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<10・人の価値、命の価値、心の価値。>
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「ななな、なに……?」
多分、レネより攻撃された本人たちの方が理解が追い付いていないのだろう。実際、首ねっこを掴まれている痩身の男も、戸惑ったようにきょろきょろと首を動かしている。その角度からでは、相手の顔を見るのも難しいに違いない。
「もう少し様子を見ていようかと思ってたんですが、私が入ってきたことにも気づかないほど盛り上がっていた様子で」
「はあ!?」
「せめて、もう少し実りある話をしていただけませんかねえ。聞いていて欠伸が出そうでした。大体、貴方がたって結構急いでるんじゃないんですか?さっさとその子を捕まえて差し出せと言われていそうなものなのに、よくもまあのんびりお喋りして。余裕ですね」
「何言って……うわっ」
「うごっ!?」
次の瞬間、痩身の男はまだ立っていた方の巨漢の男の方へと投げ飛ばされたらしい。悲鳴が二つ重なったのでそう解釈したが、実際のところレネは横になっているので詳細は見えていない。
ただ驚かされた。確かに部隊長を任されるくらいなのだから鍛えているのは間違いないし、アイザック皇子からも相当信頼されているのは事実だろう。しかし、そこで転がっているチンピラたちと比べればルーイの体躯は華奢といっても過言ではないほどだ。それが今、腕一本で男を投げ飛ばしてみせた。見た目に反して、なんという腕力なのか。
「て、てめえ。何しやがるんだ!ていうか誰だ!」
レネがどうにか半身を起こしたところで痩身の男も同じく体を起こしていたようだった。座り込んだ姿勢のまま喚く彼のすぐ後ろには、壁と男の間に挟まれたのか巨漢が目を回して倒れている。そのすぐ後ろでひっくり返っている人物は、さっきルーイにぶん投げられた人物だろう。
凄い、と素直に賞賛した。
そもそもルーイはいつから部屋に入ってきたのか。玄関の鍵が開いていたとはいえ、ドアを開ければそれなりの音はしたはず。こちらの会話に集中していたとはいえ、男達だって警戒を怠っていたとは思えない。それなのに、この場にいる誰もが、背後に立たれるまでルーイの存在に気付かなかったのだ。
そして、一瞬にして二人の男を倒してしまった。明らかに荒事に慣れた、ルーイよりずっとタテもヨコもある男達をだ。
痩身の男はまだ意識があるようだが、恐らくそれはわざとだろう。全員倒してしまっては、尋問もままならないのだから。
「誰だ、と。……そうお尋ねになるということは、私の顔はご存知ないのですね?」
ふむ、とルーイは顎に手を当てて言う。
「ということは、上からそれだけ情報が降りてこなかったか……もしくは、車に乗っている彼の姿だけを見かけたか。あるいは、宮殿に入る彼をたまたま目撃して、皇族の誰かと接触したとアタリをつけたか……そのどれかってところでしょうねえ」
「質問してるのはこっちだ、答えろ!」
「おやおや。自分達の優位がとっくに覆ったことにも気づいてらっしゃらない?貴方一人制圧するなど、訳ないことですのに」
「ぎっ」
ルーイの長い脚が、男の顎を蹴り上げていた。クリーンヒット。男はのけぞって倒れる。
「50メートル先のコインパーキング、それからこのマンションの路地裏。駄目ですよ、あんな目立つところに改造車停めてちゃ。これから人攫いしますよと宣言しているようなものです。ああ、貴方の仲間、ここにいるのを含めて十一人であってます?だとしたら全員さっきうちの部下が全員捕まえてくれました。援軍は期待できませんよ」
「な、ななな……」
顎を抑えて、男は目を見開いている。なるほど、とルーイはため息をついた。つまり、“今はマフィア連中はいないから安全だ”というルーイの言葉は嘘っぱちだったというわけだ。彼は最初から、マンションの部屋で待ち伏せがあることに気付いていた。その上でわざとレネを行かせたのだ――レネを囮にして、敵をとっつかまえるために。
まったく、策士である。レネがすぐ奴らに殺されることはないと見越した上での行動だったのだ。まあ、おっぱじめる前に突入してきただけマシではあるが。
「さっきの話の続きですが。人の価値どうこう、と仰ってましたね」
