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<13・酒場で愛を叫ぶ。>
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「納得がいかねえ!」
その日の夜、レネは居酒屋でグラスをテーブルに叩きつけていた。残念ながら十六歳の自分はお酒が飲めないので、入っているのはソフトドリンクになるが。
「なんで俺の身長は伸びねえんだよ!どうして女装して誰にもバレないんだよおおおお!」
「おう、レネ、荒れてんなあ」
すすすす、とカウンター席の隣に座ってきたのは同じ“ミカエル”のメンバーである。いかにも軍人だとわかる屈強な体格のオーガスト・エアだ。年齢はニ十歳。レネより四つ年上の兄貴分である。
三年前にミカエルに入った時からレネの面倒をみてくれている、指導係でもある。今はもう、教えて貰うようなことも多くはないのだが。
「身長ばかりはどうしようもない。背が伸びたいと願ったところで伸びない奴はいっぱいいる。とりあえず牛乳飲んで頑張れ」
「うっせえよオーガスト!お前の身長俺によこせ、30cmくらい!」
「無茶言うな!ていうか30cmよこしてもひょっとしてお前オレに届かなかったりする?」
「うっせよばーかばーかばーか!」
思わず彼のこめかみをつんつんつんつん、と指でつっつきまくる。短く頭を刈り上げた男は、痛い痛いと笑った。大したダメージになっていないのは明らかだ。全身筋肉の鎧で覆われたその体が実に羨ましい。
自分は相変わらず身長が140cm代という切ない状況だし、その上いくら鍛えても筋肉がついてくれない。そのせいで、ちょっと場合によっては何の変装をしなくても女性に間違われることもある始末なのだ。
ああせめて、声だけでも男らしいものであったならば!どこへ消えてしまったのか自分の声変わりは!
「まあ大真面目に言うと、子供の頃の栄養状態が大きいって話もあるからなあ。お前はある程度仕方ないんじゃねえの?」
レネが男妾をやっていたという事実を知っている人間は多くない。皇子とルーイ以外では、このオーガストと副隊長くらいなものだった。
それ以外のメンバーは、単に下層階級の出身で情報屋をやっていた、ということだけをちらっと知っている程度だろう。――事情を知ってなお、特に差別なく己と付き合ってくれるこのオーガストは、レネにとって貴重な友人であるのは間違いなかった。
「実際うちの隊にも下層階級出身いるけどさ。そういう奴はやっぱ、体格があんま頑丈じゃないってかんじだし。もちろん背が伸びる奴もいるにはいるんだろうが」
「うう、俺は牛乳を飲む。お前みたいな2メートル超えの男になりたい……」
「それはちょっと困るなあ、こうやって上から見下ろしてぐりぐりしてやれなくなるし!」
「馬鹿にすんじゃねえええ!」
「あはははは、オーガスト、あんま弟分を虐めてやるなよ」
「そうそう」
周囲で飲んでいる他の男達も笑い声を上げた。実は今、この酒屋にいるのはレネたちミカエルのメンバーと店員のみである。今日はとある任務が成功したお祝いで貸し切りにしているのだった。
ちょろっと任務に触れる話をしてしまうこともあるが、店長はルーイの古い友人ということもあって干渉してこない。少々古い店だが酒は美味いし(とオーガストたちは言っている)、おつまみも美味い。居心地の良い店に間違いはなかった。
まあ三十五人もの男達で占拠すると、少々人口密集率が酷くてムサ苦しいのは事実だが。
「実際、レネが身長伸びたら困るよなー」
仲間の一人がぼそっと言う。
「女装してメイドのふりして潜入なんてやれるの、お前くらいだし?」
「違いない。オーガストが前に酒の席で女装した時は大惨事だったしな。まるで萌えないメイドさんだった!」
「うわ」
その声に、思わずレネはオーガストをまじまじ観察してしまう。イケメンの部類に入るのは事実だろうが、いかんせん彼の顔立ちは“男前”がすぎるのである。女装して違和感がないタイプではないだろう。
