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<15・手榴弾と暴虐。>

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 とりあえず、オーガストをいつまでもベンチでほったらかしにしておくわけにはいかない。ルーイに頼んで彼を部屋に運び入れた後、レネは話を聞くことにしたのだった。
 初めて見るほど、ルーイが落ち込んでいるのが見て取れたからだ。
 いや、別に彼が落ち込んでいるからといって、自分が何もかもフォローしてやらなければいけない道理はないのだが――気づいてしまった以上、放置するのも寝覚めが悪いというものである。

「もう深夜です。貴方は部屋に戻っていいですよ」
「そういうわけにいくか。あんたに、明日になってもそういう顔されてたらみんなの士気が落ちる。俺も迷惑する」

 彼の執務室までついてきたところで、レネはきっぱりと言った。

「それに、俺達ミカエルはアイザック皇子直属の部隊なんだぜ?直接話す機会はそう多くはないけど、それでも皇子様あっての俺らだってことくらいもうわかってんだよ。何かあったら困るのは俺らも一緒。どっちみち、そのへんの情報は俺達に共有しないといけないことだろ。ひとまず話して落ち着けば?」
「貴方って優しいのかツンデレなのかどっちなんですかね」
「どっちでもねえし。迷惑だからさっさと吐き出せつってんの、ほらとっとと」

 到底上司に対する物言いでないことはわかっているが、今更ルーイもレネに対して言葉遣いを指摘したりなどしないと知っている。流石に皇子相手に丁寧語が崩れると注意してくるが、自分に対してちょっと乱暴な言葉遣いをされることくらい気にしていないようだった。
 実際、ルーイのことを慕う隊員たちの中にも、敬語でしゃべる者はそう多くはない。公の場ならばレネも含めみんなある程度取り繕うが。

「……まあ、そんなに複雑なことではないんですがね」

 はあ、とルーイは執務室の椅子に座ってため息をつく。相当疲れているのは間違いないようだ。まだパソコンの電源もついているし、書類も積み上がっている。――ペーパーレスが叫ばれるこの時代であっても、なんだかんだ紙で書類をよこしてくる相手はまだまだ少なくないのだ。

「今日、私はアイザック皇子の護衛で第四海軍基地の視察に行ってきました。マイルズ皇子が作られた新しい海軍基地ですね」
「ああ、そういうスケジュールだって言ってたっけ。……ちょっと今、領海の方で隣国と揉めてるしな。領海侵犯もしょっちゅう起きてるし、海の防衛力を強化しようって話になってるんだっけか?」
「はい。マイルズ皇子については説明するまでもありませんよね。他の皇子、皇女の中で最もアイザック皇子と親しくしてくださっている方です。同時に第一皇子でありながら、アイザック皇子を次の後継者にと推してくださっている方でもある」
「うん」

 五人の皇子、皇女の皇位継承権に差はない。
 この国では生まれた年や性別によって序列を決めることを良しとしない風潮があるからだ。まあ、貴族の子息の場合は兄弟間で揉めないために、暗黙の了解で“長男か長女が継ぐ”ということにしているケースも少なくないようだが、少なくとも今の皇族は違う。
 皇帝陛下が一声指名すれば。
 あるいは、“他の皇族より相応しい”と判断される何かがあれば。
 五人の兄弟姉妹全員が、次期皇帝になりうる。だから元々、特別第一皇子が優位というわけではないのだ。
 そして第一皇子のマイルズは穏やかで物静かな性格で、本人も“自分はリーダーシップを取るような器ではない”と公言していた。同時に、第三皇子であるアイザックの力量を非常に認めていることでも知られている。
 ゆえに他の兄弟姉妹の中でも、一番信用していい相手だと言われてはいるのだった。無論、言葉では何とでも言えるので、心の底からアイザックのことを推しているかどうかまではわからないが。

「アイザック皇子は侵略戦争は嫌いだが、国の防衛力を高めることに関しては賛成しておられる。ゆえに、マイルズ皇子の基地建設にも賛成したし、今回もおおっぴらに施設見学をされたわけですね。マイルズ皇子とアイザック皇子の仲がよろしいということは、少し皇族に詳しい方なら誰でも知っておられること。隠す必要もありません。むしろ、二人の結束を示すことが他の兄弟姉妹への牽制になりますから」

 ただ、とルーイは顔を曇らせる。

「視察をして皇子が車に乗り込もうとしたその時……襲ってきた暴漢がおりまして」
「単独犯か?」
「はい。勿論、私もいましたし他にもSPがおりましたから、単なるナイフを持った暴漢ごときに遅れを取ることはないのですが。よりにもよって、車の中に手榴弾を投げ込んできた輩がいたのです」
「!?」

 手榴弾。さすがにレネはぞっとする。
 確か、第四海軍基地は町の大通りに接している。車を停車させていたのも、人通りの多い通りだったはずだ(そもそも皇族用のリムジンはデカいことで有名である。狭い路地などには入れない)。そんな車に手榴弾など投げ込んだらどうなるか。
 万が一ガソリンに引火して大爆発を起こしたら、皇子が死ぬだけでは済まない。間違いなく、大量の犠牲者が出たことだろう。
 だが、少なくとも今日レネはそのような大惨事のニュースは見ていない。と、いうことは。