ルーイは余裕綽綽で、男の前に一歩踏み出す。強がってはいたが、力の差は十分すぎるほど感じているのだろう。小さく悲鳴を上げて、リーダーの男が尻餅をついたまま後退った。
「ああ、失礼。貴方達の話、ほとんどばっちり聞かせて頂いていたものですから。えーっとどのあたりからですっけ?“帰ってくるのがおせえ。待ちくたびれたじゃねえかよ“ってところからですかね」
「さ、最初からじゃねえか!」
「おや、ツッコミする元気はまだおありのようで」
まったくだ、とレネはげんなりする。つまり、レネが不意打ちを受けて倒れた時にはもう、ルーイはドアの前で待機していたということなのだろう。ということは、レネが気付かないようにこっそりすぐ後ろをつけていたということである。
こっちも警戒していた。できれば一人で品物を回収して出たいという気持ちが強かった。情報もそうだし、男に媚びを売るためのメモや道具など、できればルーイに見られたくないものがいろいろあったものだから。しかし、そんな己の努力もこの男の前ではまったく意味などなかったというわけだ。
――まだ十八歳くらいだろ、こいつ。……どれだけ修羅場潜ってきてるんだ。
今、自分はルーイに助けられている。それはわかる。だが彼がすぐに突入してこなかった理由は単純明快。彼は、レネのことも試そうとしたのだ。この場を、レネが自力で切り抜けられるかどうか。相手の言葉に対して、どれくらいアイザック皇子の情報をゲロするかどうかなどなど。
利用する気満々だということを、隠しもしない。本当に曲者だ。女性みたいに綺麗なお顔をしておきながら、腹の中はタヌキ以外の何者でもないではないか。
「こんな話をしてましたよね。薄汚いアンダークラスが皇族に取り入るなんて意味ないとか、階級が命の価値を決めるとか、皇族貴族にはその考えが沁みついてるとか。あと、彼の価値がどうたらかんたら。いやいや、実につまらないお話で」
『お前みたいな薄汚いアンダークラスが、まさか皇族サマに取り入ろうとしてるってわけじゃないよな?はははは、無理無理、やめとけって。この国じゃ、階級が命の価値も決める。生まれついた場所がどうだったか、が全てだ。皇族貴族のエライ人達にはその考えが沁みついてるからなあ。ひでえと目を合わせるだけで汚れる、呪われるなんて言う人もいるくらいなんだ。利用するだけされてポイされるのがオチよ』
『そうとも、そうともさ!お前の価値はそうやって、男に媚び売ることしかねえんだよなあ!そうとも、それがこの世界に定められたお前の価値なんだからしょうがねえ!お貴族様も皇族サマも、そういう風に当たり前に思っていて決めつけてくる筆頭だ。信じるに値するわけがない!そうとも、それが賢い選択だ。おれさの下で腰振ってりゃ、みんな可愛がってくれる。お前の価値なんかそんなもんだもんなあ、ははははは、ははははははははは!』
さっき、この痩身の男が言っていたあれだろう。
レネは意外に感じていた。こんなクズの言う言葉など、レネの心には一切響かない。今更そんな当たり前の話をされたところで“だからナニ?”としか思わない。でも。
明らかに、ルーイは怒っている。傷ついている、というわけではないのかもしれないが、それでも。
その男の言葉の何かが、明らかにルーイの逆鱗に触れた。ルーイは微笑んでいるがそれでもわかる。さっき、レネがうっかり彼と皇子の関係について尋ねた時とそっくりな怒り方であったのだから。
「確かに、この国は階級が全てを決める。そういう風に考えている人は少なくありません。けれど、皇族や貴族であっても、それ以外の考えを持っている方は確かにいらっしゃるんですよ」
ルーイは静かな声で語る。
「私がお仕えする方は、身分や階級が命の価値さえ決めてしまう世界を変えようとしている。それは、あの方が人の本当の価値は目に見えるものではないとわかっているからこそ。……私もその意見に賛同しています。例えばそう、そこの少年」
ちらり、とレネを振り返り、そして。
「私は彼を試すつもりで、踏み込むのを一時待って様子を見ていたのですがね。彼は、自分の武器を、能力をよくわかっている。真正面から戦っても貴方がた三人にはけして勝てないと知っていて、言葉と体で時間稼ぎを試みた。ここは彼の部屋ですから、隙を作ることさえできれば隠してある武器やトラップを使って脱出することも可能と考えたのでしょう。それは正しい。同時に、私の名前も主の名前も言っていないにも関わらず、自ら誘うことで拷問に展開するのを避けたのも実に秀逸。……よほどの度胸、相手を分析する能力がなければ、この数分の時間稼ぎは成立していません」
