レネと天使とマシンガン

はじめアキラ

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<18・弱者の祈り。>

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 つん、とまるで小鳥が啄むようなキスをルーイの頬に落とす。驚いて彼の力が抜けたところを見計らって、レネはそのままルーイをベッドに押し倒していた。

「そういう気分ですか?」
「そういう気分なわけ」

 レネはにやり、と彼の鼻先で笑ってみせる。

「あんたは疲れてるし参ってるんだろ。今日は俺がリードしてあげるよ。あんたが下になりたいってならそれでもいいけど?」
「上がいいですねえ、私は。ああ、貴方が乗っかってくれるならそれは歓迎しますが。というか、貴方抱かれる方が上手いんでしょ?あんまりトップの経験なさそうですし」
「はは、どうだろうなあ?」

 ルーイはされるがままになっている。上着は既に脱いでひっかけてあるので、遮るものはワイシャツだけだった。もちろん乱暴に引きちぎったりなんてしない。ボタンを一つずつ外していきながら、そのつど首元や胸元にバードキスを落としていく。

「教えて頂いてもいいですか」

 その最中、頭上からルーイの声が振ってきた。

「貴方にはどうせバレてるんでしょうけど。……三年前、貴方を抱いたことを本当は……少し後悔しました。貴方の言葉に激怒したのは事実ですけど、子供相手に大人げなかったのは事実ですし……何より、いくら貴方が男妾で慣れてるからといって、上下関係を教え込みたいからといって、やり方は選ぶべきでしたよ」
「あんたの目的なんかわかってるよ。いざとなったら、俺が男妾としてどれくらいスキルがあるかも知りたかったんだろ。必要とあれば、俺を貴族のオッサンたちのところに送り込んで諜報活動させることも考えてたんだろうし?」
「よくわかってらっしゃる。その通り、そういう意味もあって貴方を抱きました。必要なことだとあの時は割り切ったつもりでいたんです。……でも、だからってやっていいことではなかった。貴方は抵抗しませんでしたが、それは同意があったこととイコールではありませんから」
「……真面目すぎるだろ」

 抵抗しなかった、イコール同意ではない。それは間違いないことだ。実際、恐怖で抵抗できないまま最後までされてしまう者は少なくないことだろう。女性が被害者でも、男性が被害者でもあり得ることに違いない。でも。
 レネの場合は、抵抗する方法もあったのにあえて受け入れたのだから、そのパターンには当てはまらない。強姦されたという認識もない。むしろこれもテストの一環だろうと受け入れたのは事実だ。
 同時に。相手をオトしてやれれば優位に立てるだろうと考えていたのも。

「俺は傷つかなかったつってんじゃん。それに、あんたを俺の虜にして逆に支配できたら儲けものだと思ってたんだから、そこはオアイコだと思うけど?」

 結果論として、キモチヨクされて前後不覚に陥ったのがレネの方だったというだけのこと。
 それから彼の体が忘れられなくて困ったのも、本当に結果的には、の話でしかない。痛い思いも怖い思いもしなかった。レネもそれでいいと思った。だから、これ以上ルーイが気に病む必要なんかない。
 気にしてくれるのならば、むしろ。

「そこで責任感じるくらいなら、また抱いてくれりゃよかったのにさ。セフレでも良かったんだぜ、俺は」
「そういう悲しいことを言うのはやめてくれませんか」
「なんで?悲しいことなんて……」
「私は、性的な暴力は、人の心を殺すだけの力を持っていると知っています。貴方だってそうでしょう。初めての時は痛かったはずです。苦しかったはずです。怖かったはずです。……長い時間をかけてそれを麻痺させてきた。気持ちよいことだと思い込んで自分を誤魔化してきた、それだけのことではないですか?淫乱、なんて詰りましたけど……そうにでもならなきゃ、心が耐え切れなかったからそうした。それだけのことでしょう?……わかっていたのに、私は酷いことをした。最低です。いくら、踏み込まれたくないことであったとしても……」

 その物言いで、なんとなくレネは察してしまった。ルーイは伯爵であるはず。だが、だからといって過去に辛い出来事がなかったと断言することはできない。
 この言い方はむしろ。自分自身にも、凄惨な出来事が降りかかったことがあるからではなかろうか。

「皇子は」

 恋なんかじゃない。愛なんかじゃない。何度も何度も、繰り返し繰り返し言い聞かせながら、レネは。

「アイザック皇子は。あんたを地獄から救い上げてくれたのか。本当は……だから俺のことも救おうと思ったのか?」

 ちゅう、と音を立ててレネの耳にキスをした。ん、と小さく声が上がる。どうやらここが敏感らしい。なんとも可愛らしい弱点ではないか。

「……皇子は、私にとって光そのものなんです」

 レネの髪に手を伸ばして、ルーイは告げる。

「とても神聖な、神様のようなもの。神様は、誰か一人のものではない……むしろ誰のものにもならない存在でしょう?あの方は、次期皇帝になるお方。皇帝は、臣民すべてをその愛で、あまねく照らす太陽でなければいけません。そのたった一人になりたいなんて願ってはいけないのです。それは、考えることさえ許されない感情なのですよ」
「だから、好きなのか?と尋ねられるのが嫌だったのか」
「そういうことです。そして皇帝になった者にはある重大な責務が与えられる。それは、后を迎え入れて子供をたくさん作ること。無論、殿下は先代で……子供達の殺し合いなんてものは終わりにするつもりでいます。ですが、人の命はいつ絶えるかわからないものでしょう?何より、多くの有能な兄弟姉妹で支え合うことができれば、この国は豊かとなり、良い政治ができます。……あの方の伴侶は、“子供が産める女性”でなければいけないのです。けして、私ではない」

