊長がいわばキング。キングを取られるか、七人全員が退場となればそのチームの敗北が決まるというわけだ。

――相手の敗北判定は、ペイントのみで決定される。他の武器の持ち込みは禁止……だけど。果たしてガブリエラの部隊の奴らがどこまでルールを守ってくれるかは怪しいんだよな。うっかり隠し武器の一つくらい持ってそうな。

 奴らがやってきそうなことは三つ。
 一つ目は、ドサクサに紛れて皇子を狙うこと。ゲームに熱中したところで、皇子を暗殺しにかかるというのは可能性としてゼロではない。この会場にヒットマンが入り込むのは難しいとは思うが、身分確認をする警官を買収していれば不可能ではないだろう。
 二つ目は、ゲームの中で禁止されている実戦用武器を使ってこちらを攻撃してくること。例えば、向こうだけペイントと一緒に実弾が発射される銃を使ってくる――なんてことも考えられる。
 三つ目は、こっちのイカサマを捏造してくること。つまり、何か武器を持ち込んだ上、それを持ってきたのはミカエルだと主張してこちらの不正行為を訴えてくるというやり方だ。不正が発覚すれば当然、不正した側が負けになる。あのガブリエラのこと、こういうやり方を取ってくることも十分考えられるので注意しなければならないだろう。

「レネ」

 不安が顔に出ていたのだろうか。ルーイがこちらを見て、にっこりと微笑んだ。

「大丈夫。……向こうがイカサマをしてきたら、逆にそれを逆手にとってやればいいだけのこと。勝ちましょう、必ず。皇子のためにも……私達の未来のためにも」
「ルーイ……」

 彼は信じているのか。自分達なら、確実に勝てる、ということを。
 ならば、自分も。

「……わかった」

 信じる。今まで、自分以外何も信じてこなかった己だけれど。ルーイがそう言うのなら、信じたいと、そういう気持ちが不思議と沸いてくるのである。
 同時に、今になってやっと気づくのだ。裏切られるのは恐ろしい。でも、誰を信じるというのは、信じられるというのはこんなにも晴れやかな気持ちになれるものかと。それを知らないことの、なんと悲しく不幸なことであるかを。

――……大丈夫。俺達なら、できる。きっと、できるはず。

 ところが。
 思った通りのことが起きてしまうことになる。
 演習が始まってすぐのこと。隊員の一人が、不自然な形でペイント弾に被弾することになるのだ。彼は何故か敵の攻撃を避けることもできずにその場で固まり、動けないところを狙い撃ちされた形だった。演練場の事前チェックはした。場所そのものに仕掛けはないはずだ(そもそも北コートと南コートのどちらを陣地とするかはギリギリになってコイントスで決めたので、ガブリエラさえわからなかったはずなのである)。
 退場していく中、隊員の男はこう告げるのだ。

「気を付けてください……毒が、毒針が飛んできます……それで、体が動かなくなったんです……!」

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