夜明けのエンジェル

はじめアキラ

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<第四話>

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 ああ、視線が冷たい。というか、痛い。雄大は冷や汗だらだらでそちらを見た。動きはさながら、油の切れたブリキ人形のようである。ぐぎぎぎぎ、と音がしそうなほどガチガチになって振り向いた先に――雄大の最大の心配の種、シェルその人がいた。
 相変わらず、冷厳で比の打ちようのない美貌である。
 そして恐ろしいまでに不機嫌だ。シェルは見る限りいつも不機嫌そうな顔ばかりしているものの、これでも自分は製作者であるし、付き合いも長い。だいぶ、彼ないし彼女の感情の機微はわかってきたつもりでいる。
 その経験に照らし合わせるなら。シェルは今見た目通りに機嫌が悪い様子だった。しかもその怒りの矛先はどう見ても自分に向いている。あれ、俺なんかしたっけ、と雄大は青ざめながらその顔を見た。なまじ綺麗な顔をしているだけに、迫力が半端ない。――その顔でにこりともすれば、落ちない男も女もいないだろうに、勿体無いというかなんというか。そういえば、ジェルと出会ってから、このアンドロイドが笑ったところなど一度も見たことがないなと思い出す。

「えっと、シェル……何かな……?」

 自分一応産みの親なんですが!もう少し優しくして下さってもいいんじゃありませんかね!!
 と、思ったことなら何度でもあるのだが。悲しいかな、チキンハートがそれを口にする勇気などないわけでして。

「………」

 シェルはつかつかとこちらに歩み寄ってくると――ぐいっ、と側にいたミリーの肩を引き寄せた。そして、一言。

「近寄るな、酒臭い。貴様には学習能力というものがないのか?早番の前日に個人で飲んで二日酔いして遅刻、いい年した大人が情けない」

 いや、一言でもなかった。低い声で言い放たれた言葉はあまりにも的確で、雄大の心臓をずさずさずさーっと貫いていく。某ゲーム風に言うならあれだ!かいしんの いちげき! きゅうしょにあたった!ゆうだいは たおれた!
 いや、実際に倒れたわけではないが。気持ち的には倒れたかった。とっても。

「ううう、相変わらず手厳しいつーか、優しさの欠片もねーなシェル」
「優しくされたかったら、もう少し尊敬されるような姿を見せたらどうなんだ?等々力に誘われて飲みすぎて失敗するのはこれで何度目だと思っている」
「け、けどさぁ。断れなかったんだからしょーがねーだろ……」

 こいつ、普段は必要最低限しか喋らないくせに。どうしてこう、ツッコミする時だけはマシンガンもかくやなのか。いや、ツッコミというよりあれか、毒吐き攻撃というやつか。攻撃された方は100%猛毒状態に陥るというやつなんだな理解した。
 ふらふらする頭はつい、現実逃避を始めようとする。こういう時、ゲーム好きの脳みそは幸なのか不幸なのか。

「おおよそ缶ビール一杯のアルコールでも、抜けるまでには四時間以上かかる。しかも睡眠をとればアルコールが抜ける速度はさらに落ちる。よって早朝から仕事をしなければならない人間なら、夜まで飲み会をするというのは愚の骨頂。自動車通勤ならば飲酒運転で逮捕されることも有りうるというわけだ。貴様はエンジニアなのにそんなことも知らないのか?それとも知っているのに、友人との付き合いとやらを優先して自ら足を踏み外すのか?大迷惑な話だな。九時半始業の営業の人間と同じ物差しでペースを図るのも間違いなのであって……」
「わー!わー!シェル待って、待って!」

 ぺらぺらぺらーっと毒を吐き続けるシェルを止めてくれたのはミリーだった。ふわり、と金色の髪が揺れる。ああなんて可愛いんだろう。シェルの言葉に既に瀕死状態だった雄大からすれば、まるで天使かなにかのようだとさえ思う。

「た、高橋さんも反省してるんだから!そんなに責めちゃ駄目だよ!確かに今までいっぱい失敗してるんどろうけどっ……わ、私は大丈夫だから、ね?」

 その言葉で、雄大は唐突に理解した。もしかしてシェルがこんなにも不機嫌に自分に絡んできたのは、自分が遅刻した上二日酔いで仕事に支障をきたし、ミリーたちに迷惑をかけるのではないかと危惧したせいだろうか?しかも酒臭いと言っていた。こういうことをはっきり言ってくる可能性があるのはクリスとシェルくらいのものだ。シオンは嫌な顔こそするものの無言で避けていってしまうからわかりにくい。酒の匂いが、ミリーに移るのを嫌がったのかもしれない、この子は。

「ご、ごめんなシェル。それからミリーも。仕事はきちんとするし……頭はちょっと痛いけど仕事に支障をきたすほどじゃないから。迷惑はかけないようにする。あと、酒臭いにおい消えるまで気を付けるから、な?」

 そういえば、と雄大は思う。普段は無口だし何を考えているかわからないし常に不機嫌そうで協調性の欠片もないシェルだが――そんなシェルが積極的に毒を吐く時は決まって、身内が嫌な思いをしたり困らせられた時かもしれない、と。
 特に、ミリー。同期であるせいなのだろうか、ダメダメのミリーをいつも助けていたのはシェルだった。馴れ合いを嫌うくせに、ミリーの腕を振り払うシェルの姿は見たことがない。いつもさりげなく一緒にいて、ミリーが転ぶと無言で手を貸すようなことを繰り返していたように思う。
 この間の、婿入り失敗の時もそうだ。あのお嬢様は、ミリーのことを名指しで馬鹿にしていた。シェルはそれで堪忍袋の尾が切れたのだろう。自分達からすれば勘弁してくれ!な事態でこそあったものの――怒った理由は至極真っ当なものであったように思う。
 ひょっとして。いや、ひょっとしなくても。シェルは顔に出さないだけで、とても仲間思いなアンドロイドなのだろうか。確かに、ただ有能なだけでここまで他の者達から慕われることはないだろうけども。

