加藤貴美華とツクモノウタ

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<3・付喪神なるもの>

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 純也と名乗った男の子は、チョコの意向をくんですぐにこの相談所の所長、加藤貴美華さんという人に連絡を取ってくれたようだった。しかし、彼が何度電話をしても、その相手が電話に出てくれることはなかったらしい。

「すみません。これ多分、対応中だなあ」
「対応中?」
「そ。事件の対応中。……もう一度だけかけてみるけど、少し時間を置こうかな。その間に、この相談所について説明しますね」

 既にチョコがどういう経緯で此処にやってきたのかは話してある。記憶喪失で突然住宅街に放り出されたことも、チョコという名前だけ覚えていたことも、ついでに幽霊のおじいさんが親切にしてくれたということも。
 おじいさんのことを言うと、どうやら純也も知っている人だったらしく“坂田さんかなー”と言っていた。こうして普通に話していると忘れそうになるが、純也も幽霊というやつ、である。同じ幽霊の知り合いなんてものが、普通にいたりもするのだろうか。

「この相談所は、付喪神や幽霊に関するトラブルを解決するところです。お客さんは人間も人外もいます。所長は加藤貴美華さん。学生時代から幽霊が見えて、多少は祓うスキルも持ち合わせている人なんです。といっても、貴美華さんはほとんど“視る”ことに特化してるから、霊的な攻撃力は非常に低いんだけどねえ」

 身長は高いが、ぽややんとした高めで優しい声のせいか、純也からは全く威圧感というものを感じない。見知らぬ人間と一対一で話すのは本来緊張するはずなのだが、純也相手だとそこまで硬くならずに済んだのが幸いだった。もしかしたら貴美華という所長も、彼の人を和ませる優しい気質やコミュニケーション能力の高さを評価して、サポートをお願いしているのかもしれない。

「元々、この日本っていう国には八百万の神信仰があって、それによりたくさんの妖怪や神様が暮らす国であったんですよね。よく勘違いされるんですけど、神様の多くは“元々存在していたもの”ではなくて、人間の信仰を寄り代にして産まれるものなんです。だから、信じて貰える神様は栄えるし、信じて貰えない神様は衰退していく。神様が信者を増やして自分の宗教を大きくしようとするのは、それが自らが生き残る唯一にして絶対の方法であるからなんです。他の宗教は布教の邪魔になることもあるから、教義に“神様は私だけなんで、他の神様はみんな邪神や偽物ですよ!”なんてものを取り込んじゃったりする。そして、往々にして争いになっちゃうわけですね」

 それは眉唾な話だった。いや、確かに宗教がこの世界にはたくさんあって、そのせいで戦争が起きることがあるというのは知っていたが、そうではなく。
 神様がいるから、信者が産まれるのではなく。その理屈であると“信者がいるから神様が産まれる”ようなものではないか。完全に逆だ。卵が先だと思ったらヒヨコが先だったと言われるようなびっくりである。
 しかし、それで行くと少し“八百万の神信仰”は違和感があるような気がする。昔どこかで聞きかじった知識のうろ覚えであるが、八百万の神信仰は特定の一人の神様を柱とする考え方ではなかったはずだ。

「……八百万の神信仰って、なんかそれと違くない?」

 素直に疑問を口にする。他の宗教が、一つの神を絶対的なものと信じさせることで人々への影響力を広めたのなら。複数の神様が存在すれば、その分ひとりあたり信心は分散してしまうことになる。たくさんの神様になればなるほど信仰が薄れ、消えてしまう神様が出るということにはならないのだろうか。

「そうそう。日本の八百万の神信仰は神道の一つなんですけど……他の宗教とは根本的に違うんですよね。大前提が、そもそも“宗教ではないところから始まってる”からかな」
「宗教じゃないところから?」
「そもそも日本人の神様への信仰の始まりって、アニミズムなんですよ。どんなものにも霊魂や精霊が宿るから大事にしましょうっていう……どちらかというと俺達が“ものを大切に扱いましょうね”みたいなちょっとした考え方の派生に近いんです。例えば、今でもお人形には専用の供養寺があったりしますよね?あれは、人形は人の姿をしているから、下手な捨て方をしたりすると祟られそうっていう人の考え方から来てます。それってつまり、人形には意思があり、霊魂が宿っているかもしれないって無意識に思っているからでしょ?」
「た、確かに。意思がない、魂がないと思ってたら、祟るかもなんて思わない……」
「そういうこと」

 そもそも日本は歴史がとっても古いからねえ、と純也はしみじみと言った。

「それこそ二千六百年くらい前からだっけ?日本の原型はそれくらい昔から存在する。当然、大昔の日本に今みたいな科学なんかなかった。大雨が降る、干ばつが起きる、雷が落ちる、山火事が起きる……そういうものの理屈を誰も分かっていなかった。何で起きるかもわからないのに、時折そういう災害が起きてたくさんの人が無慈悲に殺されていく。昔の人々にとっては、“理解不能な驚異”以外の何物でもなかった。自分達が図り知れない自然現象の全ては、まさに恐ろしい神様も同然だったというわけです。その名残が文字に残ってる。ほら、雷って“神鳴り”とも書くでしょ?」