「……!」
目を見開いた。正直、一人で切り抜けられなかったレネに失望したのではと思っていたのだ。しかも、宮殿に出入りしたことを認めた上、体の相性次第ではマフィアにつくと解釈されるような物言いもした。既に裏切ったとみなされてもおかしくないと感じていたのに。
彼はレネの意図を瞬時に把握したというのか。全ては時間を稼いで、逆転の一手を打つための布石だと。
――認めて、くれたのか。
絆されたわけじゃない。
でも少し。ほんの少しだけ――胸の奥が熱くなったのは、多分。
「この子は、貴方がたなんぞにはもったいない。彼を、ただの男娼としか見ていない貴方がたには」
「ぎゅぼっ!」
次の瞬間、ルーイは男の股間を思い切り踏みつけていた。レネを犯すつもりになっていた男の股間は見事天を向いていたはずである。それをもろに踏まれたとあっては、痛いなんてものではあるまい。
白目をむいて気絶した男をぽかーんと見つめるレネは、次の瞬間ルーイに強く腕を引かれて立たされていた。
「さて、今のうちに必要な荷物をまとめちゃってください。彼らは私が見張っていますから。大丈夫、三人とも当分目は覚ましませんよ」
「捕まえないのか?あいつら」
「泳がせた方がいいケースもあるということです。大体、敵に見当はついていますしね。ほら、早く」
「わ、わかった……」
言われるがまま、レネはスーツケースを引っ張りだすと、着替えとパソコンの類、貴重品、日用品、本、それから一部のノートなどをかたっぱしかた詰め込んでいく。家具の類は、今日のうちに返却手続きをすれば向こうが取りに来てくれることだろう。
「まったく、せっかく服を貸してあげたのに。弁償代は出世払いでお願いしますよ」
「……ああ」
合格。そう思っても、いいのだろうか。レネは破れたシャツの裾を握って、小さく呟くように言った。
「……ありがとう、助けてくれて」
ルーイは振り返らない。でもそのまま告げられた言葉は、いつまでもレネの胸に残ったのだった。
「貴方は、価値のない人間なんかではないですよ。……けして」
多分、レネより攻撃された本人たちの方が理解が追い付いていないのだろう。実際、首ねっこを掴まれている痩身の男も、戸惑ったようにきょろきょろと首を動かしている。その角度からでは、相手の顔を見るのも難しいに違いない。
「もう少し様子を見ていようかと思ってたんですが、私が入ってきたことにも気づかないほど盛り上がっていた様子で」
「はあ!?」
「せめて、もう少し実りある話をしていただけませんかねえ。聞いていて欠伸が出そうでした。大体、貴方がたって結構急いでるんじゃないんですか?さっさとその子を捕まえて差し出せと言われていそうなものなのに、よくもまあのんびりお喋りして。余裕ですね」
「何言って……うわっ」
「うごっ!?」
次の瞬間、痩身の男はまだ立っていた方の巨漢の男の方へと投げ飛ばされたらしい。悲鳴が二つ重なったのでそう解釈したが、実際のところレネは横になっているので詳細は見えていない。
ただ驚かされた。確かに部隊長を任されるくらいなのだから鍛えているのは間違いないし、アイザック皇子からも相当信頼されているのは事実だろう。しかし、そこで転がっているチンピラたちと比べればルーイの体躯は華奢といっても過言ではないほどだ。それが今、腕一本で男を投げ飛ばしてみせた。見た目に反して、なんという腕力なのか。
「て、てめえ。何しやがるんだ!ていうか誰だ!」
レネがどうにか半身を起こしたところで痩身の男も同じく体を起こしていたようだった。座り込んだ姿勢のまま喚く彼のすぐ後ろには、壁と男の間に挟まれたのか巨漢が目を回して倒れている。そのすぐ後ろでひっくり返っている人物は、さっきルーイにぶん投げられた人物だろう。
凄い、と素直に賞賛した。
そもそもルーイはいつから部屋に入ってきたのか。玄関の鍵が開いていたとはいえ、ドアを開ければそれなりの音はしたはず。こちらの会話に集中していたとはいえ、男達だって警戒を怠っていたとは思えない。それなのに、この場にいる誰もが、背後に立たれるまでルーイの存在に気付かなかったのだ。