「防いだんだよな?」

 さっき、ルーイ自身“アイザック皇子が暗殺されかけた”と言っている。ならば暗殺は失敗したはずだ。

「勿論です。衝撃で爆発するのではなく、ピンを抜いてから数秒後に破裂するタイプでしたからね。即座に破壊して、怪我人も出していません。ただ、流石に皇子が暗殺されかけた……しかもマイルズ皇子が建てたばかりの基地の目の前となると、あまりにも世間体がよろしくないですから。メディアには即、箝口令を敷かせていただきましたが」
「まあ、正解だな。アイザック皇子とマイルズ皇子を敵視する奴らを盛り上がらせても癪だし。ていうか……」
「まあ、十中八九。アイザック皇子の暗殺と同時に、マイルズ皇子の印象操作のために行われたことだと思います。しかも、犯人は手榴弾を投げてすぐその場で自殺しました。おかげでまったくといっていいほど情報が出ない状況です」
「マジか……」

 あまりにも露骨すぎる。レネはげんなりしてしまった。この状況でわかることはいくつかある。
 一つ目は、アイザック皇子を殺せるなら一般市民を巻き込んでもいいと思うような人間が黒幕だということ。
 二つ目は、アイザック皇子のスケジュールを把握している人間が計画を立てたこと。
 三つ目は、目的を達成できてもできなくても、自らの命を捨てることができるような狂信的な人間がついているということ。
 四つ目は、今回の件によってマイルズ皇子の評判をも落とせたら万歳という意図が透けているということ。
 最終的には実行犯が自殺してしまったことで尋問もできていないし、その人物が誰の手引きによってこのようなことをしたのかまではわからないが。それでも“そういう人間がアイザックを狙っている”というだけで、精神的なダメージを与えるには十分であるはずだ。

「怪我人が出なければいい、ということではないんです。本当に、あとコンマ数秒遅れていたら……皇子も、一般市民も亡くなっていたわけですから」

 ルーイは悔し気に、机の上で拳を握りしめる。

「予見できなかった自分が情けないのです。同時に……思い知らされました。皇子はいつ、殺されてもおかしくない立場だということを。皇位継承権を得る、あるいは自分が支援する皇子・皇女に獲らせるためならどんな手段も厭わない。そう考える者がいるということを、改めて突き付けられた気分です」
「兄弟なんだろう?全員、母親も同じだし完全に血が繋がっているはずだ。兄弟姉妹で本当に殺し合いなんてするものなのか?」
「それが、このエンジェリック皇国の闇なのですよ」
「?」

 どういうことだ、とレネは首を傾げる。
 確かに現在の皇帝である第三十二代元首、アンガス・エンジェリックは、兄弟の中でただ一人生き残って皇位を継承したことでも知られている。兄弟間で大揉めに揉めて、殺し合いに近い状況にまで発展したことも。
 しかし、最終的にアンガスの兄弟姉妹は誰一人殺されたわけではなかったはず。アンガスは一人の兄、一人の姉、二人の妹と一人の弟がいた。しかし最終的には兄と姉は旅行先で事故死し、妹と弟は病死と聞いている。殺し合いがあったとはいえ、あくまで“それに近いほど酷い揉め方をした”という意味であって、実際に誰かが手を下したという話ではないはずだ。
 というか、いくら皇子であっても、皇族殺しは大罪。本人で直接殺したのであれば、そんな人間を次期皇帝などできるはずがないというのに。

「この国の皇位を継ぐべきは、最も強い者でなければいけない。武力も、賢さも、リーダシップも全て。……他の者をすべて蹴落として、頂点に立てる者だけが最強の皇帝となる資格を持つ。……皇族たちはみなは、そのようにして先代から教わるそうですよ。私もアイザック皇子から聞かされて驚いたものです」
「どういう意味だ、それは」
「暗黙の了解なのですよ。……皇帝になるのは“最後まで生き残った一人でなければいけない”というね。自分以外の皇子、皇女はすべて脱落させなければいけない。そうしなければ皇位継承権を得ることはできない。そう考える者は少なくないということなんです。実際、兄弟姉妹が揉めていても皇帝は我関せず、一切止める気配はない。そして五人が生きている段階で後継者を指名すれば終わるところそうしないわけですから」
「……」

 まさか、と呻くレネ。

「現在のアンガス皇帝の兄弟姉妹たちも……本当は事故や病気ではなく、暗殺されたということなのか?それで、現在のアンガス皇帝だけが生き残った、と?」
「……はい。アンガス皇帝が堂々とそれを語ったわけではありませんが。少なくとも現在の皇帝陛下は、皇子皇女が殺し合いをするのを黙認……否、推奨していらっしゃるのは事実なんです」

 だから我々が必要なのです、とルーイは続けた。

「ミカエルは、何がなんでもあの方をお守りしなければいけない。あの方を皇帝にするために……その志を潰えさせないために」

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