 確かに、神鳴り。文字がそのまま当時の信仰を残しているというのは納得できる。同時に、チョコは思い出していた。そういえば、誰かに見せてもらった絵本には“かみなりさま”という神様が出てくることもあったはずである。でんでん太鼓を持って、雷をごろごろと鳴らしてくる鬼の姿をしていた。あれは、自然現象を神様として崇めていた時、恐怖から人が連想したがゆえに恐ろしい姿になった典型であったのかもしれない。

「あらゆる自然なものを神様として崇めた。……ここで個人的に面白いところが、他の宗教と違って“雷や嵐を起こす特定の神様がいる”ではなく“雷や嵐そのもの”を神様だって考え方をしたことかな。つまり、一つ一つの自然現象に、それぞれ別の神様が存在すると思っていたわけだ。神託を受け、人々に神様の声を届ける卑弥呼のような存在が現れて国を治めるようになり……神社が出来、神様の機嫌を取るためのお祭り行われるようになり。それが日本の神道の基礎になったわけですね。ま、あ今説明はだいぶはしょったけど、大体の成り立ちはわかってもらえると思う」
「自然現象そのものが神様……だから、神様としての布教活動も必要なかったってこと?」
「必要なかったわけじゃないけど、自然現象が脅威として存在する限り、人々に忘れられる存在ではないのは確かですからね。日本人が、複数の宗教の流入に基本的に寛容であるのも……まあ一部の宗教アレルギーは別にするけど……とにかく一神教って考え方にならなかったのはそういうことだと思う。元々この国には山ほど神様がいるんだから、外国から二つ三つ違う神様が入ってきても全然気にしないっていうか。だから、外国人が“○○だけが神様だ”って言い争っているのを見ると、日本人は首をかしげてこう言うわけです。“全部神様ってことでよくない?”と」
「あー言いそう……」

 よく誤解されるが、多くの日本人は無神論者というわけではない。神様がいないと思っているわけではなく、“あれもこれも当然のように神様でしょ=特別な神様が一柱いるわけじゃない”という考え方であるだけなのだ。だから、外国からよく言われる“神様が一つでなければいけない(そうしなければ、その神様の信仰が他の宗教に淘汰され、神様が消えてしまうかもしれない)”という恐れがないのである。
 あっちの神様もこっちの神様も共存するもの。八百万の神様というものの中には、広義の意味で外国の神様も全部含まれてしまうようなものなのだろう。

「さて、少し説明が遠回りしちゃったけど」

 にこにこしながら、純也は講義を続ける。

「あらゆる天災や自然現象一つ一つに名前をつけ、神様と考えたこと。それがアミニズムから来る“どんなものでも霊魂が宿っているから大切にしましょう”という考え方と混ざって今の八百万の神信仰の原型ができたわけだ。……付喪神なんて、まさにその八百万の神信仰の結晶たるものですよね。長い年月を得た道具などに霊魂が宿って、妖怪化したものとされている。確か室町時代の御伽草子系の絵巻物『付喪神絵巻』によると、道具は自百年という年月を経て精霊になることができるんだったかな?“つくも”とは、“百年に一年たらぬ”って意味もあるから“九十九”とも書くんですよね」
「……僕、おじいさんに付喪神だろって言われたんですけど、そんなピンと来てないというか。そもそも、百年過ぎないと付喪神にならないんでしょ?僕、多分そんなに長く生きてないと思うんだけど」
「そう。本来なら、百年ぴったりでないにせよ……それくらい長く時間が経たないと、道具は付喪神にならないもののはずなんです。少なくとも人々がそう信じていたから、付喪神の多くはそのプロセスを踏まなければ発生しないはずだったんだけど……最近ちょっと妙なことになってて」
「妙なこと?」
「……付喪神が、大量発生してるんです」

 大量発生?思わずチョコは目を瞬かせた。そんな、まるでネズミみたいなこと言われても。

「……付喪神って繁殖するもんじゃないよね?」

 ついつい感想を漏らすと、どうやらツボにハマったらしく純也には声を上げて笑われてしまった。そりゃそうでしょう!とけらけら笑っている顔は年相応だ。女性が見たら可愛いと思う類かもしれない。
 笑われているチョコとしては、あまり楽しいことではなかったが。

「ちょっと、そんなに笑うことないじゃん!僕は真面目、超真面目!」
「ご、ごめんんごめん。……そうそう、繁殖なんかしない。外見上では男性や女性に別れているように見えても実質身体的な性別も存在しない。……発生しているっていうのは、付喪神化する道具が妙に増えてるってことです。しかもその付喪神絡みのトラブルが、ここ最近で妙に絶えない。悪霊が祟りを起こしていると思って拝み屋が心霊スポットに行ったら、原因は付喪神だったなんてことがザラにある。しかもそれが、つい先日まで店頭に並べられていて買われたばっかりの、製造から一年くらいしか過ぎていない筆箱とかだったりするわけ。おかしいでしょ?だから……学生の頃から霊能者として高い素質を持っていた貴美華さんに、白羽の矢が立った。付喪神絡みの事件を解決し、大量発生の原因を調べて欲しいって」

 つまりね、と彼は長い話の結論を語る。これが言いたかったわけだよ、と言わんばかりに。

「こんなボロい建物であるわけだけど。……此処はれっきとした、政府に認可された特別な相談所なんです。この日本にまだわずかしか存在していない、“対付喪神”に特化した探偵事務所みたいなものと言ってもいいかな?」
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