 最後の声は、消え入りそうなものだった。きっと長いこと、彼は自分の感情を押し殺していきてきたのだろう。
 恩人のことを尊敬する気持ち。友愛。それと恋愛感情の差をつけるのは、そもそも難しいことであるのかもしれない。そういえば誰かが、友情とはセックスのない恋愛だ、なんてことを言っていたらしい。だが、セックスフレンドなんて言葉も世の中にはあるくらいだし、レネも愛情のない相手と散々セックスをして稼いできた身だ。セックスができれば恋愛だ、なんてことも言いきれない。そして、世の中にはセックスなどしなくても成立する恋愛もきっと存在するのだろう。
 ならば結婚すれば恋愛なのか?
 長らく夫婦のように同居していれば恋愛になるのか?
 子供ができれば夫婦は愛し合っているということになるのか?
 それとも結婚して数十年無難に過ごせればそれが恋愛なのかどうなのか?
 残念ながらそのあたりのことは、いくら突き詰めても答えなど出ないのだろう。だからこそ、ルーイも悩み続けてきたのではないのか。この様子だと、はっきり恋愛感情を抱いていると言い切れるわけではなさそうだが――だからこそ、その気持ちが恋愛であったらどうしようという恐れもあったのではなかろうか。

――ああ、俺も、人のことは言えないのか。

 この人には利用するつもりで近づいただけ。いつか利用して、この腐った国に一矢報いれてやれればそれでいいと。あるいはちょっといい思いをして生きていければそれでいいと。
 でも。
 恋ではないはず、愛ではないはずと言い聞かせてこの人を見ている時点で、本当はとっくに足を踏み外しているのかもしれない。ああ、駄目だ、考えれば考えるほどドツボに嵌ってしまう。
 確かなことは一つ。彼が皇子のことを大切に思っていると、その様子を見せるたび、胸の奥にもやもやとしたものが溜まるということだけ。

「あのさ」

 シャツを脱ぎ捨て、下着ごとズボンを下ろす。まだ半裸状態のルーイの前で、レネはあっさり生まれたままの姿を晒した。

「迷い続けるの、苦しいんだろ。だったらさ。……俺にしちゃえば?」
「え」
「俺にしちゃえばいいだろ。恋愛感情向ける相手。他にスキな相手ができれば、あんたはきっと楽になれる。そうだろ?ああ、本当はストレートだから無理ですってのはもうナシだからな?三年前の様子で、あんたが男抱いたことがあるってのは暴露してんだからよ」

 さながら壁ドンでもするように、彼の頭の横に手を突いて囁く。今までの客なら、これであっさり落ちたはずだ。自分で言うのもなんだが、自分の体は相当魅力的なはずである。子供のような体格、男らしい堅さもあまりないし、肉もそれなりに柔らかい。それでいて、女装が通用するくらいの顔立ちである自負はある。だからこそ、長らく男娼として通用してきたのだから。
 まあ最近は本当にそっちの仕事はご無沙汰だけれど。――明らかにルーイが、レネにそういう仕事をさせないように遠ざけていたからだけれど(標的とベッドインすると見せかけてその前に薬で眠らせてしまうとか、ここのところはそういうやり方ばかりを取っていたためだ)。

「……ありがとうございます。慰めてくださってるんでしょうね、貴方は」

 それなりに、ストレートに伝えたつもりだった。しかしルーイは、寂しそうに笑うばかりで。

「でも、駄目ですよ。私など、貴方に相応しくありません。貴方を不幸にするだけです」
「それ、元男娼の俺に言う?」
「その元男娼の貴方より、私はずっと汚らわしい存在だということです。……そう思いながら、こうして貴方に縋ってしまっている時点で、自分でも終わってると思いますけど。本当に弱い人間です、私は」
「弱くて何がいけない。弱い人間は生きてちゃいけないのか?そんなこと、ないだろ」

 言いながら、レネは自分の後ろに手を伸ばした。どこか、心の奥底を吹き抜ける冷たい風を感じる。自分の言い方も素直でなかったことは否定しない。でもここまで届かないとは思ってもみなかった。
 自分は、いいというのに。
 ルーイが好きだと言ってくれたらそれでいいと――そう言ったつもりだったのに。

「誰だって、弱いよ。弱いから、足掻くんだよ……強くなりたいって。あんたも守りたいもんがあるなら、足掻けよ。そんでもって」

 ふ、っと息を吐いた。指で己の秘所をほぐしながら、レネは泣きたい気持ちでルーイの腰に跨った。

「そんでもって。今は……俺のことだけ、考えてりゃいいんだよ」

 我ながら空しい台詞だと、そう思いながらも。

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