何よりラガーマンのような太い首、シャツの上からもわかる逞しい二の腕と両肩、日焼けした浅黒い肌。どれ一つとっても、可憐なメイドさんが似合うようには見えない。むしろ。
「拷問?」
「そこまで言う!?見てもいねえのに!?」
おいおいおい、と泣きまねをするオーガスト。ウソ泣きスキルも下手すきる。まあ、元々は正規軍に所属していたというから、今のような諜報活動などそうそうしたこともなかったのだろう。芝居をするのが得意なタイプでないのは明白である。いかんせんオーガストときたら、考えたことが全部顔に出てしまうのだから。
「女装といえば」
ふと、後ろの席で仲間がぼやいた。
「……似合いそうな人、もう一人いるよな。うちの隊長」
「あ」
「あー……」
「言えてる……」
隊長と言えばもちろん、ルーイのことである。残念ながら今日はこの場に不在だった。なんでも書類仕事が残っていて、どうしても抜けられなかったらしい。彼はミカエルの隊長だが、アイザック皇子に特別な任務を“個人的”に与えられることもあるという。
実際皇族でありながら、他の護衛も無しに二人だけで部屋飲みするとかないとか。
見目麗しい二人の若い男子だ。怪しい噂が立つのも必然と言えば必然で、部隊のメンバーでさえ“あの二人はそういう関係なのでは?”と疑ったことが何度もあると聞いている。
まあ、レネが初日にドジを踏んだように、“ルーイがアイザックを好きなのか”と尋ねるだけで大地雷だ。みんなもわかっているので二人の関係について深く追求することはしないらしいが。
「確かに、あの人は女装似合いそう。背は高いけど、細いし。最近は女性も背が高い人増えてきてるし」
レネは同意して呟く。
「あの人も結構演技派ってかんじするしな。そういえば、声だけ何種類も使い分けて電話かけてるの見たことあるよ、俺」
「多彩だよな、ルーイ隊長。そもそもミカエルって部隊が部隊になる前は、あの人が全部ひとりで仕事やってたって話だぜ。さすがに手が足らなくなったから、皇子がルーイを手伝ってくれる人を探そうってんで結成されたのがミカエルだったって話だ」
ぐび、とビールを煽りながらオーガストが言う。
「大体それが六年くらい前か?丁度それくらいの時期に、他の皇子・皇女の方々も次々自分達専属の部隊を結成していった頃だ。表向きは身辺警護のため、実際は……勢力争いの裏工作のため。どの方が次期皇帝になるかっていうのは、アイザック皇子が赤ちゃんの頃からもうギスギスしてたっていうし」
「一番最初に自分の専属部隊を作ったのは、第一皇女のガブリエラ様だっけ?私設部隊の“ガブリエル”だ」
「そうそう。その流れでなんとなーく、みんな自分達の私設兵には天使の名前をつけるのが慣例になってるんだよな。深い意味はないらしいが」
それでさ、とにやりと笑うオーガスト。
「オレは何度も思ったわけだ。あんなに美人な隊長が本当は女だったら、さぞかし目の保養になっただろう!と」
「はは」
確かに彼は美しい。しかし立派な男だし、ついてるものはちゃんとついてたぞ――とは心の中で。さすがにオーガストも、レネが三年前の段階でルーイに抱かれた話は知らない。というか、知ったらみんな卒倒しているだろう。なんせ、性欲なんて一切ありません、みたいなお綺麗な顔をしている隊長様である。
思えば、あれから彼は一度もレネを抱いてはいない。次に向こうがその気になったら、今度こそ自分の手練手管で落としてやろうと思っていたのにそのチャンスが来ない。だからこそ、不満で仕方ないのだ。そんなに後悔するくらいならなんであの日自分を抱いたのだ、と。
確かにレネに上下関係を思い知らせるには良い手段だったのかもしれないがーー別に同性愛者というわけでもなさそうなのに。
「まあ、ルーイ隊長ほどの美形なら、男でもいいってやつは少なくないと思うんだけどな。実際、うちの隊にはちらほら、隊長に片思いしてるっぽいやつがいるのも事実だ。オレは知ってる」
「マジか。物好きだな。あの人、男にしろ女にしろ興味ないと思うんだけど」
ほんの少し。ほんの少し痛んだ胸を見なかったふりをしつつ。ルーイはジュースのおかわりを店員に注文して告げる。