そして、一瞬にして二人の男を倒してしまった。明らかに荒事に慣れた、ルーイよりずっとタテもヨコもある男達をだ。
痩身の男はまだ意識があるようだが、恐らくそれはわざとだろう。全員倒してしまっては、尋問もままならないのだから。
「誰だ、と。……そうお尋ねになるということは、私の顔はご存知ないのですね?」
ふむ、とルーイは顎に手を当てて言う。
「ということは、上からそれだけ情報が降りてこなかったか……もしくは、車に乗っている彼の姿だけを見かけたか。あるいは、宮殿に入る彼をたまたま目撃して、皇族の誰かと接触したとアタリをつけたか……そのどれかってところでしょうねえ」
「質問してるのはこっちだ、答えろ!」
「おやおや。自分達の優位がとっくに覆ったことにも気づいてらっしゃらない?貴方一人制圧するなど、訳ないことですのに」
「ぎっ」
ルーイの長い脚が、男の顎を蹴り上げていた。クリーンヒット。男はのけぞって倒れる。
「50メートル先のコインパーキング、それからこのマンションの路地裏。駄目ですよ、あんな目立つところに改造車停めてちゃ。これから人攫いしますよと宣言しているようなものです。ああ、貴方の仲間、ここにいるのを含めて十一人であってます?だとしたら全員さっきうちの部下が全員捕まえてくれました。援軍は期待できませんよ」
「な、ななな……」
顎を抑えて、男は目を見開いている。なるほど、とルーイはため息をついた。つまり、“今はマフィア連中はいないから安全だ”というルーイの言葉は嘘っぱちだったというわけだ。彼は最初から、マンションの部屋で待ち伏せがあることに気付いていた。その上でわざとレネを行かせたのだ――レネを囮にして、敵をとっつかまえるために。
まったく、策士である。レネがすぐ奴らに殺されることはないと見越した上での行動だったのだ。まあ、おっぱじめる前に突入してきただけマシではあるが。
「さっきの話の続きですが。人の価値どうこう、と仰ってましたね」
ルーイは余裕綽綽で、男の前に一歩踏み出す。強がってはいたが、力の差は十分すぎるほど感じているのだろう。小さく悲鳴を上げて、リーダーの男が尻餅をついたまま後退った。
「ああ、失礼。貴方達の話、ほとんどばっちり聞かせて頂いていたものですから。えーっとどのあたりからですっけ?“帰ってくるのがおせえ。待ちくたびれたじゃねえかよ“ってところからですかね」
「さ、最初からじゃねえか!」
「おや、ツッコミする元気はまだおありのようで」
まったくだ、とレネはげんなりする。つまり、レネが不意打ちを受けて倒れた時にはもう、ルーイはドアの前で待機していたということなのだろう。ということは、レネが気付かないようにこっそりすぐ後ろをつけていたということである。
こっちも警戒していた。できれば一人で品物を回収して出たいという気持ちが強かった。情報もそうだし、男に媚びを売るためのメモや道具など、できればルーイに見られたくないものがいろいろあったものだから。しかし、そんな己の努力もこの男の前ではまったく意味などなかったというわけだ。
――まだ十八歳くらいだろ、こいつ。……どれだけ修羅場潜ってきてるんだ。
今、自分はルーイに助けられている。それはわかる。だが彼がすぐに突入してこなかった理由は単純明快。彼は、レネのことも試そうとしたのだ。この場を、レネが自力で切り抜けられるかどうか。相手の言葉に対して、どれくらいアイザック皇子の情報をゲロするかどうかなどなど。
利用する気満々だということを、隠しもしない。本当に曲者だ。女性みたいに綺麗なお顔をしておきながら、腹の中はタヌキ以外の何者でもないではないか。
「こんな話をしてましたよね。薄汚いアンダークラスが皇族に取り入るなんて意味ないとか、階級が命の価値を決めるとか、皇族貴族にはその考えが沁みついてるとか。あと、彼の価値がどうたらかんたら。いやいや、実につまらないお話で」
『お前みたいな薄汚いアンダークラスが、まさか皇族サマに取り入ろうとしてるってわけじゃないよな?はははは、無理無理、やめとけって。この国じゃ、階級が命の価値も決める。生まれついた場所がどうだったか、が全てだ。皇族貴族のエライ人達にはその考えが沁みついてるからなあ。ひでえと目を合わせるだけで汚れる、呪われるなんて言う人もいるくらいなんだ。利用するだけされてポイされるのがオチよ』
