レネと天使とマシンガン

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<28・平和への道標。>

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 最終的に、“話し合い”には四人の皇子・皇女が参加することになった。クリスティーナと一緒にウェズリーが参加するのであれば、アイザックを推しているマイルズも一緒に来た方が話が早いだろうということになったのである。
 その結果、見事に“ガブリエラだけ”をハブることになってしまったわけだが――まあ、彼女の現在の立場からすれば仕方ないことではあるのかもしれない。どう見ても、彼女はこの場にいる誰とも意見が合わないし、普通の説得に応じないだろうことは明白なのだから。
 話し合いは宮殿の応接室で行われることになった。レネはルーイと共に、アイザックの護衛として傍についている。その他、それぞれの皇子・皇女の護衛たちも一緒だ。本当は皇族だけで話し合いがしたかったかもしれないが、さすがに完全に相手を信用しきれていない以上そういうわけにもいかない。
 特に、一番下のクリスティーナはまだ幼い。自分の身を自分で守ることなど困難だろう。

「今回は、集まってくれて感謝するよ、兄上たちも、クリスティーナも」
「まあ……」

 アイザックが口を開くと、ウェズリーは眼鏡の奥の瞳を苦々しく細めた。

「そのうち、話さなければいけないことでしたしね。お互いの立場を明確にするためにも。わたくしも正直、避けていた話題でしたが」
「ああ、避けていたのか。聡明な貴方が、次期皇帝に関してはっきり意見を言わないのはどうしてだろうと思ったら」
「そりゃあ、敵を作りたくないですからね。特に、ガブリエラ姉様とアイザック、貴方たちを敵にすると本当に怖いのは明白でしたから」
「ええ?わたしはそんなに怖い人間ではないぞ?」
「兄様もわたくしも差し置いて、次期皇帝最有力とされておきながら何を言っているのやら」

 ああ、なるほど。横で聞いていたレネも納得する。
 日和見と言われるかもしれないが、実際彼らの状況からすると“敵を作らない”動き方も必要だったのかもしれない。
 なんせ、先代皇帝は本当に殺し合いじみたことをして、現皇帝だけが生き残ったという状態である。同じことを自分達でもしなければいけないのではないか、と幼い頃から彼らは恐れていたはず。ならばせめて、すぐに標的にされないよう、他の兄弟姉妹の不興を買わないようにしておきたいと思うのは当然のことだ。
 特にガブリエラのような過激思想の姉と、アイザックのような優秀すぎる弟には。

「いい機会だから、僕らも立場をはっきりとさせておくべきなのだろうね」

 そんなアイザックとウェズリーの話を聞いていたマイルズが話を始める。兄弟姉妹で一番の巨漢、しかしおっとりとした性格の彼はしゃべり方にもそれがよく表れていると言えるだろう。

「まず僕、マイルズ・エンジェリックの立場だが。まあ、皆も知っての通り、僕は自分が凡庸な人間であることを知っている。リーダーになんかとても向いていない。勿論死にたいわけでは断じてないが……元より長男だからという理由だけで皇帝にされるのはちょっと嫌だなあと、幼いころから思っていたわけだね」
「ぶっちゃけましたね兄様……」
「いやだって、人には向き不向きがあるじゃないか。この国がこうなっていけばいいなという理想はあるものの、僕にはそれを実現する力なんかないよ。だったら、似た理想を持つ人に託して、自分はサポートに徹した方がいいって思うじゃないか。法律上、皇位継承権の放棄は皇族でなくなることとイコールではない。皇族として、皇帝となった兄弟を支えていく仕事は十分可能だ。僕は縁の下の力持ちの方がずっとあってるよ」

 ははは、とマイルズは少し自信がなさそうに笑う。なるほど、とレネは心の中でメモを取った。やはりというべきか、マイルズ皇子はこういう“温厚と言えば聞こえはいいが、ちょっと慎重で臆病な性格”というわけらしい。だから、幼いころから気が合い、かつ同じ理想を持つアイザックに全てを託そうと考えたのだろう。
 だが、ただ理想を掲げるだけで何もしない人間では断じていない。
 防衛力を高めるため、海軍基地を増設したり、そのための予算のやりくりや議会の説得などはすべてマイルズ皇子自らが行ったという話である。あくまでリーダーになるのが苦手、人に強気に接するのが苦手といったところだろうか。
 確かに、あの強烈なガブリエラとは話が合いそうにもない。

「ゆえに、僕は次期皇帝にはアイザックを推している。内政・外政、ともに彼の理想は僕の理想とも一致しているからね。……その上で。命が惜しいと思いつつも皇位継承権をまだ放棄していないのは、それも一つのカードだと理解しているからだ。僕はアイザックに皇帝になってほしいけれど、それが叶わなかった時は……“ガブリエラ”以外に皇帝になってほしいと考えている」

 そう彼がはっきり口にした途端、ウェズリーとクリスティーナの空気が明確に変わった。彼らもはっきり理解したわけらしい。この場に、ガブリエラ一人だけがいない理由を。

「お兄様も、同じ考えだったんですか……?」

 クリスティーナが戸惑ったように言う。

「ま、まあ確かにマイルズお兄様とガブリエラお姉様は昔から折り合いが悪いなとは思ってましたけど……」
「僕は、できればガブリエラとも仲良くしたいとは思ってるんだけど、あっちがね。僕みたいな凡人が兄であることが耐えがたい苦痛だそうだよ。まあ、僕自身頭が悪いし決断力も影響力もないことはわかってるんだけど、さすがに付き合う友人に対してマウント取られた時には一発殴ろうかと思ったよね」
「……マイルズ兄様にそこまで言われるとは」