「みんなもわかってるだろ。ルーイは実際、皇子様以外見てないってこと。それが恋愛感情なのか、崇拝なのかはわからないけど……そこに、別の人間が入り込む隙間なんかないって。諦めた方がいい」
想像したより、しんみりした声になってしまった。それに気づいたのか、オーガストが目をまんまるにしてこちらを見つめてくる。
「え、レネ、お前マジ?」
「マジって何が」
「惚れてんの、隊長に?」
「違うってば」
レネは笑って手を振る。嘘じゃない。だって自分は、恋愛感情なんかわからない。誰かを本気で好きになるとも思えないし、そんな資格があるとも思っていない。
どれほど仲間に囲まれていても、温かいベッドで寝られるようになっても。汚れた体と汚れた手が変わるわけではないのだから。
「多少なりにあの人に恩は感じてるけど、それだけだって。別に恋愛感情とかじゃねえよ」
そう、好きになどなるべきではない。たとえ再び彼が、自分を抱いてくれる時があったとしても。
時々あの夜の濃厚なセックスを思い出して、体が疼く時があったとしても、だ。
「ふうん……」
オーガストは納得したのか、していないのか。微妙な返事をして、手元のクラッカーを手に取った。チーズをたっぷりつけて手元に運ぶ。手づかみで食べる料理であっても下品にならないのは、なんだかんだでこの男の育ちが良いからだろう。
「まあ、恋愛感情なんか抱かない方が無難だと俺も思うよ。あの人、なんだかオレ達に対しても距離があるなあって思う時あるし。どういう経緯で皇子と一緒にいるのか、父親と母親は何やってる人なのか、とか。そういうのオレらもだーれも知らないしなあ。それに」
ミカエルにいるのは、ワケアリの者が多いと聞く。そういえばオーガストも、陸軍で偉い方の不興を買って追い出されるところだったのを、ルーイに拾われたという話だったはずだ。
正規軍の中でも、勢力争いの根は深い。特に今は、どの皇子につくか、で未来が変わると言っても過言ではない時期だから尚更。出世コースを狙う者達であればるほどピリピリしていることだろう。それこそ、問題を起こしたのがバレないように、部下にその罪をなすりつけたりなんてことも珍しくないと聞く。
「あの人が話したくないことに、無理やり踏み込むのも野暮ってなもんだし。特に、皇子との関係には本当に踏み込まれたくないみたいだしさ。……隊長に感謝してるのは、オレらも一緒だからよ」
「そっか」
「うん」
自分よりずっと長くミカエルにいるオーガストでさえ知らない。ならばまだ三年しか過ぎてない自分が、その深淵を覗きたいと思うのは無茶というものなのだろうか。
その日の夜、レネは居酒屋でグラスをテーブルに叩きつけていた。残念ながら十六歳の自分はお酒が飲めないので、入っているのはソフトドリンクになるが。
「なんで俺の身長は伸びねえんだよ!どうして女装して誰にもバレないんだよおおおお!」
「おう、レネ、荒れてんなあ」
すすすす、とカウンター席の隣に座ってきたのは同じ“ミカエル”のメンバーである。いかにも軍人だとわかる屈強な体格のオーガスト・エアだ。年齢はニ十歳。レネより四つ年上の兄貴分である。
三年前にミカエルに入った時からレネの面倒をみてくれている、指導係でもある。今はもう、教えて貰うようなことも多くはないのだが。
「身長ばかりはどうしようもない。背が伸びたいと願ったところで伸びない奴はいっぱいいる。とりあえず牛乳飲んで頑張れ」
「うっせえよオーガスト!お前の身長俺によこせ、30cmくらい!」
「無茶言うな!ていうか30cmよこしてもひょっとしてお前オレに届かなかったりする?」
「うっせよばーかばーかばーか!」
思わず彼のこめかみをつんつんつんつん、と指でつっつきまくる。短く頭を刈り上げた男は、痛い痛いと笑った。大したダメージになっていないのは明らかだ。全身筋肉の鎧で覆われたその体が実に羨ましい。
自分は相変わらず身長が140cm代という切ない状況だし、その上いくら鍛えても筋肉がついてくれない。そのせいで、ちょっと場合によっては何の変装をしなくても女性に間違われることもある始末なのだ。
ああせめて、声だけでも男らしいものであったならば!どこへ消えてしまったのか自分の声変わりは!