『そうとも、そうともさ!お前の価値はそうやって、男に媚び売ることしかねえんだよなあ!そうとも、それがこの世界に定められたお前の価値なんだからしょうがねえ!お貴族様も皇族サマも、そういう風に当たり前に思っていて決めつけてくる筆頭だ。信じるに値するわけがない!そうとも、それが賢い選択だ。おれさの下で腰振ってりゃ、みんな可愛がってくれる。お前の価値なんかそんなもんだもんなあ、ははははは、ははははははははは!』
さっき、この痩身の男が言っていたあれだろう。
レネは意外に感じていた。こんなクズの言う言葉など、レネの心には一切響かない。今更そんな当たり前の話をされたところで“だからナニ?”としか思わない。でも。
明らかに、ルーイは怒っている。傷ついている、というわけではないのかもしれないが、それでも。
その男の言葉の何かが、明らかにルーイの逆鱗に触れた。ルーイは微笑んでいるがそれでもわかる。さっき、レネがうっかり彼と皇子の関係について尋ねた時とそっくりな怒り方であったのだから。
「確かに、この国は階級が全てを決める。そういう風に考えている人は少なくありません。けれど、皇族や貴族であっても、それ以外の考えを持っている方は確かにいらっしゃるんですよ」
ルーイは静かな声で語る。
「私がお仕えする方は、身分や階級が命の価値さえ決めてしまう世界を変えようとしている。それは、あの方が人の本当の価値は目に見えるものではないとわかっているからこそ。……私もその意見に賛同しています。例えばそう、そこの少年」
ちらり、とレネを振り返り、そして。
「私は彼を試すつもりで、踏み込むのを一時待って様子を見ていたのですがね。彼は、自分の武器を、能力をよくわかっている。真正面から戦っても貴方がた三人にはけして勝てないと知っていて、言葉と体で時間稼ぎを試みた。ここは彼の部屋ですから、隙を作ることさえできれば隠してある武器やトラップを使って脱出することも可能と考えたのでしょう。それは正しい。同時に、私の名前も主の名前も言っていないにも関わらず、自ら誘うことで拷問に展開するのを避けたのも実に秀逸。……よほどの度胸、相手を分析する能力がなければ、この数分の時間稼ぎは成立していません」
「……!」
目を見開いた。正直、一人で切り抜けられなかったレネに失望したのではと思っていたのだ。しかも、宮殿に出入りしたことを認めた上、体の相性次第ではマフィアにつくと解釈されるような物言いもした。既に裏切ったとみなされてもおかしくないと感じていたのに。
彼はレネの意図を瞬時に把握したというのか。全ては時間を稼いで、逆転の一手を打つための布石だと。
――認めて、くれたのか。
絆されたわけじゃない。
でも少し。ほんの少しだけ――胸の奥が熱くなったのは、多分。
「この子は、貴方がたなんぞにはもったいない。彼を、ただの男娼としか見ていない貴方がたには」
「ぎゅぼっ!」
次の瞬間、ルーイは男の股間を思い切り踏みつけていた。レネを犯すつもりになっていた男の股間は見事天を向いていたはずである。それをもろに踏まれたとあっては、痛いなんてものではあるまい。
白目をむいて気絶した男をぽかーんと見つめるレネは、次の瞬間ルーイに強く腕を引かれて立たされていた。
「さて、今のうちに必要な荷物をまとめちゃってください。彼らは私が見張っていますから。大丈夫、三人とも当分目は覚ましませんよ」
「捕まえないのか?あいつら」
「泳がせた方がいいケースもあるということです。大体、敵に見当はついていますしね。ほら、早く」
「わ、わかった……」
言われるがまま、レネはスーツケースを引っ張りだすと、着替えとパソコンの類、貴重品、日用品、本、それから一部のノートなどをかたっぱしかた詰め込んでいく。家具の類は、今日のうちに返却手続きをすれば向こうが取りに来てくれることだろう。
「まったく、せっかく服を貸してあげたのに。弁償代は出世払いでお願いしますよ」
「……ああ」
合格。そう思っても、いいのだろうか。レネは破れたシャツの裾を握って、小さく呟くように言った。
「……ありがとう、助けてくれて」
ルーイは振り返らない。でもそのまま告げられた言葉は、いつまでもレネの胸に残ったのだった。
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