 ああ、あの気の強そうなクリスティーナがドン引いている。レネは隣のルーイとともに、引きつった笑みを浮かべるしかない。見れば、他の護衛達も似たり寄ったりな表情である。
 ましてや、サキエルなどの護衛部隊の者達は、仕える皇族とともにパーティに参加することも少なくないのだ。ガブリエラの言動や行動を目にする機会も多いのだろう。同時に、マイルズが普段どれほど沸点の高いタイプであるのかということも。

「ただ、もちろんそんな個人的な好き嫌いで、次期皇帝を決めていいとは思っていない。僕は昔からアイザックとは仲良くしてるつもりだけど、実際皇帝になって国をひっぱっていくべきか?については分けて考えるべきだとも思っている。性格の好き嫌いで、相手の地位を決めるのは愚かなことだからね」

 その上で、とマイルズは苦笑いを浮かべる。

「僕が考える皇帝っていうのは、あくまで“国民のリーダー”であり“皆を引っ張っていくかわりに皆を守る義務がある”存在だとも思っているんだ。けして独裁者であってはならないし、皇帝であるから臣民の誰よりもエライし尊重されるべきというのは違うと思っている。皇帝は神様ではないけれど、ある意味では神様に等しい視点を持って然るべきと思うんだよ」
「神様に等しい視点?」
「平等性ということさ。確かに今のこの国には階級が、身分制度がある。でも、じゃあこの国の下の階級の者達であるほど、この国にとって必要のない人間なのだろうか?よく貴族以外の者は死んでも問題ないみたいなことを言う人がいるけれど、それはどう考えてもおかしいんだよ。例えば、現在貴族は多くの税金を免除されている。国を支える税金を払ってくれているのは誰だ?主に労働者たちじゃないか。貴族より大勢いる彼らがいなくなったら一気に国は財政難に陥るし、下手したら破綻する。頭の悪い僕だってそれくらいのことはわかるよ」

 言われて見ればその通りだ。
 貴族だけ一部税金が免除されているのが正しいのかどうか、に関してはひとまず置いておくとして。現在の仕組みがそうなっている以上、庶民がいなくなれば財政が回らなくなることは必至。貴族以外がいなくなった世の中で国を回していこうとしたら、今度は貴族たちから高い税金を取り立てるしかなくなる。そうなれば、貴族たちは間違いなく反発するだろう――庶民なんかいなくなっても問題ないと、そう叫んでいた舌の根も乾かぬうちに。

「現在の、労働者たちの“税金への貢献”が正しいことかどうかは別として。どの人々も国に貢献しているし、自らの役割を果たそうと頑張っているのは事実。彼らなくしてこの国は回らない。ならば、身分にかかわらずすべての人を救済し、援助できる仕組みがこの国には必要なんだ。……ガブリエラは、皇族貴族以外の人間を果てしなく見下している。なんならもっと重い税金を課せばいいと思い込んでいる。彼女が皇帝になったら、貧しい人々がますます困窮し、路地裏で死んでいくことになるだろう。そんな国に、僕はしたくない」

 きっとこういうところなのだろう。レネはアイザックの方に視線をやる。アイザックは頷きながらマイルズの話を真剣に聞いている。
 正直、レネとしてはまだマイルズ皇子のことを信じ切れていなかったのは事実だ。なんせ、まだ他の兄弟が何も言う前から、真っ先にアイザックを推すと言い出したからだ。一番力が強いアイザックにつくことで己の身を守りたいだけなのでは、とどうしても勘ぐってしまうところはあったのである。きっと、ルーイもそうだっただろう。
 でも、今のマイルズの話は、紛れもなく正論であり。けして嘘を言っているようには見えなかった。
 その考え方は限りなくアイザックのものに近い。なるほど、アイザックが兄を信用するのも頷ける話だ。

「……では、わたくしから質問なのですが」

 眼鏡を押し上げつつ、ウェズリーが言った。

「マイルズ兄様は、その階級と身分の制度について、どのようにお考えでしょう?そのような差別、そもそも皇帝も貴族もなくなれば一番だ、という考え方もできなくはありません。実際、諸外国には皇帝も王様もいない国というのも少なくないですが」
「それは、ええっと……なんて説明すればいいのか」
「ああウェズリー、ではわたしからそこは話そうじゃないか」

 あまり説明が得意なタイプではないのだろう。マイルズが困ったように視線をさ迷わせると、アイザックが助け船を出した。

「身分と階級がなくなれば、差別もなくなる。虐げられる者もいなくなる。そして、諸外国のような民主主義に切り替えていくことができれば……というのは極めて真っ当な意見だ。ウェズリーも最終的にはそこを目指している、と解釈しても」
「その通りです」

 アイザックの言葉に、ウェズリーは頷いた。

「わたくしは、貴族というだけで無能な人間が議員になって政治に関わり、企業のエライ立場になり、学校やあらゆる場所で横柄に振る舞うのが耐えがたいことだと感じています。そういうものを排斥するには、身分と階級そのものを一掃してしまうべきだと思うのですがね。無論、わたくし自身皇族として生まれた結果多大な恩恵を受けているわけですから、どの口がそれを言うと突っ込みをくらうことは百も承知でございますけど」

 こういうやり取りは、本当に新鮮だとレネは思う。長らく、皇族と貴族は、その立場を振りかざして下々の民を虐げるばかりだと思っていた。実際、そういう風に言っている者達は多かったし、そういう貴族は未だに多いのだろう。
 でもこの場所では、当たり前のように“階級はなくなるべきでは”という議論が交わされている。しかも、次期皇帝候補である皇族たちの間でそのような話ができるのだ。

――捨てたものじゃないのかもしれない。皇族も、貴族も。

 狭く暗い、あのスラムに居続けたなら。きっと自分は彼らにも光があると、知らないままでいたのだろう。
 けして、この国に希望がないわけではないということも。

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