「まあ大真面目に言うと、子供の頃の栄養状態が大きいって話もあるからなあ。お前はある程度仕方ないんじゃねえの?」
レネが男妾をやっていたという事実を知っている人間は多くない。皇子とルーイ以外では、このオーガストと副隊長くらいなものだった。
それ以外のメンバーは、単に下層階級の出身で情報屋をやっていた、ということだけをちらっと知っている程度だろう。――事情を知ってなお、特に差別なく己と付き合ってくれるこのオーガストは、レネにとって貴重な友人であるのは間違いなかった。
「実際うちの隊にも下層階級出身いるけどさ。そういう奴はやっぱ、体格があんま頑丈じゃないってかんじだし。もちろん背が伸びる奴もいるにはいるんだろうが」
「うう、俺は牛乳を飲む。お前みたいな2メートル超えの男になりたい……」
「それはちょっと困るなあ、こうやって上から見下ろしてぐりぐりしてやれなくなるし!」
「馬鹿にすんじゃねえええ!」
「あはははは、オーガスト、あんま弟分を虐めてやるなよ」
「そうそう」
周囲で飲んでいる他の男達も笑い声を上げた。実は今、この酒屋にいるのはレネたちミカエルのメンバーと店員のみである。今日はとある任務が成功したお祝いで貸し切りにしているのだった。
ちょろっと任務に触れる話をしてしまうこともあるが、店長はルーイの古い友人ということもあって干渉してこない。少々古い店だが酒は美味いし(とオーガストたちは言っている)、おつまみも美味い。居心地の良い店に間違いはなかった。
まあ三十五人もの男達で占拠すると、少々人口密集率が酷くてムサ苦しいのは事実だが。
「実際、レネが身長伸びたら困るよなー」
仲間の一人がぼそっと言う。
「女装してメイドのふりして潜入なんてやれるの、お前くらいだし?」
「違いない。オーガストが前に酒の席で女装した時は大惨事だったしな。まるで萌えないメイドさんだった!」
「うわ」
その声に、思わずレネはオーガストをまじまじ観察してしまう。イケメンの部類に入るのは事実だろうが、いかんせん彼の顔立ちは“男前”がすぎるのである。女装して違和感がないタイプではないだろう。
何よりラガーマンのような太い首、シャツの上からもわかる逞しい二の腕と両肩、日焼けした浅黒い肌。どれ一つとっても、可憐なメイドさんが似合うようには見えない。むしろ。
「拷問?」
「そこまで言う!?見てもいねえのに!?」
おいおいおい、と泣きまねをするオーガスト。ウソ泣きスキルも下手すきる。まあ、元々は正規軍に所属していたというから、今のような諜報活動などそうそうしたこともなかったのだろう。芝居をするのが得意なタイプでないのは明白である。いかんせんオーガストときたら、考えたことが全部顔に出てしまうのだから。
「女装といえば」
ふと、後ろの席で仲間がぼやいた。
「……似合いそうな人、もう一人いるよな。うちの隊長」
「あ」
「あー……」
「言えてる……」
隊長と言えばもちろん、ルーイのことである。残念ながら今日はこの場に不在だった。なんでも書類仕事が残っていて、どうしても抜けられなかったらしい。彼はミカエルの隊長だが、アイザック皇子に特別な任務を“個人的”に与えられることもあるという。
実際皇族でありながら、他の護衛も無しに二人だけで部屋飲みするとかないとか。
見目麗しい二人の若い男子だ。怪しい噂が立つのも必然と言えば必然で、部隊のメンバーでさえ“あの二人はそういう関係なのでは?”と疑ったことが何度もあると聞いている。
まあ、レネが初日にドジを踏んだように、“ルーイがアイザックを好きなのか”と尋ねるだけで大地雷だ。みんなもわかっているので二人の関係について深く追求することはしないらしいが。
「確かに、あの人は女装似合いそう。背は高いけど、細いし。最近は女性も背が高い人増えてきてるし」
レネは同意して呟く。
「あの人も結構演技派ってかんじするしな。そういえば、声だけ何種類も使い分けて電話かけてるの見たことあるよ、俺」
「多彩だよな、ルーイ隊長。そもそもミカエルって部隊が部隊になる前は、あの人が全部ひとりで仕事やってたって話だぜ。さすがに手が足らなくなったから、皇子がルーイを手伝ってくれる人を探そうってんで結成されたのがミカエルだったって話だ」
ぐび、とビールを煽りながらオーガストが言う。
「大体それが六年くらい前か?丁度それくらいの時期に、他の皇子・皇女の方々も次々自分達専属の部隊を結成していった頃だ。表向きは身辺警護のため、実際は……勢力争いの裏工作のため。どの方が次期皇帝になるかっていうのは、アイザック皇子が赤ちゃんの頃からもうギスギスしてたっていうし」