「気を付けろ。同じことをこれ以上言わせるな」

 ふん、と鼻を鳴らして。シェルはミリーの手を引いてすたすたと歩き去ってしまった。唐突に、雄大は自己嫌悪に陥る。確かに、制作者ではあるもののアンドロイドたちの性格を決定し設定したのは自分ではない。いや、仮に自分が設定したのだとしても、彼らの心はほぼ人間のそれであり、性格を知っていたところで予想できることなど限られている。
 それでも、だ。これだけ長く付き合ってきたのに、彼らのメンテナンスをして面倒を見てきたのに――いまだに自分の知らないことが多すぎて、気がついていなかったことばかりで。己の鈍さ、観察力の無さがほとほと嫌になってしまう。これは自分の性格の問題だとわかっていた。――ついでに、彼女ができない理由だと。

――鈍感で空気が読めない人は苦手だから……だっけか。ほんとそーね、美波ちゃん……。

 前に雄大が告白してフラれた総務部の飯田美波の台詞を思い出して、遠い目になってしまう。思えば彼女も嫌なことは嫌だとはっきり言うタイプだった。自分は悉く気の強い女(まあ、シェルは男でも女でもないのだが)と相性が悪いらしい。そのくせ、好きになるのはそういう女ばかりだから終わっている。

「お疲れさまー。朝から仲裁大変ねぇ、高橋クン」
「鯨井さん……」

 何やら書類を片手に近寄ってきたのは、技術補佐の鯨井晃子くじらいあきこだった。雄大より少し年上で先輩の彼女は、仕事も早く的確で何かと頼りになる存在だった。美人というほどではないが、さばさばした性格で人当たりもいい。ただし。

「あんまり気にしない方がいいわよ?所詮アンドロイドなんだし」

 こういうところだけは、苦手だった。ホープ・コードたちのことを“所詮はロボットだから”“プログラム通りに喋ってるだけなんだから”と軽んじているスタッフは少なくない。機械として愛着を持っている人間はいるものの、人と同じように愛情を持って接しているであろう人間は恐らく雄大だけだった。晃子もその例に漏れないというわけである。
 確かに、人間だと思って接するのは疲れも貯まるしストレスにもなるだろう。ここで長く仕事をしたいなら、自分のためを思うのなら晃子のような考え方はけして間違いではない。実際、彼らが機械であるのもまた事実に違いないのだから。
 でも、雄大は確信しているのだ。自分の作り上げたホープ・コードたちは、単なるプログラムやデータを超越した、全く新しい存在なのだと。人間の心を持った、機械の体をしているだけの――自分達となんら変わることのない存在であるのだと。
 けれど、それを皆に主張したところで笑われるだけなのは分かっているのである。むしろ、頭がおかしい人間だと冷遇されることにさえなりかねない。雄大は、当たり前のことを当たり前だとも言えない臆病な自分が嫌でたまらなかった。ホープ・コードたちが、そんな人間たちの態度に気がついていて、時に傷ついているということも知っているというのにだ。

「えっと……それ、どうしたんですか?もしかして対面日の?」

 やめよう。考えても仕方のないことだ。雄大は無理矢理頭を切り替えた。それ、というのは晃子が手に持っているファイルのことである。
 尋ねると彼女は眉をひそめて、ちょっとね、とファイルを開いてみせた。

「次の対面日の参加者が正式に決定したから、ちょっと調べてみたのよ。ほら、犯罪歴がある人間は支給の対象外になったりするでしょ?ホープ・コードを使って銀行強盗をやろうとした馬鹿も過去にはいたし」
「あー……いましたね。幸い誰も怪我せずにすみましたけど」

 二年前の春だったはずだ。元会社員の男が、伴侶として支給されたホープ・コードに命じて銀行強盗をしようとした事件があったのである。あれは嫌な記憶だ。幸い死人は出なかったものの――男は警察に捕まり、犯罪に荷担させられたホープ・コードは問答無用で廃棄処分させられた。
 あれは、今でも納得がいっていない。ホープ・コードはご主人様の命令に絶対逆らえない存在だ。ご主人様がやれと言ったら犯罪にだって手を貸さなければならない(このあたりは自分達の設定ミスだった。まさかホープ・コードを使ってそのような真似をする奴がいるなどと考えもしていなかったためである。今のホープ・コードたちは全員、ご主人様の命令であっても基本的に法律に違反する行為には従わないよう設定されている)。逆らったら最後、ホープ・コードに未来はないのだ。つまり、彼ないし彼女はどれだけそれが倫理に反する行為であっても、ご主人様に逆らうことはできなかったのである。
 にも関わらず、下されたのは非情な処分。雄大は悔しくてならなかった。結局誰も死なせずにすんだのに、どうして強盗を命じた男は裁判が受けられて懲役刑ですんで、命令されただけのホープ・コードは裁判もなしに破壊されなければならなかったのだろう。
 アンドロイドに人権なんて馬鹿げた話だ。きっと誰もがそう言うに決まっている。同じ土俵で考えるだけ無駄なのだろう。それでも――雄大にとっては、あまりに理不尽で悲しい結末だったのだ。

「犯罪歴のある人間はいなかったわ。でも……一人、気になる参加者がいるのよ。この人物なんだけど……」

 晃子が指し示したのは、一人の男の調査結果。雄大はそれを見て――驚愕に目を見開いたのだった。
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