「一番最初に自分の専属部隊を作ったのは、第一皇女のガブリエラ様だっけ?私設部隊の“ガブリエル”だ」
「そうそう。その流れでなんとなーく、みんな自分達の私設兵には天使の名前をつけるのが慣例になってるんだよな。深い意味はないらしいが」
それでさ、とにやりと笑うオーガスト。
「オレは何度も思ったわけだ。あんなに美人な隊長が本当は女だったら、さぞかし目の保養になっただろう!と」
「はは」
確かに彼は美しい。しかし立派な男だし、ついてるものはちゃんとついてたぞ――とは心の中で。さすがにオーガストも、レネが三年前の段階でルーイに抱かれた話は知らない。というか、知ったらみんな卒倒しているだろう。なんせ、性欲なんて一切ありません、みたいなお綺麗な顔をしている隊長様である。
思えば、あれから彼は一度もレネを抱いてはいない。次に向こうがその気になったら、今度こそ自分の手練手管で落としてやろうと思っていたのにそのチャンスが来ない。だからこそ、不満で仕方ないのだ。そんなに後悔するくらいならなんであの日自分を抱いたのだ、と。
確かにレネに上下関係を思い知らせるには良い手段だったのかもしれないがーー別に同性愛者というわけでもなさそうなのに。
「まあ、ルーイ隊長ほどの美形なら、男でもいいってやつは少なくないと思うんだけどな。実際、うちの隊にはちらほら、隊長に片思いしてるっぽいやつがいるのも事実だ。オレは知ってる」
「マジか。物好きだな。あの人、男にしろ女にしろ興味ないと思うんだけど」
ほんの少し。ほんの少し痛んだ胸を見なかったふりをしつつ。ルーイはジュースのおかわりを店員に注文して告げる。
「みんなもわかってるだろ。ルーイは実際、皇子様以外見てないってこと。それが恋愛感情なのか、崇拝なのかはわからないけど……そこに、別の人間が入り込む隙間なんかないって。諦めた方がいい」
想像したより、しんみりした声になってしまった。それに気づいたのか、オーガストが目をまんまるにしてこちらを見つめてくる。
「え、レネ、お前マジ?」
「マジって何が」
「惚れてんの、隊長に?」
「違うってば」
レネは笑って手を振る。嘘じゃない。だって自分は、恋愛感情なんかわからない。誰かを本気で好きになるとも思えないし、そんな資格があるとも思っていない。
どれほど仲間に囲まれていても、温かいベッドで寝られるようになっても。汚れた体と汚れた手が変わるわけではないのだから。
「多少なりにあの人に恩は感じてるけど、それだけだって。別に恋愛感情とかじゃねえよ」
そう、好きになどなるべきではない。たとえ再び彼が、自分を抱いてくれる時があったとしても。
時々あの夜の濃厚なセックスを思い出して、体が疼く時があったとしても、だ。
「ふうん……」
オーガストは納得したのか、していないのか。微妙な返事をして、手元のクラッカーを手に取った。チーズをたっぷりつけて手元に運ぶ。手づかみで食べる料理であっても下品にならないのは、なんだかんだでこの男の育ちが良いからだろう。
「まあ、恋愛感情なんか抱かない方が無難だと俺も思うよ。あの人、なんだかオレ達に対しても距離があるなあって思う時あるし。どういう経緯で皇子と一緒にいるのか、父親と母親は何やってる人なのか、とか。そういうのオレらもだーれも知らないしなあ。それに」
ミカエルにいるのは、ワケアリの者が多いと聞く。そういえばオーガストも、陸軍で偉い方の不興を買って追い出されるところだったのを、ルーイに拾われたという話だったはずだ。
正規軍の中でも、勢力争いの根は深い。特に今は、どの皇子につくか、で未来が変わると言っても過言ではない時期だから尚更。出世コースを狙う者達であればるほどピリピリしていることだろう。それこそ、問題を起こしたのがバレないように、部下にその罪をなすりつけたりなんてことも珍しくないと聞く。
「あの人が話したくないことに、無理やり踏み込むのも野暮ってなもんだし。特に、皇子との関係には本当に踏み込まれたくないみたいだしさ。……隊長に感謝してるのは、オレらも一緒だからよ」
「そっか」
「うん」
自分よりずっと長くミカエルにいるオーガストでさえ知らない。ならばまだ三年しか過ぎてない自分が、その深淵を覗きたいと思うのは無茶というものなのだろうか。
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